アイーダ快進撃

三澤洋史   

アイーダ快進撃
 「アイーダ」が快進撃を続けている。連日聴衆は満席。第2幕第2場の凱旋の場の幕が開く度に、まるで映画のシーンから抜け出てきたかのような素晴らしいセット、衣装、照明にため息が出る。
 馬が二頭駆け抜ける。舞台稽古の最中にうんちをして大騒ぎになった馬たちだが、本番ではそんなトラブルもなく、その颯爽とした姿に聴衆は魅了される。この馬のギャラがとても高いそうなので、一時は馬を使うことをやめようかという意見も出たと聞くが、やっぱりせっかく「アイーダ」をやるんだからはずせないでしょうということで、今回も登場することになった。いやあ、やっぱり必要でしょう!

 初日の開演直前。合唱団員達を集めて僕のダメ出しがあり、引き続き演出補の粟国淳(あぐに じゅん)さんの言葉があった。
「3.11後、僕達はいろいろ考えた。でも、これだけ大勢の人達がこれだけ気持ちをひとつにしてこれだけ素晴らしいものを作り出していくこうした人間の行為は、絶対に必要なのだと僕は確信している」
という言葉に、僕をはじめとして一同の胸の中に熱いものが込み上げた。命を賭けて真剣勝負をしている人からしか出て来ない言葉だ。僕は、芸術家粟国淳さんを心から尊敬している。
 歌手達もみんな大健闘している。これだけ完成度の高い「アイーダ」は、世界中探してもそう見られるものではない。ヴェルディの全てのオペラの中で最も「大衆的」とされているこの作品だが、その大衆性と芸術性をここまで見事に共存させたヴェルディの手腕も凄いと言わざるを得ない。

「アイーダ」公演は、まだ2週間続いて30日土曜日まで。

カーヴィング・スキーイングに目覚めました
 僕のスキー板k2のVelocityはチョイワルだ。そもそも人を見下している。
「おい、おっさん!お前にオレを扱えるワケねーだろ」
という顔をしているんだ。
 実際この板は、全ての「横着して楽に滑ろう」という意図を打ち砕く。以前使っていた、三浦雄一郎が中高年の為に作ったMiura Klassikという優しい板とは大違いで、カカト加重してズレようと思ったって、どんどんキレて体が完全に置いていかれる。

 ところが北海道に行ってパウダー・スノウで気が大きくなった僕が、
「ちっくしょう!今回こそお前を征服してやるぜ!」
と覚悟を決めたら、急に状況が変わってきた。札幌ばんけいスキー場の3日間で、Velocity君は僕のことを、
「おっ、おっさんその気になってきたね」
とちょっと見直してくれたようだ。相変わらずそのふてぶてしい態度は変わらなかったけどね。

 今週は久し振りに2日ばかし休日があった。新国立劇場合唱団員の次期契約更新のための試聴会が水曜日と土曜日にあり、その前に劇場はそれぞれ声を休める日を設定したのだ。3月11日月曜日「アイーダ」公演初日。12日火曜日オフ。13日水曜日女声の試聴会。14日木曜日「アイーダ」公演。15日金曜日オフ。16日男声の試聴会という週間スケジュールであった。
 休日といえば、僕としては2月1日以来なんと一ヶ月半ぶり。当然僕は家でリラックスしているタイプではない。そうともガーラ湯沢にスキーに行ったんだ。板はクロネコヤマトの往復宅急便でスキー場に送り、水曜木曜の2日間はセンターで預かってもらった。

 ところが北海道でうまくなった気でいた僕は、3月半ばの湯沢のベシャベシャのグサグサ雪に悩まされ、また下手になってしまった。12日はめっちゃ落ち込んで帰途につく。ガーラ湯沢のゲレンデには春風が爽やかに吹いている。1月2月のキンと張り詰めた神聖な空気とは大違い。札幌ではネック・ウォーマーが手放せなかったけれど、それどころか、ジャケットの通気孔を全部開けて前のファスナーを途中まで下ろしたって汗が出てくる。特にコブ斜面を滑り降りたら汗ダラダラだ。最近買ったご自慢のヘルメットをかぶるのを楽しみにしていたのだが、あまりに暑くて午前中でお引き取り願った。あーあ、北海道に行く前に買っておけば良かった。GIROのヘルメット。

 15日金曜日。ウォーミングアップのために緩斜面で体を慣らして居る時に、ふと思った。このままコブ斜面に行っても、なんかうまくいきそうにないなあ。またVelocityに意地悪されそうな気がするなあ・・・・そういえばVelocityってさあ、そもそもカーヴィング・スキーイングのために作られたんだよな。だったら今日はコブに行く前に、コイツにゴマするわけではないけれど、ちょっとカーヴィングっぽく滑ってみようかな。
 ということで、僕は先日BSでやっていたアルペン大回転の真似をして、内足に加重し体をターン弧の内側に倒す。こんなに倒したら転倒するかもなと思いながら、思い切って大きく体を倒していった。すると・・・・あれっ?転倒するどころか、これまでに感じたことなかった切れ味のあるターンが始まり、そのままキュイーンと加速した。まるでジェットコースターに乗っているよう。でも体は前傾しているから板に置いて行かれていないぞ!おおっ!なるほど、ここまで前傾していいんだ。
 調子に乗った僕は、アルペン大回転のように内足をたたみ込んで、外足を伸ばしてと・・・・転ぶかな?いやいや、むしろビュンビュン飛ぶぜ。しかも案外安定性がある。なんかオレとってもカッコいいぜ!え?ひょっとして板のせい?・・・・・するとVelocityが僕に視線を送っているのが感じられた。
「おい、おっさん!やっとオレの良さに気が付いてきたな。今までオレに乗っていながらちっともカーヴィングに興味を示してくれなかったじゃないか。この時代遅れが!しかもオレはその中でも最前線のロッカー・スキーだというのに・・・。オレはよ、選ぶ主人を間違えていたと今日の今日までクサッていたのさ。でも、お前がもしその気になってくれるのなら、オレは協力を惜しまないよ。どうだ。思い切ってカーヴィングやってくれるかな?」
「いいとも!」
ということで、その日はしばらくコブは置いといて、僕はVelocity君としばらくサシで向き合った。

 ここで言葉の定義をしておこう。カーヴィング・スキーイングとは、板の両端に円周の一部を成しているサイドカーヴが入っているカーヴィング・スキーの特性を最大限に引き出した滑り方のことだ。スキーというと英語では板を指すことが多いので、滑り方のことはスキーイングという。日本ではそれをゴッチャにしているけれど・・・・。
 一方、ハイブリッド・スキーイングすなわち二軸ターンと言われるものをカーヴィング・スキーイングと混同している人は少なくないと思うのだが、二軸ターンは、カーヴィング・スキーイングの中のひとつのテクニックである。分かり易く言うと、従来の「外向外傾」といわれる方法だと、ターン外側の谷側に来る足、すなわち外足に重心をかけるのがスキーの原則だったことに対して、内足にも同じだけ体重を乗せて、体をターン弧の内側に傾けて、いわゆる内傾で滑るやり方である。これを全日本スキー連盟は、「自然で楽な」滑り方として推奨している。

 この二軸ターンを僕はこれまで敬遠していた。というか、僕には必要ないと感じていたからだ。何故ならコブを滑りたかったから。コブのテクニックは、従来の外向外傾が基本なのだ。だから僕は、ゲレンデでみんなが二軸ターンをやっていても見向きもせずに、整地での訓練も外向外傾で通していたのである。角皆君は、そんな僕にカーヴィング・スキーイングのテクニックを教え込もうとしていたのだが、僕はそれにさえもあまり興味を示していなかったのである。
 まあ、角皆君はカーヴィング・スキーイングは取り入れていても、二軸ターンには疑問を投げかけていた。その理由は後で説明するけれど、そのこともあって余計僕は、カーヴィング・スキーイングそのものにも心を閉ざしていた。でも、その角皆君が僕に与えてくれたVelocity君が全ての扉を開いてくれたのである。

 僕は、カーヴィングの特性に精通するために、一度は二軸ターンと向き合うべきであったのだ。二軸ターンは、やってみたらそれはそれで楽しい。体をターン弧の内側に傾け、内足主導でターンを始めるために、ズレないでキレるターンが始められる。ターンは、板自身のカーブに沿って行われ、板が勝手に仕事をしてくれるのだ。重心は両方の板に均等に乗っている。
 この二軸ターンによって僕がはっきりした形で会得したのは、重心移動であった。板のトップにかかっていた重心が、ターンが進むに従ってしだいに体を追い越しテールに移っていく。この運動に慣れることによって、今まで体が置いて行かれてバランスを崩していたのが改善された。むしろ、その時に生まれるキュイーンというはずみの心地良さを味わえるようになった。
「分かったかい、この後ろから前に板が走る運動。オレはいつもあんたを馬鹿にしながらあんたの体を追い越していったけど、このバネのような運動の楽しさに気が付くと、もうカーヴィングが病みつきになるね」
 調子に乗った僕は、さらにその重心移動を自分から仕掛ける。つまり足を使って板を後ろから前に押し出すような動きをしてみたら・・・・うわぁ!スピードがめっちゃ出るんだ!それからテールに来たところで押し出すと、ビュンと弾みがついて切れ上がる。そこが次のターンに切り替えるタイミングだ。なんてリズミック!なんて音楽的!なんて楽しい!
「おいVelocityよ!お前最高だな!」
「やっと分かってくれたか!おっさんもなかなかやるぜ!」
「いやあ、それほどでも・・・・」

 さて、さっき角皆君が二軸ターンに対して疑問を投げかけていたと書いたが、その事も含めて、現在のスキー界の少なからぬ混乱について述べてみたい。僕は今日一日で、実にいろんなことに気付いてしまったのである。
 まず加重、抜重について。ストックは、元来抜重のタイミングを導き、次のターンへのきっかけをつかむためのものであった。先ほども言ったけど、コブ滑走では今日でもストックをきちんと突くのが原則だが、最近はスラロームの選手もストックは持っているけど使わない。何故だろう?
 それどころか、加重、抜重という概念そのものも最近は揺らいでいる。いろんな本を見ても、むしろ加重、抜重という言葉の使用は極力避けられているようだ。それに代わって「重心移動」とか「切り替え」とかいう言葉が積極的に使われている。ところがね、実際には加重、抜重は決してスキーからなくなってはいないのだ。この地球に重力と遠心力がある限り、加重、抜重は世の終わりまでなくなりはしない。
 ストック・ワークについても、先ほど行ったテールで弾みがついて切れ上がったところが、本当はストックを突くべきタイミングだ。では何故ストックを突いて自分から伸び上がって抜重をしないか?それは、自分が「よいしょ!」としなくても、板がしてくれているからだ。板のたわみの反動が「ここだ!」と決めてくれるわけだ。それが他ならぬ抜重のタイミングなのだ。
 では何故抜重と言わない?その答えはこうだ。自分で滑っていながらそれが抜重だと気が付かない人が少なくないのだ。プラスして、上手な人が滑ると、かつての伸身抜重のような上下動をしなくてもターンが出来るので、端から見ていても抜重をしていないように映るというのもあるのかも知れない。

 次に二軸ターンを作り出す内傾について述べる。内傾は楽しいし、それだけ見ると確かに「自然で楽」かも知れない。でもね、内傾だけを教わってハイブリッド・スキーイングしか出来ない人は、本当のスキーというものを知らない。外足主導によるスピード・コントロールを知らないので、とても整備された緩斜面のゲレンデではいいけれど、ちょっとでも荒れた所やでこぼこの急斜面では危なくて滑っていられないのだ。
 最近のゲレンデは、どこでもきちんと圧雪されていてとても整備が行き届いていると思うが、それでも「荒れた!」「滑りにくい!」とクレームをつけるスキーヤーが急増しているという。クレームをつけるのは二軸ターンをしている人に決まっている。そんな純粋培養のような状態で本当のスキーの楽しさなんて分かるはずがない。スキーというものはね、いろんな状態のゲレンデをそれなりに楽しんでこそその醍醐味を味わえるのだ。
 僕も、面白がって二軸ターンをしていても、不整地に入るやいなや自分で気づかずに腰をひねって外足に乗っている。第一、内足に乗ってキレのある滑りが出来るのは、いざとなったら外足に乗ってズレることが出来るという安心感があることを前提としている。ブレーキの仕方を知らなければ、誰だって恐くてアクセルを踏めないだろう。
 その意味で、僕が習ったように、外向外傾をまず教わってから、ハイブリッド・スキーイングに行くのが正しい道であると考える。さらに、そのハイブリッド・スキーイングは、決して内傾一辺倒ではなく、内傾と外傾をミックスしながら、状況に応じて柔軟に使い分けられるようなものでないといけない。ちなみにスラロームの選手達は、みなポールを越える時に腰にヒネリが入り、外向外傾となっている。内傾だけで滑っている人はひとりもいない。それに、頭はなるべく真っ直ぐな方が良い。内傾で頭部が曲がってしまうと冷静な判断が出来なくなるのだ。だからスラロームの選手達のフォームは、腰から下が内傾でも、上半身は垂直に立っているのだ。

 つまりは、最初に二軸ターンだけ教えるという指導方法は、将来的なことを考えた場合、不整地にもレーシングにもつながらない整地だけで完結した八方ふさがりのテクニックだということだ。そのことを角皆君も指摘しているわけだ。彼も、そうしたことを分かってわざと二軸ターンをやることは否定していないのだ。

 さて、コブでの技術はカーヴィング・スキーとは別だと言ったが、カーヴィングを徹底的にやってからコブ斜面に行ったら、なんとコブがあっけないほど上手に滑れた。何故だろう?ひとつは、板が後ろから自分を通って前に行く運動は、コブでもそのまま使えるということだ。
 コブではターンの仕上がりの時にコブの頂点に向かって起伏があるから、頂点での抜重の直前は、まるで自転車のペダルを反対に漕ぐような感じになる。これってモーグル選手がよくやっている動きだ。あれを見ていて、自分のようなおじさんにはとてもとても筋力がついていかないとあきらめていたけれど、なんと板のたわみがその運動を助けてくれるのである。勿論、モーグル選手のようにはとても出来ないが、僕の筋肉の代わりをVelocity君が引き受けてくれるのだ。Velocity君はね、機嫌を良くして僕を助けてくれるようになったら、もの凄く良い仕事をしてくれるんだ。ありがとう、Velocity君!

 一日滑って、2.5kmの下山コース・ファルコンを、猛スピード&ノンストップで駆け下りる。高度が下がるにつれて雪質はますます悪くなり、コースはベシャベシャになってコブのようなものも出来ている。あっちこっちでスキーヤーやスノー・ボーダー達が転んでいる。
 そこを僕は、スラロームの選手のように体を大きく傾けながら滑ってゆく。両側の足で別々に起伏に対応し吸収動作をする。コブがあると屈伸抜重をして乗り越える。時々わざと吸収動作をしないでジャンプする。僕って、実はかなりスピード狂だっていうことが最近になって分かった。でも、絶対に安全じゃないとスピードは出さない。どこまでもマイペースなんだ。

 下のセンターであるカワバンガから、あらためて雪山を眺める。今シーズンのガーラ湯沢はもう今日でおしまい。
雪山よ、本当にありがとう!

試聴会
 試聴会での審査員。合唱団員達の歌を聴きながら、彼らひとりひとりがどんなスキーをするのかが手に取るように分かり、ひとりで微笑んでしまう。スキーって本当に音楽に近いんだ。

 喉に負担をかけて声の輝きを出そうとする度合いと、息を回して全体から支えようとする度合いとの相克が歌唱だが、それはスピードとバランスとの相克と一緒だ。たとえば前半の歌唱で飛ばしすぎると、後半喉が疲労してしまって歌唱に破綻をきたす。反対に支えとバランスばかり考えると、力を充分に発揮出来ないで欲求不満の歌唱になる。理想的なのは、適度に攻撃的で適度に抑制を効かせて、その結果自己ベストを出すことなのだ。
 それからフレージングは、ターンの仕上げ方に対応する。どのようにフレーズを始めて、どのように内容を盛り込み、そして・・・ここが一番肝心なところだが、どのようにフレーズを仕上げるかなのだ。このフレーズの仕上げ方が下手なために、声は出ていても音楽的説得力が全く得られない人は残念ながら少なくないのだ。

 何年歌手をやっていても、相変わらず後半で破綻してしまう人がいる。きっと、そこまで声帯をゴリゴリ鳴らさなければ歌った気がしないんだろうな。そうかと思うと、若いのに完全に守りに入っていて、無難にまとめているけれど面白くない人がいる。僕の審査メモには、
「どうしてこの人歌手になったのだろう」
なんて書いてある人もいるのだ。抑制した中にもほとばしり出るものを感じさせなければならない。音楽って難しいなあ!

 人が人を裁く。人が人を審査し選び出していく行為は、不遜でおこがましい行為であるかも知れない。でも、芸術においてこそ、
「良いものは良い、良くないものは良くない」
という価値観を貫いていかなければならないとも思う。だからこそ、音楽家は人に出来ないことを聴衆の前に提示することによって、みんなに夢を与えることが出来るのだから。

 2日間の試聴会、本当に真剣に聴いたので、僕はめちゃめちゃ疲れたけれど、自分の判断に間違いはなかったと断言出来る。僕くらいの歳になると、自分でアクティブに音楽活動をやるのと同じくらい、優秀な人材を選び出して世に送り込んでいくという事を使命に感じないといけないのだ。


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