ちょっと残念な週末

三澤洋史   

闇の音楽への誘惑
 ヴェルディのレクィエムの練習を開始する前は、なんとなく不安だった。一年前、愛犬タンタンが死んだ時は、名古屋のモーツァルト200合唱団の本番の真っ最中だったので、それが終わったら、一ヶ月後に控えた志木第九の会演奏会のためにレクィエムのスコアの勉強に入ることになっていた。だからタンタンの死とレクィエムに向かい合う時が偶然にも重なってしまったのだ。それで、この曲の持つ負のエネルギーをまともに受けてしまった。
 今回は合唱指揮者として参加なので、ひとつ距離があるとはいえ、練習中にどんな心境になるのか心配だった。しかし、不思議なことに、ヴェルディの死への親近感や、深い憂愁、厭世的なエネルギーは感じても、あの時のような意識が向こう側に行ってしまう状態にはならなかった。やはりタンタンが死んだ直後は、僕の精神状態が普通じゃなかったのだ。

 とはいえ、ヴェルディのレクィエムの音楽の中には、ちょっとした音の組み合わせや和音進行の中に、通常の曲にはない世界があるのは今でも感じている。僕の精神が敏感に共鳴してしまったのはそうした箇所だ。今、一年近く経って逆に思うのは、あの頃の精神状態そのままでそうした箇所とチャネリングしたまま指揮をしたらどんな演奏になっていたのだろうかということだ。もしかしたら「その演奏を聴いたあとで自殺者続出」というような演奏になった可能性すら否定できない。
 僕は、あの時ほど音楽の持つそうした負のパワーを身近に感じたことはなかった。だからこそ、そうなっては絶対にいけないというブレーキが僕の中で強烈に働いたので、僕は演奏会までになんとしてでも立ち直らなければ、あるいは立ち直らなくとも少なくとも心のアンテナを天上的な方向に向けなければと必死で努力したのだ。結局本番では、なにものかに守られているという安らぎの感情をもって指揮することが出来た。出てきた音楽も慰めと癒しに充ち満ちているものであった。

 その一方で、悪魔のささやきが今でも聞こえる。
「お前の演奏を聴いたあと、自殺者が出るような演奏がもし出来たら、それはそれで凄いと思わないか?そんな演奏が世の中にひとつくらいあったっていいだろう。それはお前が普通の指揮者と違う希有なる芸術家である証(あかし)なのだ」

 いや、僕は光の音楽家なのだ。そんな誘惑には屈しないぞ!でも本当にそんな演奏って出来るんだろうか?本当にそんな演奏って世の中にあるんだろうか?・・・・いやいやいやいや・・・・誰か、こんな馬鹿馬鹿しい誘惑を追い払ってくれ!

ともあれ、ヴェルディのレクィエムは良い演奏会にしたい。今週ずっと練習して、来週月曜日にマエストロのビシュコフ氏に渡す。演奏会は19日金曜日と20日土曜日。

ちょっと残念な週末
 4月6日土曜日。今、この原稿を、名古屋から松本に向かう電車の中で書いている。電車の外は雨が降っている。たぶん風も相当強い。時折電車の騒音に混じって「びゅーん、びゅーん!」という音が聞こえる。名古屋からこの特急ワイドビューしなのに乗ろうとするとき、台風並みの爆弾低気圧の影響で、東海道線をはじめとするいくつかの線が全面運休となったり遅れが生じていた。昨日のニュースでは、この週末はこの春一番の「大荒れ」の天気になることが予想されると言っていた。危ないので外出はなるべく控えるようにとも・・・・。

なのに僕はこんな嵐の夜にどこへ行くのか・・・・?

「笑わないでください」
とは言わない。何故なら自分で笑っているから。あろうことか、白馬に向かっているのだ。何をしに?決まっているでしょう。スキーだよ、スキー・・・・・正気?
 いちおう正気。春スキーをしに行く。でも、その前に、そもそも白馬に辿り着けるのかさえも分からない。

 今日(4月6日)は名古屋で「パルジファル」のオケ練習。明日の日曜日は、新国立劇場で「魔笛」の舞台稽古が入っているが、僕は今回は、同時進行しているNHK交響楽団のベルディのレクィエムの合唱指揮をするため、「魔笛」はアシスタントの冨平恭平(とみひら きょうへい)君に任せて降りている。なので月曜日の6時からのレクィエムの練習まで一応オフということになっている。
 そこで・・・思考が結びついてしまったんだな。白馬五竜スキー場が5月のゴールデン・ウィークまで滑れるというのを聞いていた僕は、白馬が案外名古屋から近いのも知っている。僕の胸の中にあのうずくような欲求が生まれた。いまひとたび・・・いまひとたびだけ・・・スキー板を履いて白銀の上を滑ってみたいと・・・・。

 最初高速バスで行こうかと思ったのだが、名古屋からは、日曜日の早朝に白馬に着く夜行バスしかない。「パルジファル」の練習後、名古屋で深夜まで飲んで、その勢いでバスに乗って、早朝スキー・・・・いやいや・・・もっと若ければいいけど、もうそんな年ではないのだ。
 そこで電車で行くことにした。松本までは特急があっていいのだが、その先は大糸線の各駅停車で信濃大町まで行って、さらにここからがなんと時間によっては2時間に1本くらいしかない南小谷方面に乗り換える。嵐がなくても心許ない白馬までの列車移動・・・。

 もうすぐ列車が木曽福島に到着しようという時、車内放送が流れた。
「塩尻から東京方面に向かうお客様に申し上げます。特急「スーパーあずさ」は強風のため運行を取りやめております。振り替え輸送として、お客様にはこのまま長野まで行っていただき、そこから長野新幹線に乗っていただくようお願いいたします。なお、お手持ちの切符やあずさ号の特急券はそのままで新幹線にご乗車になれます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
 おおっ!東京方面は運休か。なんだか、自分の身の回りにじりじりと爆弾低気圧の影響が迫ってきているようだね。ますます、本当に白馬まで辿り着けるのかなあという感じになってきた。でも、こうなったらもう行くっきゃないよね。じたばたしても始まらないというので、こうやってパソコンを開いて更新原稿でも書いているというわけ。

 さて、あれから少し時間が経って、この原稿は、今度は松本から信濃大町に行く電車の中で書いている。さっき松本に着いた。本当は1時間後の特急でも間に合ったのだが、もともと松本で途中下車してなにかおいしいものを食べようと思っていた。だから1時間以上空いている・・・はずであったが、塩尻で連絡している乗り換え列車が遅れているというので、到着が数分遅れた。まあ、ちょっとタイトになったけれど、大丈夫でしょう・・・と思って、楽観的な僕は、駅前のちょっと小じゃれた居酒屋に入る。
 玄関で履き物を脱ぎ、自分で下駄箱に入れる。ゆったりとした上品なお店。ひとりなのに個室に案内されたよ。いいねえ、風情があって。こういうのは男ひとりで入るのはもったいないねえ・・・ゆとりの空間・・・ゆとり・・・て、ゆーか、なかなか注文取りに来ねんだけど・・・。
 見ると、お店の中は満員で店員が忙しく走り回っている。個室なので忘れ去られてしまっているような気がする。時計を見ると、さっきからもう10分も経っているじゃないの。生ビール頼もうと思っていたのだが、飲み物でこれでは、焼き物などいつ来るか分かったものではない。だめだこりゃ!たとえ後続列車に遅刻しないとしても、間に合わせるために時間を気にしながら飲んだら酒もおいしくないからなあ。
 荷物を持って立ち上がる。下駄箱の番号札を持って自分の靴を取る。面倒くせえなあ。いちいち靴脱がせるなんて(あれっ?さっきは上品とか言ってたくせに・・・)。僕が帰ろうとするのを店員が気付くだろうな。そしたら、
「時間がないから行きます」
とわざと言うんだ。ああ、お客様を待たせてしまった、悪いなあと反省してくれるだろう。あれえ・・・・それどころか、料理を運んで走っている女店員に体当たりされそうな勢いである。レジにも誰もいない。ノーチェック!無銭飲食だって出来るぞ!
 あきれて自動扉を開けて外に出たら、来客と勘違いした複数の店員達の、
「いらっしゃいませ!」
というやたら明るい声が背中越しに聞こえた。

 あーあ、松本のグルメの夢は破れた。もう時間が中途半端すぎて別の居酒屋なんかとても入れない。どうしよう・・・・見るとロータリーの右側に松屋がある。ああ、あそこなら速いだろう。遅れる心配は絶対ない。そこに入って、豚バラ焼き肉定食を食べた。食べながらハッと気がついた。
 あれっ?僕ってどうしてこんなところにいるんだっけ?ちょっと、ちょっと!松本まで来て、まさかの松屋かよ!東京でも何年も入ったことないのに。
松屋では飲む気にもならずに、超高速で食べ終わって、時間がたっぷり余っちゃった。駅でポツンと座って、イタリア語の本を開くが、こんな時って何していても落ち着かないんだよね。

 さて、あれから約一日経って、この原稿は7日日曜日の夕方、ペンション「ウルル」の一室で書いている。あれから順調に白馬には着いたが、松本グルメが松屋になってしまったことは、今日のトホホな一日のほんのプレリュードであった。
 結論から言おう。爆弾低気圧の中にもかかわらずスキーは出来た。ただし正味3時間足らず。あとはずっと待ってた。雨と風が止んでリフトが動くのを。

 まず9時半くらいに、
「さあ、滑りだそう!」
と思った途端に雨脚が強くなり、しかも大きな雷が鳴り出してリフトが止まった。僕は親友の角皆優人(つのかい まさひと)君からサジェスチョンを得て、雨カッパを持ってきていたので、どしゃぶりでも滑るぞという勢いで来たのだが、まさか雷が鳴るとは思わなかった。
 スキー場全体の放送では、
「ゲレンデにいるみなさまは危険ですので、ただちに近くの建物に避難してください!」
と告げている。

 角皆君は、今日は一日「初めてのコブ・キャンプ」で忙しいはずだったが、彼らも10時からのレッスンを開始できなくて困っている。僕は最初このキャンプに参加しようと思っていた。でも、シーズン最後の一日をむしろ自由に滑ってみたいので、キャンプには参加しなかったのだ。
 結局1時間以上足止めを食ってしまった。再開しても、上のアルプス平ゲレンデに行くゴンドラはまだ雷が残っているみたいで止まっている。動いているのは、とうみゲレンデの4人乗りリフトSKY4(スカイフォー)だけ。

 とうみゲレンデは、シーズン中の、あの広々とした包容力のある緩斜面とは打って変わって、偏屈で気むずかしい老婆のような姿を晒している。雪がないのだ。半分以上草地が顔を出している。それなのに、あっちこっちから雪を寄せ合って無理矢理ゲレンデに仕立て上げられている。
 その雪も、当然湿ったグサグサ雪で、ところどころ汚れて茶色くなっているし、でこぼこで荒れ放題。他に選択肢もないので、その気むずかしい老婆ゲレンデで滑り始めるしかない。ただ滑っている内に、ゲレンデの一番上まで行く2人乗りリフトも動き始めたので、そこに乗る。
 リフトに乗っていると、下で角皆君達のキャンプのレッスンをやっているのが何度か見えた。僕は彼らのレッスンを上から覗いてみる。最初は斜滑降しながらところどころジャンプしている。次の時は屈伸抜重の練習をしている。その次は極端なショートターンの練習。僕は、覗き見しては、その都度、それを自分でやってみた。こうしてレッスン代も払わないのに「いいとこ取り」をしてしまった。
 それと平行して、先日目覚めた二軸ターンの練習。こうした荒れ地において、どこまで内傾で滑れるかなどをトライ。結論としては、遠心力が働いていれば、その力で雪を押さえつけられるので結構内傾でも耐えられはする。でも、荒れ地には外向外傾の方が当然楽だ。逆に言えば、結構上手でないと内傾のまま悪雪を滑るのは難しい。それなら何故わざわざ内傾って話だよね。

こんな風にして、老婆ゲレンデのグサグサ雪にしては、午前中は意外と成果が上がった。

 お昼を食べていたらゴンドラのテレキャビンが動き始めた。そこで休息もそそくさと済ませてテレキャビンに乗ってアルプス平ゲレンデに行く。なんとゴンドラ以外のリフトが全部止まっているという。山頂までは行けないし、一度滑り出したらもう上には戻って来れないので、とうみゲレンデまで降りてくるしかない。しかも、雪混じりの雨が混じったものすごい風が吹き荒れている。
 チャンピオン・ダイナミック・コースでは、下から突風が吹いていたので、僕はカッパを着た両手を大きく広げながら滑った。すると、あんな急斜面なのに、なんと逆風にあおられて止まり、さらに上方に向かってバックすら始めた・・・と思うと、次の瞬間には突然風向きが変わり、追い風を受けて、そのまま空を飛んでしまうのではと思うほど、ものすごいスピードが出た。ま、これはこれで楽しかった。
 ところが下に降りてみるとまたゴンドラが止まっている。まあ、あの風では逆によく動いていたなと思うくらいだ。

 ゲッ!またとうみ婆さんかよ。早くまたテレキャビンが動かないかなと思いながら何回目かのSKY4に乗っていたら、うわあっ!凄い突風が吹き荒れたあああああーーーっ!スキー板が風に煽られるので、抵抗を受けないように方向転換をしないと、スキー板が帆のようになって、そのままリフトからもぎとられて山の向こうに飛んでいってしまいそう。って、ゆーか、リフト自体がワイヤーからちぎれて飛んで行くんでねーかとマジ怖かった。しかもその状態でリフトが止まってしまったんだぜ!止める気持ちは分かるけど、こんな時こそ早く上に着きたいのに・・・。かなり長い間、僕は、枝にからまったスーパーのレジ袋のようにバタバタと風の慰み者になっていた。
 やがて動きだし、やっとの思いで上に着いて、滑り出したら、その時こそ最大のが来たね。最初、ゴーーーーッという音が山の上からするんだ。今思い出しても恐ろしいよ、あの轟音。それがだんだん近づいてきて、雪けむりが起こり、やがて僕たちを包む。こうなると、立っていると本当に空中に飛ばされてしまう。雪の上にはいつくばって風向きの方に頭を向けて耐えるのが精一杯。うーーーーーっ!耐えて耐えて耐えて耐えてーーーーっ!

 その時、ゲレンデ内に放送が響き渡る。
「全リフトの運行を中止します!」
そりゃあそうだろうなあと思った。風が弱まるのを見計らって下まで滑り、エスカル・プラザで再びリフトが動き出すのを待った・・・・待った・・・・待って、待って・・・・待った。しかし・・・リフトは二度と動き出すことはなかった。
 ええっ?まさか、これで今シーズン最後ですか?こんな中途半端な状態でですか?
これっきり、これっきりもう、これっきりーですかあーーー?
風はかなり穏やかになったのにいっこうに動き出す風もないので、フロントで聞いても、要領の得ない返事しか帰ってこない。
「もう今日は終了ということですか?」
ときいても、
「いえ、そうは聞いていません」
結局生殺しのまま、2時45分くらいから4時近くまで待ってみる。営業終了は4時半なのは知っている。でもね、シーズン最後のスキーだもの、たとえ30分でも、いやリフト一回分でもいいから滑りたかった。
 周りを見渡すと、同じように名残惜しそうに待っている人が何人もいる。僕のような年配の男性が多い。若者達はあきらめが早くみんなとっとと帰っていったようだ。その年配者達の背中には、なんとなく悲壮感が漂っている。それを見ていたら、
「俺は違うぜ!」
と意味なく猛烈な反発心が湧いた。
 気がつくと僕はロッカー室に向かっている。どんどん着替えて往復便のスキー板を送り、ウルルに帰ってきた。半ば怒ったように。それでね、こうしてキーボードに向かっているというわけ。まあ、おそらく4時半まで待っていたって、リフトが動き出したとは思えないので、本当はもっと早くけじめをつければ良かったのだけれどね。


 でもね、僕は気が付いたんだ。その待っていた時間を、不思議と無駄とももったいないとも思ってない自分にね。こんなことでもなければ、何もしないでボーッとしていることなんて絶対あり得ない。じゃあリフトが動き出すのを待っていた間何考えていたのかと聞かれたら、ほとんど何も考えていなかったんだけど・・・こんな感情昔よく持っていた。ずっとずっとはるかな昔・・・・ああ、なんとなく思い出した。小さい頃、早朝に向こうから納豆屋さんが来るのをぼんやり待っていた感情と似ている。あてどなく、なにかを待ち続けている自分。それは瞑想にも似ていた。そんなオーバーなものでもないけど・・・。

 さて、今これを書いているのは、次の日4月8日の午前中。白馬から新宿へ向かう高速バスの中。すぐ上の文章を読み返しながら、訂正しようと思ったが、これはこれでその時の偽らざる思いということで、そのままにすることにした。
 なぜ訂正しようと思ったかというと、その原稿を書いた後、角皆夫妻と一緒に食事をし、そのあとウルルに戻ってきて、ラウンジで、僕はホワイト・ホース(白馬)のソーダ割りを飲み、角皆夫妻は山盛りのアイスクリームを食べながら、深夜まで語り合ったのがあまりに楽しかったので、これで全てのマイナス要素は帳消しにされ、今回僕が白馬に来たのは角皆君に会うためだったという結論に達したからだ。だから雷も暴風雨もなにものも僕たちの友情を妨げることは出来ないってわけだ。はっはっは、ざまあ見ろ、爆弾低気圧め!

 何を話したのかというと、あんまりいろんな事を話したので思い出せないが、スキーの話と音楽の話がほとんどであったことは当然の事だ。その中で、最近角皆君のブログから入ってYouTubeで見たVolvoの提供するAdventure Ski in Japanというビデオの話が印象的だった。

 僕は、自分が惹かれているフリースタイル・スキーの本当の魅力を、このビデオの中に見出す。若き日の角皆君をはじめ(黄色いウエアーで滑っているのが角皆君です)、世界的なフリースタイル・スキーヤーが特別チームを組み、Volvoがスポンサーとなってこのビデオを作ったのだが、ここでは、現在では競技種目からはずれてしまったスノウ・バレーによるショウや、グループによるエアリアルのショウなど、様々な華麗なパフォーマンスに、きっと皆さんも目を見張ることだと思う。

 フリースタイル・スキーの黎明期には、もの凄いエネルギーの爆発があった。それは、ある意味、はみ出しているからこそ得られるエネルギーでもある。かつて、フリースタイラーは、不良、落ちこぼれの巣窟のように思われていた。全日本スキー連盟(SAJ)からもお荷物のように扱われていたとも聞く。
 でも、しだいに社会的地位を得てきて、オリンピックの種目にもなって技術も向上し洗練されてきたが、それと反比例するようにかつてのめちゃめちゃなワイルド感がしだいに影をひそめていってしまう。どんなものも、地位や権威を与えられると、それだけで内側からエネルギーのガス抜きをされて、なにかつまらないものになってしまうように思われる。
 僕が、クラシックの世界に身を置いていながら、ジャズという音楽に惹かれるのも同じ理由による。人種差別に対する反動や、反体制的エネルギーからジャズは生まれた。そして純音楽の常識を打ち破った楽器奏法や、即興演奏というクラシック界にもかつてあったが廃れてしまった演奏スタイルによって、ジャズはクラシックにない大きな魅力を持っている。
 僕は、来世生まれ変わったらフリースタイル・スキーヤーになるとこのホームページでも書いているが、それはまさに、このビデオの中にあるようなものを復活させたいがためである。

 今、書いていて・・・ん・・・・なんか感じるものがあって頭を上げたら、笹子トンネルの中を通過している・・・・。ああ、完全開通したんだ、上り線も・・・と思ったけど・・・・うーん、感じる、感じる・・・・何か居るぞ。そのトンネルの恩恵にあずかりながら言うのもなんだけど、何事もなかったかのように復旧して忘れてしまって、前へ前へ進むことだけを考えている現代文明にノーを突きつけようと、闇の勢力が暗躍しているような負の息吹を・・・・。

 ふうっ!無事通過した。さあ、東京に帰って仕事仕事・・・でも・・・いいのかなあ・・・この現代社会。権威付けられ、発展と成長を義務づけられ、ついて行けない者は置いてけぼりにされ、忘れ去られ・・・・頑張れ頑張れと言われ続ける殺伐たる精神の砂漠。
 ふと、昨日のリフトが動くのをぼんやり待ち続けた自分を思い出した。あんな時間は一見無駄にも思えるけど、なんだか悪くなかったニャア。

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