ヴェルレクの稽古の仕方

三澤洋史   

ヴェルレクの稽古の仕方
 魔笛とヴェルディのレクィエムは、公演及び練習が完全に重なってしまっているので、全く別のメンバーによって構成されている。新国立劇場合唱団は、そもそも新国立劇場においてオペラ公演をするための合唱団なので、主要メンバーは魔笛の方に行く。でも、レクィエムは、魔笛メンバーの他に150人も必要とされる。当然エキストラが多い。

 幸い、ヴェルレクは有名な曲なので、合唱団員の大半はどこかですでに歌っている。だから初日から、サンクトゥスやリベラ・メのフーガでもすんなり通って、かなり楽だった。ところが、リベラ・メなどは、転調が多いので微妙に音程が悪い。この微妙に悪い状態がなかなかスッキリと直らない。
 エキストラが多いといっても、集まった150人の声楽的クォリティは悪くない。特にソプラノなどは、若くて素材のとびきり新鮮な人材がかなりの割合で混じっている。ただ、みんな普段僕の元でアンサンブルしているわけでもないので、それぞれがバラバラの音色のまま歌っている。

発声の領域に踏み込む
 オペラの練習や合唱の練習で、発声にまで踏み込んで指導するのは、一般的にタブーのような風潮が我が国にはある。その点に関しては無理もない部分もある。何故ならば発声にはいろいろ個人差やメソードの違いがあり、ひとつの方法だけを強要されたら、かえって歌えなくなってしまう人も出てくるであろう。
 しかしながら、発声に踏み込まずに音程やリズムだけ直していても、やはり合唱団としての統一の取れたサウンド作りは望めない。僕はもともと、プロ相手でも、発声にかなり踏み込んで指導する。それは、時にリスクを伴うものとなるが、それなしではミサワ・サウンドはあり得ないのだ。
 とはいえ、合唱団に与えるサジェスチョンは、大抵は声楽テクニックのベーシックな部分だ。それでも、それを個々のアーティキュレーションやフレージング、さらに音楽的方向性と直結させることによって、大きな変化が生まれるのだ。

 たとえば、ヴェルディの音楽は、基本的にノン・レガートを指向しているが、だからといって音符をそのまま切ってしまってはぶつ切れになるだけである。ではどうするかというと、喉ではレガート唱法をし、それを横隔膜で切るのである。こうすると、長いフレージングを保ちながら、同時にノン・レガートの音符処理が得られるのだ。
 また、ヴィブラートを矯正する。声が出てからすぐ大きなヴィブラートがかかる人は、誤ったヴィブラートなので、まずそれを取る。それが一番ハーモニーを乱すのである。一昔前の我が国の歌手は、みんなお腹でワゥワゥワゥという感じでかけていたが、あんなものはヴィブラートでもなんでもない。ただの声の揺れだ。ヴィブラートというのは響きでかけるものであり、フレージングに応じて自由自在にかけたりかけなかったりしながら、音楽表現を助けるものでないといけない。
 それから、ヴェルディなどイタリアものを演奏すると、きまって胸で押したり喉で掘ったりする発声に出くわすのでそれを矯正する。合い言葉はNaturale(自然に)。歌っている本人がボリューム的にちょっと物足りないくらいが丁度いい。それ以上に頑張ると、音量は多少増えるだろうが、音色が悪くなるし、表現の自由度がなくなって、良いところはなにもない。日本人はみんな許容量を超えて歌い過ぎなのだ。歌い出したら決して響きにムラが出てはいけないし、最低音域から最高音域まで均一な音色で歌い通すための適切な音量というものを本人は分かっていなければいけない。落ち着いて表現に専念出来る大きさが、その声楽家が持っている本来の音量である。
 こうして、ひとつひとつ矯正していき、フレーズ毎にそもそもどういう風に声を出し、どういう音色で統一していくか細かく指示を出す。これは自慢に聞こえるかも知れないが、客観的に見ても、プロ合唱団相手に、ここまで踏み込んで指導する合唱指揮者は多くないに違いない。

列歌い
 新国立劇場合唱団員の間で最近有名になっている言葉がある。それは「列歌い」である。たとえば今回のレクィエムでは、練習場で25人ずつ6列に椅子が並んでいるが、その1列毎に順番に歌わせるのだ。合唱界における我が国の重鎮である田中信昭先生は、一人ずつ歌わせるので有名だが、僕はそれはしない。確かにそれをするとみんな必死になるので、利点はあるのだが、時間がかかって仕方がないからね。
 それより「列歌い」は、そもそもオペラの暗譜稽古で使っている方法なのだ。世の中には、暗譜稽古を全くしない合唱指揮者も少なくない。相手はプロなので、音楽的に仕上げておいて、あとは自分で覚えてねと放置してしまってもいいわけだ。でも、それも不親切な感じがするでしょう。僕は立ち稽古前の最終音楽稽古で、合唱団のみんなが顔を上げて空で歌う状態になっているのを確認してから、彼らを立ち稽古に送り出したいのだよ。
 暗譜稽古では、同じ箇所を繰りかえして体に覚え込ませたいけれど、何度も歌わせられたら喉が疲れてしまうだろう。「列歌い」ならば、自分の列以外の時は繰りかえし聴けるので、それを聴きながら頭に叩き込むことが出来るという利点があるのだ。

 ところが、今回の「列歌い」は少し変則的だった。僕は指揮をしないで、伴奏者にもピアノを弾かせず、彼らだけでサンクトゥスやリベラ・メのアンサンブルをさせた。フーガだから簡単ではない。それどころか、最初は悲惨なほどバラバラで、どんなにズレても平気な顔をして歌い続けている人達にあきれたが、何度も叱咤激励(叱咤、叱咤?あるいは罵倒?)して、お互い聴きながら歌うということを叩き込んだら、タイミングだけでなく音色も合ってきた。つまりは聴き合うことがアンサンブルの基本だから、聴き合うことによって全てが始まるのである。こうして今回の「列歌い」は思いの外効果をあげることが出来た。
 同じ列の人達は運命共同体となるのであるが、僕はさらにその列を毎日シャッフルして、なるべくいろんな人と当たるようにした。そしてその都度出遭った人達とタイミングや音色を合わせるようにさせた。こうすることによって、どんな環境が与えられても、常にその環境の中でアンサンブルをしようとする自主性が育つのである。
 エキストラの多い今回の合唱団の人達は、最初こそこうしたアンサンブルを強要されてとまどっていたし、中には「こんな風にさせられたことなんか一度もない」などと言っていた人もいたが、しだいに合わせ合うことの楽しさを覚えていったようで、それと比例するようにいくつかの難しい箇所においても、彼らのアンサンブル能力がどんどん上がっていくのが感じられて嬉しかった。

 4月12日金曜日。僕の最後の練習。150人のフーガの精度は、初回の練習から見ると別の合唱団のように生まれ変わっていた。ラクリモーザのメロディーのフレージングも適切。かつて二期会合唱団を指導していた時代に、チョン・ミュンフン指揮NHK交響楽団でこの曲の合唱指揮者をやり、それはCDとなって市販されているが、あれからまた遠い道のりを歩いてきたなあと、彼らの合唱を聴きながら感慨深いものがあった。
 そのCDは名盤とされ、当時の合唱もよく頑張ったとは思う。でも、今回の演奏は、内容的に恐らくその数段上を行くものとなるに違いない。僕はまだまだ進化を続けるし、僕の合唱指揮者としての成熟はこれからだ。

マエストロ稽古速報!
 今、マエストロ稽古が終わり、家に着いた。セミオン・ビシュコフ氏は、恐い人のように聞いていたけれど、全然そんなことなくて実にやさしくユーモアに溢れた人だ。最初に、ほとんどノンストップで全曲通した後、かなり細かく練習して、持ち時間の3時間を最後の1分までたっぷり使った。
 棒は明快だし、なにより嬉しかったのは、僕が作っていた音楽と、彼の作りたい音楽が、とても近くにあったことだ。だから個々の部分のテンポの違いなどはあっても、作ったものを壊されることがなくて、僕もビシュコフ氏も双方実にハッピー!

みなさん、約束しますが、この公演は絶対にうまくいきますよ!20日金曜日19:00と21日土曜日15:00。ともにNHKホール。

叶っていた祈り
 あーあ、今シーズン最後にしては欲求不満でスキーを終わったな、と思っていた。でも、ある時ハッと気がついた。そういえば大事なことを忘れていた。僕は、あの晩、名古屋から松本に行く特急「ワイドビューしなの」の車内で祈っていたのだ。
「神様、白馬に無事到着させて下さい。そして少しでもいいから滑れますように」
結局、あの爆弾低気圧の中、白馬には無事着いたわけだし、雷と暴風雨にもめげず約3時間もスキーが出来たのだ。ということは、祈りは聞き入れられ、願いは叶っていたということだ。
 そこである朝、妻が寝坊して僕一人で散歩している時、誰もいない道で僕は感謝の祈りを捧げた。
「神様、ありがとうございました。白馬に無事ついてスキーが出来て、角皆君とも楽しい語らいが出来ました。それなのに、文句を言って申し訳ありませんでした」
と言葉に出して言ってみた。
 するとその瞬間から体中がぽかぽかと暖かくなり、胸の中にじわーっとなんともいえない感動というか喜びがこみ上げてきた。神様か、あるいは僕の守護霊が微笑んでいるのが明らかに感じられた。

 祈りは、出来れば言葉に出して祈った方がいい。それと、祈りが叶ったら感謝を忘れないようにしなければいけない。それなのに僕自身も、白馬に着いたら着いたで、その状態が当たり前になり、スキーが出来たら、「もっと良い状態で!」と要求がどんどんふくらんでしまった。感謝どころか、要求通りにいかない不満すら覚えるようになってしまったのだ。

ゲレンデに溢れていた春の息吹
 感謝したあと、いろんなことを思い出した。というか、頭の中に自然に浮かんできたのだ。これらは実は気が付いていたのだけれど、自分の表面意識によって覆われてしまっていたものだ。それが、感謝がきっかけとなって、再び思い出され感じられてきたのである。
 たとえば、ペンション・ウルルの部屋から聞こえていた轟音のこと。真冬には静寂と沈黙のみが支配していたのに・・・・。翌朝、スキー場に行く途中で気がついた。それはゲレンデ近くの人工滝の音であった。冬の間凍り付いていた川が、ものすごい音をたてて流れている。それはいわば“春の音”なのである。雪解け水が集まり、奔流となって野山に春の訪れを謳歌しているのである。


雪解け水

 牧草地がむきだしになったとうみゲレンデだって、スキーをする立場から見れば、みにくい老婆のような残念な景色だろうが、これから雪の白さに代わって緑がゲレンデを覆い尽くすのだ。鳥たちがさえずり、花々が色とりどりの装いで我々の目を楽しませてくれる待ちに待った美しい季節がようやく訪れるのだ。大自然が静かに衣替えをしていく現場にリアルタイムに立ち会うことを許された幸運を、むしろ僕はかみしめるべきだったのかも知れない。


いいもりゲレンデ

 出発の朝の散歩では、まるっきり雪のなくなってしまったいいもりゲレンデに、むしろ冬の厳しい雪景色にはないのほほんとした平和な風景を感じたろう。萌え出ずる春の胎動がはっきりと聞こえただろう。 
 あの突風だってそうだ。あれこそが自然の力なのだ。その自然の前に我々は為す術がないということを感じるだけではなく、自然そのものの中に、僕たちの肉体もその一部としてすっぽり包まれて存在しているのだ。ゲレンデの上で風と向かい合いながら、それを感じなかったか?

祈るべし!
 僕はもっと祈った方がいいと思った。何故これまであまり祈らなかったのだろう?よく考えてみると、自分の頭でいろいろ考えて解決したいという気持ちが強いのかも知れない。その事自体は自助努力であって悪いことではないのだが、そこには「自分で栄光を独り占めしたい」という傲慢な思いが隠されている気がする。天が加勢してうまくいったという状態になるのが、なにか悔しいような驕り高ぶった想いがあるに違いない。
 でも、もうやめた。僕は祈ろう。祈る人になろう。祈りながらもっと謙虚になろう。人事を尽くして天命を待つ人になろう。祈ることによって、人は、自分が何をどう欲しているのかクリアになる。そして、祈ってみると、その祈りがどこまで純粋なのか気がついてくる。よこしまな気持ちが混じっている祈りは、祈っているうちに、なんとなく恥ずかしくなってくる。そして、これは叶わないだろうなという気がしてくる。
 それでは、白馬に行ってスキーしたいなんていうのはどうなんだろう?それこそ全く僕の個人的でエゴイスティックともいえる願望のような気がするが、にもかかわらず、少なくともそこには打算や邪念は一切なかった。あまりにも純粋な願いだったので、かえってスポンと叶ったのではないかと思う。
 僕の祈りを聞いていた天使だか守護霊だかは、
「お前、マジ?」
と思っただろうが、恐らく笑いながら叶えてくれたのだろう。そして、僕が感謝したので、この「気づき」をご褒美としてくれたのかも知れない。
 それ以前に、僕がもし爆弾低気圧の事を聞いて、最初からあきらめて「ワイドビューしなの」に乗るのをやめていたら、何も始まらなかったのだ。だから白馬への旅は、祈りと出遭う旅であったのだ。

 これを読んでいるみなさんは、僕のことをなんてお目出たい奴!とお思いだろうが、こんなところに信仰や悟りへの入り口というのは開いているのだ。僕は僕で、自分が何故この歳になってからスキーにハマッているかという理由がちょっと分かってきた!
 僕は、勿論プロの音楽家として音楽をこの上もなく愛している。でも、音楽のために爆弾低気圧の中を白馬に・・・といいうような無謀なことはやらないし、やらなくてもいい環境にある。今の自分にとって、スキーだけがこんな馬鹿なことをやらかすエネルギーを僕に与えている。それは僕を究極的な無欲に導いてくれる。
 もしかしたら、それが、僕の残りの人生において、ある重大な覚醒へといざなう鍵となっているのかも知れないと思えてきたのである。


安曇野の春


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