夜叉ヶ池

三澤洋史   

梅雨は嫌いだ!
 指揮者パオロ・カリニャーニに紹介された群馬県在住のTさんにトータル・イマージョンという泳法のレッスンをしてもらおうとしたら、東京体育館が約束の17日に閉館しているというので、一週間延びてしまった。あーあ、残念!
 それに先週は雨の日ばっかりでお散歩も自転車もおあずけ。なんだかさえない日々を送っていた。まあ、ついこの間までは、空梅雨だ、水不足だと騒いでいたので、少しは雨が降らないと困るのは分かっている。分かっているけれど・・・・梅雨はきらいだ!ハアハアハア・・・・言ってしまった!
 脳の隙間にじわじわとカビが生えてくる気がする。脳みそのゴルゴンゾーラ化だ。ううっ、まずそう!湿度の多さと蒸し暑さに体中から労働意欲が失せ、朝起きて、さあ今日も頑張るぞう!と活を入れる気にならない。散歩に行かないので、ハラへって朝食にがっつく感じでもなく、朝食もおいしくないなあ。傘を差して散歩に行けないこともないのだが・・・いやだいやだいやだ!雨の中の散歩断固反対!
 とはいえ、プールに水木金と3日間続けて通えたのは不幸中の幸い。水泳は唯一雨が気にならないスポーツだ。幡ヶ谷の駅から近い渋谷区スポーツ・センター。水曜日は六本木男声合唱団倶楽部の練習前に。木金は、新国立劇場の「夜叉が池」のオケ合わせの後に立ち寄った。
 木曜日には、泳ぎ終わって建物から出た瞬間、六本木男声合唱団倶楽部のブラジル人の団員とすれ違った。
「あれ、こんばんは!今日は何ですか?」
「合気道をここで習っているんです」
「へええ!僕はスイミングです」
どうも、こういうパターンが多いな。外国人の方が日本のことよく知っているんだ。僕は、合理的な西洋文化の真っ只中に東洋的“間”とかを求めるくせに、肝心の日本の伝統文化というものを全然知らないのだ。

トータル・イマージョンのエクササイズ
 トータル・イマージョンから取り寄せたDVDのメソードに沿っていくつかのエクササイズをやってみる。たとえば、バタ足をしたまま体を左右に傾け、横向きに泳ぐ練習。そのまま上向きになって背泳のようになって天井を向いて深くゆっくり呼吸し、元の方向に戻ってもいいし、ぐるっと一周してもいい。簡単に見えるが軸が乱れないようにやるのは案外難しい。それに、横向きでバタ足をやるのも慣れていない。
 水泳というと、まずうつぶせから始め、バタ足もうつぶせで練習するだろう。ところが、トータル・イマージョンでは、どうも横向きの姿勢を基本姿勢と捉えているようなのだ。確かに、実際にクロールを泳ぐ時には、左右に体がローリングするので、完全なうつぶせの姿勢の時間が一番短く、どちらか横向きの姿勢の時間の方がほとんどなのである。バタ足もその影響を受けて横向きで行われるわけだ。
 それからグライドのエクササイズ。片方の手を伸ばしたままバタ足で進み、ローリングと組み合わせる。反対側の手は伸ばしたまま脇に付けておく。その後、その手でゆったりと掻いてみる。なるべくひと掻きで沢山進むように膝のあたりまでプッシュする。その手がリカヴァリーに入る頃、反対側の伸ばした手が水の中をグライダーのように滑走していくのを感じる・・・・なんちゃって、まだきちんと習ってもいないのに、一丁前に書いているね。
 それでもね、これだけでも、なにか自分が上手になった感じがするよ。僕は大会に出るわけではないので、速く泳げなくてもいいんだ。ただ美しく優雅に楽に泳ぎたい。スキーでもそうだけど、フォームの美しさを追求する姿勢は、自分の指揮や音楽への関わり方にとってもプラスになっているからだ。

水泳と指揮~カラヤンの秘密
 水泳の水を掻く腕の運動が僕の指揮に与えた影響はとても大きい。指揮は空中で行うので水のような抵抗はないけれど、水の抵抗にさからって掻く運動をイメージした腕の力の入れ方とライン取りは、カンタービレなフレーズを指揮する時に不可欠なのだ。
 別の指揮メソードではそれをほとんど使わないのもあるけれど、僕はこの方法をカラヤンから盗んだ。というか、水泳をする日々を送るようになってから、ある時突然ひらめいて、カラヤンのビデオをむさぼるように観て「なるほどな!」と納得したのだ。
 カラヤンも、それを水泳から学んだと僕は確信している。前にも書いたけれど、ベルリンの定宿を「プールがある」という理由だけでケンピンスキー・ホテルにしていたカラヤンにとって、彼の指揮と水泳とは切っても切れない関係にある。ベルリンフィルの演奏会で指揮した夜は、その筋肉をほぐすために、かならず医師の定めたプログラムに従ってひと泳ぎしてからベッドに入ったという。カンタービレを基本においた「カラヤンの音楽作りの秘密」に迫ろうと思ったら、こうした事に注意を向ける必要がある。自慢じゃないけど、僕は、カラヤン研究家と言ってもいいほど、彼の指揮の美学に精通していると自負しているからね。

 ということで、夏に向かって僕はちょっと水泳に本気で取り組んでみようかと思っている。今年の8月には、あの長大な「パルジファル」全曲演奏会が名古屋であるだろう。カンタービレな要素に満ちている「パルジファル」では、水を掻く腕の筋肉の動きがそのまま指揮に使えるからね。
 みんなは速い曲を指揮した方が疲れると思うだろう。たしかに速い曲の方が汗はかくしハアハアいうかも知れない。でもゆっくりの曲を長く演奏した方が筋肉は疲労するのだ。有酸素運動的なんだけどね。特に「パルジファル」は、静かで瞑想的な音楽に充ち満ちているので、腕が中空に上がっている時間が長い。腕の動きも瞑想的で、まるで太極拳のようなのだ。だから腕の筋肉の持続力を鍛えておかないといけない。出来れば、「パルジファル」全曲を振り終わってもまだ涼しい顔をしていられるくらいの持続力とスタミナをもって本番に臨みたいなあ。

パルジファルのコレペティ稽古
 その「パルジファル」であるが、クンドリ役の清水華澄さんなど主要歌手達のコレペティ稽古(僕が自らピアノを弾きながら歌手達と合わせる稽古)が進んでいる。7月に入ったら、ピアノでのアンサンブル稽古を始め、8月冒頭からソリスト達を名古屋に送り込んでオケとソリスト達との合わせをする。本番までに、何度も何度も歌手達と付き合う。
「パルジファル」のようなこみ入った和声の作品をピアノを弾きながら稽古をつけるのは簡単ではない。気をつけないと、和声が難しいところでは、自分が弾くのに一生懸命になってしまって肝心な歌手の歌を聴き損ねてしまいそうになる。それでも指揮者はコレペティ稽古をするべきだと僕は思う。ピアニストがいて、指揮棒を持ってしまってはワンクッション出来てしまうのだ。
 理想は、歌手達の音取り稽古から付き合うこと。しっかり時間を取って歌手達と直接向き合い、そのテキストひとつひとつの発音や言語的表現とか、呼吸ひとつひとつのあり方やフレージングを決めていく。そのような、互いに共有しながら作り上げていく過程こそが、信頼感に支えられた安心した本番に向かう最良の方法である。それに、その過程にこそ、まさに音楽の醍醐味というものがあるのだ。

 だから、アシスタントが全部作り上げて、一番最後にやってきて、
「ああ、ごくろう、ごくろう!」
と“いいとこ取り”をする指揮者というのは、本当はあんまり楽しくないのだ。だって、それって一体どこまで自分の音楽なんだろう?ギリギリのタイミングではもうあまり路線変更出来ないだろうし、こだわっていては間に合わなくなってしまうので、結局、通り一遍の演奏しか出来なくなってしまうのだ。だから創造的な個性のある演奏が世の中に少ないのだ。この堂々巡りが現代の風潮。
 経済原理最優先で、なるべく少ない練習でなるべく沢山演奏会をやれば、支出を最小限に抑え、収入を最大限に上げられる。演奏家もギャラを沢山もらえて嬉しいだろうが、もっと大事なのは事務所が儲かることなのだ。このシステムの中で、良心的に音楽を創っていくことは難しい。
 もし若い指揮者がこれを読んでいたら、僕は声を大にして言いたい。どんなに有名になっても、次に言う原点を忘れてはいけない。

副指揮者の方がその音楽を知っているという状態になれば君の負けだ(たいていはそうだけど)。
稽古はなるべく最初から参加すること。なるべく多く参加すること。
下手でもいいし音を抜いてもいいからなるべく自分でピアノを弾いて丁寧に歌手達と向き合い、互いを最も生かす方法を模索しながら本番まで導いていくこと。
稽古場で、誰よりも自分が一番その音楽を理解し、その音楽を愛し。そして味わい、楽しんでいること。

夜叉ヶ池
 泉鏡花(いずみ きょうか)の代表的戯曲「夜叉ヶ池(やしゃがいけ)1913年発表」の持つ独特の世界が、オペラになったらどんな風になるのだろうと興味を抱く人は少なくないだろう。
 作曲家香月修(かつき おさむ)氏のアプローチは、まずドビュッシー、ラベルの近代フランス和声の響きでこの戯曲を包み込むことから始まった。「日本オペラ」という言葉から想像する常識からは一線を画すかも知れないが、人間界と眷属(さかなたち)の交錯する幻想的ワールドと実にマッチしている。って、ゆーか、日本オペラといったって、いまどき日本音階で作っている人などいない。むしろ「沈黙」などのように無調の現代音楽の方が多いのだから、こうした「きれいなオペラ」は逆に新鮮だ。
 さらにワーグナーも真っ青のライトモチーフが全曲に渡ってちりばめられている。その中でも特に際立つのは背中にうろこを持つ美しい女性の百合と、消息を絶った友人晃(あきら)を訪ねてくる学円(がくえん)のモチーフ。学円のモチーフはたいていファゴットで出てくるからすぐ分かる。
 五度和声の交差による鐘楼の和声的モチーフで始まり、途中何度も登場し、終幕もやはり鐘楼のモチーフで終わる。また「ねんねんよ、おころりよ、ねんねの守はどこへいた」という子守歌のモチーフが百合や子どもたちの合唱で繰り返し歌われる。オーケストラだけの演奏の時もある。こうした繰り返しによって、オペラ全体には音楽的統一感が感じられる。

 現代では「分かり易い」という言葉はネガティヴな意味を持つのだろうか。僕は、こうしたオペラの書き方をして、「日本のオペラもいいじゃないか」と思ってくれる人が一人でも増えることは、とても重要なことだと思う。
 現代音楽の作曲はとうの昔にもう「コップの中の嵐」になってしまっていて、こちらがどんなに呼びかけても聴衆が見向きもしなくなっているからね。早い話。わざわざ劇場まで足を運んで、
「来て良かった!」
と思わなければ、次からお客は絶対に来ないからね。
 その「来て良かった」があるかどうかが、オペラが絶滅するか否かの鍵を握っているのだ。その危機感をみんなが感じなければならない。その意味で、僕はこのオペラ「夜叉ヶ池」を評価する。

 というより、僕もまさにこの方法で「オペラ」を書いてみようと思い立っている。そのことを作曲家の香月さんにも話した。僕が、これまでの自分の劇場作品にオペラと名付けずにミュージカルとしていたわけは、オペラという言葉にまつわるしがらみが嫌だったからだ。オペラというからには、いわゆる現代音楽で書かなければいけないとか・・・あまり楽しそうな音楽を書いてはいけないとか・・・シリアスな風を装ってないといけないとか・・・今となっては馬鹿馬鹿しいことではあるのだけれど・・・。
 香月さんは、僕の話に喜んでくれたけれど、同時にこうも言う。
「でも私のような作風で書くと、作曲家の間では馬鹿にされるんですよ」
だからさあ、そうした作曲家達が「コップの中の嵐」だっちゅーの!コップの中で勝手に窒息しておしまい!ガラクタな前衛音楽の終焉を告げる天使ガブリエルのラッパを聴きながら滅んでおしまい!

 オペラの中で、夜叉ヶ池の主である白雪が、剣ヶ峰の若君にあこがれて、
「私は剣ヶ峰に行く。村人達八千人の命など構うものか!」
と眷属一同を集めて言い放つところで、地上から「ねんねんよ、おころりよ」の子守歌が聞こえてくる。白雪は驚いて姥(うば)に訊ねる。
「姥、姥、あの声は?・・・・」
「社の百合にござります」
その美しい歌声に白雪は心を動かされ、
「思いせまって、つい忘れた。・・・・私がこの村を沈めたら、美しい人の命もあるまい。姥、おとなしゅうして、あやかろうな」
と考えを変えて去って行く。
 僕はこの箇所が大好きだ。というより・・・・最近、こうした「母性」の場面に触れると、それだけで胸の奥からいいようのない想いが込み上げてきて、涙腺が緩んでしまう。もしかしたら・・・恥ずかしいことであるが・・・娘の志保が出産をひかえているのと関係しているのかも知れない。だって、あんなに自由奔放でお酒もガブガブ飲んでいた志保が、酒も飲まずに、信じられないくらい体に気を遣っておとなしくしているんだもの。その豹変ぶりは本能的な母性がそうさせるのか、と感動しているのだ。

 まあ、それはこっちの勝手なプライベートなことなので、どうでもいい。とにかく、このオペラは、現代には珍しく、美しく感動的なオペラだということを強調しておきたい。
白雪役の岡崎多加子さん、腰越満美さん、百合役の幸田浩子さん砂川涼子さんはじめ、キャスティングは、誰一人としてハズレがない無駄がない。みんな芸達者で、キャラクターがぴったりとハマッている。
 特に、鯉、カニ、なまずの3人組は、かつて僕が子供オペラで強く望みながら遂に果たせなかった理想的コンビネーションが、こんなところで実現している。つまり高橋淳、晴雅彦、峰茂樹さん達。畜生!くやしい!しかもこの3人、面白すぎる!

 それらキャスト達を束ねる演出家岩田達二さんを僕は最大限に評価する。「古事記」の時に「おおっ!やるな!」と思ったけれど、あれからまたどんどん進化している。故鈴木敬介さん世代の後の我が国最大の演出家だと、僕は大胆にも断定してしまおう。
 香月氏の音楽が叙情に流れるところでは、きれいなんだけど、そこにあえてドラマとしての切り込みを入れるため、岩田さんが作曲家にテンポの注文をつける場面もあった。このように、彼の劇場感覚と舞台に賭ける執念はすさまじい。
 音楽が内包するドラマ性に精通している彼は、場合によっては作曲した本人よりも、個々の音がアクションや内面描写に投げかける効果に敏感で、そこから各キャストのリアリティのある動きを導き出す。
 舞台稽古に入って、回り舞台を効果的に使った舞台セットの美しさに一同驚く。オペラ「夜叉ヶ池」は、初日がとっても楽しみになってきたよ!



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