この一週間

三澤洋史   

この一週間
 長女の志保が結婚して我が家から出て行ったのと入れ替わるように、次女の杏奈がパリから完全帰国した。メイクをやっている彼女は、学校での勉強を終わり、さりとてビザを出してくれるような企業に就職という感じでもないので、帰国するしか方法がなかった。僕は、妻も長女の志保も絶賛していたモンマルトルの一角にある杏奈の屋根裏部屋を、ついに見ることなく終わってしまった。
 メイクをやっている杏奈は、これから日本でいろいろ足がかりをつくって仕事していくつもりだが、年に4回ほどあるパリのファッション・ウィーク、すなわちパリコレには、アシスタントするために出掛けていくと言っている。パリコレから受ける様々な刺激はハンパじゃないようなので、まだしばらくは後方支援が続くと覚悟しないといけない。
 完全帰国であるから、荷物が大変だろうと思って、今回はお土産をねだったりしなかったが、それでも白ワインやブリーなどのチーズをいくつか買ってきた。日本でも買えると思うなかれ。絶対に日本では味わえない味がある。これが今度簡単には手に入らないと思うと、それだけが残念だ。

 18日木曜日。午前中にグルネマンツの長谷川顕(はせがわ あきら)さん、午後にパルジファルの片寄純也(かたよせ じゅんや)さんと清水華澄(しみず かすみ)さんのコレペティ稽古をした。これで出演者全員の稽古をしたことになる。あらためて思うけれど、今回のキャストは、我が国で考えられる限り最高の組み合わせだと確信している。
 ピアノ伴奏を自分で弾きながら稽古をつけることは、その音楽の和声や構造を完全に把握していないと出来ない。ピアニストを別に置いて指揮しながら稽古付けるだけだったら、あんなにピアノの練習に時間を割く必要もない。でも、キャストとのタイミングや呼吸を確認し合うためには、コレペティ稽古が最良の方法であるのは疑いようがない。
 コレペティ稽古は、歌手のためといいながら、実は半分以上は指揮者自身のためなのだ。カラヤンやフルトヴェングラーをはじめ、沢山の偉大な指揮者もコレペティトールからそのキャリアを始めている。こうした方法がヨーロッパの伝統であることは意味のあることだし、コレペティ稽古を進んで行おうとする指揮者は、それだけで信用に足る。

 どんなに才能があっても、初見や一夜漬けでオペラが指揮できるなんて決して思ってはいけない。それに、なにかとってつけたような「独自の解釈」なんてオペラにはいらない。歌手達が指揮者の思いつきに一方的に振り回されるのはまっぴらだ。オペラとは指揮者と歌手とが共同で作り上げるもの。ひとつひとつのフレーズの感情表現やニュアンスを、歌手と一緒に互いが腑に落ちるまで突き詰めていくのである。それらが集合して個々のシーンがリアリティを持ち、結局「希有なる演奏」になるのが理想ではないだろうか。それで、もし当たり前のテンポ、当たり前の解釈にたどり着いたのだったら、それのどこがいけない?
 変わったことをするのが偉いわけではない。あるべきところにあり、そこに要求されるものがそこにある。要のポイントは絶対にハズさない。これがプロの仕事である。僕はそんな「マエストロ」でありたい。
 名古屋の「パルジファル」は、確かにオケも合唱もアマチュアで、手作り感のある演奏会になるのかも知れないが、少なくとも聴衆がそこに「本物」があることを感じさせるような演奏会にしたいし、またなるであろう。
 グルネマンツの長谷川さんとコレペティ稽古をしている時、僕の手から紡ぎ出される和音と、長谷川さんのドイツ語のニュアンスがピタッと合った時に、僕は今度の演奏会の成功を確信した。

 7月20日土曜日。朝から東京バロック・スコラーズの練習。バッハの小ミサ曲ヘ長調のグローリアは実に楽しい。ワクワクするようなリズム感を持っているが、これを表現するのは楽ではない。お腹が使えないとタイでつないだ音符や付点音符の躍動感が充分に表せないんだ。
 練習後、護国寺から池袋に出て、急いでお昼を食べて群馬に向かう。高崎市新町の実家に着くと、そそくさと荷物を置いて、家の自転車を借りて町営温水プールのアクアピアに行く。あさって塚本恭子先生のレッスンがあるから、こんなわずかな時間も使ってプールに行くのだ。こうやってやりくりすると、案外僕のような忙しい人でも泳ぐ時間というのはなんとか確保できるものだ。
 田舎のプールは、広くて人が少なくて気持ちがいいな。落ち着いていろいろなエクササイズが出来るし、仰向けでバタ足練習しても人にぶつかる心配がない。のびのびと1時間半くらい泳いで帰って来たら、虎太朗がいた。姪の貴子が連れてきたのだ。ご主人も一緒。今晩は新町に泊まって、明日はHakuba47でストライダーの大会があるので、朝早く出発するという。
 虎太朗は、ペダルのついていない自転車のストライダーが速くて、結構大会でも良い成績だそうだ。Hakuba47は、白馬の五竜スキー場と上でつながっている個性的なスキー場。夏には子供向けのキャンプやいろんなイベントが行われるので有名だ。夏の白馬もいいんだよな。聞いたら行きたくなってきた。

 幼稚園生の虎太朗はサ行が言えない。
「虎太朗!すいかと言ってごらん」
「チュイカ」
「違うよ!じゃあ、『ここは新町です』って言ってごらん」
「ここはチンマチでちゅ」
「それ全然違うよ」
「いひひひひひ!」
構われるのが楽しいらしい。
 19時から新町歌劇団の練習。ヴェルディ作曲歌劇「マクベス」第4幕冒頭の合唱曲「虐げられた祖国よ」はアマチュアにはなかなかハードルが高い。

 21日日曜日は、その新町から東京を通り越して名古屋に行き、モーツァルト200合唱団の練習をしてから、また東京を通り越して新町に帰ってきた。モーツァルト200合唱団では、先日の合宿で弱かったポイントを徹底的にシゴいた。お陰で「パルジファル」第1幕の神殿の場面が、なかなか神聖なサウンドになってきたぞ。
 一方、第2幕の花の乙女達の場面では、これまでコケティッシュな表現がなかなか出来なかったが、僕がいろいろ女性よりも女性らしく「こんな感じ」と例を示しながら何度も稽古したら、女性団員達が一気に色っぽくなってきた。ワーグナーは、表向きはこうしたインモラルな存在を否定する方向にストーリーを運んでいるが、その実、エロチシズムこそ最高!と表現しているのだ。それを彩る管弦楽のなんと妖艶なこと。

 さて、22日月曜日であるが、午前中に塚本恭子先生の水泳のレッスンを入れていた。この日は東京体育館が大会のためクローズしているので、僕は塚本先生の故郷である群馬でのレッスンをお願いしたのだ。だから日曜日の夜に新町に帰って来たというわけだ。
 レッスン場所は、波のプールや流れるプールなどで有名なカリビアンビーチ。楽しそうなところだけれど、ここに25メートルの真面目なプールもあって、そこでレッスンを行う。夏休み中なので、入り口から家族連れでごったがえしていたので心配したが、かえって25メートルはすいていたので、落ち着いてレッスンが出来た。
 細かいことをいちいち書いても、みなさんにはつまらないので省くが、僕は形にこだわりすぎて動きが止まっていた。一度先生に泳いでもらった。ゲッ!衝撃的であった。な、なんというなめらかな動き。そして一連の動作が全てつながっていて、与えられた力が次のパワーを誘発し、エネルギーが無駄になることなく受け継がれてゆく。静かでまるで魚のような動き。うーん、やはり僕はしばらくはトータル・イマージョンにのめりこんでみようとあらためて思った。

 その後、高崎に戻ってきて、昨年の今日亡くなった誉子(たかこ)ちゃんの家に行く。新町歌劇団事務局のSさんが高崎駅から送迎してくれた。3歳の時から新町歌劇団の練習に来て、練習を聴きながら遊んでいて、やがて子役で「おにころ」などに出演し、それから音楽の道を志して、東京音楽大学声楽科の大学院まで行ったのに、急逝してしまったのだ。公の一周忌法要は先週だったが、僕は名古屋の合宿に行っていて出られなかった。
 次女の杏奈もやはり高崎で僕たちと合流して一緒に行った。杏奈は、誉子ちやんにメイクのモデルになってもらった関係で是非一緒に行きたいと言ったので、昨晩から新町の実家に来ていた。
 その杏奈が持ってきて祭壇に飾った誉子ちゃんのモデルの写真は、ハッとするほど美しかった。まるでサモトラケのニケのように、大空に向かって大きく羽ばたいているようで、見ていると音楽が聞こえる。歌を歌っていた誉子ちゃんだからこそ、あのような写真に仕上がったのだろう。

 誉子ちゃん!君は本当に美しかった。そして、これからも、僕たちの心の中に、汚れなく美しいままでずっとずっと生き続けておくれ!


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