パオロとの再会~母校合唱部

三澤洋史   

7月24日水曜日
 今週から2週間は、バカンスのつもりで何も仕事を入れていなかったが、そうこうするうちに、いろんな用が入ってきて結構忙しい。今日は10時から「パルジファル」のグルネマンツ役の長谷川顕さんのコレペティ稽古。第3幕を丁寧にやった後、一休みして第1幕をざっと通した。やはり大変な分量がある。しかし長谷川さんのグルネマンツの存在感は凄いな。
 午後は、新町歌劇団のコンサートのカルメン・ハイライトで主役を歌う河合美樹(かわい みき)さんの合わせ稽古。僕はここのところ「パルジファル」にばかり集中していたので、ピアノ伴奏は長女の志保に頼んだ。先週自分でピアノを弾くコレペティ稽古が必要だと熱く語ったばかりなのに、言っていることとやっていることが矛盾しているなあ。

7月25日木曜日
 10時からイタリア語のレッスン。通常は、1時間のレッスンだが、今日は、その後に紀尾井ホールに行くので、一緒に受講しているK君を置き去りにして15分ばかり早く出る。R先生は明日バカンスでイタリアに帰って約2ヶ月滞在。次のレッスンは、なんと10月4日だ。
 その間にスカラ座が来日して、僕を呼んでくれた合唱指揮者ブルーノ・カゾーニ氏や合唱団員のジェラールなどとイタリア語で話をしなければならないので、僕とすれば、むしろこの時期に集中してレッスンして欲しかった。これから約1ヶ月は一生懸命自習して、スカラ座来日に備えないといけない。

 紀尾井ホールでは、新国立劇場合唱団が紀尾井シンフォニエッタと共演してロッシーニ作曲のスターバト・マーテルのオケ合わせをやっている。僕はバカンス・モードに入っているので、アシスタントの冨平恭平君に合唱指揮者を任せた。とはいえ、知らんフリしているわけにもいかない。指揮をしているのは、先日「ナブッコ」で来日したパオロ・カリニャーニ。会場に入ると、もう練習は始まっていた。
 紀尾井シンフォニエッタは上手なオケだな。プレイヤーには知っている顔もちらほらと見えるが、特に木管楽器のアンサンブルには舌を巻く。弦楽器も自主的に音楽を奏でていて、在京の既成のオケとは随分印象が違う。
 マエストロのパオロは、紀尾井ホールという規模にしては、かなりダイナミックな音楽作りをしている。でも、この規模のホールをいっぱいに響かせるのも、これはこれで快感。我が新国立劇場合唱団も、ピアノの個所は美しく清楚に、そしてフォルテの個所では、持ち前のオペラで鍛えた量感でマエストロの要求に応えている。でもけっして雑になっていない。よしよし、冨平君、君も少しは合唱指揮者らしくなってきたね。

 スターバト・マーテルの練習が終わってマエストロに会いに行った。開口一番、
「ヒロ!Kyoko(僕の水泳教師塚本恭子さん)と一緒に泳いでいるか?」
と言う。
「素晴らしい教師だよ。泳ぎが革命的に変わった」
と言ったら、
「お前、明日の11時に東京体育館に来いよ。一緒に泳ごう!」
だって。うーん、プールには行くだろうが、そんな都心に11時なんて中途半端な時間に行ったら、それだけで一日が無駄に使われてしまう。

7月26日金曜日
 午前中は民謡の編曲。集中して曲と格闘し、「よさこい節」をアカペラの混声合唱に仕上げた。幻想的なモチーフで民謡のメロディーを包み込む。手前味噌だが、決して悪くない仕上がりだと思う。
 お昼を食べてから、すぐ近くの西府プールに行った。次女の杏奈に来るかと訊いたら付いてきた。小学生で溢れている屋外プールに、還暦近いおっさんと26歳の若い娘がいるのは場違いな気もしないではないが、杏奈はいっこうに気にする風はない。でも、小学生達がビーチボールを投げ合ったり、追いかけっこしていていて、レーンを無視するどころかもう縦も横もないので、落ち着いて泳げない。
 キックやプルなどいろいろな練習をやっているので、通しで泳げなくてもいいのだが、ビーチボールを追いかけているガキが後ろ向きにぶつかってくるのは危なくて仕方がない。やはり、まっすぐ泳げる柴崎体育館のようなところの方がいいや。

 夜は紀尾井シンフォニエッタの演奏会。本番始まる前にパオロに会いに行く。何故なら、演奏会終了後は新幹線に乗って名古屋に行かなければならないので、楽屋に行く時間が取れないからだ。
 これから本番だというのにパオロは言う。
「オケの演奏会だと、リハーサルが朝からだから、今回は全然プールに行けなかったんだぜ。オペラだったら午後からだからいいのにね」
「あはははは。だけどさ、君は指揮者で、そもそもこの演奏会を振るために日本に来ているんだから仕方ないじゃないか」
「まあ、そうなんだけどさ・・・・あっ、もしかして明日の午後の演奏会をした後でプールに行けるかな・・・・いやいや、無理だ。レセプションがある。畜生!」
 その気持ち分かる。そうやって虎視眈々と狙って、空き時間を確保しないと、僕たちのような忙しい人間は、プールへ行く時間すら稼げないのだ。

 第1部のケルビーニ作曲交響曲ニ長調は、もともと楽しい曲だが、パオロの明快な棒さばきから作り出される音楽は、独特の叙情性をたたえていて、情熱的でいながらおしゃれな演奏となった。さすがイタリア人。カンタービレが体に染みついている。ケルビーニの作品は、モーツァルトの哀愁やベートーヴェンの深刻さは望めないにしても、第3楽章メヌエットのリズムの面白さなど知的な遊び心に満ちている。
 スターバト・マーテルでは、ロッシーニの軽妙さを生かしながらも、スケールの大きい演奏に仕上がった。最後のアカペラ合唱からアーメンのフィナーレに突入するあたりは、かなり感動的であった。
 終演後、指揮者に導かれて冨平恭平君が合唱指揮者として登場した。いつも僕もあんな風に登場するのだなと客観的に眺めたら、なんだか恥ずかしかった。合唱団と冨平君にブラボーが出ていたのが嬉しかった。演奏会の成功を快く感じながら、僕は紀尾井ホールを後にし、10時発のひかり号で名古屋に向かった。着いたのはほぼ真夜中だった。

7月27日土曜日
 名古屋(正確には刈谷市)で朝の10時から「パルジファル」オケ練習。第1幕のグルネマンツのくだりを丁寧に練習する。先日の長谷川さんとの合わせを受けて、多少のテンポの設定変更などを行っていく。オペラに慣れていないアマチュア・オケにとっては、前奏曲や転換音楽などのまとまった個所よりも、こうしたレシタティーヴォっぽい個所の合いの手の伴奏の方がはるかに難しい。
 午後に金管楽器のバンダ隊が来た。本編のバンダの練習もしたが、開演前のベルの代わりに演奏するファンファーレの練習もした。今回の演奏会では、バイロイトのように、金管のファンファーレが各幕の開演前に演奏されるのだ。みんな楽しみにしていてね。
 今日ははじめてチェロが7人来た。第3幕にチェロの長いパート・ソロがあるので、午後の最後の時間はチェロだけ残してパート練。存分にシゴいた。その後、東京を通り越して群馬に向かう。名古屋はなんでもなかったが、その頃、ゲリラ豪雨が関東一帯を襲っていた。でも、新町に着いたら雨はあがっていた。お袋が、庭に水が流れ込んで恐いくらいだったと言っていた。

7月28日日曜日
 午前中、新町歌劇団の練習。その後昼食を急いで食べてから、母校の高崎高校に向かう。NHKの合唱コンクールに出場する高崎高校(タカタカ)合唱部の本番が近いのだ。タカタカの練習はノーギャラ。母校の後輩のためなので、ただ働きでいっこうに構わないのだが、東京からそれだけのために手弁当で交通費を使って一日つぶして行くのは、やっぱり腰が重い。だから新町歌劇団の練習と抱き合わせにして、その謝礼でタカタカに行く。車を出して送迎してくれる新町歌劇団員有志には本当に感謝。一番のボランティアは、実は彼らだ。彼らはタカタカの練習も見学しているが、僕の指示でみるみる変わっていくのを見るのは楽しいみたいだ。
 最初に自分たちで演奏させてから、指揮台に立った僕は言う。
「僕は合唱コンクールの審査員もよくやっていますが。みんなの演奏を審査したとすれば、最初の一小節を聴いただけで間違いなく落とすね。いや、むしろ歌う前にもう落とすだろう。何故ならば、君たちのブレスがそもそも全然なってないからだ。もっと基本的にたっぷり吸って、しっかり“支え”を意識してから歌い始めないといけない。
それに、これから始まるフレーズのダイナミックや性格が分かるようなブレスの仕方でないといけない。ブレスも音楽のうちなんだ。歌い出してから表情を作るのでは遅いのだよ。さあ、もう一回やってごらん!」
 タカタカ生は、やっぱり前回と同じように鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。でも、言うことは一生懸命守ろうと努力している。彼ら、メチャメチャ素直なのだ。だからこそ僕は、直すべき点を徹底的に指摘する。容赦しない。コンクールのためというよりも、むしろ音楽の原点に触れることを指摘する。
 練習の最後に僕は彼らに言う。
「今日僕が言ったことをもし君たちが全部守ることが出来たら、君たちは間違いなくコンクールを通る。ただそれは簡単ではないぞ。では頑張ってくれたまえ!」
そうして指揮台を降りた。

 丸山君が来ていた。丸山君は、一度部員がとだえて廃部になっていた合唱部を復活させた奴で、指揮者を志していて、現在東京音楽大学指揮科2年生。彼は、天下の芸大指揮科も受かっていたのにそれを蹴って東京音大に入った変わり者だ。特待生になって教授である広上淳一さんに可愛がられているようだ。彼は、僕の指揮を前から見るために第2テノールに混じって歌っていた。
僕は、
「この後、こいつらを君に任せるから、好きなだけシゴいてやってくれ」
と言い残してタカタカを後にした。ふうっ!新国立劇場合唱団の練習の3倍疲れた。 
 案外早く国立の家に着いたので、そのまま自転車で柴崎体育館に行ってひと泳ぎしてから、杏奈が作った春巻きをビールと共にたいらげる。杏奈は、パリで日本食の居酒屋でアルバイトしていたので、最近ではフレンチ以外でもレパートリーをワールドワイドに広げている。
 食べながら、僕の脳裏には、あの鳩が豆鉄砲を食らったようなタカタカ生の顔が浮かんでいる。若いっていいな。僕も、ああいう若者達とつながっていることが、この年になると逆に必要なのかも知れないな。

水の不思議さとTI理論
 けっして上手でもないのにこんなに水泳が好きなのは、僕が魚座だからでしょうか?水の中にいるだけでワクワクするし、なんといっても「水の反応」が面白くて仕方がない。水は、どうとでも形を変えられる柔軟性に満ちた物質だけれど、同時に自分自身の存在をこれほど主張する物質もない。水に対して何らかのアクションを起こすと、ワンテンポ遅れてではあるが、全ての反応が確実にやってくる。
 水中で手を掻くと、水の中では大変なことが起こる。押された水が次の水を無理矢理かき分けて対流が対流を呼び、時には大きな渦が起こる。それによって自分の体は前に進んで行くが、それを止めようとする抵抗は、頭から始まって全ての部位に働きかける。その抵抗はハンパではない。自分の体を水の中で前に進ませること自体が、水にとってみると、まるで許し難いふとどきな行為かのように・・・。

 魚はいいなと思う。どうして僕の頭はフナのように三角にとんがっていないのだろう。どうして僕の肩はあのように左右にがっちりと広がっているのだろう。どうして僕の足の甲はもっと広くないのだろう。どうして手足の指の間にはヒレがついていないのだろう。
 仕方がない。人間は水の中よりも陸上で生活することを選び、そのために体を退化させてしまったのだから。だとすれば、僕のように泳ぐことが好きで、こんなタワゴトを言っている人間は、人類の進化に逆らった退行人間なのか。

 塚本恭子先生のレッスンを受けている僕は、ますます水泳にハマッている。相変わらず、競技に出場する気なんかさらさらないし、タイムにも順位にも無関心で、マイペースで楽しんでいるだけだ。将来的にもそうだ。でも、年を取って誰にも期待されないし、自分も期待しないし、うぬぼれることも失望することもなく淡々とスポーツを行うことって、素晴らしいことなんだ。
 スキーに比べて水泳はプールを行ったり来たりするだけでつまらないと思っていた。でも、水という不思議な物体と真っ正面から向かい合い、その物理的法則の不思議さを味わうことは、またスキーとは違う知的楽しさがある。水に自分の肉体を関わらせていき、ついにはこの物体を自らのコントロール下におく。それでいて、自分自身もその物体の一部のように感じる。そのよろこび!

 そのよろこびを存分に味わわせてくれるメソード。それがトータル・イマージョン(以下TIと書く)だ。TIの何が普通の泳ぎ方と違うのかというと・・・・実はそんなに変わらない。あははは・・・ガクッときた?
 というのは、僕の親友の角皆優人(つのかい まさひと)君の話などを聞いていると、どうやらトップ・スイマー達は、やはりローテーションなどが生み出すグライド感や、いたずらに疲労しない脱力法、あるいは無駄にバシャバシャと抵抗を作り出すようなキックなどしないで、どんなささいな抵抗も避けるように気をつけ、最小限の労力で最大限の推進力を作り出すコツを知っているのだ。つまりそれをTIと呼ぼうが呼ぶまいが、究極のスイミングの行き着く先はそう違わないのだ。
 でも、そこまでに到達していない人達の泳ぎとTIの泳ぎは全然違う。TIでは、僕のような中高年から始めたなんちゃってスイマーでも、一足飛びにトップ・スイマー達の境地に行けるのだ。疲れずに、滑走の爽快感を味わいながら、ゆったりだけれど結構速く泳げるのだ。

 グライド感を生み出すメカニズムは、本当に魔法のようで、
「えっ?どうしてこんな簡単にスルッと進むの?」
と思うほどだ。それは、水の物理的性質を上手に使った、まるでその性質の裏をかいて水をあざむくような一連のアクションの結果なのである。
 キックによるきっかけ、伸びる体、腰を使った体の回転。この3つが一点に集中するだけで、驚くような推進力が生まれる。それと手の掻きを合わせるのだ。それまで掻きだけで推進力を得ようとしていた僕にとって、今や掻きへの依存度は半分以下。体感する疲労度は10分の1くらいにも感ずる。
 僕は、先日の塚本先生のレッスンでキックを根本的に直されて、聖パウロのように「目からウロコ」の思いをした。キックが利けば利くほどグライド感は増す。今の僕は、それが面白くて仕方がない。最近まで6ビートの痕跡が残っていた僕は、キックしていない時の抵抗をなくすために足を止めて伸ばしている。抵抗を消す作業は、重箱の隅をつつくようだが、結構これが楽しい。
これからクロールを楽に泳ぎたい人に、僕はトータル・イマージョンを強く奨めます。

 さて、みなさんがこの「今日この頃」をお読みになる頃、僕はもう石垣島にいます。来週は石垣島からのレポートをお送りします。なに?そんな自慢話なんか聞きたくないって?まあまあ。僕の紀行文はただの旅行記ではないぞ。僕は、きっと精神的ななにかをつかんで帰ってくるからね。みなさんの心にもきっと何か新しい発見をもたらすものだと思うよ。

そう、これは哲学的な旅となるのだ・・・ふふふふ・・・ほほほほ・・・はははほ・・・・うわっはっはっはっは!

では行ってきます。


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