熱い名古屋の「パルジファル」

三澤洋史   

志保の結婚式
 2週間あると、その間にチマチマしたことがいろいろ起こって、以前の「今日この頃」を読むともう随分昔の事のように思われる。石垣島から帰ってもなかなか体調が戻らず、一週間くらいグズグズした。最後まで残ったのが目の痛みと極端な疲れだったので、恐らく紫外線で目をやられたのだと思う。
 石垣島に着いて、あまりの太陽光線の強さに驚き、妻と二人であわてて市内の眼鏡屋に行ってメガネの上からすっぽりかけるサングラスを買い求めたが、随所で海と空の景色の素晴らしさに圧倒され、一番目を守らなければならないタイミングで全てサングラスをはずしていたのだ。これでは目を焼かれるわけである。

 8月6日火曜日は、志保の結婚式であった。志保の場合、こうのとりさんが先に来て、いろんな順番が逆になった。まず役所に婚姻届を出しに行き、それから家を探して引っ越しをして、そして最後に結婚式というわけである。
 志保とトミーノは、最初、出産してから来年あたり式を挙げようと言っていた。でも僕の家はカトリック立川教会に属しており、志保もマリア=クララ(マリー・クレール))という霊名を持つ信者なので、彼女の体を案じてごくごく内輪だけで出産前に結婚式を挙げようということに決定した。
 式の証人には、東大アカデミカ・コールでも東京バロック・スコラーズでもお世話になっているSさん夫婦にお願いした。Sさんは、僕のそば打ちの師匠でもある。


動画は、Sさんが式の合間にスマホで撮ったものである。良く撮れているでしょ。

 式は午前中に終わり、僕は午後には新国立劇場に行って「リゴレット」の合唱音楽稽古。その後、戻ってきて、夜は我が家でパーティー。この晩は、新郎トミーノ自らと、トミーノのお母さんのとよしま洋さんが腕によりをかけてイタリア料理を作り、それをイタリア人のチェレスティーノ神父をはじめとして我々にふるまってくれた。
 僕は、その晩まだ体調が戻らなかったので、お酒はあまり飲めなかったが、一同は、イタリアの話題などで大いに盛り上がった。特に、チェレスティーノ神父は、東京カテドラルの現在の大オルガンを導入するに際して、最も心血を注いだ方であることが分かった。様々な苦労があったことを語ってくれたが、その情熱の強さに僕たちは深い感銘を受けた。一見物静かな神父だが、しゃべり出すと止まらないし、信仰心も含めて、内に秘めたものはとてつもなさそうな気がする。

熱い名古屋の「パルジファル」
 8月に入ってから週末毎に「パルジファル」に明け暮れた。
3日。名古屋モーツァルト200合唱団の「パルジファル」練習。そのまま名古屋泊。
4日。パルジファル役の片寄純也さんとクンドリ役清水華澄さんを名古屋に呼んでのオケ合わせ。
11日。アンフォルタス役の初鹿野剛さん、クリングゾル役の大森いちえいさん、それと片寄さんでオケ合わせ。
17日。この日はフル・プログラム。午前中、グルネマンツの長谷川顕さんだけのオケ合わせ。午後から他のメインキャスト全員を呼んでのオケ合わせ。5時過ぎから日本ワーグナー協会名古屋支部の例会として、約1時間オケ練習を見学してもらい、その後場所を移して僕が1時間ばかり講演会を行う。「パルジファル」の音楽の革新性と後世に与えた影響、それとワーグナーが最後に辿り着いた境地について述べた。それよりも、後半の質疑応答が実に実りあるものとなった。それから懇親会。さすがに終わったらくたくたになった。
18日はいよいよ、メインキャストに加えて、合唱も、ソロの花の乙女達も騎士も小姓も全員揃っての「全曲通し稽古」。

 でも、僕は本当に「パルジファル」が大好きなんだと自分で思った。いくらやっても楽しくて飽きない。特に通し稽古をやっている時には、しあわせでしあわせでたまらなかった。終幕では、
「え?」もう終わってしまうの?残念!」
とすら思った。
 石垣島から帰ってきた当初は、ちょっと体調を崩していたけれど、今は体調的には絶好調。通し稽古はずっと立ちっぱなしで振っていたのに全然平気。それに全曲振り終わっても、もう一回最初から通せるくらい体力が残っている。
 やはり今年の夏の足繁く通ったプールの効果は絶大だ。トータル・イマージョンのレッスンのお陰で、クロールのストロークの際の肩の関節の余分な力が抜けて柔らかくなり、それに伴って指揮の仕方も随分変わった。エネルギッシュな動きに見える割には省エネで、オケのメンバーにとっても分かり易くなったと思う。

 それにしても、このワーグナー・プロジェクトのオケの熱気が凄い!「パルジファル」全曲演奏会なんて無謀な企画、成立するのかいなと思っていたが、ここにきてレベルがうなぎのぼりだ。特にメインキャスト達が加わりだしてから、自分たちが弾いていた伴奏に歌手達のパートがスッポリはまって、これまで練習してきた音楽の意味が理解出来てきたら、一挙に楽しくなってきたようである。
 しかも、キャスト達は、それぞれがキャラクターぴったりで、しっかりした声で表現も素晴らしい。オケが影響されてテンションが上がるのも当然である。このキャスティングは、我が国で考えられる限りのベストメンバーである。

 いやあ、名古屋って本当に面白いところだ。僕は断言するけれど、これは決して東京では出来ない。東京ではこんなノリにはならないのだ。東京はもともとのレベルは高いだろうけれど、こういう点に逆に東京の弱点を見る思いがする。やはり最後に人を動かすのは、なりふり構わぬ熱狂性(エントゥジアスムス)だね。

 この「パルジファル」演奏会を、僕は、これまで日本人の手で行った全てのワーグナー演奏の中でもベストの公演にしたいと思っている。そして、僕のこれまでの全生涯の中でもベストの演奏にしようとも。
 これが終わったら死んでもいいとまでは言わないけれど、少なくとも、この演奏会をするために僕のこれまでの58年間の人生と、長い間の音楽活動、とりわけワグネリアンとしての日々があったのだ、とくらいは言い切っていいだろう。
 チケットは、ほぼ満席に近く売れているようだが、この「今日この頃」を読んで、行きたいなと思ったあなた、8月25日午後3時半に愛知県芸術劇場コンサートホールに集結して下さい。
 昨日の通し稽古で計った時間では、第1幕1時間35分。第2幕1時間5分。第3幕1時間10分となりました。休憩が2回。それぞれ30分で、従って終演予定は8時半過ぎくらいになります。

昨日、お祈りをした。
「神様、この演奏会でみんなが元気で自分たちの持てる力を発揮し、素晴らしい公演になれますように」
すると、胸のあたりがポカポカと熱くなってきて、どうしようもないほどの喜びが込み上げてきた。
そこで僕はこう感謝した。
「神様、願いを叶えて下さってありがとうございます!」
もう願いは叶っているように僕には思われた。
僕は、これから毎日、しあわせな気持ちで演奏会を指揮している自分と、演奏会が終わっておいしいビールを飲んでいる自分とをイメージする。
そのイメージは日を追う毎にどんどん鮮明になってきて、リアリティを持ってくるだろう。
そしてうまくいけば、実際の演奏会では、そのイメージの通りのことが起こる。
信仰。希望。愛。
この3つを僕が手にしている限り「パルジファル」は成功する。
いや、成功しなければならないのだ。
世界を清めるためにも・・・・。

そして、8月25日には、名古屋に天使の群れが降り立つのだ。


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