やっちまったよ「パルジファル」全曲

三澤洋史   

「パルジファル」公演が終わったら、あれも書こうこれも書こうと思っていた。でも、昨日はなんにも書く意欲が湧かず、「今日この頃」の更新が一日遅れてしまった。公演に来てくれて、指揮者本人が何を書くかなと楽しみにしていた読者の方がいたらごめんなさい。

 演奏会の後は、いつもフヌケになってしまってボーッとしてしまうのだが、それにしても今回ほどフヌケ度の高い公演は初めてかも知れない。昨年11月に初めてオケ練習に行ってから、演奏会の日が来るのを心待ちにしてきた一方で、本番までになんとか形にしなければと必死になってここまできた。
 特に7月14日15日の合宿から後は毎週名古屋に通い、みんなをけしかけ、ラストスパートをかけ、音楽の素晴らしさに自分も昂揚し、アドレナリン出っぱなしの日々を送っていただけに、いきなりそれが終わってしまって、無重力空間に放り出されたような状態になってしまうと、これからどうやって生きていこうかという喪失感がハンパではない。
 とはいえ、次の日の26日の午後にはもう新国立劇場でウォルトン作曲「ベルシャザールの饗宴」、夜にはストラヴィンスキー作曲「詩篇交響曲」の合唱稽古が入っていたので、ぼんやりしているわけにもいかない。
 特に「ベルシャザールの饗宴」は、音も難しいし、速いテンポに変拍子がバシバシと挑んでくる超難曲なので、ここでも無理矢理アドレナリンを出した。これが僕の「お仕事」なんだから、このような音楽三昧の日々を過ごせるという事自体を神様に感謝しなければいけないが、うーっ、月曜日の練習は大変だったなあ。昼と夜の間の休み時間では、オペラシティのエクセルシオールで、ひなたぼっこをする老人のようにボーッとしてしまった。

 さて、親友の角皆優人(つのかい まさひと)君が白馬から名古屋にやって来て、ゲネプロから見てくれたが、一番嬉しかったのは、僕の振り方が変わったのに即座に気付いてくれたこと。しかもそれが水泳のせいだと言う。
「三澤君、X軸で振るようになったね」
X軸とは、たとえば水泳で、右手の入水のタイミングに合わせて、左足のキックをするように、体をX状に感じながらカウンターバランスをとることだ。
 体の軸を感じるということは、スポーツの世界では研究されているが、僕は最近スキーや水泳をやるようになって初めて軸のことを意識するようになった。一番簡単なのは体の中心を感じる1軸。これを感じるだけでも随分違う。それから、赤ちゃんが歩行するようになると必ず感じなければ倒れてしまう2軸などあるが、X軸は、まあ、少し高級な軸の感じ方だ。
 これを感じられるようになったのは、僕の場合、トータル・イマージョンのお陰だ。というか、左右の腕を交互に動かすクロールほど、指揮の動きに直接影響を与える運動はない。極端に言えば、クロールが上手になるほど、指揮が上手になると思う。
 ゲネプロから本番までの間に、楽屋に来た角皆君と僕が水泳の話ばかりしているので、まわりのみんなが苦笑していた。でも、本当に僕の振り方は変わったのだ。肩胛骨から腕を動かすようになったし、ふさわしい脱力が出来るようになって、最小のエネルギーで最大の効果が得られるようになった。だから、あれだけ長い「パルジファル」全曲を立ったまま指揮しても、全然疲れないのだ。真面目な話、もう一回通せと言われても出来たと思う。汗はかくのだが、ある意味「有酸素運動」的になっていて、酸素さえ供給を続ければ、この肉体という機械は果てしなく快適に機能し続けることが出来るのである。

 とはいえ、それは肉体の話であって、やはり「パルジファル」全曲を指揮するのは、精神的には楽ではない。予想していたように、第1幕の神殿への転換音楽でも「なにかが」降りてきたが、予想外だったのは、第2幕を始めようと棒を振り下ろした途端、急に、
「ちょっと速めのテンポでいこう!」
というインスピレーションが降りてきたことだ。ほんのちょっとの違いだが、オケは驚いたと思う。大森いちえいさんのクリングゾールの怪しいワルの描き方もやや変わったし、なによりも花の乙女達のシーンは、第1グループの1番の基村昌代さん、第2グループ1番の大須賀園枝の素晴らしい歌唱に助けられて、妖艶を通り越して、超エロエロな情景が繰り広げられた。そう、ここではエロエロ・インスピレーションが降りていた(ほんまかいな)。
 そして、
「パールジファール!」
の呼び声と共に現れた清水華澄(しみず かすみ)さんのクンドリが光り輝いていた!ここから第2幕終わりまで僕に降りてきていたのは、「世の苦悩」あるいは「猛烈に解脱を希求する」というインスピレーションだ。お陰で、第2幕は異常なテンションのまま幕を閉じることに成功した。
 プログラムで「天使が舞い降りる」と書いたが、こんな風に、僕の場合は演奏中にいろんなものが降りてくるのだ。それを受けるのに肉体の筋肉とは別にエネルギーを使うのだ。だから精神的な疲労はハンパではないのだ。

 清水さんとは、結構何度もコレペティ稽古をして綿密な打ち合わせをした。たとえば、キッスの後パルジファルが自分の手に堕ちないことを知ったクンドリの心境に対しては、もはや「誘惑をしよう」などという余裕はなくていいからねと伝えた。クンドリは、救済を切望するオランダ人でありタンホイザーなのだから、もっと必死になってパルジファルにしがみついて欲しいと要求した。それを、彼女があそこまでしっかりと受けとめ、表現してくれるとは思わなかった。普段めちゃめちゃ明るくて陽気な彼女だが、実はいろんなものを魂の深いところで受けとめ、表現出来る第1級の芸術家なのだと再認識した。
 片寄純也(かたよせ じゅんや)さんは、もうパルジファルは3回目なので、最初からいろいろ教え込む必要がなかった。それよりも、僕は彼の魅力を最大限に引き出そうと思った。キッスの直後の、
「アンフォーーーールタス!」
は、いくら伸ばしてもいいよと彼には言ったが、それを必然的な表現にまで高めてくれたのは片寄さんの音楽性だ。僕が第2幕途中で自分のインスピレーションのままに振っても、彼はそれを即座に理解してくれて、表現に生かしてくれる。どちらが主導権を取るとかではなく、コラボレーションというのはこういうことをいうのだな、という感じで本当にやり易かった。
 アンフォルタス役の初鹿野剛(はつかの たけし)君は、非常に綿密な役作りをして、感動的なアンフォルタス像を構築してくれた。この役は、最初から最後まで悩んでばかりなので、実は役作りは簡単ではないのだ。悩み方の表情の描き分けが素晴らしかった。
 あらゆるオペラの中でバス系の歌手にとって最も歌うところが長いのが「薔薇の騎士」のオックスと「パルジファル」のグルネマンツといわれるが、この長丁場を安定した声と包み込むような人格の表現で歌い切った長谷川顕(はせがわ あきら)さんにも最大限の拍手を送りたい。
 それにしても大森いちえいさんはカッコよかったなあ。あの衣装は自前だからね。自分で持ってるって、どういう奴なんだ。
「今度これを来て京王線に乗って初台まで来てよ」
と言ったら笑っていた。

 さて、アマチュアオケによる「パルジファル」全曲演奏会、本当にやってしまったよ。最大の功労者は、熱に浮かれた偉大なるアホ(笑)である愛知県警の警官佐藤悦雄さんに間違いない。そのアホ熱がまず僕を動かし、オケを動かし、合唱団を巻き込み、ソリストや沢山の人達を巻き込んで実現させたんだ。なんというエネルギー!「純粋なるアホ」Parsifalとはまさに佐藤さんのことだね。
 それから、僕のいない間オケをトレーニングしてくれたオーボエの(今回はイングリッシュ・ホルンを吹いた)吉田友昭さんの努力にも賛辞を捧げたい。彼はソリストが来る前のオケ練習では、ソロパートを一生懸命歌ってくれたのだ。そのためにアルトの三輪陽子さんのところにレッスンに行っていたという。こうした隠れた努力がいろいろな実を結ぶわけだね。
 その佐藤さんや吉田さんに乗せられたとはいえ、オケのメンバーの最終的な集中力は凄かった!僕はね、彼らひとりひとりのことをとってもとっても好きなんだ。みんな謙虚で、音楽に対して真摯な態度で向き合い、そして熱い情熱に溢れていて、明るい。こんな仲間と一緒に音楽が出来るなんて本当に幸せな人生だ!
 いつも一緒に演奏会をやっているモーツァルト200合唱団も大健闘!あまりにもモーツァルトとはかけ離れたワーグナーの世界に無理矢理引きずり込み、
「もっとなまめかしく!それじゃ誘惑出来ないよ!」
なんていう注意を僕から受けることなど普段はないだろうに、よく付いてきてくれたと思う。
 来年9月のモーツァルト200の演奏会のメインプログラムは「レクィエム」だ。この演奏会では、前曲でジュピター交響曲をやるんだよ。僕の大好きな曲だ。オケは、吉田さんや、パルジファルTシャツの僕の似顔絵を描いたWさんもいる名古屋ムジーク・フェライン管弦楽。

 もっともっといろいろ書きたいし、いろんな人に感謝したいのだが、このフヌケの状態ではこのくらいが精一杯です。みんな、本当にありがとう!早く社会復帰します。

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