みのさんには同情するけれど

三澤洋史   

冬に向かう
 寒くなってきたね。立川の柴崎体育館に泳ぎに行ったら、抜けるような青空に木々の紅葉が鮮やかに映えて美しかった。前にも書いたけれど、水泳は図書館と似ている。静かでストイックで、それぞれが自分のやるべきことに没頭しているのが好きだ。
 水泳を始めた3年前は、秋になったら体が冷えて花粉症のように鼻水が出てきて困ったが、今は僕の体も抵抗するのをあきらめたようで、僕が水泳を生活に取り入れているのを受け容れてくれている。忙しい生活の中で時間を見つけるのは楽ではないのだが、なんだかんだで週に少なくとも3回は泳いでいる。


秋の柴崎体育館


 でも、先日本屋に行ったら、スキー・ジャーナルの12月号が出ていた。久し振りに買って読んだらスキーがしたくてたまらなくなった。今月号は「コブの攻略」の特集。付録のDVDで上からコブを見下ろしながら滑っている映像を見ていると、胸がわくわくしてきた。やっぱり僕にとっては、なんといってもスキーこそがスポーツの王様だな。
 なんでかって言うと、生命の危険があるからだ。恐怖心というものと隣り合わせになっているのがいい。その恐怖心を克服して体が前に出ないとうまくいかないが、克服すると自分自身に勝った感じがして嬉しい。それと、ゲレンデの形状や雪質の違いなど、バリエーションが沢山あって楽しい。
 だんだん冬が近くなってきた。以前だったら、寒いの嫌だなと思っていたけれど、最近は、
「いいぞ、いいぞ、早く寒くなれ!どんどん雪が降れ!」
と思っている自分がいる。


「結婚」~「ホフマン物語」
 「バレエ・リュス~ストラヴィンスキー・イブニング」4回公演が終わった。ストラヴィンスキー作曲の3演目、すなわち「火の鳥」「アポロ」「結婚」の中で、我が新国立劇場合唱団は「結婚」で共演。この後も、バレエ部門とは、来年4月に「カルミナ・ブラーナ」で再びコラボレーションする。

 なんというエキサイティングな舞台だろう。かつてのディアギレフ率いるロシアバレエ団の振り付けを踏襲したものだというが、まだジャズダンスもコンテンポラリーもなかった時代に、これだけ斬新な舞台が存在していたとは全く驚きだ。
 「火の鳥」をバレエで見るのも初めて。この曲はバレエ曲であって、コンサート・ピースではなかったんだ、と当たり前の事を確認した。有名な個所をつなぐブリッジの部分は、本当の事、踊り付きで見ないと意味がよく分からないのだな。終幕の結婚式の場面では、背景の街の風景がとてもロシア的で、ファンファーレのような音楽と相まって、実に感動的であった。でも、この場面、大合唱が欲しいなと思った。それから、バレエというのは、舞台上でみんな無口で誰も声を出さないのが不思議な気がした。

 「結婚」では、我が新国立劇場合唱団も大健闘。特に4人のソリスト、すなわちソプラノの前川依子(まえかわ よりこ)さん、アルトの佐々木昌子(ささき まさこ)さん、テノールの二階谷洋介(にかいたに ようすけ)さん、バスの塩入功司(しおいり こうじ)さんは、合唱団のメンバーであるが、聴いて分かる通り、声が素晴らしいだけではなく、総合的な意味で優れた芸術家である。
 彼等のソロは、合唱と一緒になる時にはしっかりと溶け込み、押し出しが必要な時には、きちんとソリスティックなアピールが出来る。外部からソリストを呼んできたらこうはいかない。お陰で、ソノリティが整い、合唱と相まって驚くべき表現の統一性を獲得出来た。指揮者のクーン・ラッセル氏が、
「CDにしたらいいのに」
と言っていたけれど、これは手前味噌ではなく、世界に出しても「結婚」の演奏の見本になり得る出来に仕上がったと自負している。

 ソリスト達の練習も僕がつけたが、初回のソリスト稽古の時に、こんな変拍子続きで音も難しい曲を、それぞれが自分ですでにかなり仕上げてきていたことを述べておこう。それから、合唱練習が始まる時に、僕はソリスト達に向かって、
「来てくれるのは構わないけれど、こっちは音取りからやるから、お構いはしませんよ」
と言って、自由参加ということにしていたけれど、みんな自主的にほとんど毎回参加してくれた。通して練習する時には、合唱団にとっても受け答えの練習になってとても有り難かった。
 実は、この4人のソリストにはカヴァー歌手がいた。ソリストの内の誰か一人でも欠けたら公演が成立しないからである。カヴァーは、上の声部から、岩本麻里さん、鈴木涼子さん、大木太郎さん、細岡雅哉さんであるが、彼等も本役に引けを取らないくらい優秀であったことに触れておきたい。これらの人材を有する現在の新国立劇場合唱団のレベルはとても高い。
 僕達は、この夏から、ストラヴィンスキー作曲「詩篇交響曲」、ブリテン作曲「ベルシャザールの饗宴」、プーランク作曲「スターバト・マーテル」など、決して簡単ではないコンサート・ピースを手がけてきていたが、こうした曲に取り組むことは、音楽的な足腰を鍛えることになって、オペラのためにもとても有益である。

 現在は、「ホフマン物語」の立ち稽古が行われている。ロシア語の後はフランス語だ。でもみんなアルファベットが読めるだけいいと言っている。「ホフマン物語」の舞台は動きが激しく、ダンスもありで、大変だけど楽しい。
 前回やったのは8年前の2005年なので、初心者が半分くらいいる。なんと前回のホフマン役は、バイロイトで大ブレイクする前のクラウス・フローリアン・フォークトだった。ホルン奏者からテノールに変わってまだあまり経ってなかったのかも知れない。歌唱は確実だったけれど、とりたててパッとしなくて印象が薄かった。その間に精進し大成長を遂げたのだ。
 先週の立ち稽古は合唱だけの集中稽古だった。初演時に演出家のフィリップ・アルローが10日間くらいかけて頭をひねりながらつけた立ちを、劇場付き演出部の澤田康子さんがわずか2日でつけた。澤田さんは、ムーミンのような癒し系の外見とは裏腹に、もの凄く頭が切れて要領が良い。彼女は、週末に僕達が「結婚」をやっている間に、来日したソリスト達に立ちをつけているはず。それで今週から合同稽古。また報告しますね。楽しみ楽しみ!

バイロイト・イブニング
 11月12日火曜日。「バレエ・リュス~ストラヴィンスキー・イブニング」のオケ付き舞台稽古(実質ゲネプロ)に妻を連れて行った。彼女も大満足。練習終了後、僕達は神保町に向かう。今晩は、バイロイトのピアノ工房シュタイングレーバーの社長とその息子のアルヴァン、そして元バイロイト大学教授のディーター・クライン、そしてバイロイトで僕がいろいろお世話になったヴィンター和子さんに会う。つまりストラヴィンスキー・イブニングの後は、バイロイト・イブニングだ。
 シュタイングレーバーのピアノは、ワーグナーもとても気に入っていた美しい音のするピアノだが、日本ではシュタインウェイやベーゼンドルファーのようには知名度がない。社長のウドー・シュミットは日本進出を考えているけれど、ブランド志向で名前にこだわる日本で浸透させるのはなかなか難しいと見える。
 それはともかく、ウドーさんは3秒に一度はジョークを言うような実に陽気な人物である。あまりに気さくであけすけなので、こんなんで社長が務まるのかいなと思ってしまうが、考えてみるとだからいいのかも知れない。彼は、その不思議な魅力で、相手が警戒心を抱いていたとしても、それを瞬時に解いてしまうし、相手のネガティブな思考を瞬時にポジティブに変えてしまう。僕は思ったね。そうか、ドイツというのは、こういう人が社長になれる社会なんだ・・・と。つまり、それこそが成熟した社会の証なのだと。
 
 そんなピアノ工房の社長さんや大学教授達と一緒に夕食をとった場所は、高級フレンチ・レストラン?いやいや、写真を見てもらうと分かる通り、なんと神保町の裏道の居酒屋。それも、超レトロな雰囲気の大衆酒場。和子さんとディーターの行きつけの店だそうだ。メニューを見てもらうと分かるが、どれも安い・・・が、とってもおいしい!


バイロイト・イブニング

 僕は、ここのところ「結婚」でロシア語をやっていたし、「ホフマン物語」でフランス語の言語指導もしていたし、イタリア語のレッスンは毎週続けていたしで、ドイツ語とちょっと離れていた。何も考えないで彼等とあった瞬間、ドイツ語が洪水のように流れてきて、おっとっとっと、そうか今日はドイツ語で話さないといけないんだな、とちょっとあわてたが、すぐにビールのアルコールが潤滑油となって、ウドーさんのジョークに受け答え出来るようになってきた。ディーターもよくジョークを飛ばすが、ディーターのジョークは穏やかでやさしい。ディーターは実に優しい人間なんだ。
 彼等と一緒に居ると、本当に時を忘れて、まるで家庭でくつろいでいるようなリラックスした気分になれる。こんな仲間はめったにいない。バイロイト音楽祭でのかつての日々は、めくるめく体験だったけれど、今となってみると、バイロイトで得た最も大きな収穫は、こうした人達との変わらぬ友情であったと再確認。

ある奴隷少女に起こった出来事
 僕はあらゆる差別を激しく嫌悪する。いや、差別までいかなくても、たとえば自分の社会的地位を利用して必要以上に威張る人や、会社のヒエラルキーの上にあぐらをかいている人や、家庭内でも、暴力を振るったり、自分の思い通りに家族をコントロールしようとする人など、人間の基本的な人権や尊厳を損なうあらゆる威圧的な力を嫌悪する。
 僕がジャズという音楽に惹かれた背景にも、アメリカ社会の人種差別によって抑圧されてきた黒人達へのシンパシーがあったのかも知れない。それに気付かなくても、僕のDNAの中に、彼等と寄り添おうとする衝動がすでに埋め込まれていたのかも知れない。

 そんな僕は、ついにこの本と出遭ってしまった。ハリエット・アン・ジェイコブズ著、堀越ゆき訳「ある奴隷少女に起こった出来事」(大和書房)である。この本は恐ろしい本である!主人公をはじめとする登場人物の名前は実名ではないけれど、書かれてある内容は全て実話だという。
 この本を書いた女性は、1813年にアメリカ南部に生まれている。リンカーンが奴隷解放宣言を出したのが1862年だから、南部では特に最も奴隷制華やかなりし頃だ。どんなにやさしいご主人に雇われていても、そのご主人が亡くなると、「競売―ニグロ、馬、その他」という広告が掲示されて、奴隷は自分の意志とは無関係に売られていく。子供のいる奴隷は、親子バラバラに売られていく。どんなご主人のもとに行くか分からない。この物語の主人公も、12歳の時に冷たく好色な主人のもとに売られていった。
 そこではごく当たり前のように、黒人の奴隷女性達に白人の赤ちゃんが生まれている。つまりご主人の性的おもちゃにされるわけである。奴隷女性がなまじ美しかったりしたら不幸の始まりである。またその奴隷女性が結婚していて、彼女の夫がそのことでご主人に抗議のそぶりでも見せようものなら、ただちに激しい虐待を受ける。ご主人の領地の中ではどんな拷問や暴力を受けようとも、あるいは殺されても罪に問われることはない。何故なら家畜と同じで人間ではないのだから。
 奴隷女性が最も恐れるのは、むしろご主人の妻からの虐待だそうである。妻の嫉妬の矛先は夫にではなく立場の弱い奴隷女性に向けられるのだ。妻もある意味犠牲者かも知れない。一度夫の不貞に気付いたら、もう片時も平穏ではいられなくなるから。白人の娘が年頃になると、両親は競って奴隷を沢山雇っている裕福な家に嫁がせようとする。それが娘のしあわせになると信じて。しあわせ?
 奴隷達を虐待したご主人達の中には、奴隷達の亡霊におびえる人や、死ぬ時に、
「わしは地獄に落ちる。金を一緒に埋めてくれ」
という最期の言葉を残す人もいるという。結局、奴隷制のお陰で、白人さえしあわせにはなれていないようだ。
 でも、不思議なのは、そうした白人達は、ごく当たり前に教会に行き、慈善活動もしたりしている。上品で美しい言葉を語ったその同じ口で、
「まったく自分の身分もわきまえないで。思い知るがいいわ」
と奴隷に向かって平気で言える。矛盾を感じないのかな。偽善だと思わなかったのかな。人間って、どうして差別するのだろう。なんて悲しい動物だろう。
 
 この本は、一世紀以上も埋もれていて、最近になってから再発見され、ベストセラーになっている。アメリカ人は一体どう思ってこの本を読んでいるのだろう。みなさんにも是非一読を奨めたい。


ある奴隷少女に起こった出来事


みのさんには同情するけれど
 今月号の文藝春秋には興味のある記事が満載されている。「小泉純一郎 私に語った『脱原発宣言』(山田孝男)」、「ケネディ暗殺 五十年目の『真実』」、そして五木寛之氏が集めた「うらやましい死に方2013」など。その中でも最も興味深かったのが、みのもんた氏の「私はなぜここまで嫌われたのか」だ。

 僕は基本的にはみのさんに同情する。事の発端は、みのさん自身が何か悪いことをしたわけではなく、彼の次男の不祥事だ。その事でみのさんが職を追われる必要はなかったと思っている。みのさんが記者会見で、
「子供がいる男に『親も責任取れ』というのは日本だけじゃないか」
と発言したことに対しても同意するし、その後あがった「開き直り」「無責任だ」という視聴者の声も決して正しいとは思わない。

 ただ、みのさんにはひとつだけ自分で気付いていないことがある。それは、みのさん自身の次の言葉にある。

私だけに限りません。テレビなどで人気を得ていたタレント、政治家などが、あることをきっかけに、一瞬のうちに全否定される。近年、こうしたケースが目立つのではないでしょうか。その反転ぶりが恐ろしい。
まさにそうですよ。それを僕は「今日この頃」でも折あるごとに言っているのだ。でもね、みのさんもそれをやってきた一人ではないですか。それに対してみのさんは言う。
かつても、覚せい剤で息子が捕まった女優さんや暴力事件を起こした歌舞伎役者さんがいました。たしかに私は彼らに厳しいコメントを述べましたが、子供の不始末の責任を取って、女優、歌舞伎役者を「辞めるべき」だと言ったことはなかったはずです。のちに「芸能人の家族の不祥事に対して厳しい意見を言ってたくせに、自分には甘い」というご批判をいただきましたが、そこは私なりの一線をわきまえてきたつもりです。
 その一線に関しては、残念ながらたぶん誰からも理解されないと思う。というのは、それはみのさん自身の“大切な一線”かも知れないけれど、みのさんは、自分が“イジメの構造”を持つ今のマスコミ全体の枠組みの中にしっかりとはめられ、その中でただ踊らされていただけ、という自分の置かれていた立場を分かっていない。
 みのさんは、ズバッと斬り捨てる批判をするだけでもう事足りていたのである。あとはマスコミがその始末を引き受ける。辞職に追い込んだ方が面白いと思えばマスコミはそうしたし、それでは抵抗が生まれるなと思ったらそうしなかった。みのさんの意志なんてこれっぽっちも尊重されていない。みのさんの一線なんて誰も問題にもしない。
 加えて、みのさんの番組で彼の毒舌コメントをほくそ笑んで観ていた視聴者は、別にみのさんに好意を持ち、みのさんを支持していたわけではない。ここを勘違いしないで欲しい。彼らはいつだって、誰でもいいからスケープゴートが欲しかっただけだし、それが、今まで偉そうに厳しいコメントをバシバシ言っていたみのさんであるとなったら、逆にもう恰好の餌食なのだ。みのさんは、好むと好まざるとに関わらず、そうした屈折した視聴者を育てることに荷担し、自分の振りかざした剣で自分自身を傷つけてしまったわけなのだ。
 視聴者にとってみれば、みのさんがいなくなったって、みのさんでなければ駄目というわけじゃない。要するにうっぷんを晴らしてくれる人が次に出てくれば誰だっていいのよ。それに、みのさんが今度のことで下手に目覚めて、スケープゴートになる人に同情してズバッと斬れなくなったりしたら、それはもうみんなが望むみのさんではないのだ。そうなったら、マスコミは平気でみのさんを見棄てるのだ。
 残酷だけどね、みのさんが生きていた世界って、そんな世界だったのよ。みのさんがやっていた番組って、そんな程度の番組だったのよ。ああ、可哀想なみのさん!

 ニュースって本来そんなに面白いものではない。いや、そんなに面白いものであってはいけない。そのニュースをおかずにして、まるでバラエティ番組のように面白可笑しく仕立てる番組のあり方がそもそも異常なのである。
 今の若者達を見ていると、スポーツとバラエティ番組ばかり観ているだろう。これではみんな阿呆になってしまう。そんな阿呆にとっては、みのさんのような番組でも、ニュースを全く観ないよりはマシなのかも知れないが、
「みのさんのような番組はいらないから、もっと正確で中立的視野から見たニュース番組を増やして欲しい」
という要望が国民全体から湧き上がってこない限り、これからもみのさんのような事件は繰り返し起こってくるだろう。

なんとも寒い話である。
日本はこんな残念な国に成り下がってしまった。

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