受難曲と祈り

三澤洋史   

ゴールデン・ウィーク?
 どうやら巷ではゴールデン・ウィークらしいが、新国立劇場では、連日「カヴァレリア・ルスティカーナ」&「パリアッチ(道化師)」(略してこれから「カヴァパリ」と呼ぶ)の舞台稽古が行われていて、全く関係ない。
 もっとも、こんな時に休みをもらってどこかに行こうと思ったところで、どこに行っても人がいっぱいだから、かえって働いていた方がよい。出来れば、その前後にまとまって休暇を取りたいところだが、そうもいかない。

タンタンの命日
 今日5月5日月曜日は愛犬タンタンの命日。あれから2年経ったんだ。その間に志保がトミーノと結婚し、杏樹が生まれて5ヶ月になっている。杏樹は目の中に入れても痛くないほど可愛いが、杏樹は杏樹、タンタンの代わりとはならないし、タンタンの喪失感を杏樹で埋め合わそうなどと考えるのは、かえってタンタンに対して失礼であるとも思う。

 今日は浜松バッハ研究会で「マタイ受難曲」の練習だが、家を出てくる前に8時から三回忌の法要を簡単に済ませた。志保が杏樹を連れて昨晩から泊まっていたので、僕、妻、志保と杏樹で家の庭にあるタンタンのお墓に行って、陶器のミニチュアダックス像を布で拭いてきれいにし、お香を焚き、僕がお祈りをした。
 仏教では死んでから仏様になると言っても、まさかタンタンに「僕たちをお守り下さい」と言うのも変だ。でも杏樹のことだったらお願いしてもいいかなと思い、
「天国から杏樹を見守っていて下さい」
と、祈りの最後に付け加えた。それでも笑ってしまった。あのやんちゃ犬が、今更地上にいる杏樹のことなんか関係ねーか。
 でも、志保は言う。
「杏樹は生まれてくる前に絶対タンタンに遭っているよ。それでタッチ交代してやって来たんだ」
なるほど、そうかも知れない。

僕の心の中には、特別なお部屋があって、そこにタンタンが永久に住んでいる。僕のタンタン!大好きなタンタン!君のことは生涯忘れないよ!

情けない日本人
 浜松に行く新幹線の中。僕の車両の最後列でトラブルがあった。どうやら乳幼児を連れた若い夫婦が荷物を置くために最後列横3席を並びで予約したのに、そこに荷物が入っていたので反対側にどかしたら、僕と同年配か少し年上のおじさんが、
「俺の荷物を勝手に動かした!」
と、いきなり怒り始めたようだ。
「でも、あたしたち荷物を置くためにわざわざ最後列の3席を取ったのです」
とカップルの女性が言っても聞く耳を持たない。そのうち車両全体に響き渡る声で怒鳴り始めた。
 僕はびっくりして後ろを振り返った。他にも沢山の人達が振り返っている。
「車掌さんを呼びましょう」
と女性が言うと、初老の男は、
「なにをー!」
とますますいらだってくる。

 僕は、これ以上男が興奮して手でも出し始めたら大変なので仲裁に行こうと思った。僕は車両の中央より後ろの3席並びの窓側に座っていて、横には大きな外国人男性が二人座っている。ちょっと出にくいが、出るのは今だなと思って腰を浮かした。するとその時、女性の夫が出てきた。彼はその妻と違って、謝りモードでちょっと下手に出た。おやっ、と思った。すると妻がそれを受けて作戦変更した。
「断りなしに荷物を動かしたのは謝ります。申し訳ございませんでした」
と謝りだした。ほほう、なかなかやるなと思った。人間、謝られるとそれ以上怒れなくなるもんだ。男はしだいに怒りを収めていく。すると、みんなが自分の方を向いているのに気がついてきまりが悪くなったらしい。すごすごと引き上げていって一件落着。
 ところがカップルの方は一件落着どころじゃなかった。そのいさかいの間、乳幼児が放って置かれたので、今度はその赤ちゃんが火がついたように泣き始め、いくら経っても泣き止まない。女性は乗客の邪魔にならないようにずっとデッキにいっぱなし。杏樹もそうだけど、泣いた時に構ってもらえなくて一度怒り出した赤ちゃんは手がつけられないからね。本当にお気の毒だった。

 僕は、さっき出て行く時、すでに仲裁する時の言葉を考えていた。
「あんたいい歳して大人げないんだよ。こんな小さい子を連れて旅行をするのがどんなに大変か知っているのか。子供の荷物だけで大変なんだよ。そこにもってきて泣かれたらどうしようとか、あんたのような人がうるさいって言ってきたらどうしようとか、いろいろ心配するのだ。我々年配者はね、きちんとそこまで分かってあげて譲る時は譲ってあげるもんだ。それを、荷物が動かされたくらいであんなに怒鳴ったりして恥ずかしくないのか!」
これを言い放てなかったのは残念だ。でもそんなことしたら、ますます話がややこしくなる危険性もあったな。とにかく、これからこういうことが身近で起こったら、「お助けじーさん」になろうと本気で思ったよ。
 僕は、杏樹を連れて移動する志保達の大変さを見ているから放っておけない。オムツ、着替え、それにベビーカーなど、自分の荷物以外にいろいろ持たなくてはならないのだ。

 もうひとつ感じたのは、新幹線にスーツケースを置くためのスペースがないという問題だ。そういえば、僕の隣の外人二人組も、最初に新幹線に乗り込んだ時は大きなスーツケースを持っていた。彼らも後部座席裏のスペースに置いただろうから、どう考えてもそこは一杯になっていたに違いない。
 僕はいつも思う。何故新幹線にスーツケースを置くためのスペースを作らないか、と。ヨーロッパではたいてい車両のはじにまとめて置ける棚がある。今回のトラブルは、その棚さえあれば起こるはずもなかったことだ。新幹線なんて、今や外国人が大きなスーツケースを持って乗るのが日常的なのに、何故棚を作らない?座席の数をなるべく多く取って少しでも儲けたいという浅はかな経済的配慮か。こんなだから日本はいつまで経っても成熟した国にならないのだ。

 それに最近は、さっきの男のように世の中短気な人が多すぎる。僕のイタリア語の先生がいつも言っている。
「イタリア人はしょっちゅう怒っているし、嬉しい時は嬉しそうにするから何を考えているかすぐ分かるわ。でも、日本人はおとなしいから、穏やかな人かと思うと全然違ったりする。むしろそういう人に限って、いろいろをギリギリまで我慢していて、それが限界を超えるといきなり爆発して、まるで別人のようになってしまう。だからあたしは日本人が怖い」
 それにしても、自分の荷物をちょっと動かされたくらいであんなに腹を立てるおっさんも異常だよな。ああいう人って、会社でも威張っているのかな。それとも逆にいつもヘコヘコしているから、こんなところで威張ってみせるのかな。いずれにしてもいい歳コイて見苦しい。同じ年配者として恥ずかしい。

受難曲と祈り
 浜松バッハ研究会の「マタイ受難曲」では、十字架上のイエスをののしる群衆合唱から終曲まで練習した。イエスが息を引き取ってすぐのイ短調の受難コラールを練習している時に、
「何かが足りない」
とふと思った。そこで、みんなを座らせて話しを始めた。
 こんな時の僕は長話をしてしまう。それが時に練習のテンションを下げてしまうのは自分でも分かっている。僕がもっと自分の心に正直になっていたら、練習を中断してどこかにこもり、あるいは散歩しながら、自分が何を欲しているか模索していただろう。だが僕は、全く違う方法を取るのだ。それが・・・・合唱団を前に話し始めることなのだ。みんなを付き合わせて迷惑かも知れない。僕は自分で話をすることによって、自分で自分が何を欲しているのかを探っているのだから。
 ということで僕はその時思いついたことをいろいろ話し始めた。最初は自分の話がどの方向に行くのかも皆目見当がつかなかったが、話している内に何かに気づくのである。そして出た結論に自分で驚く。

イエスの死の直後のコラールに足りなかったものとは、「祈り」だったのである。

 「ヨハネ受難曲」では、受難劇の中にコラールが挿入されることによって、物語が一度中断されて信徒の心情が歌われる。だから「マタイ受難曲」よりも祈り易いと言えるかも知れない。
 しかし「マタイ受難曲」は、コラールがあまりに物語の中に溶け込んでいる。そこに気を取られるあまり、僕はこれまで受難劇と同じ気持ちで、あるいは受難劇の延長上でコラールを捉え、演奏してしまっていたかも知れない。
 このイエスの死の直後のコラールでも、僕が気が付いたことは、これではイエスの死を月並みな感情で受けた弔いの歌でしかないことだ。悲しみの感情だけが支配する痩せた淋しい響きとなっているのである。要するに「黙祷」の代わりでしかないということだ。
 演奏するバッハ研の人達が悪いわけではない。僕がそう解釈し、そう振っていたのだ。でも、それが「マタイ受難曲」を、オペラと変わらない単なる劇音楽の地位に甘んじさせていることに僕は気づいたわけだ。

 最近いろいろ考えることがある。自分が毎週日曜日、東京カテドラルに通ってミサを受けているということも原因のひとつになっている。あの大きな空間の中に身を置いていると、自然に祈りが自分から出てくるのを感じる。でも、その祈りは、
「神様、こうしてください、ああしてください」
というものとは全然違う。
 祈りとは、何も考えない満たされた気持ちに浸ることなのである。祈りとは、自分が自分自身の心の中に流れる感謝を感じることなのだ。その上で、いろいろな願いが出てきたならば、神様にお願いしてもいい。願いは叶うに違いない。すでにそれは神の御心に適ったものだから。でも本当は、祈りとはもっと純粋でもっと無心なものだ。禅の境地に似ているが、明らかに一線を画す点がある。祈りには、光と喜びがある。

 僕は、祈りが足りないと指摘した後で、
「もう一回やってみましょう。でも、どこをどうしろということじゃないんだよ。祈りという言葉を考えながら次歌ってみよう」
と言って練習再開。すると・・・・予想をはるかに超えて見違えるようになった!「マタイ受難曲」が、一気に俗的なオペラから劇的な宗教音楽へと昇華したのである。彼らが演奏するコラールからは、祈りの持つ豊かさと温かさと信頼と感謝が感じられ、それによってイエスの死へのとらえ方とその表現に信仰的深みが加わったのだ!

 こういうことがあるから、宗教曲に関わるのをやめられない。自分の生き様、悟りのステージ、信仰心などが深まると、それが即座に指導の仕方や出来上がった演奏に現れてくるのだ。これは宗教曲だけに起こり得る現象だ。だってそういうための音楽だもの。そして、そういう音楽のスペシャリストだもの、バッハは!

浜松バッハ研究会の「マタイ受難曲」は、まだまだ来年の4月19日だが、もう今からとても楽しみになってきた。

「カヴァパリ」
 先ほど上に書いたように、「カヴァパリ」の舞台稽古が連休をしっかりつぶしてくれた。指揮者のパルンボは2005年の「蝶々夫人」公演以来の新国立劇場再登場。ちょっと歳取って貫禄が出て来た反面、音楽の作り方や練習の進め方に大きな進歩が見られる。彼の、それぞれの曲想をとらえる感受性には、昔からとても鋭敏なものがある。この音楽を自分はこう読む、ここはこうしたい、というのがとてもはっきりしているのだ。
 その解釈は時に個性的でありながら、僕には全てが理解出来、納得出来た。ただかつては、次の曲想への移り変わりが極端で、バッサリと斬り込み過ぎるので、これを果たして聴衆がみんな受け容れてくれるのかなという心配があった。
 ところが今回は、そこにある種の普遍性のようなものが加わって、より説得力が増した。自分でもソリストのパートをどんどん歌いながら稽古をつけていくので、ソリスト達もよく従っている。
 このように、パルンボにマエストロとしての風格が備わってきたのに僕たちは驚くが、もっと驚くのが、あれだけ立ち稽古で稽古場を仕切っていた演出家のデフロが、マエストロには逆らえないようで、パルンボに言われると「はい、はい」と路線変更も厭わないのだ。
 これはいつも驚くところだ。まるで犬同士の喧嘩と一緒だ。彼ら同士の間で主従の関係や序列というものが一瞬で決まるのだ。彼らは一体何をもってそれを決めるのだろうか。オーラの強さか?こういうのを目の当たりにすると、僕たち日本人は農耕民族であり草食系だなあといつも思う。

 舞台は、古代ローマの円形劇場の廃墟が真ん中にどーんとある。下手には大きなオリーブの木。久し振りに写実的で美しい舞台だ。舞台美術及び衣裳を担当するウィリアム・オルランディのデザイン画が凄い。通常のデザイン画は、スケッチにちょっと色がついたという感じなのだが、彼のはそのものが絵画としての完成度を誇っているのだ。これはもう個展を開いてもらいたいほどだ。衣裳デザイン画もそう。衣裳を着ている人物があまりに芸術的に描かれているので、衣裳デザインであることなど忘れてパネルの前にたたずんで鑑賞してしまった。
 そのように克明に描かれているので、出来上がった舞台もハッとするほど美しい。それにディテールに至るまで正確に再現されている。オルランディ氏は、見かけは、イタリアなどの街角に座って犬を足下にはべらせながら通りを眺めているような、ただのずんぐりしたおっさんなのに、どこからあのイメージが出てくるのだろう?

 歌手の中では、「カヴァレリア」トゥリッドゥ役のテノール、ヴァルテル・フラッカーロが、声にも演技にもますます磨きがかかって素晴らしい。立ち稽古のはじめに、
「だいぶ痩せたね」
と言ったら、
「歌手としてのクォリティを保つために運動しているのだ」
という返事が返ってきた。
「おお、僕も運動しているよ。歩いたり自転車乗ったり泳いだり」
と言うと、とても嬉しそうな顔をして、
「ぶくぶく太っている歌手が多いけど、やはり筋肉を鍛えておかないと声楽家はダメだ。動きだって機敏にしておけば演技のクォリティが保てるし、声の鮮度も失わない」
事実、彼の発声はもともと良かったけれど、さらに進歩している。偉いなと思った。

 また「道化師」のトニオ役ヴィットリオ・ヴィテッリも優秀。冒頭に、バリトン歌手であったら誰しもがこのアリアを舞台で歌うことを夢見る「プロローグ」がある。アリア最後の方の最高音Asが出なくてこのアリアを歌えない優秀なバリトン歌手がゴマンといる中で、ヴィットリオはいつもこのAsを抜かないで軽々と出す。
 彼はイタリアオペラを歌うために生まれてきたような男だ。稽古場や楽屋でもいつも冗談ばかり言っているが、根は真面目で、歌にも演技にも真摯に向かい合う人間だ。イタリア人の良い所を全て備えている。この二人のイタリア人が稽古場の雰囲気を引き締めながら同時に和ませてくれている。
 それにしてもぺっぺ役の吉田浩之君は、いつ聴いても美声だなあ。脇役ながら、ぺっぺと言うのは実に重要で、ぺっぺの歌や演技がつまらないと、「道化師」全体に締まりがなくなる。特に劇中劇が始まってからは、変な話、存在感を見せつけない存在感を示さないといけないのだ。

 これからオケ付き舞台稽古に入っていって、11日日曜日がゲネプロ(総練習)だから、まだちょっと初日まである。また近況報告します。

   

 


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