地味に怒濤の一週間

三澤洋史   

上田へ演奏旅行に行って来ました
 長野県上田市に行った。長野市と軽井沢の間なので、よく通ってはいたのだけれど、降りたのは生まれて初めてだ。6月4日水曜日と5日木曜日の2日間で、上田高校、染谷丘高校、千曲高校、上田東高校の4校のコンサートを行った。場所は上田市民会館。名将真田幸村の根拠地である上田城跡公園内である。
 朝散歩すると、由緒あるこの街の持つなんともいえない気品が、街角のあちらこちらから漂ってくる。大きな街ではないけれど、駅前の大通りの坂道の風情や、目の前に立ちはだかる山並み、あちこちにあるお寺や神社の数々。実に魅力的な街だ。
 城跡を散歩する。城跡公園と言われる通り、天守閣は跡形もない。でも城門や石垣及びお堀はかなり立派だ。この上田城には、かつて徳川軍が二度に渡って攻め入ったが、数の上では歯が立たないほどの劣勢だったにもかかわらず、二度とも徳川軍は大敗した。地の利も含めて、真田軍の志気や頭脳が圧倒的に優れていたと伝えられている。

 新国立劇場合唱団は、劇場内でオペラ公演をするための合唱団だけれど、こうしたコンサートがもたらす実りは計り知れない。高校生ともなると、小学生とは違ってシラけている部分もあるかも知れないので、心して演奏しなければと思っていた。しかし、心配はご無用であった。こちらが真摯な態度で臨んでいけばいくほど、相手もダイレクトに答えてくれる。
 結果的には、始終とても良い雰囲気の中でコンサートが出来たと思っている。合唱団員達が、彼らときちんと向かい合いながら演奏してくれたのに、僕は限りないリスペクトと感謝を捧げる。それに、上田の高校生達が純朴でスレてないというのもある。演奏会というものは双方で作り上げるものだからね。
 楽屋で団員達が話している。
「結構、ノセ上手だよね。ここの生徒達。やる気を引き出してくれるものね」
手前味噌だが、僕の編曲した「涙(なだ)そうそう」が結構ウケました。演奏後のアンケートでも、「印象に残った曲」の筆頭に彼らがこの曲を挙げてくれた。合唱団員達が心をこめて歌ってくれたというのもある。

「今、みなさんの前に立っていますと、自分の高校生時代を思い出します。自分が音楽の道を決心したのもこの時代でした。みなさん、僕が確信を持って言いますが、夢を持ち続けていれば、夢は必ず叶います。叶わないとすれば、あきらめるからです。みなさん、夢を持ち続けて下さい。そのためにも、このかけがえのない高校生活を悔いの残らないよう過ごしてください。いつの日かまたみなさんにお会い出来る日があるかも知れません。その時まで、お元気で!さようなら!」
こう言いながら、毎回のコンサートのアナウンスを僕は締めくくった。言いながら毎回、僕は自分の胸が熱くなるのを感じていた。

 ところで、僕の親友である角皆優人(つのかい まさひと)君のご両親は、現在上田に住んでいる。このコンサートのことを角皆君に伝えたら、両親を連れて是非来たいと言う。そこで僕は上田の主催者に訊いてみた。そしたら、角皆君のことを知っていて、
「ええっ?有名な方ですよね。どうぞどうぞ、是非いらして下さい。え?入場料?そんなもの要りませんよ」
と言ってくれた。
 そこで4日の午後の染谷丘高校の公演に、角皆君と美穂さんの夫婦と、角皆君のご両親の4人で観に来てくれた。その晩は合唱団みんなで食事会があったので、コンサートの後食事会までの間、5人でお茶を飲みながら昔話をいろいろして楽しいひとときを過ごした。
 一体、何十年ぶりの再会であろう。高校生の頃、僕が音楽の道に進もうか迷っていた頃、角皆君の家に泊まりにいくと、時計や貴金属の卸業をしていた彼の家は文化的香りに溢れていて、その香りに誘われるように、僕は音楽への道を決めたといってもいい。その時の文化的香りが、なにか甘酸っぱいような感情と共に蘇ってきた。
 ご両親ともお元気で、特にお父さんは、最近カーヴィング・スキーとはどんなものかと興味を持ち、時々角皆君にスキーを習っているという。こういう風に、いつまでもいろんなことに興味を持つことが若さの秘訣だ。

 さて、合唱団の夕食会の郷土料理の店では、馬刺しと鹿の刺身とが出た。合わせると馬鹿。これってシャレ?って、ゆーか、このあたりでは馬も鹿も食べるのだね。馬のモツも食べたが、こちらの方は、ちょっと競馬場近辺の馬小屋の臭いがする。
「う!ダメだこりゃ!」
というメンバーもいる。唐辛子や山椒をかけて食べたら臭みが消えたが、同時に料理の味そのものも消えて、何を食べているのか分からない。
 夕食会でみんなと語らってあらためて思ったが、今の新国立劇場合唱団っていいひとが多く、みんなとてもなごやかな雰囲気だ。勿論プロなので「仲良しグループ」を作るのが目的ではないけれど、音楽ではしのぎを削っても、それ以外ではこうした雰囲気が僕の理想だ。前向きで、アクティブで、なごやかで・・・だから高校生にも伝わるのだと思った。

今の新国立劇場合唱団、大好き!
そう、あらためて感じることの出来た上田の夜であった。

怒濤の金曜日~初めての体験Schoo
 上田から帰ってきて落ち着く暇もなく、6月6日金曜日は、朝から忙しかった。10時からイタリア語のレッスン。今日は相棒のK君がいないため、文字通りマンツーマン(マンツー・ウーマン)のレッスン。1時間雑談するだけなのだが、会話は全てイタリア語のみだから楽ではない。先生が、
「それはどういう意味なの?」
と訊いてくると、授業なのできちんと説明しなければならない。
 通常、新国立劇場でイタリア人と話しているけれど、難しい表現は避けて意味さえ伝わればOKという感じだ。でもここでは、接続法や仮定法を使って見たり、関係代名詞を使って文章を長くしたりする。イタリアに長く住んだわけではない僕にとっては、ドイツ語のように皮膚感覚ってわけにはいかないので、めちゃめちゃ頭を使う。終わると脳がグタッと疲れているのを感じる。でも、このレッスンは欠かせない。脳の若返りのためにも(笑)。

 午後は新国立劇場。今日は、僕が指揮する高校生の為の鑑賞教室「蝶々夫人」のプログラム用のインタビュー。主役のソプラノ横山恵子さんとの対談形式だ。横山さんは、ドイツ在住時代に様々な劇場で蝶々夫人をなんと百回くらい歌っているそうな。僕も、なんだかんだで、東フィルと一緒に18回指揮していて、今度6回公演を振ると、合計24回指揮することになるけれど、百回には負ける。ひとつの役を百回やったら、何か見えてくるだろうな。

 さて、そのインタビューを終えると、劇場を後にし、一路スクーSchooの中継会場に向かった。会場に着くと、僕の席の右側にはキーボード、後ろには大画面のディスプレイ、左前には確認用のPCが置いてあり、セッティングが完了している。ヘッドフォンをするのが煩わしかったが、僕の弾くキーボードの音はヘッドフォンからしか鳴らないと言われて、仕方なくヘッドフォンを装着する。前だけ見ていればいいのだが、横向いてキーボードを弾いてから前に戻ると、コードがからまってヘッドフォンが取れそうになる。実は、本番中もそれが起こってあせった。
 一度ゲネプロをした。その後Schoo担当のお姉さんにいきなり、
「キーボードでなにか音楽を弾いているところからこの講座を始めません?」
と言われて、急にハードルが上がって、心臓がバクバクした。いきなり画面に僕が現れた途端ミスタッチでもしたらどうするの?

 本番が近づいて来た。次々と着席したのが画面上で見える。おっ、東京バロック・スコラーズのNさんはいち早く入ったな。このホームページのコンシェルジュも着席した。彼が、
「これ、大画面にするの、どうするの?」
と訊くと、Nさんが答えたり、二人でチャットしたりしているのが見えて楽しい。
「はい、本番いきます。5秒前、4、3、2、1・・・・」
 いよいよ生放送が始まった。「バッハから学ぶイノベーションの起こし方」。最初の1分くらいは緊張していたが、すでに次々とチャットが入ってくると、逆に緊張が解けてきた。何故かというと、誰もいない前で話するから緊張するのであって、反応があるとかえって心強いのだ。
 パルティータのジャズ・バージョンの演奏の時など、
「かっこいい!」
なんて反応が返ってくると、「豚もおだてりゃ木に登る」で嬉しくなってしまう。みなさん、ノセ上手ですね!

 調性の確立のところで、機能和声の時代の前の教会旋法の話をしていた時、いきなりNさんが、
「モード(旋法)というと、マイルス・デイビスを思い出しますね」
なんてチャットを送るものだから、条件反射的にキーボードでSo Whatを弾きながら調子づいて話が脱線しかけたけれど、おっとっとっと、こんな話始めたら、あと1時間でもマイルスの話ばっかりになってしまうと思って、心を鬼にして元に戻した。まったく、Nさんったら、僕がマイルスに弱いのを知っていてけしかけないでよね!
 ということで、案外後半はリラックスして楽しく終わる事が出来ました。
「もうやらないんですか?」
という質問が沢山来たので、ヤマハではもう次の企画を進める気でいる。僕も、もう勝手が分かったから、次からは最初からリラックスして出来るだろう。応援してくれたみなさん、本当にありがとう!

トータル・イマージョンのウェルカム・イベント
 僕は、塚本恭子先生に個人教授してもらって、トータル・イマージョン(以下「TI」と呼ぶ)という泳法を習っている。TIでは、本来はごく簡単な基本ドリルから始まり、だんだん泳ぎらしくなっていって、最終的にTI風のクロールにまでもっていくメソードになっている。それはDVDを観て独学することも出来る。僕がそうだった。僕は、塚本先生に泳ぎを見てもらってから問題点を直してもらう形をとっていたので、特に基本ドリルを彼女の前で見てもらうことはなかった。
 一方、TIからは、DVDを申し込んだときから、毎月メルマガが配信されてくる。そこに、体験コースとしてのウェルカム・イベントというのがあった。もしかしたら、一度入門者に混じってこの体験コースに入って基本ドリルをやってみるのもいいかも知れないと思い、試しに申し込んでみた。
 やっぱり、なんだね。スキーもボーゲンに帰れ!って感じだけど、何事も基本が大事なんだね。今だから、逆に基本ドリルに戻るのがいいのかも知れないけど、いくつか開眼するところがあったぜ。って、ゆーか、これまでトータル・イマージョンの神髄をどこまで理解していのか、なはなだ心許ないものがあることに気づかされた。

なんでもそうだけど、どのレベルまで行っても、繰り返し基本に戻るべきだね。

ミサとスイミングとヴェルレクな日曜日
 6月8日日曜日。いつも通り、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われる、関口教会の10時のミサに出席する。自分でも驚くけれど、案外毎週教会に通ってるやんけ。まるで熱心なカトリック信者みたいだ。あはははは・・・どうも、これまで全然教会に行っていなかったから、いつまでも自分がインチキ信者のような気がしてならない。でも、僕だけではなく、東大アカデミカ・コールで副指揮者をし、東京バロック・スコラーズで楽事を務めているSさんも毎週来ている。何が面白くて?おっとっとっと・・・そんなことを言ってはいけない。
 いや、マジな話ですが、日曜日の午前中が全てつぶれても、自分の生活に礼拝の時間を取り入れる価値はあるなあ。というか、そもそも「日曜日の午前中が全てつぶれても」という考えそのものがけしからん。これらの時間は全て神様から与えられたのだから、神様に返すのが当たり前だろうが。
 広いカテドラルは静謐なる空間。でも思った。静謐かどうかは自分にかかっている。ミサを無心に受けていると、濁った水の様々な塵がだんだん下に沈んで、上澄みの水が透明に輝いてくるように、自分の魂が浄められてくるのを感じる。
 魂って、浄められると、まるで自分がいないみたいになってくるんだ。それでいて逆に“存在”だけが浮き彫りになってくる。自分が見ているあたりの全てのものが、妙に客観的に感じられるのだ。

 ミサが終わった後は、いつもSさんの車で送ってもらって、新宿で降ろしてもらう。行く先は決まっている。Capoliというピッツェリアだ。場所は高島屋のすぐ下の通りで、何軒かレストランが入っているビルのB1。ここは、VERAPIZZA NAPOLETANA(ナポリに本部がある『真のナポリ・ピッツァ協会』)に、世界で412番目に認定されたピッツェリアである。はっきし言って、僕が日本でこれまでに食べたどのピッツェリアよりもおいしい。
最近の日曜日は、ほとんど関口教会と真のナポリ・ピッツァ協会との二つの「きょうかい」に捧げられている。それほどここに通っている。みなさんも一度行ってみてください。平日のランチ・コースがリーズナブルだが、僕が好んで食べている4種トマトのマリナーラ・スペチャーレは、ランチ・コースにはなく、お昼で食べようと思ったら日曜日にしかない。これ、本当にうまいからね。ドライトマトも合わせた4種類のトマトが絶妙なハーモニーを生みだしているのだ。

 さて、今日はその後に、幡ヶ谷にある渋谷区スポーツ・センターに泳ぎに行った。昨日のTIのレッスンで習ったドリルを自分でじっくりと復習してみた。それから初台まで歩き、エクセルシオールに入って「蝶々夫人」のスコアを読む。結構忘れているので、ややあせる。
 これから夏までは志木第九の会の「聖パウロ」もあるし、怒濤のような日々への序奏がすでに始まっている。泳いでいる場合ではないぞとも思うが、逆に、体力的に乗りきるためには、水泳は欠かせないんだ。昨年も、それで「パルジファル」を乗りきったのだから。

 5時からは、新国立劇場でヴェルディ作曲「レクィエム」のマエストロ稽古。マエストロはパオロ・カリニャーニ。「ナブッコ」公演で、僕にトータル・イマージョンを紹介してくれた指揮者だ。僕に会うなり、
「お前、泳いでいるか?」
と訊くので、
「今、泳いできた」
というとめちゃめちゃ嬉しそうな顔をした。練習前の控え室で、僕がTIのウェルカム・イベントに参加したと言うと、
「基本ドリルはとても大切なんだよ。これで人生観が変わったんだ。今でもしょっちゅう基本ドリルに戻るんだよ」
と言う。
 ほほう、人生観ねえ。まあ、でも、これまで全くTIを知らないでいた人にとっては、人生観までいくかどうかは置いといて、TIの哲学はやはり驚きではあるなあ。毎日3000メートル泳ぐカリニャーニにとって、TIとはそれほど彼の人生深くまで入り込んでいるのか。僕はちょっと感動した。
 合唱練習の初回から伴奏しているのは、長女の志保。彼女は、以前二期会の「カヴァレリア・ルスティカーナ」&「道化師」で、カリニャーニの伴奏ピアニストを務めていたけれど、彼は志保が僕の娘だということは知らなかった。僕が彼と知り合う前の話だからね。紹介したらびっくりしていたよ。

 さて、練習が始まった。明解な棒。言葉で言わなくても、彼が何をやりたいか全て伝わる。その意味では、指揮者としての彼の身体能力はずば抜けて優れている。練習が終わってから、志保は、彼の呼吸法が良いので、とても弾きやすかったと言っていた。彼の呼吸についていけば楽に弾けるし、合唱団も歌える。こういう指揮者は、実はとても少ない。指揮法は、勿論棒のさばき方が基本だが、演奏者は本当は棒では動かない。呼吸と、それに指揮者の全身から滲み出る何ともいえない音楽の息吹である。

 驚くことに、練習時間3時間のところ、休憩しないで約1時間で終わってしまった。でも彼がやりたいことはみんな合唱団に伝わっていた。やっぱり良い指揮者だ。彼のことだから、「サンクトゥス」や「リベラ・メ」のフーガは、とても速いのではないかと思っていたが、意表を突いて遅かったのでびっくりした。いろんなテンポで練習しておいてよかった。
 この後僕達は、10日火曜日及び11日水曜日で読売日本交響楽団とのオケ合わせ。
そして、演奏会は12日木曜日、サントリー・ホールで19時から。
名演が予想されますので、チケットのご用意を。

  

 


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