蝶々夫人と二の腕

三澤洋史   

蝶々夫人と二の腕
 今週は7月9日水曜日から高校生の為の鑑賞教室「蝶々夫人」の公演が始まる。それに先駆けて、7月1日火曜日は東京フィルハーモニー交響楽団のオケ練習。2日(水)と3日(木)は、歌手達及び合唱をまじえてのオケ合わせ。4(金)日、5日(土)は、ピアノ舞台稽古。6日(日)、7日(月)は、オケ付き舞台稽古(実質ゲネプロ)と、怒濤のような毎日が続いた。

 ところが、僕はいつもよりずっと元気だ。オケ練習と2日あったオケ合わせ日、そしてオケ付き舞台稽古の日曜日の合計4日間、僕は練習後プールに行った。オケ付きの練習で汗をいっぱいかいた後だが、ゆったりと肩甲骨からストロークを行うと、筋肉がほぐれてくるのを感じる。それに、水の中がなんとも爽快で、重力から解放されているのも心地良い。
 指揮の拍を叩く運動は、人によってはむち打ち症のような症状を引き起こす。そのために、指揮者の中にはハリに通う人や、マッサージに通う人が少なくない。僕は打点をそんなに強く叩く方ではないが、それでも狭い範囲の特定の筋肉が過度に緊張するので、肩は凝る。
 ところが、指揮した後に水泳をすると、水泳のストロークは指揮の運動よりゆったりとしているので、筋肉の緊張を大きな筋肉運動で反対にやわらげることが出来るのだ。特に、今習っている2ビート・キックのトータル・イマージョンのクロールこそ最高なのだ。頑張らないでゆるゆるに泳ぐことによって恐らくマッサージと同じ効果が得られるのだと思う。
 ただ運動の上に運動を重ねるわけだから、休息するのと違ってやっぱり体は疲れる。というか、体の一部分だけ疲れが集中していたのが、体全体にまんべんなく疲れが回ると言った方がいいだろうか。
 そうなると、僕としては、その後ビールが待ち遠しくて仕方ない。ゆったりとリラックスして夕食を食べ、ヨガマットの上で多少のストレッチをしてからベッドに入る。3秒後には意識がなくなり、次の瞬間はもう朝である。肩も凝っていない。なんて健康的な生活!

 それだけではない。水泳をした次の日は、指揮の動きそのものがより滑らかになるのだ。もう何度も書いているが、僕はトータル・イマージョンをしてから振り方が大きく変わった。体軸を感じるようになったのが一番の変化だが、最近のマイブームとしては、(このことを具体的に書くのは初めてだが)「先入」をほとんどしなくなったこと。
 「先入」とは、その拍の裏拍で、もう次の拍の位置に棒を置いてしまうこと。そのことによって、遅れようとするオケを阻止し、タイミングを合わせることは出来るようになる反面、フレーズのラインが見えにくくなる欠点がある。それに、最も大きなマイナス要素として、「先入」を使ってしまうと、サウンドを構築出来なくなるということだ。
 「先入」は指揮者にとって誘惑である。打点したのにオケの音が来ない場合、誰しも不安になる。そんな時に「先入」をしたくなるのだ。だが、これを我慢して、フレーズのラインを勇気を持って描き続ける方がいい。そうすると、仮に遅れてでも、オケは順繰りについてくるのである。

 最近、クロールでリカバリーの後の入水した直後に、二の腕で水を感じることが出来るようになってきた。二の腕から指先にかけて伸びたラインに体重を乗せるようにして泳ぐと、足が上がって、水泳の理想的な体幹が維持出来るのだ。
 これが感じられるようになった理由としては、肩関節のストレッチングがだんだん効いてきて肩関節が柔軟になってきたこともあるし、先日、親友の角皆君が見学に来た塚本恭子先生のレッスンで、入水する腕の角度や方向を改善させてもらったことにもよる。
「二の腕で水を感じなさい」
と言ったのは、他ならぬ塚本先生である。
 この二の腕で水を感じる感覚と、オケから美しい響きを引き出す感覚がほぼ同じだと気が付いた。リカバリーの指先が入水する瞬間を打点の瞬間だとすると、オケの響きを感じる瞬間が二の腕で水を感じる瞬間である。
 その打点と響きのタイムラグは、実は、指揮者だったら誰しもが感じている不快感なのだ。これは指揮法の教室では決して教えてもらえないことで、実際にオケの前に立って指揮をしてみると、オケは打点で音が出て来ないのだ。だから、叩いちゃった後でオケが出てくるまでのタイムラグをどうやって待っていればいいのという疑問がいつもつきまとうのだ。それで多くの指揮者は「先入」をしてしまうだともいえる。
 ところが、このタイムラグには大きな秘密があって、その響きを感じる時に、ある動作をすることによってオケの響きを操ることが出来るのである。それを僕は水泳によってヒントを得、これまでにも実践してきたが、二の腕の感覚を得たことで、さらに確実になったのである。それは、「先入」をしてしまったら絶対に得られないのである。
 これ以上は言葉で説明するのは難しいけれど、ヘルベルト・フォン・カラヤンの腕の動きは、明らかにその秘密に精通している動きであることだけ申し上げておきたい。

 こんな風に、水泳が上手になると、その分だけ指揮の仕方も進歩する。僕の場合は、指揮をにらんで水泳をしているのでなおさらだ。手前味噌だが、今回の「蝶々夫人」では、レガート表現が以前と違うと思う。オケって本当に微妙で、プロの楽員達は、棒のささいな変化も見逃さずに反応するのだ。
 美しい音が僕の二の腕に乗ってオケから出ている。僕自身は、その瞬間瞬間の「合う合わない」にとらわれるよりも、大きなラインを表現するように心がけている。でもそれが一番アンサンブルが合うのだ。
 いつも自分に言い聞かせていることは、指揮者は、不安にかられて過剰防衛に走ったり、些末にとらわれて全体を見失ってはいけないということだ。指揮者自身がメンタルな意味でもテクニックの意味でもブレないことこそ、良い演奏への近道なのだと思う。

 そんな僕の「蝶々夫人」に興味のある方は、どうか公演に来てください。9日水曜日から始まります。日曜日だけお休みで15日まで毎回13:00から。高校生と一緒だけれど、最後の方は必ず泣けます。今のところ12日の土曜日だけすでに満員なのだが、他の日はまだ空いているようだ。

ワールドカップも、いよいよ決勝戦へ
 コスタリカとオランダの戦いを見ていて、「あれっ?」と思った人は多かっただろう。

           
Costa Rica                        Holland

国旗の色が同じだ。そういえば、この赤青白というトリコロールを使った国旗って、いくつかあるんだよね。一番有名なのがフランス。それからロシア。

          
France                     Russia

みんな並べると、どれがどれだか分かんないよね。類似商品にご注意!

 この間コートジボワールCote d'Ivoire(象牙海岸、英語でアイヴォリー・コースト)のことを書いたけれど、Costa Ricaコスタリカのcostaもスペイン語で海岸の意味だ。ricaは英語のrichリッチの意味で、辞書にはricoと出ているが、costaが女性名詞なので、語尾を合わせてricaとなっている。つまり「豊かな海岸」という意味。英語だったらリッチ・コースト。
 興味深いのは、コートジボワールと同じで「海岸」がそのまま国名になっていること。海岸ではないが他にも似たような例がある。たとえばカリブ海に浮かぶPuerto Ricoという国は、「リッチな港」という意味だ。なんでも冒険家コロンブスが首都サン・ファンに入港した際に、Que puerto rico !「なんて美しい港なんだ!」と言ったことが由来だとか。本当かな・・・。
 おっとっと、いきなし横道に逸れてしまった。コスタリカとオランダとの戦いは、双方本当に強くて、攻撃も素晴らしいがディフェンスも完璧だった。点が入らないからつまらないかといえば、その正反対だ。強いものと強いものとの試合の充実度は計り知れない。あれだけ延長戦で戦ったのに、最後がPK戦というのは、まるでじゃんけんで勝負を決めるようで空しいな。負けたコスタリカには気の毒であった。

 一方、ドイツ・フランス戦となると、我が家では応援する国が割れる。パリに住んでいた志保や杏奈は、当然のようにフランス派。杏奈なんか青いフランスの公式ユニフォームを持っていたし。
 ドイツのゴール・キーパーのマヌエル・ノイアーは凄いな。ゴールを守る人なのに、ゴール付近にだけ留まっていないで、リスクを恐れずどこまでもボールを追いかけていく。常に確実なセーヴィングを見せ、一瞬の隙も与えない。
 ドイツの戦い方を見ていて思った。これこそ、これからの日本サッカーが目指すべき道だ。ドイツもグループ内のコミュニケーションが密で、チームワークの良さは抜群だが、それがきちんと結果に結びついている。セットプレイが確実に決まってゴールまでもっていける点が違うのかな。というより、これらのベスト8の試合を見ていて誰しも思うのは、この中に日本チームが入ったとして、どう見ても勝つイメージが湧かないということ。いやはや、世界のサッカーのレベルに食い込んでいくのは並大抵ではない。

 いよいよベスト4が出そろった。9日は開催地ブラジルとドイツの対戦。ブラジルにも頑張って欲しいが、やはりドイツを僕は応援する。10日はオランダとアルゼンチン。今大会で南米勢が頑張っているのは、気候に慣れているという要素が大きいだろう。逆に、湿度のないヨーロッパ勢にとっては、きついことだろう。来週この「今日この頃」を書く頃にはもう優勝チームが決まっているんだね。

 怒濤の7月ではあるが、ワールドカップだけは見逃せない!でも、これが終わったらまた4年後まであまりサッカーは見ないんだよな。ごめんね、無責任で。でも、こういう人って、少なくないだろう。


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