北の大地から

三澤洋史

宿がない!
 函館空港からみんなでタクシーを分乗してホテルに着いた。チェックインして荷物を預け、ちょっとお部屋で休んでから、それぞれ徒歩3分の函館芸術ホールに向かうはずであった。ところが、あろうことか部屋の予約が取れていない。新国立劇場のマネージャーは大慌てで北海道教育大学担当者に電話している。
 今から申し込んでもこのホテルに空き部屋はないというし、このままロビーで待っていても何の進展も見込めそうもないので、僕たちは再びガラガラと荷物を持ってホールへ向かった。このホテルに段ボールを宅配便で送ったメンバーもいたので、彼はその段ボールの荷物を両手で抱えて歩いて行かなければならなかった。
 今回のメンバーは、穏やかな性格の人達ばかりで、即キレるようなことはなかったが、それでも出鼻をくじかれて、みんな力が抜け言葉少なかった。台風が近づいていて天気も良くない。まだ雨は降ってきてないが、函館山も雲に覆われているし、合間の観光への期待もあまり持てそうにない。
 予想に反して早くホールに着いてしまったメンバーは、ガランとした楽屋に入り椅子を並べ始めたが、奇特にも、まだ着いていない同室の学生達の分も並べている。彼らがむしろ学生達を出迎える恰好になった。

 こんな風にして函館の旅は始まった。僕たちは今夜の宿のあてもないまま練習を始めなければならなかった。原因は、仲介に入った観光会社のミスであった。長い僕の演奏家生活の中でもこんなことは初めてだった。こうした事は、えてして練習の雰囲気に影を投げかけるものだが、新国立劇場合唱団のメンバー達は偉かった。練習態度の上でもみんなの模範であり続けた。
 4時から6時の練習は、社会人が働いている時間なので、岩見沢校の学生と新国合唱団だけでの合同練習。その後1時間の休憩をはさんで、7時から9時まで函館在住の音楽家を交えて全員の練習となる。

 学生との練習が始まった。アンコールの「大地讃頌」だけは、まだ北海道勢と僕とは稽古していなかったので、僕は、
「それではまず新国立劇場合唱団の歌を聴いて下さい」
と言って、新国合唱団の10人だけで歌わせた。わずかソプラノ2アルト2テノール3バス3だけでの「大地讃頌」の「模範演奏」は彼らも緊張したろう。めちゃめちゃ本気出して歌ってくれたのが嬉しかった。
 最初のピアニッシモが勝負だ。
「母なる大地のふところに」
の聞こえるか聞こえないかギリギリのソット・ヴォーチェと言葉の立て方は、口で説明しても難しいので聴かせるのが一番。学生達は、これまで聴いたことのない「大地讃頌」に目を丸くしている。
 僕は学生達に言う。
「君たちは何故声を磨くのか?それは大きな声を出すためではない。この10人の合唱を聴いて最初はちいさいと思っただろう。でも、ここでの表現の豊かさを聴いただろう。それがラストのフォルティッシモに向かって盛り上がっていくのを感じただろう。いいかい、声量は結果論だ。美しい声を追求し、そのために体全体を使えたら、自然に声量もついてくる。その声量は、ダイナミックの幅を広げ、そのことによって表現の幅を広げるためにある。豊かな声を持ったら、声量に対するコンプレックスがなくなるので、安心してピアノを出せる。新国立劇場合唱団のうまさはそこにあるのだよ」
学生達は、僕の話に食い入るように聞き入っている。
「君たちは、明日演奏会が終わった時に、別の人間になっているくらい変わっていなければならない。君たちが“いま”学習するのでないなら、僕たちははるばるここまで来た意味がない」
こう言って僕は、次に学生達だけで歌わせた。声は幼いが、明らかに先ほどの演奏から何かを得、吸収して、なんとか自分たちの表現にしようと格闘している。
 その後で、初めて合同で演奏してみた。この時間、僕は学生達の後ろに新国合唱団をまとめて座らせていたので、自分たちの後ろから聞こえてくるシンコク・サウンドを参考にしながら、トータル・サウンドを構築することが出来た。このやり方は最大限の効果を上げた。
「7時から社会人達が入ってきた時には、今度は新国合唱団と君たちが一緒に歌って、彼らに聴かせるところから始めるんだ」

 学生との練習は、プログラム全体ではなく、このようにしてお互いの団体の響きの擦り合わせに終始した。両者とも僕が事前に稽古をつけているし、内容的にはほとんど出来ているので、あとは、このコラボレーションの効果を最大限に上げる努力をすればいいのだ。でも若いって素晴らしい!彼らの吸収力のどん欲さよ!目の輝きよ!この練習は、ワークショップとして大きな意味を持った。

温泉に宿泊!
 6時から7時までは休憩。この間に大ニュースが飛び込んできた。宿泊するところが決まったのだ。それもなんと、有名な湯の川温泉の、しかもその中でも老舗で最大級の啄木亭という温泉旅館に、ひとり一室ずつ泊まることになったというのだ!

 函館市内の通常のホテルはみんな満室で主催者が途方に暮れていたところ、函館の有力者である住職の方が動いてくれて、啄木亭に渡りをつけてくれたそうである。
「うわあ、やったー!」
向こうの方で女子の新国団員がガイドブックを見ながら叫んでいる。
「ちょっと、ちょっと!湯の川温泉で一番豪華な旅館じゃない!大浴場や露天風呂もあるよ」
ただし、今晩は練習だし明日の晩は演奏会なので夕食付きではないのだね。当たり前だろう。これで豪華大宴会付きなんていったら、僕達何のために来たのか分からないじゃないか。
 ということで、怪我の功名、休憩の間に新国団員達のモチベーションは一気に上がって、夜は函館在住の音楽家の人達も加わって、熱い練習が繰り広げられた。

 練習が終わり、僕は充実感と明日の演奏会への希望と、そして心地よい疲れを感じながら旅館の部屋に入った。和と洋の混じった広い部屋。ベッドが二つ置いてあり、それだけでも通常のツイン・ルームよりも大きいのに、もう半分は畳の部屋。ひとりだと怖がる人もいるんじゃないかと思うほどのスペースだ。
 合唱団のメンバーは近くの居酒屋に行くというので、僕も誘われたが、実は、僕はここのところバーベキュー・パーティに参加したりしてお酒の量が多かったので、今日はアルコールを抜いて休肝日にしようと思ってお断りした。明日の演奏会終了後には、もう塚田教授から呑みに行く誘いを受けているので、それに合わせた体調管理の意味もある。
 それで、海の方に歩いて行って、バス・ラーメンというところで函館名物塩ラーメンを食べた。これは、本当にバスの中でやっているラーメン屋で、昼間はイベントなどいろんなところを動き回って営業しているが、夜の9時以降は一定の場所にバスを停めて営業しているのだ。
 函館の塩ラーメンは、つゆがしつこくなく、まっすぐでコシのしっかりした麺のヘルシー・ラーメン。コテコテの札幌味噌ラーメンなどとは対極にある。オーバー・カロリーが気になる僕には大歓迎のラーメンである。

僕の函館の過ごし方
 8月7日木曜日。ゲネプロは16時からなので、かなり余裕がある。朝起きて露天風呂に入る、11階のお風呂からは温泉街の風景が一面に見渡せる。体はポカポカだが、風が爽やかに頬を撫でていく。ああ、なんて気持ちがいいんだろう!
 それから朝食をゆったり食べる。啄木亭の驚きの豪華絢爛な朝食バイキングである。コックさんがフレンチ・トーストを焼いていたり、例のイカの刺身があったりするが、僕自身は、あまりカロリーを採りすぎてはいけないので、トーストとサラダを中心にしたものにとどめておいた。
 それから市電に乗って、まず五稜郭に行く。先日の妻と二人のバカンス・ドライブで行き損なった場所だ。本当は函館に来た人が真っ先に行く観光スポットなのに、僕たちは教会や修道院にばかり行っていたからね。
 気が付いてみると当たり前の事だけれど、実際に五稜郭エリアの中を歩いていても、その五芒星のような不思議な形状の楽しさは味わえない。多分五稜郭タワーに登って上から眺めた方がいいんだろうな。箱館奉行所跡があったが、うーん、五百円払って入るほどでもないなあ。

 その後、僕が歩いて行った先は・・・函館市民プールであった。といっても室内の温水プールだよ。五稜郭から歩いてすぐの千代台(ちよがだい)公園の中にある。ここは凄い!大きな敷地の中に、サッカーの公式戦も出来る大規模な陸上競技場、野球場、いくつものテニスコートがあって、その一画にプールもあるのだが、なんと50mと25mのプールがある。
 僕は嬉しくなって、その日に本番があるのを忘れて結構ガッツリ泳いでしまった。まずクロールをユルユルで100m。それから、ちょっと気合いを入れて100m。それから平泳ぎを休みなく一気に400m泳いだ。それからはクロールと平泳ぎを100mずつ交代で泳いで1000m泳いだところで25mプールに移った。ちょっと遊び泳ぎをした後で、ビート板を持って、バタ足とスクロールを200mずつやって、またまた50mプールに戻って200mクロールを泳いだ。ええと、合計すると真面目に泳いだ分だけでも1600mか。
 でもねえ、東京のように人が多くなく、しかも50mプールでもみんなのんびり泳いでいるので、僕もゆったりした気持ちで、フォームを考えながら泳げた。だから、いつもより沢山泳いでも疲労感をほとんど感じる事がなかったのだ。
 50mプールでは、笑っちゃうようなフォームで泳いでいてちっとも進まないおじさんがいて、何度も追い越してしまったのだが、僕が25mプールに移って、遊びみたいな気分でしばらく泳いでからまた戻ってきてみたら、まだ泳いでいた。しかも、このおじさん、約一時間くらいの間、一度も休まないんだ。すごいな、函館って!津軽海峡もこのフォームで渡っちゃいそうだ。

北方民族資料館でマイノリティについて考える
 その後市電に乗って元町まで行く。先日、僕が合唱の練習をしていた間に妻が行って良かったと言っていた北方民族資料館に行ってみた。つまりアイヌ民族の資料館だ。中に入ると誰もいなくて、暇だとみえて職員のおばさんが僕にピッタリついて丁寧に説明してくれた。お陰でとても楽しくかつ有意義な時を過ごせた。




函館北方民族資料館
(画像クリックで拡大表示)

 こうした少数民族(マイノリティ)の風習やしきたりは、アメリカのインディアンもオーストラリアのアボリジニーもみんな大自然と分かち難く結びついているが、それがマジョリティの価値観によって矯正されると見えながら、その実、排斥され汚され、隅に追いやられていくのを見るのはいつも痛ましい。それでも、日本の場合は、まだ上手に共生しているように思える。日本人は、少なくともインカ帝国を滅ぼしたヨーロッパ人よりはちょっとばかしマシなようだね。
 ふと思う。僕のこうしたマイノリティに対するシンパシーや関心ってなんだろうって。そして、キリスト教徒でありながら、それらの民族の持つアニミズム(全ての中に神が宿るという思想)に共感する感性ってなんだろうって。それは、おそらく僕のDNAの中にしっかり刻まれているような気がするのだ。
 それどころか、キリスト教の教義の中に「高いスピリチュアルな要素を否定する要素」を感じた時には、反感をすら持つ場合がある。父なる神のみが神であって、他の大自然は人間より劣っているものと見下す考え方こそが、人間の傲慢を作り出し、環境破壊などを導き出しているような気がしてならない。
 アイヌ民族は、狩猟するときも、自分たちの食べる分以上は決して取らなかったというし、熊や鮭などの肉には神が宿っているから、神様からの恵みとして感謝して食していたという。それから比べると、この文明社会に生きている僕達は、アイヌ民族より進歩しているとはとても思えないのだ。

 いろいろ考えさせながら北方民俗資料館を後にし、ベイエリアをのんびり歩く。ここはいつ来てもいい。金森レンガ倉庫の前の海鮮西波止場市場でラクレット・チーズを発見!即買った。これを溶かしてパンと一緒に食べるとめっちゃおいしいんだ。
 お昼は朝市でウニ丼を食べ(しあわせ!)、市電に乗って啄木亭に帰り、昼間からまた露天風呂。ああ、こりゃこりゃ!一休みしてからホールにみんなで向かった。

新国立劇場合唱団の使命
 演奏会はもちろん大成功だった。でも、僕が嬉しかったのはそれだけではない。今回のコラボレーションで、僕はいろいろ考えさせられた。新国立劇場合唱団が劇場内でハイレベルの公演を追求するのと同じくらい、こうしたコラボレーションが価値があるのではないかということに、僕は気付いたのだ。
 今の新国立劇場合唱団は、合唱というもののあり方について、その演奏そのもので人に教えられるだけのノウハウを有している。しかし、ただ単に別の合唱団と合同演奏するというだけでは、自分たちの持っているクォリティが薄まるだけで何の意味もない。要はもっていき方なのだ。上手に導いていきさえすれば、たとえば今回の演奏会のアンコールの「大地讃頌」のような、新国立劇場合唱団だけでも成し得ないような圧倒的な名演を創り出す事も不可能ではないのだ。このアンコール直後の雄叫びともいえる聴衆からの歓声が、今でも僕の耳に残っている。

 変な言い方をするが、人にものを教えるためには謙虚過ぎてはいけない。
「ほら、こうやるんだ」
と人に示すには勇気が要る。何故なら、自分とて完璧でないのを知っているからだ。でも、
「これはいい。これはよくない」
というのを示せないことには先に進めない。
 新国合唱団に学生の前で模範演奏をやらせた時には彼らも緊張しただろう。でも、今の彼らにはそれが出来るし、むしろやるべきだとも思う。そうして学生達の前にその演奏を突きつける。それが音楽の場合、どんなに言葉を並べるよりも明確で、一番早い方法なのだ。現実に、岩見沢の学生も、函館の音楽家達も、みるみる進歩を遂げていった。それを見ている新国合唱団のメンバー達も刺激され、これはうかうかしていられないぞという気になる。こうして、双方の緊張のもとに稀有なる名演が生まれる。それが一期一会のものだけに、かけがえのないものとなる。函館の聴衆ににとっても驚きの一夜であったと、ゴーマンを覚悟で言おう。

 僕が国立劇場合唱団の指揮者になったのは2001年の9月から。早いもので、今度の9月が来るとまる13年経つ。ここまで一生懸命走ってきた。でも今僕は、まだ始まったばかりの気がする。この合唱団が本当に花開くのはこれからだ!

来週は「お盆休み」です。次の更新は8月25日月曜日の夜となります。それまでみなさん、暑さにめげずお元気で!

 
 


当ホ-ムペ-ジに掲載された記事、写真、イラスト等の無断転載を禁じます。
Copyright ©  2004-2014 HIROFUMI MISAWA All rights reserved.