モーツァルト200合唱団演奏会無事終了

三澤洋史

人生ハッピーという錯覚
 目の前に大きな山がある。これを越えなければと思う。それは楽しみでもあるけれど、登り始めると楽でもないので、しだいに山の頂上に立ったときの爽快感と達成感ばかりをイメージするようになる。
「これを登り切りさえすれば人生ハッピー!」
この言葉を子供の頃から何度も何度も聞かされてきた長女の志保は、
「パパ、それはすぐ目の前に山が立ちはだかっているから、次の山が見えないだけだよ。頂上に立ったら、まだその向こうに山がいくつも連なっているんでしょ」
と笑って言う。
「いいんだよ。今はそんなこと考えないの。登り切ってビールをゴクンと飲む瞬間だけ考えるの」
「ふうん、そうゆーの現実逃避っていうんじゃないかなあ」
などと偉そうに言っていた志保は、今はピアニストになって、仕事が次から次へと来て同じ目にあっている。
「パパの言う通りだね。『これさえ乗り切れば人生ハッピー』って思っていないと生きていけないね」
ははははは、ざまあ見ろ!ということで、名古屋モーツァルト200合唱団の演奏会が、昨日9月7日日曜日に終わって、今は人生ハッピーの瞬間。これでしばらくはオケ付きの演奏会はない。

 今日(9月8日月曜日)は久し振りのオフ日だ。この原稿を書き上げたら、午後には立川柴崎体育館のプールに行ってのんびり泳ぐつもり。ギャラも入ったことだから、そのまま立川駅周辺に出て、おいしいワインやよさそうな食材でも買ってきて今晩は自分で料理を作るか。おっとっと、志保が仕事だからお昼頃から杏樹が来るな。では、磨り潰したら離乳食になりそうな極上の食材を仕入れてこようっと。
 本当のことを言うと、そんなに優雅に過ごしてもいられない。実は、先日「僕の指揮法」という記事を書いた雑誌「ハンナ」から、次の号に載せるバッハをテーマにした原稿を頼まれている。その締め切りがもう数日後に迫っているんだ。まだなんにも書いてない・・・テヘヘヘ。また、10月の終わりから始まる文化庁のスクール・コンサートのための校歌9曲及び、学校の地元に因んだ数曲の編曲をなるべく早く仕上げてしまわないといけない。そうしたことを、新国立劇場シーズン開幕公演「パルジファル」の立ち稽古などの間を縫ってやり遂げないといけない。
 こう考えると、ちっとも人生ハッピーなんて言ってられないだろう。でもねえ、今日一日はハッピーでいるんだ!そう決めたんだ!だから命かけて今日はなんにもしないのさ。おほほほほ、これが究極の「贅沢な時間の使い方」さ!

人生初のジュピター交響曲
 今回の名古屋の演奏会は楽しかった。なんてったってジュピター交響曲とモーツァルト・レクィエムだもの。観客は超満員で、芸術文化センター・コンサートホールにお客が入り切らなくて(最近は消防法が厳しくて立ち見が許されないので)、ロビーで見ることを強要されたお客様もいたほどだと聞く。その方達にはお気の毒だが、興行的にも演奏の内容的にも大成功だったとみんなが言っているので、僕も嬉しい。

 還暦を目の前にして生まれて初めて振ったジュピター交響曲は、やはりただ聴くのと振るのとでは大違いだった。この曲はもの凄く緻密に作曲されているので、ひとつひとつのディテールにこだわりはじめると時間がいくらあっても足りない。しかしながら、僕にとって幸せだったのは、それを解きほぐしていく練習時間に恵まれたことだ。
 昨年の「パルジファル」でも感じたことだけれど、しっかり時間をかけて丁寧に練習を積んだアマチュア・オケは簡単にプロを超える。今回の演奏は名古屋ムジーク・フェライン管弦楽団。僕は、ジュピター交響曲のひとつひとつのフレージングの立ち上がりと収め方、フーガのモチーフの各声部のバランスと音楽的処理の仕方を規定し、モーツァルト演奏の文法を提示出来るまで時間をたっぷりとって練習した。ジュピター交響曲だけでも、ゲネプロを抜いて、2時間ずつ4日間、すなわちたっぷり8時間はかかっているし、その他に彼らは何時間も自分たちで分奏をしていたと聞く。
 勿論、僕もプロの指揮者だから、プロのオーケストラを指揮して今回の演奏を超えることは出来る。ただし、同じくらい時間をかけられなければ無理だ。ジュピター交響曲だけに8時間も与えてくれるプロ・オケはないだろうし、そんなにかけないでも出来ると思っているだろう。でも、そこがモーツァルトの落とし穴だ。出来ると思い込んでるところが出来ない証なのだ。まあ、すでに楽員ひとりひとりに共通したモーツァルト演奏の文法がしみ込んでいるオケなら話は別だが、それはウィーン・フィル・レベルでの話しだ。

 暗譜で振っていると、次の部分のスコアが順繰りに頭に浮かび、同時にイメージする音が頭の中で鳴る。まだ実際に演奏している音がピアノであっても、アクションはフォルテで出す。動作の大小だけではなく、様々な表情やイメージを動きに込める。その動きを見ながら奏者は演奏するので、指揮者は、まるで予言者のように次の瞬間に起こることを先取りしていく。勿論、スコアという設計図に従って全員が動いていくのだから当たり前だが、演奏者が楽譜を前に弾いているからといって、指揮者をあなどってはいけない。指揮者が振り間違えたら、演奏が止まることだってあるし、フォルテをピアノで振ったら情けない音しか出ない。だから本当に指揮者は予言者でないといけないと僕は思う。
 でも、指揮者は予言しっぱなしではない。自分の起こしたアクションの後、今鳴っている音がきちんとスコア通りがどうかを常にチェックしている。カラオケで今歌っている所の歌詞の色が変わるだろう。あれと似ているな。あれのスコア版だ。
 自分のアクションに対して奏者達がどのように反応したか、思い通りの音が出ているか、もし出ていないとしたら、次のアクションをどうしたらいいか、常に注意を払っている。
それがジュピター交響曲ともなると、曲が緻密なだけに、伝える情報量と、後からインプットされてくる情報量、それをチェックして次のアクションにつなげていく情報量が多くて頭が飽和状態になる。
 でも、ここだけの話、そんな風に馬鹿正直にやっている指揮者は多くないに違いない。何故なら、本番ともなると、仮に奏者がどこかの音を間違えたところで、止めて直せるわけでないので、そんなに全ての音を緻密に聴かなくてもいいのだ。大きな流れだけ聴きながら指揮して、あとは知ったことかという感じでいても、ほぼ同じ結果になる。
 でもね、僕がどうしてそうしないかというと、それはやっぱり曲を愛しているからなんだ。こんな大傑作だもの、全部聴き取りたいのだ。そして、全部が自分の腕や指の先からも奏者達に伝わっていって、さらに聴衆達にも伝わって欲しいのだ。
 そんな風に気張って言わなくても、本番では感覚がもの凄く鋭敏になっているので、すべての音が聞こえる。そうすると、ちょっと正常な感覚じゃなくなってくる。フーガのところなんか、毛穴が全部開いていて、その一本一本の毛の先に神経が通っているような精神状態になる。
 それは暗譜で指揮した者でないと絶対に分からない超エキサイティングな感覚ではあるが、一方で、今流れているジュピター交響曲を客席でもっとリラックスしながら聴けたらどんなにか良いだろうかと、本末転倒、ないものねだり的な想いを抱きながら振っている自分に笑える。

 ムジークフェライン管弦楽団はもの凄く集中して演奏してくれたね。僕は、ほんのちょっとのミスでも気付くし、ほんのちょっとズレただけでも分かるけれど、ほとんどノーミスでほぼ完璧なアンサンブルだったと思う。いや、そういうことじゃなくて、それよりも何よりも、最も嬉しかったのは、モーツァルトの空間性が表現出来たことだ。冒頭のド・ソラシド・ソラシドの後の休符の空間をみんなで感じられたね。第2楽章の最初のフレーズの後の、2小節目2拍目の8分音符の柔らかさと、その後の空間性。こうしたことが理解出来ないと、どんなに技術があってもモーツァルトには近づくことが出来ない。
 
 オケの団員が何人も打ち上げの時に僕の所に来て、
「先生の人生最初のジュピター交響曲が私達で良かったんでしょうか?申し訳ない想いです」
と言ったが、僕はムジークフェライン管弦楽団で人生最初のジュピター交響曲が出来て本当に良かったと心から思っているよ。ありがとう、みんな!

やはり神秘的な曲レクィエム
 一方、レクィエムは、ソプラノの飯田みち代さん、アルトの三輪陽子さん、テノールの畑儀文さん、バリトンの塩入功司さんの4人が、実に緻密なアンサンブルを繰り広げてくれ、そこにモーツァルト200合唱団の暖かくも輝かしい合唱が加わって、これまで10回以上この曲を演奏した僕にとってもベストの出来になった。ここでもムジークフェライン管弦楽団の健闘が全体を支えた。

 よく、いろんな人が、
「自分が死んだらモーツァルトのレクィエムを演奏して下さい」
と言うが、(人がそう思う事はいっこうに構わないが)僕は全然思わないんだなあ。
 なぜなら、僕にはこの曲の作曲的円熟は感じられても、この曲が、自分の魂を安らかにしてくれる音楽とは感じられないからである。この曲は死者に流す音楽ではなく、生きている者が聴く音楽である。死というものの峻厳さとそこに向かう者の不安、そして希望の音楽であり、なによりも、とても神秘的な音楽である。

 Dies Irae(怒りの日)は、これまでの演奏の中で最も速く激しいものになった。というか、これまでどうしてここまでしなかったかというと、やっぱり様式感を考えていたんだなあと思う。でも、練習を重ねる内に思ってきたのだ。これが、モーツァルトが彼の様式感で表現したDies Iraeのギリギリの表現力なのだろう、と。歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の「地獄堕ち」と同様に。
 だとしたら、「モーツァルト様式に閉じ込める」という方向性で演奏するのは間違いだろう、むしろこの様式で出来る極限の演奏を目指すべきではないか、と僕は確信するに至ったのだ。
 
 Lacrimosa(かの日は涙の日なり)もそう。この曲の表現力も古典派のそれをはるかに超えている。Qua resurget ex favillaの上行する途切れ途切れのメロディと、それを支えるシンプルだが神秘的な和声よ。
 バスの声部にBACHの音をしのばせて絶筆となる8小節を終わった後は、弟子のジュスマイヤーの創作のように言われていた。だが、9小節目から始まるバス声部のCis-D-E-Fというレクィエム主題と、それの延長のG-As-A-B-H-C-Cis-Dにまで続く果てしない上行形の上に、モーツァルト以外誰がこんなメロディーを創り得るか。学者たちよ、寝ぼけたことを言っているのではない(笑)!
 確かにモーツァルトが元気であったなら、この曲の最後にアーメン・フーガを書いたことは間違いないだろう。しかしながら、だからといってこの終止がモーツァルトの意図したものではないと結論づけるのはあまりにも短絡である。モーツァルトは(病気によって変更を余儀なくされたのは事実であろうが)、ギリギリのところで終止に向かっての音楽を創り出し、ジュスマイヤーに伝えたに違いない。
 後半のDoma eis Requiemの下降形とオクターヴ降りきったあたりでのティンパニーの連打の緊張感はいかばかりであろう。そして、この音楽がピカルディ3度のニ長調で終わるからこそ、それをドミナントとして次のDomine Jusuのト短調が準備されるのだ。
 このLacrimosaを、僕はこれまで最も遅いテンポで演奏した。自分が歳を取ってきたから遅くなったわけではない。僕には、モーツァルトが、決して途切れることのない緊張感をもって、この曲を最後の1音まで演奏されることを望んでいたように感じられたのだ。それには拍感を強調した古典派的なこざっぱりした演奏では決して成し得ないのだ。

 こんな風に、僕の今回のレクィエムの練習中には沢山の発見があり、本番中には沢山の新しい想い入れがあった。次にこの曲を演奏するのはいつ、どのような団体であろうか。その時の僕のレクィエムはどんな風なのであろうか。その時僕は何をしていて、どんな生活の最中なのであろうか?
 この演奏がベストであるとさっき言ったが、その舌の根も乾かないうちに、僕はもう次のレクィエムの演奏を楽しみにしている。今はこれ以上の演奏は考えられないが、もっともっと努力、精進して、
「ああ、あの時はまだまだ未熟だったのう」
と微笑ましく過去を振り返られるようになりたいものである。この曲の中には、まだまだいろんなものが詰まってそうな気がするのだ。

  

 


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