オフ会&出版記念パーティー

三澤洋史

ヘルリツィウスのこと
 「パルジファル」がいよいよ佳境に入ってきた。クンドリ役のエヴェリン・ヘルリツィウスの歌と演技に心酔している。彼女がバイロイト音楽祭でブリュンヒルデを演じた時、役柄に全身で体当たりしていく気迫に衝撃を受けたが、今回のクンドリも圧倒的な演技と歌で、必ずや聴衆を魅了するに違いない。
 クンドリという役は、ワーグナーが創造した観念的な存在なので、「椿姫」のヴィオレッタなどのように感情的なリアリティをいくら積み重ねてもキャラクターにはアプローチ出来ない。この役を理解するためには、相当の知性が必要である。
 第1幕では、まるで野獣のように地に這いつくばい、第2幕では、クリングゾルに操られる抑圧した存在から、一転して妖艶な誘惑者に変身する。そして第3幕では、パルジファルによって浄められた存在となる。
 エヴェリンは、そのどれも、これ以上の表現は望めないと思うほど適切に描き出す。抜きんでているのは、なんといっても第2幕だ。僕は、彼女がパルジファルを誘惑してくちづけにまでもっていくシーンも好きだが、それを拒否されてうろたえ、憐れみを誘おうと必死ですがっていく姿に、無明の罪人である人類の愚かさと哀しさが感じられて、見る度に深い感動を覚える。エヴェリンにかかると、これまで特に魅力を感じなかった個所に次々と光が与えられて、第2幕全体がとても彫りの深い表現で彩られ、輝いて感じられる。
 腕の角度ひとつ、背骨の曲げ方ひとつとっても、彼女の動きには無駄がない。筋肉のひとつひとつが役作りに奉仕している。まさに演ずるために生まれてきた天性の役者だが、歌もそれに寄り添っていてきめ細かく、説得力がある。要するに単なる歌手を超えたいわゆる“芸術家”である。
 彼女の演じるクンドリを観て、クンドリという謎の存在の意味を考えるだけで、この「パルジファル」の安くないチケットを買い、劇場に足を運んで、短くない上演時間を耐える価値がある。

オフ会&出版記念パーティー
 この原稿を書いている9月28日日曜日は、当初このホームページCafe-MDRのオフ会を計画していた。Cafe-MDRは、2004年に始めて今年で10年目なのだ。ちなみに、当初は2005年5月の東京交響楽団特別演奏会「三澤洋史のドイツ・レクィエム」の情報発信地の意味で始めたので、MDRはMisawa Deutsches Requiemの略であった。その演奏会が終わってしまった時に、別の名前に変えようかとも思ったが、いろいろ考えてmourir de rire(「おかしくて死にそう」の意味のフランス語)の略にこじつけて今日に至っている。
 最初の内は何度か内輪でオフ会をやっていたが、ここのところなんやかんやと忙しく、すっかりご無沙汰になってしまった。そこで10周年を記念して盛大にオフ会をやろうではないかとコンシェルジュと相談していたのだ。

 では、なんで今日やらなかったかというと、それにはまた別の重要な理由があるのだ。実は、いよいよ10月24日に僕の初めての本が出る。昨日、最後の校正が入った原稿をチェックし終わって送り返し、いよいよ最終段階に入った。
 タイトルは「オペラ座というお仕事」。早川書房から出版される。タイトル通り、新国立劇場をはじめとしてオペラの世界での話題が中心だが、僕の生い立ちと音楽の道に入るきっかけや、バイロイト祝祭劇場、ミラノ・スカラ座などの世界の劇場の話し、あるいは指揮者に対するコメントなど、クラシック音楽が好きな人にとってはたまらない話題が並ぶ。
 でも、早川書房の方は、それだけでなく、たとえば「NOという合唱指揮者」など、ある意味中間管理職に近い合唱指揮者の行動を通して、どのように上司や部下と付き合っていくかというヒントを提示しながら、ビジネスマンなどの幅広い層を狙っているということである。
 表紙のたすきには、「ローマ人の物語」で超有名な塩野七生(しおの ななみ)さんが素晴らしい推薦文を書いてくれた。な、なんとも、もったいない話である!初版は5000冊で値段は1600円ということである。

 ということがあって、本が出るので、どうせオフ会をやるなら出版記念パーティーを兼ねてやりましょうよ、ということで時期を後ろにずらしたのである。それで、目下の所候補日は11月16日日曜日の夜である。でも、僕としてはオフ会をやめにして出版記念大祝賀会に変えるのではなく、両方の意味が半々のパーティーにしたいと思っている。何故なら、そもそもこの出版の話も、編集者が僕の「今日この頃」を読んでくれていたことから始まったからである。さらに、実際の文章も「今日この頃」からかなり転用している。結局は、章立てや全体の分量の調整もあって、オリジナルの文章そのままという個所はなく、ほとんど書き下ろし的な感じに仕上がったが、少なくともオリジナル文章をコピーして変えていったから、僕とするとこの本は「今日この頃」から生まれた子供のようなものである。
 そのパーティーの詳細が決まったら発表します。基本的には、このホームページ経由で申し込み、先着何名で打ち切りということになるのではないかと思います。でも、いろんな人に来てもらいたいので、初対面の方大歓迎という感じです。

「今日この頃」の10年間
 この10年間、僕は「今日この頃」を毎週欠かさず書き続けた。勿論お盆や正月にちょっとお休みすることはあったけれど、どんなに忙しくてもこれだけは書くんだという強固な意志を持って僕は書いた。他の原稿や編曲の締め切りが遅れている場合には、先方から、
「でもホームページはちゃんと更新しているじゃないですか」
とお叱りをいただいたことも一度や二度ならず・・・。でも、それでも「今日この頃」だけは最優先した。そうしないと絶対に続かなかったと思う。
 はっきり言って、これを書いても一銭も儲からないどころか、ホームページを維持するのには、年間それなりの費用がかかる。ま、その点に関しては、僕どころか、このホームページを管理しているコンシェルジュなどは、もう踏んだり蹴ったりだけれどね。彼は、毎週僕の原稿を受け取り、僕が時々不用心に危ない表現を使ったりしてしまうのを丁寧にチェックしてくれ、僕の何の取り柄もない写真をきれいに修整してくれて、演奏会情報を載せてくれて、週末も忙しいのに文句のひとつも言わず更新してくれるのだ。それが、なんと完全ボランティアなのだ!頭が下がります。とてもコンシェルジュに足を向けて寝れません。それにしても、なんという奇特な方!それに10年間甘えっぱなしの僕って、とんでもない主人である!

 ところが、ホームページでは儲からなくても、いろんなところで「今日この頃」の効果はあらわれているようだ。この早川書房だけではなく、新国立劇場のチラシのエッセイや雑誌など、僕に様々な原稿を依頼する人達は、たいていすでに「今日この頃」を読んでいて、むしろ愛読者になってくれている方も少なくない。
 毎週のエッセイを書く行為は、僕にとっては、短い間に自分の考えをまとめて集中的に文章を書く練習になっている。文章を書くのは昔から好きだったが、やはりこういうのは慣れだからね。
 でも、書けば書くほど、自分は作家にはなれないなと思う。ひとつは、まだ自分の作曲したり編曲したりする能力には及ばないというのがある。もうひとつは、自分が職業作曲家にならないのと同様、机の前に座りっぱなしの職業には向かないというのが一番大きな理由だ。僕は、なんといってもアクティブな音楽家なのだ。実際の練習場が大好きで、自分の手から音楽が紡ぎ出されていく感覚から決して離れたくないからね。

周りがグルグル動き始めている
 さて、何度も言っているけれど、来年はとうとう還暦を迎える。それに先駆けて、僕の人生がいろいろ変化し始めている。少なくともその胎動が感じられる。いろいろな事は、自分が仕掛けているとも言えるが、向こうから僕の意志と無関係にやって来るようにも見える。どうやら、僕という人間は、この還暦をきっかけとして、もう一枚脱皮しなければならないようだ。

 たとえば、僕はこの待降節(11月最終週)から関口教会聖歌隊の指揮者になる。ここは小教区としては関口教会だが、同時に建物としては、司教座(カテドラ)のある東京カテドラルだ。別にそのことによって何か僕の社会的地位が上がるとかではないのだが、僕とすると、長い人生で何十年ぶりかに教会活動というものに戻るという意味で、とても重要なのだ。これまでずっと俗世間で培ってきた合唱指揮者としてのノウハウを、少しは神様のために恩返しをしていこうという気持ちだ。
 特に、日本語のミサのあり方をいろいろ考えてみたいと思っている。第二バチカン公会議で、それまでラテン語で行われていたミサが日本語で行われるようになって以来、日本語の歌ミサ及び聖歌は、主として作曲家達が中心になって進めてきた。しかし、具体的にどう息を使ってどう子音と母音を立てて歌詞の聖句を表現するか、といった実際の歌唱に関しては、踏み込みが甘かったように思える。
 だから僕は、そこをもっと突っ込んで、いずれは、
「関口教会に行けば、正しい日本語の歌ミサが行われている」
と言われるように導いてみたいと思っているのだ。でもね、別に合唱コンクールに出るとかいうのではないので、まあ、気長にのんびりやろうと思う。

 来年に向かっては、8月23日に高崎の群馬音楽センターで行われる自作ミュージカル「おにころ」公演の準備がもう始まっている。この10月からいよいよ「おにころ合唱団」の練習が高崎中央公民館で始まる。僕も、何度も高崎に足を運んでいるが、先日、群馬交響楽団のマネージャーとお会いしてきた。
 これまで、弦楽器一本ずつの小アンサンブルで公演を続けてきたが、群響では、ベートーヴェンの交響曲程度の二管編成のフル・オーケストラで演奏してくれるというので、嬉しいと同時に身が引き締まる思いだ。年末までいろいろが詰まっているので、年が明けたらオーケストレーションを開始しなければならない。
 これまでのキャパシティ500人の新町文化ホールで上演するのと違って、1900人の群馬音楽センターでの上演は、なにもかも大規模なので、集客力の不安もさることながら、同じように上演したらとてもみすぼらしい景観になってしまう。でも、フル編成のオーケストラで演奏出来ることで、少なくとも音楽面での心配はかなり解消した。

 その他、いろんな催し物が来年から再来年にかけてある。もうすでに動き出しているものも少なくないし、まだアイデアの段階のものもある。でも、間違いなく言えるのは、その全てが、いろんな意味でまさに僕らしい企画なのだ。それらを全て実現するために、僕は、まずそれに耐えられるような健康な肉体と精神力を養っておかなければ。

花子とアン
 NHK朝の連続テレビ小説「花子とアン」がとうとう終わってしまった。良い番組だった。感動してウルウルする瞬間も多かった。なにより村岡花子の人間性に惹かれた。「赤毛のアン」の出版記念パーティでスピーチしなければならないという時に、花子はつい先ほど手にしたアン物語の続編である「アンの青春」を原文で読み耽っていて、辞書がないかなとつぶやいている。こうした“変わり者”こそ、何かのエキスパートになり得る人間だ。あるいは、空襲の最中、生命の危機が迫っていてそれどころじゃないだろうにAnne of Green Gablesの本と辞書を肌身離さず持って逃げ惑う姿とかね。僕は、結構こういう場面に感動してしまう。

 僕が好きなキャラクターが二人いる。ひとりは女流作家宇田川先生。どこにでもいるねえ。こういう人。でも、従軍記者で華々しく戦地に出掛けて行った後、日本が戦争に負けて彼女も生きる希望を失っていたのだろう。村岡花子の訳した「赤毛のアン」に出遭って、お礼を言いに花子のところを訪れるシーンが良かった。
 もうひとりは、白蓮の前の夫の嘉納伝助。見ていて、なんだか可哀想になったのだ。確かに伝助は白蓮のことをなんにも理解出来なかっただろう。白蓮に駆け落ちされて棄てられても仕方なかったかも知れない。でも、白蓮に子供がいることが分かった後の彼の態度は立派だった。伝助は伝助で、あのように生きるしか方法がなかったのだ。
 今でも心に残っているのは、クリスマスの夜の幼なじみ朝市と村岡英治との一騎打ちの会話。朝市は、ずっと花子が好きだったけれど、ある時、花子が英治を深く愛していることを知る。朝市は上京し、ぐずぐずしている英治に向かって、花子を幸せにするよう説得する。
英治は、
「そんなに彼女が好きなら君が彼女を幸せにすればいい」
と言うが、朝市は、
「そうしたい・・・けれど、俺ではだめぞ・・・俺では・・・あんたじゃないと花子は幸せにはなれん」
と言う。
いいねえ、こうした男同士のやりとり。じーんとくるねえ。

 アンの故郷であるカナダのプリンス・エドワード島や、東洋英和のキリスト教的な雰囲気がちりばめられていて、全体的に清冽な印象を与える番組だった。前半では、花子が空想の翼を広げていて、必要以上に子供時代の花子をアンにつなげようとしていたことに違和感を覚えないでもなかったが、全体を見終わって、本当に美しい物語だったと思う。番組の制作に携わった全てのみなさん。ありがとう!

  
 


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