東京バロック・スコラーズ演奏会~僕のバッハ

三澤洋史

東京バロック・スコラーズ演奏会~僕のバッハ
 しあわせなひとときであった。「クリスマス・オラトリオ」終曲の、

Bei Gott hat seine Stelle das Menschliche Geschlecht.
人類という種族は、神のもとにその居場所を得ている
という歌詞のくだりを指揮しながら、込み上げるものを抑えることが出来なかった。演奏している側からも聴衆からもあたたかい波動が出ていた。生きていること自体が歓びであり、自分が指揮しているにもかかわらず、音楽がよどみなく流れているのをまるで他人事のように感じる無我の自分がそこにいた。

 僕は、こどもの頃からクリスマスが大好きだった。拙著「オペラ座のお仕事」でも書いているように、僕は田舎町のただの悪ガキだったが、何故か教会にあこがれていた。家の近くに聖公会の教会があって、友達が日曜学校に通っていた。僕も通いたいと思ったが、なにせ親父は大工で家には仏壇と神棚が同居しており、行かせてもらえなかった。通っている小学校の手前にはカトリック教会があって、その庭にはルルドの聖母の像があった。
「いいなあ、こういうところに行きたいなあ」
と漠然と思っていた。
 小学校のクラスでは、みんなが、クリスマスはサンタクロースの日だと思っていたが、僕は何故かそうは思えなかった。クリスマスというのは、もっともっと何かかけがえのない大切な日だと誰にも教わらずに信じていた。
 毎年12月24日になると、理由もないのに、その夜にはとっても素敵な事が起こるような予感がしていた。でも、25日に目が覚めると、そこには何の変哲もないただの「次の朝」があった。毎年軽い落胆を覚えてふとんから離れた。でも、それでも思っていた。素敵なことは本当は起きていたのさ。でも、目覚めと共に忘れてしまっただけなんだ・・・と。

 あれから果てしない時が流れた。音楽家になったのもクリスチャンになったのも、環境に逆らって自分の意志でなっていったわけであるが、よく思い返して見ると、自分の意志だけでもない。意志より前に、自分の心の奥底からマグマのような衝動が生まれてきて、自分はそれに突き動かされるように行動しただけなのかも知れない。
 そして、そんな時にはいつも起こるものだ。いろんなシンクロニシティー(共時性)が。人生には偶然というものはないと僕は信じている。そして僕は、今年、自分の人生において59回目のクリスマスを迎えるが、それに先だってこの演奏会を行った。そしてこれが自分の音楽へのアプローチを再確認するかけがえのない演奏会になった。

 これは、あらゆる意味で、最も僕らしい演奏会だったといえるだろう。まず、僕は合唱でもオケでも自分の“音”を追求する人間であるが、バッハがクリスマスの音楽に求めたであろう“音”を自分なりに引き出せたと思っている。
 その“音”は、単なる音響ではない。音響にプラスして“気持ち”が乗っていることが必要不可欠なのだ。その“気持ち”とは、「親和性」「あたたかさ」「やさしさ」そして「いのちのパワー」である。それらをひっくるめて、僕はそれを自分の“音”として表現したいのだ。さらに言うと、僕は音の中にどれだけの“気持ち”が入っているかについて人一倍敏感な人間なので、どんなに演奏のクォリティが高くても、それだけでは決して満足しないのである。
 かといって、通常の意味で「気持ちさえ込めれば」いいかというと、そういうわけでもない。僕の言っている“気持ち”とは、ある霊的な高さを有するものだ。それを音の中に込めるためには、音楽的にもとても高いクォリティを持つことが要求される。
 それは、たとえば親友のトップ・アスリートの角皆優人君が言っているように、スポーツの世界でも「競争の原理」を超えた高い精神状態にならなければ得られないものだ。テクニック的にコンプレックスを持っている集団や、逆に自信過剰な集団では不可能。自らがハイレベルでありながら、本当の高みを知っている集団のみが、それを知覚出来るのだ。聖書的に言えば、「らくだが針の穴を通るよりも難しい」ことであるのだけれど・・・。

 その意味で、東京バロック・スコラーズは、やっと僕の意図を理解してくれるキャパシティを持つ団体に成長してくれた。本当に嬉しい。このことは、言葉で説明してもなかなか分かってもらえないことなので、以前僕が(かなりハイレベルな演奏なのは分かりながらも)なかなか演奏の出来映えに満足しなかったことに不満や不信感を持つ人達もいたかも知れない。
 でも、今や当団のメンバーの大部分は、僕が何を大切にしているかを分かってくれている。時間はかかったが、やり甲斐のあることをやっているという自負があり、それが実を結んできたという実感がある。

 さて、その反面、このあまりにも「僕的な」バッハ演奏のあり方に賛同出来ない人もいるだろうと思う。事実、当団に密接に関わっているある高名な批評家の方は、この演奏にノーというコメントを残して帰られた。いろいろ話されたが、つまりはピリオド奏法を中心に行われている現在の風潮に逆行するような演奏であるという。以前から僕にオリジナル楽器による演奏をしきりに薦めていた彼の言いたいことは分からないでもない。
 僕は、自分のことは客観的に見れているつもりである。そこで静かに演奏を振り返ってみた。演奏を完璧と言うつもりはない。自分の解釈も100%完璧と言い切る自信もない。しかし、どう反省してみても、それが演奏として「いけない」あるいは「これはバッハではない」という個所はただの一点も見出されなかった。いろんなバッハがあっていいと思うし、特にバッハという作曲家には、他の人にはない演奏の包容力があるからね。これでは反省のしようがない。
 しかしながら、僕には予感があった。練習の時に、
「これは○○先生は気に入らないだろうね」
と冗談めいて言っていたので、すでにお気づきの人も少なくないが、いつもより“様式感と現代性との狭間の落とし処”を現代性の方に置いていたので、反発感を感じられるだろうとは思っていた。

 しかし、あのような強い反発と全否定は予想していなかった。しかしよく考えてみよう。技術的に弱くて中途半端な演奏ならば、あのような言い方はされないだろう。
「まだまだだねえ」
と言われるに違いない。
 ああいう言い方をされたということは、この演奏が彼にとって揺るぎないひとつの牙城に見えたからだと思う。言葉を変えれば、それだけ現代において個性的な演奏だったという証ではないだろうか。
 だとするならば、僕も覚悟を決めなければならない。当団のアドヴァイザーのような形で関わってもらっていたけれど、だからといって、もともと彼に気に入られるために演奏しているわけでもないし、彼の言うことを聞く義務もない。
 一方では、彼と喧嘩するつもりもないし袂を分かつつもりもない。「オペラ座のお仕事」でも書いている通り、新国立劇場ではもっとアクの強いアーティスト達と日常的に仕事をしている僕は、普通の日本人ではない。
 僕は誰とも決して訣別しない。彼のことは今でも尊敬しているし、全然嫌いになったりはしない。今後も意見が合えば、またいくらでも仲良くなれると信じている。

 しかし、ひとつだけ言いたい。音楽のスタイルの話しはともかくとして、あの演奏の中にあった「あたたかさ」を彼は全く感じなかったのだろうか?その点については、コメントはないが、だとすると、そっちの方がむしろ問題なのではないだろうか?
人間として。

 さて、むしろ僕はこれまで以上に自分の信じる道を突き進むべきだと思う。何故なら、すでに掲げている通り、こうした演奏こそ「ポスト・オリジナル楽器時代」を切り開く21世紀のバッハだと信じているから。その意味では、僕の中にこれまでにも一点の迷いもなかったし、これからも決してブレることはない。

僕はこの道を行く。ついてくる人はついてきて下さい!
 
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