「ばらの騎士」の余韻と名古屋の熱い週末

三澤洋史

「ばらの騎士」の余韻
 指揮者のシュテファン・ショルテスのことを、オケマン達は、
「絵に描いたようなクソじじいだ」
と言っていた(笑)。

 通常、指揮者達はみんな紳士で、丁寧な物腰で適当に褒めてノセながらオケ練習を進めていくが、ショルテスは全く違って、
「ここ一つ振りだっていったじゃねえか!馬鹿野郎、何やってるんだ!」
というような感じで、罵倒はするわ、舌鼓は打つわ、まるでガキ大将がそのまま大人になったようである。さらに、ちゃんと分かり易く振る能力はあるのに、わざと不親切に振る。
 まあ、相手がウィーン国立歌劇場管弦楽団だったら、それでもいいのだろうが、たまにしか「ばらの騎士」をやらない東京フィルハーモニー交響楽団に対して、
「みなまで言わすな」
という感じで振るのは酷というもの。
 それでいて奏者が弾き損じでもしようものなら、まるで鬼の首を取ったように、
「はあ、落ちやがったな!お前らはな、数えてきちんと入ってくるのが仕事なんだぞ。俺はな、いちいちお前らの面倒見れないんだからちゃんとやれ!」
と大声で言い放つ。アインザッツ出してあげればいいのに。
 あんなに背が高いのに、ピアノの個所ではもの凄く小さくなって、指揮棒が譜面台の陰に隠れて見えなくなってしまう。楽員が、
「見えません!」
というと激怒する。もう手がつけられない。

 喫煙所の前を通り過ぎると、ショルテスが煙草を吸っている。目が釘付けになる。まるで麻薬中毒患者が一週間ぶりに大麻にありつけたように、背中を丸めてむさぼるように吸っている。よっぽどうまいのだろう。というより恍惚状態。あれを見ただけで普通の人でないことが分かる。
 ショルテスは、練習の時からテンポの変わり目などで、唸りとも呻きともつかない声を出しながら振っていた。さすがに本番ではやらないだろうと思っていたが、なんと公演に入っても、客席中に聞こえるような大声で唸っている。僕は、三人の孤児のソリストが合唱団から出ていて、そのアンサンブルを客席後方の監督室からペンライトで指揮しているが、いつも彼女たちの歌った直後のテンポの変わり目でショルテスが唸るのに笑ってしまう。って、ゆーか、回を重ねるごとにむしろ唸り声は大きくなっていった。

 練習初日から、ショルテスの剣幕にびっくりした楽団員が、恐くて充分に音を出せないでいると、
「音がスカスカじゃねえか。なまけないできちんと弾け!」
と怒鳴られる。だから、最初の内はオケの音は、充分に鳴っているのだけれど、なんかアマチュアのオケが全力で弾いているような、ガビガビのきたない音になっていた。それが練習を重ねて、音楽も頭に入ってきて余裕が出てくるにつれて、角が取れて音がきれいになってきた。そうすると、ショルテスの振り方も変わってくる。フレージングを浮き彫りにするような棒。さらに相乗効果で、オケがより音楽的になってくる。

 初日は、良い意味でピンと張り詰めて緊張感の高い演奏だったし、ショルテスも緊張していて微笑みなどほとんど見られなかったが、公演が進むにつれて、指揮している彼の表情が緩んできて、ワルツなどは実に楽しそうに振るようになってきた。オケもどんどんこなれてきて、千秋楽の演奏は、様々なニュアンスに溢れていて、R・シュトラウスの世界を存分に堪能出来るものになった。
 いやあ、やっぱりショルテスって凄い指揮者だと思った。ワンマンだけど、杓子定規に自分の想いを強要するだけの指揮者ではなく、フレキシブルな感性に溢れているのだ。でも、言っておくけれど、だからといって初日がダメということではない。オペラ・ファンの中には同じ演目で毎回来てくれる人がいて、よくお金が持つなとこちらが心配するけれど、本当は公演のたびに毎回違って、どれが良いとは断言出来ないので、全部見ると本当に楽しいのだ。僕としては、あの初日のピリッと引き締まった演奏も棄て難いわけである。

 今回の公演が名演になった原因に、メイン・キャスト達の芸達者というのが挙げられるだろう。元帥夫人の背中の演技、オックス男爵のハチャメチャぶり、オクタヴィアンの男女のキャラクターの使い分けなどもさることながら、僕が今回「ばらの騎士」の本質が分かったと発見させてくれた最大の功労者は、ゾフィーの父親ファーニナル役のクレメンス・ウンターライナーだ。
 最初立ち稽古で見た時には、通常のファーニナルとは随分イメージが違うなと思った。割とオックスと同じような落ち着いた感じの人物を想像していたのだ。ところが稽古が進んでいく間に、
「なるほど、ファーニナルってこういう役だったんだ」
と発見して、この台本の奥深さを理解すると共に、ウンターライナーの演技力に感心させられた。
 つまりはこうである。ファーニナルは、成功した実業家で、お金は沢山持っているけれど、貴族の称号を持っていない。それで、娘を嫁にやってオックス男爵の親戚になることで、貴族の称号を得ようともくろんでいるのである。
 一方、オックス男爵は、ある意味没落貴族でお金がない。だから結婚式の結納金を、通常は新郎側が新婦側に支払うのが常であるのに、逆にファーニナルに払わせようとして公証人と衝突しているのである。
 第2幕で、取り次ぎであるはずのばらの騎士オクタヴィアンが、あろうことか新婦になる予定のゾフィーと仲良くなり、さらにオックス男爵に対して暴力沙汰になると知ると、ファーニナルはあわてふためいて、オックス男爵に涙ぐましい限りのお詫びと恐縮した態度を見せる。その演技力が素晴らしいので、みんながゾフィーを食い物にしながら、それぞれの思惑を遂げようとする、倒錯した社会の構造が浮き彫りになるのである。

 「ばらの騎士」という作品が女性にウケる背景には、男性優位社会のひずみが表現されているからだろう。色気と金に目がくらむオックス男爵。社会的地位にめがくらんで娘を道具として使おうとするファーニナル。いやそれだけではない。オクタヴィアンだってそうだ。このオペラの最終シーンで、ゾフィーとの美しい二重唱を歌いながら退場していくので、聴衆には、
「よかったね。若い二人が結ばれて」
という好印象を残すが、よく考えてみよう。
 オクタヴィアンがゾフィーと結ばれた後、オックス男爵や元帥夫人の夫のようにならないと誰が断言出来よう。現に、オクタヴィアンは、ゾフィーと出遭う直前まで元帥夫人と不倫をしていたのだよ。色事が嫌いなはずはない。しかも、貴族社会では、オックス男爵のような振る舞いが、特に忌み嫌われていたわけではない。
 そうやって考えてみると、誰も正しい人なんていない。オクタヴィアンと不倫していた元帥夫人と、女達の尻を追いかけ回しているオックス男爵との間には、倫理的に言ってどれほどの違いがあるのだろうか。ファーニナルの演技力の影響で、ここまで「ばらの騎士」に対する理解が深まったことを僕は感謝したい。
 それにしても、あれだね。この作品は、こうした崩壊寸前の貴族社会の有様を表現しているけれど、もう少し考えを広げると、もしかしたらR・シュトラウスによる「神々の黄昏」なのかも知れないとも思う。つまり、“ひとつの社会の没落の物語”なのだ。だからこそ終幕近くで何度も出てくるvorbei「もう終わった」というセリフが意味を持ってくるのだ。

 さて、東京バロック・スコラーズでコンサート・マスターを弾いてくれているヴァイオリニスト近藤薫君が、めでたく東京フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスターに就任して、初めての仕事が、なんと「ばらの騎士」だった。実に気の毒なことであるが、ショルテスは近藤君の弓さばきをはじめとするヴァイオリンの弾き方がいたく気に入っていたようで、僕とすると自分の事のように嬉しい。カーテン・コールで舞台上から近藤君の方を見ながら拍手すると、彼も拍手を僕に返してくれた。誰も分からない二人だけのやり取り。
 千秋楽に公演が終わった後にばったり会ったので、
「おめでとう!コンマスの初めての仕事、こんな難曲で、しかもあんなシビアな指揮者の元で立派に成し遂げたじゃないか。もう、これが務まったんだったら、何も恐くないのじゃないか?オケもとっても頑張って良い公演になった。本当に良かったね」
と言ったら、とても嬉しそうだったよ。

終わってもなお熱い余韻が残る公演。こんな時、僕は劇場人としてのしあわせを噛みしめるのだ。

名古屋の熱い週末
 6月6日は、18時から名古屋の合唱団グリーン・エコーの練習。そして翌日7日は、朝10時からオーケストラの練習。両方とも練習するのはマーラーの「嘆きの歌」。つまり、いよいよ7月の「嘆きの歌」が実際に動き出したのだ。蝉で言えば、長い地中の準備期間を終えて、いよいよ地上に出てきたという感じ。
 グリーン・エコーは、さすが名古屋で最もメジャーな活動をしている合唱団だけあって、下準備も充分だし上手な合唱団だ。以前モーツァルト200合唱団を指導してくれた河辺泰宏さんも指導スタッフにいる。僕のスケジュールの関係もあって練習を何度も取れないので(次オケ合わせ)、最初から理想高くハードルをあげてビシビシ指導したが、みんな頑張って食らいついてきたよ。
 マーラーの合唱部分の書き方は、「復活」交響曲もそうだけど、決して歌い易くない。でも、いくつかのポイントを押さえると、即座にマーラーのあの超自然的なサウンドが聞こえてくるようになる。3時間あまりが瞬く間に過ぎた。とてもしあわせな時間であった。
 翌日のオケの練習も、最初に合わせた時と、練習後の音とでは、まるで違うオケかと思うほど音が変わってくる。これがマーラーの秘密だ!マーラの場合、スコアを理論的に読み込んだ場合と、音として実際に鳴り響いた場合とのギャップに驚くのだが、オケ練習の場合でも、自分の意図した音に近づけようと努力すればするほど、その甲斐がある。つまり、マーラーほど練習中にサウンドが変わってくる作曲家を知らない。
でも、そのためには、指揮者の方に確固たるサウンドへのイメージがないといけない。これから7月の演奏会に向かって、もっともっと磨きをかけていかなければならない。そのためには、自分がイメージを持つだけでなく、それを実現するためにどのような方法でみんなを導いていかなければならないか、じっくり考えなければならない。とてもチャレンジアブルで身が引き締まる反面、演奏会までの日々は、なんてしあわせな時間の連続であろうか!
 それにしても名古屋の人達は熱い!こんなオタッキーな演奏会、誰が来てくれるのかと思っていたが、結構チケットの売れ行きも好調らしい。マーラーの最もマーラーらしい天才のきらめきに満ちた作品。初稿版でこそ、その独創性があますことなく発揮される。
 ハープはマーラーの指定によると6本も使うが、通常だと予算の関係とかいろいろあって、2本ないしは多くても4本が普通だ。マーラー自身妥協して、
「最悪の場合2本でも演奏可能だが、やはり可能ならば少なくとも4本、出来れば勿論6本でやってもらいたい」
と遠慮がちに書いている。
 ところが、今回の演奏会では、マーラーの指定通り6本でやりますよ!その他、初稿版ならではの大規模な舞台裏オーケストラも使用。これを若気の至りと笑うなかれ。思いの丈をあますことなくぶつけて音楽界に挑んだ、青年マーラーの心意気をどうか味わっていただきたい。ということで、興味のある方は、是非演奏会に足を運んでください。アマチュアだからプロのオケでマーラーを聴き慣れた人にどう響くか分からないけれど、少なくとも、僕がどれだけマーラーが好きで、僕の魂がどれだけマーラーの世界と同通しているかに関しては、みんなに確実に理解してもらえると思う!

マーラはね、将来何になりたいかと聞かれた時、
「殉教者になりたい!」
と答えた人なんだ!僕が傾倒しないはずがないじゃないか。

多摩教会のハツキン
 6月は最後の日曜日の28日しか関口教会に行けない。まあ、むしろ僕にとっては5月が異常で、新国立劇場の舞台稽古や公演が日曜日に集中していたお陰で、毎週の日曜日の朝が空いていたわけである。逆にその分だけ、日曜日に僕を待っているいくつかの地方の団体にとっては、5月の不在が痛手で、それを6月以降に補わなければならないわけだ。
 これまで、日曜日に教会に行けないことを残念に思うこともなかった。ミサに出るだけが良い信仰者というわけではないと思っていたし、一方で神の存在を一度たりとも疑ったことはなかった。しかし、最近関口教会に通うようになって、教会に日曜日に行くことが自然になってきてみると、しばらく教会に行けないのがなんとなく淋しい。
 それに、もっと大事なことは、ミサの行われている聖堂内の、あのピンと張り詰めた清澄なる空気に触れていないと、日常生活においても、いわゆる精神的緊張感というものが希薄になって、共時性も起こりにくくなる。別に共時性ばかりを期待しているわけではないよ。でも、あの、
「うわっ、神の力が働いている!聖霊の風が吹いている!神はいるんだ!」
という確かな臨在感を一度でも感じた者は、もうその価値観以外では生きられなくなるけれど、時間が経つにつれて、その臨在感はどんどん薄くなって、ぬるい日常のベールの向こう側にいってしまうのだ。そんなにも人間って不信仰なんだなあ。弱いんだなあ。だからいつも触れていないとだめなんだ。

 ということで、
「教会に行きたいなあ!」
と妻に何気なくいったら、
「多摩教会のハツキンに行かない?」
という。ハツキンとは、各月の第1金曜日にある特別なミサのことである。多摩教会かあ。あのカリスマ神父といわれる晴佐久昌英(はれさく まさひで)神父のいる教会。
 ネットで検索してみたら、多摩教会のハツキンは朝の10時から。毎週通っているイタリア語のレッスンも10時なので、木曜日に変えてもらって、妻の車で多摩教会に向かった。

 最近は、ミサに出る時は指揮しているので、こういう風に完全にお客様気取りで(という言い方も変だけど・・・)出席するのは久し振りだ。発見することがいくつかあった。ここでは「主よ、憐れみ給え」などのミサ曲は、歌わないで唱えるだけ。でも、唱えるのも悪くないな。別に、音楽って、なくても充分に成立しているじゃないの。
「しゅよー、あーわーれーみーたーまーえー」
って歌ってしまうと、歌にとらわれ、かえって意味を噛みしめることが希薄になる。言葉として唱えた方が、ずっと直接的に自分の問題として捉えられる。
 おいおい、音楽家がそんなこと言っていいのかい?いいのである!音楽家こそ、沈黙や無音楽の価値を知らないといけない。その上で、その沈黙と対峙する覚悟を持って音楽を奏でないといけないのだ。というか、沈黙に負けるならば、潔く負けを認めればいいのだ。それでこそ音楽家なのだ。
「音楽があった方がないより必ずいいのだ」
なんて楽観的に信じている音楽家は二流三流だ。
 なんかね、ミサが進む内に、思ってきたよ。瞑想や祈りに、音楽って果たして必要なんだろうかってね。それでも、カテドラルの聖マリア大聖堂で山本量太郎神父の歌ミサを指揮して、みんなの歌声が一致した時のあの精神的充足感も棄て難いことは事実だ。うーん・・・まあ、別にすぐに結論を出さなくていい。大事なことは、今自分がここで、歌がなくてもミサというものが成立するのだと気が付いたことだ。ミサはそれ自体で完成されているのだ。そこに、あえて音楽を加える意味を、僕は生涯賭けて考え続けなければいけないのかも知れない。

 さて、晴佐久神父の説教は、主日よりもずっと短かったけれど、やはり少なからず感銘を受ける内容であった。なにより、自分自身の経験や感性から出る言葉で、当たり前の事を言っていてもリアリティがあるのだ。その日の第一朗読は旧約聖書のトビト記であった。天使ラファエルの言う通りに、トビトの息子のトビアが魚の胆のうをトビトの目に塗ると、失明していたトビトの目から白い膜がはがれて見えるようになったという内容であったが、晴佐久神父はそれを受け、
「我々も膜がはがれて見えるようになりましょう」
と締めくくった。
 こう書くと、どうってことないように思うでしょう。うーん・・・文章では所詮表現出来ないんだよ。音楽と同じで・・・。やっぱり、実際に多摩教会に行って晴佐久神父の説教を聞かなければ駄目だなあ。とにかく、僕は、とても力をもらった気がしたんだ。それに、やはりミサを受けて、心が清浄になった気がしたのだ。
 ひとつ気が付いた。晴佐久神父は、司祭でありながら司祭然としたところがなく、むしろ求道者のように見える。言ってみればパウロや親鸞のようである。パウロや親鸞が、自分の中に弱さや迷いを認めるからこそ、救いを希求し、あのような情熱的な伝道活動を展開していったように、晴佐久神父の情熱も、根底には、自分自身の弱さに向かい合うことから派生しているように思う。そして彼自身、その弱さを隠そうともしないのが潔い。だからこそ、沢山の悩める人達の心を捉えることが出来るのであろう。

 この神父から目を離さないでおこう。僕は、教会に行くことの出来る主日には、むしろ関口教会に行かなければならないし、その関口教会もなかなか行けないくらいこれからの週末は予定がいっぱいなのだが、カレンダーを見る限り、来月もその次も第1金曜日は空いているようなので、これからハツキンは、出来る限り多摩教会に通おうと思っている今日この頃である。

   

 


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