「おにころ」の夏

三澤洋史

思考停止
 放心状態である。今日仕事を入れなくてよかった。伸び切ってバカになってしまったパンツのゴムのよう。昨日まであんなに張り詰め輝いていたのが嘘のような、何の役にも立たないふぬけのじいさんがポツンといるんだ。でも、このゴミ箱の隅に見棄てられたような状態が、今の自分には必要なのだ。
 それにしても、この2週間ばかりは、これまでの自分の人生の中でも、最も濃い日々であった。ウィーン演奏旅行のためのマーラー「復活」の集中稽古と、そして間髪を入れないで始まった「おにころ」追い込みの最後の1週間。名古屋や群馬で過ごしためくるめく時が瞬く間に過ぎ去って、気が付いてみると、「おにころ」公演が大成功の内に終わり、今東京の自宅でこうしてパソコンに向かっている。エアコンなしでは片時もいられなかったのに、今日は窓から涼しい風が吹き込んでくる。いつしか夏が終わりかけている。決して忘れることの出来ない、かけがえのない還暦の夏が・・・・。

・・・・ええと・・・・この姿勢のまま、すでに5分以上経っている。思考が完全にスリープ状態に入っていたんだ。動きも完全に止まっていたに違いない。息と心臓が止まらなかったのが不思議なくらいだ・・・・ダメだこりゃ。今日は、長い原稿は書けませんなあ。ええ?いつも長すぎるからちょうどいいって?そうねえ・・・いつも思いの丈を人の迷惑顧みずで書いているからな。それでも、同じように人の迷惑顧みずに書いた「おにころ」も、あんなに長い作品なのに、みんなが感動し、喜んでくれているのだから、あまり遠慮することもないかなとも思ったりするんだ。あははははは!

・・・・ええと・・・・また5分以上経っている。「おにころ」を観に来てくれた方達は、僕が今何を思っているのか知りたいだろうから、その方達のためにも何か書かなくてはね。しかしねえ・・・言葉が出て来ない。僕にしては珍しいんだ。

新町の神様たち
 公演の日(8月23日日曜日)の朝6時過ぎ。僕はいつものようにお散歩に出た。群馬の家に居る時の僕のお散歩コースは決まっている。まず家から近い土手に行って、赤城山、榛名山、浅間山及び妙義山(すなわち「おにころ」公演で使用した背景画の風景~野村たかあき作)を眺めながら北西の関越自動車道(すなわち高崎方面)に向かって歩く。それから関越自動車道の側道に沿って烏川(からすがわ)を渡って新町とは烏川をはさんで向こう側の玉村町に行き、南東に戻りながら歩く。それから岩倉具視(いわくらともみ)が大隈重信(おおくましげのぶ)などと通ったことにちなんで名付けられた岩倉橋を渡って帰ってくるというものだ。ほぼぴったり1時間。
 しかしその朝は違った。土手に登った時に虚空蔵尊(こくぞうそん)を祭ってある社が目に入った。「おにころ」の中で、春の虚空蔵様のお祭りの場面があるなあと思い、ちょっとおまいりをしてから行こうと立ち寄った。
 そこで手を合わせていたら、そういえば弁天(べんてん)様も歌詞に出てくるなと思い、そこからすぐの弁財天におまいりに行った。その時点では、まだいつものコースに戻ることを考えていたのだ。けれども弁天様で手を合わせていたら、ふと、この際だから新町中のお寺や神社などを回ってみようかなと思い始めた。

 そこで・・・・まず、弁天様から歩いて3分の高尾山宝勝寺に行っておまいりをする。ここは新町の三澤の実家が代々檀家となっているお寺であり、先日(8月13日)もお盆迎えに行ったばかりだ。また僕は(僕の妻も)、そのお寺が経営する保育園に子供の頃通っていたし、小学校時代はそろばん塾にも通っていたのだ。「おにころ」公演では、上州と武州との争いの後の死屍累々の光景の中で鳴り渡る鐘を、宝勝寺から毎回借りている。今回の「おにころ」公演でも、宝勝寺からのモロホンの弔いの鐘が響くのだ。
 それから、その隣の八幡神社を巡り、ちょっと歩いて、僕が20歳の時に洗礼を受けたカトリック新町教会に行く。扉を開けて入ったら、向かい側の壁に掲げられた「喜びと感謝のうちに」と書いた文字が目に入ってきた。早朝の誰もいない聖堂に入り、しばらく手を合わせて、何をお祈りするわけでもなくじっと心を静かに保っていたら、突然、自分の心の中に、いいようのない喜びと感謝の気持ちが沸き起こってくるのを感じた。その瞬間、僕は、今日の「おにころ」公演の成功を確信した。
 聖堂を出ようとしたら、ふと、オルガンが目に入ってきた。オルガンのところに行き、座ってみた。昔、ここでオルガンを練習していたら、妻が聖堂に入ってきて目が合った。この角度から妻を見たとき、何故か、
「あっ、こいつ知ってる」
と思った。勿論初めての出遭いなのに・・・まるで昨日のことのようだ。でも、考えてみたら、実に43年も前のことである。まあ、このことは、またいつか詳しく書こう。
 それから教会の隣のお菊稲荷に行き、かつて通った小学校から中学校を巡り、6区をめざして歩く。6区のこの地域は2つの寺院と神社が並び、お墓が沢山あって子供心にはちょっと気味の悪い一画であったが、今その界隈を歩くと、木々も多く静かでさわやかな空気を感じる。手前から、大銀杏(おおいちょう)で有名な浄泉寺、次いで専福寺、そして諏訪神社である。おにころが桃花と最後の逢い引きをするのが、この諏訪神社の境内である。最後に八坂神社におまいりして、家に戻った。
 根っからおめでたいせいであろうが、どのお寺や神社に行っても、僕を祝福してくれているように感じられた。それぞれの場所には「仏さまと出会う」とか「感謝の心」とか様々な言葉が掲げてあって、その全てが心に染みいってきた。あらためて、自分の心の中には宗教の垣根がないなあと思ったし、だからこそ、それぞれの神社仏閣も僕を迎い入れてくれているのじゃないかなあと感じた。全ての宗教は、それぞれの宗教を超えるもっともっと高い“至高なる存在”の前に跪くのだ。それも「おにころ」のテーマの中に入っている。

 「おにころ」は、僕が作った作品ではない。僕の頭からこんなものがひねり出せるはずがない。傲慢に思われることを覚悟して書くと、至高なる存在が、僕という媒体を通して、天の意志を地に降ろすように促し、作品を書かせたのだ。さらに僕という存在を磁場の中心として、そのまわりに渦を生じさせ、沢山の人を動かして公演にこぎつけたのだ。
 「おにころ」のために動いてくれた人は、それぞれこの作品の中に表現されている“真実”に触れ、心を揺さぶられ、動かずにはいられない衝動を持ったのだと信じている。それこそ、キリスト教的に言えば、聖霊のはたらきであり、仏教的に言えば、内に潜む仏性に揺り動かされるということである。
 わずか500人に満たないキャパシティーの新町文化ホールから飛び出し、2000人収容の群馬音楽センターで、群馬交響楽団と共にこれだけ大規模な公演を行うために、どれだけの人たちが動いてくれたのか、考えるだけでも、ここには人知を超える力が働いていたのだとしか思えない。それを考えると、今の僕には感謝の気持ちしか出て来ない。

群響との素晴らしい再会
 群響を指揮するのは30年ぶりだ。ベルリン芸術大学留学当時、群響音楽監督だった豊田耕児さんがベルリンに住んでいた。ある時、僕の演奏会を聴きに来てくれて、気に入ってもらい、帰国後すぐ演奏会をさせてもらえるようになった。1984年10月のことである。それから2度くらい指揮させてもらったが、僕はオペラの世界に飛び込んで行ったので、ずっと疎遠になっていたのだ。
 それが、今回でとても良い再会の機会を与えられた。練習中、みなさん信じられないくらい真摯に音楽に向かい合い、しかも和気藹々となって、とても気持ち良く本番を迎えられたのだ。しかも、本番の集中力の凄さ!
 また、終わった後に、オケの人たちの側から、
「一回じゃもったいない!」
「毎年でもやりたい!」
という声があがってくれたのは、何よりも嬉しかった。
 コンサート・ミストレスの伊藤文乃さんとは、東京バロック・スコラーズでも共演していたので、今回も素晴らしいコラボレーションが出来た。本当に感謝している。

宇宙に向かってありがとう!
 うーん・・・・いっぱいありすぎて何を書いていいか途方に暮れる。メインキャストのみんな、本当にありがとう!主役の泉良平さんをはじめ、みんなそれぞれキャラクターが適役で、しかも全力投球してくれた。
 それから新町歌劇団と高崎おにころ合唱団のみなさん!よく、ここまで辿り着けましたね。最後の1週間、苦しかっただろうけど、共に頑張り抜いたよね。当日の最終稽古までよく付いてきてくれました。一緒に飲んだビールはおいしかったね。君たちは僕の宝だ!
 それから、振り付けの佐藤ひろみさんは、本当に親身になってしかも辛抱強くみんなの面倒を見てくれました。心からありがとう!また、僕が練習に出れない時に、代わりに高崎での指導を一手に引き受け、僕の作品に賭ける想いまで丁寧に説明してくれた初谷敬史君、本当にありがとう。本番では伝平も以前よりかなり進化していたね。
 また、指導者の余川倫子さん及びピアニストの小林直子さんと近藤陽子さん、ありがとう!それからこの「おにころ」を後方から様々な形で支えてくれた、桑原高良さんをはじめとする全ての人たち。全ての舞台スタッフのみなさん!ボランティアのみなさんと、彼らを統括して下さった丸茂ひろみさん!そして何より、新町歌劇団事務局の佐藤さん夫妻がいなかったら、決してここまで出来なかった。いろいろな苦労を一手に引き受けて、最後の最後までチケットの心配などに駆けずり回っていた姿などを見ていた僕は、2人に決して足を向けて眠れない。本当に感謝しています!
 ひとりひとり、名前を挙げて言いたいんだけど、それが出来ない事をお許し下さい。言葉で言ってしまうと、とっても月並みに「ありがとう!」という言葉しか出て来ないんだけど、こんなに本気でありがとうと言いたいのは初めてです!僕は、世界に向かって・・・いや、宇宙に向かって、
「ありがとおおおおおおおおおおおおお!」
と叫びます。

おお!なんてしあわせな人生!



「おにころ」を終わって
(角皆優人様ご提供)


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