旅先から

三澤洋史

旅の最中
 新国立劇場では、飯守泰次郎芸術監督の第2シーズン開幕として、ワーグナーのリングこと「ニーベルングの指環」4部作の最初の作品である楽劇「ラインの黄金」初日の幕が開いた・・・はずである。
 いろんな方が僕に向かって、
「『ラインの黄金』行きますからね!」
と嬉しそうに言ってくれるのだが、残念ながら僕は東京にはいない。というのは、現在文化庁主催のスクール・コンサートの真っ最中だからである。

 シーズン開幕の演目に合唱がない・・・ということは・・・この間合唱団は失業中である。今シーズン、合唱団が初めて新国立劇場の舞台に立つのは、なんと11月17日の「トスカ」の初日である。せっかく厳しい視聴会を毎年行ってメンバーを厳選しておきながら、遊ばせておくわけにもいかないので、我々はこうして東京を遠く離れてスクール・コンサートを行っているわけである。
 しかし、これをボヤキや嘆きととるなかれ。僕たちは、とても充実した日々を送っている。たとえば、初日の豊橋特別支援学校での公演では、僕たちが奏でる音楽を、生徒達が、まるで砂漠が砂を吸い取っていくように全身で受け取っていくのが感じられて、演奏している我々自身が胸を熱くした。
 ここでは、言語も歩行もある程度自由に出来る生徒から、ベッドに寝たきりで、点滴や呼吸器がはずせない生徒まで様々な段階の生徒達を収容している。年齢も高校生までいるので、特別支援学校とすると規模が大きい方だろう。
 こういうところで演奏している時ほど、音楽というものの力をはっきりと感ずることはない。体が思うように動かせない子どもの心にも、音楽は自由に入り込み、飛翔し、舞い踊り、喜びとパワーを与えるのだ。
 演奏が終わって、学校の方からのリクエストがあり、僕たちはグループに分かれて生徒達と一緒に写真撮影をした。彼らは、さっきまで歌いながら演技していた合唱団のメンバー達が、すぐそばで肩なんか抱きながら写真を撮ってくれることに有頂天になりながら、はしゃいでいた。

 向こうの方で、突然ある先生が叫んだ。
「立った!こ・・・この子が立った!」
他の先生達も寄ってきてびっくりして見ている。生まれてから一度も立ったことのない子どもが、立ち上がったのだそうだ。
 まるで新約聖書の福音書の中の一場面のようではないか。これが音楽の力なのだ。いや、こうした外面的なことだけではなくて、僕には、彼らの内部でどれほどの音楽のパワーが働いているのかが、演奏中からビンビン感じられていたのだ。
 豊橋特別支援学校を離れる時、女声合唱団員達の中には目を真っ赤にしている人も少なからずいた。他のみんなも深く心を打たれたようだ。こうして始まった今回の演奏旅行では、行くところ行くところ、生徒達の集中力と感受性に驚かざるを得なかった。
 今回の演奏会がうまくいっているのには、もうひとつ理由がある。それは・・・オペラ公演とダブっていないので、今回の演奏旅行のメンバー30人は、まさに新国立劇場合唱団の“超”主力メンバーなのである。彼らは、歌手としての実力も素晴らしいけれど、同時に、性格及び人間性も素晴らしいのだ。音楽への取り組みも真摯なものがあるし、小学生や中学生にもおおらかに心を開いて音楽の素晴らしさを伝えている。何処へ行っても手を抜かないし、第一、手を抜くなどという発想すらない。音楽を心から楽しんでいる内に、自然に良いものが出来てしまうのだ。
 そうして出来上がった楽曲の音楽的レベルときたら、もう手前味噌で言いますが、間違いなく日本一である。「ふるさとの四季」などは、このままCDにして売り出したいくらいだ。断言するが、このクィリティのコンサートは、聴きたくても東京では決して聴けないのである。
 ははは・・・「ラインの黄金」を聴きにはるばる地方から東京に出てきた人達をうらやましがらせてやりたい。この合唱団こそ僕の誇り!そんな選ばれた合唱団の演奏だもの。生徒達に届かないはずはないのだ。

 このコンサートは、愛知県と岐阜県の各学校で先週の月曜日から金曜日まで5日間行われ、今週は月火水と3校行う。夏に校歌を編曲していたけれど、その8校である。この校歌も、新国立劇場合唱団の響きで歌われると、編曲者冥利に尽きる。というより、生徒達がマジたまげている。
「こ・・・これが自分たちの校歌か・・・」
でも、これを機会に、みんなが自分たちの校歌を見直して、大切にしてくれるようになるのだったら、この編曲も無駄ではないのだ。
 その学校にまた行かない限り、二度と演奏する機会がないかも知れない編曲された校歌を、合唱団のメンバー達は、今日も真剣に取り組んで、まるでレパートリー曲のように歌ってくれる。本当に有り難いことだと思う。
 すぐに結果がかえってこないものの中にこそ、本当に大切なものがある。そのことを気付かせてくれる日々を送っているからこそ、今の僕たちには充実感がある。

ベートーヴェンとベートホーフェン
 変な題名の本である。これを旅の間に読んでいた。「ベートーヴェンとベートホーフェン」(七つ森書館)で、著者の石井宏がやりたかったことは、楽聖ベートーヴェンの仮面を剥ぎ、虚像を振り払って等身大の実像を提示することであった。
 それは成功していると思う。ただ、中立的な資料からはどちらともとれるのに、ところどころ「始めに結論ありき」で、著者がある方向に意図的に想像力を膨らませていくような箇所が少なくない。そんな時、僕はちょっと居心地の悪さを感じる。そこまでベートーヴェンを落とさなくてもいいんじゃねー?・・・と。
 しかしながら、これまでは、逆にベートーヴェンを楽聖にしておきたい学者達によって、その正反対の方に結論を無理矢理持って行かれていたので、「おあいこ」と言えなくもないか。とにかく、この本をそっくりそのまま鵜呑みに信じるならば、ベートーヴェンとは、相当変な奴である。著者自身、はっきり「パーソナリティ障害症候群」と言い切っている。(あとがき412ページ)


 この本の冒頭では、これまで誰もはっきりと踏み込まなかったベートーヴェンの名前の発音について語られている。僕は、ドイツ人達がBeethovenを発音する時、ベートーという風に続けないで、ベートでちょっと切って、ベート・ホーと言っているのを知っていた。 ただその後は、ヴェンと濁っている人もいれば、フェンと濁らない人もいたが、濁らない方が多かった。もともとドイツ語のvはVater(父)をファーターと読むように濁らないのである。さらにvの後のeは曖昧母音になるので、ほとんど発音しないでベート・ホーフンと呼ぶ人も多かった。これだけでも日本語のベートーヴェンとは随分印象が違う。
 だからドイツ人と話す時、僕は必ずベート・ホーフェンと言っていた。でも、本当のところはよく分かっていなかった。それが、この本を読んではっきり分かった。Beet-hovenの名前はオランダ語に由来する。Beetはドイツ語のBete(赤カブ)つまりボルシチなどで使うビーツに相当し、Hovenはドイツ語ではHof (場所、屋敷、中庭、農場)に相当する。だからBeet-hovenは赤カブ畑とか赤カブの家とかいう意味。祖先は農夫に違いない。

 またLudwig van Beethovenのvanは、ドイツ人のvonと混同されるが、ドイツ人のvonが、貴族の称号以外には考えられないのに対して、オランダ語のvanは必ずしもそうではない。しかしベートーヴェンは、本物の貴族達が、自分の名前にvanがついている故に貴族であると勘違いして、親しげに付き合ってくれたのが心地よく、ずっと自分を貴族であると偽って暮らしていたけれど、ある時それがバレて、貴族達が離れて行ってしまったというトホホな目に遭っている。
 好きになった女性はみんな貴族だったというし(有名なベートーヴェンにピアノを習いに来れるような女性はお金持ちでないと無理だったというのもある)、お上品で表面的な貴族支配の社会には反発を持つ一方で、ベートーヴェンは貴族にあこがれていた部分も明らかにあったようだ。
 
 この本の中で圧巻なのは、甥カールとの関係についての見直しである。これまで言われてきたことは大旨こうである。
「ベートーヴェンの弟が死ぬと、その妻の行状がふしだらで、息子のカールを養育する能力に欠けているという理由で、ベートーヴェンは彼の甥であるカールを引き取って理想の人間に育てるべく養育した。しかし思うようにいかず、カールは後にピストル自殺を遂げるが、未遂に終わる。それがベートーヴェンをますます苦しめる」
 だが石井氏は、そもそも弟の妻(すなわちカールの母親)が、本当に養育能力に欠けていたふしだらな女か疑問であると言う。さらに、甥のカールは、本当は母親と一緒に暮らしたかったのに、ベートーヴェンが彼の独善的な想いでそれを阻止し、結局みんなを苦しめていたと力説する。カールがグレたのも、ベートーヴェンがカールに要求する様々な不条理に対するカールの無言の反抗であったという。
 書類として残っている事実がある。当時自殺は罪だったので、カールが自殺未遂を犯したことで警察にその理由を問い詰められた。その時、彼は、
「それは伯父にいじめられたからです」
とはっきり答えている。また、自殺以来のカールは、まるでそのことによってふっきれたようにベートーヴェンの言うことに従わなくなったという。
 
 このように、この本を読み進めていく内に、人によってはベートーヴェンのことをすっかり嫌いになってしまう人も出てくるかも知れない。しかしながら、僕自身はというと、僕はますますベートーヴェンのことを好きになった。まあ、もしここにベートーヴェンが現れて僕の友達だったりしたら大変困るだろう。面倒くさそうなので、出来ればあまり付き合いたくない相手ではある。
 でも、あの性格にしてあの音楽あり。ひとつだけ言えることは、お世辞、迎合、てらい、へつらいのない真っ正直な人間だということだ。その意味では、こんなに信用できる人物はいない。ベートーヴェンは、教会に毎週通うような熱心なキリスト教信者ではなかったかも知れないが、根本的に宗教的な人間である。そして神の創造したLiebe(愛)に向かい合う時、それが女性に対してのものであっても、「崇高なる感情」を心に秘めている。一方それが、宗教曲の中に表現された場合には、「情熱的な感情」の発露となってしまうきらいはあるが・・・。

 今、志木第九の会では、10月18日日曜日の定期演奏会に向けて練習の真っ最中である。僕も10月3日土曜日の集中練習に出るために、わざわざ岐阜からつかの間東京に帰ってきた。メイン・プログラムは第九なのだが、今回の演奏会では、なんとその前に50分近くかかるベートーヴェンのハ長調ミサ曲を演奏する。
 そのミサ曲の練習中、終曲のAgnus Deiを指揮していると、これは一体神に向かって祈っているのか、それとも意中の女性に向かって情熱をぶつけているのか分からなくなる。それほどAgnus Deiはロマンチックであり、とっても個人的な想いの表現という感じがする。そして、そこにベートーヴェンの真の独創性がある。

 演奏会の宣伝ではないのだが、僕は以前から、このハ長調ミサ曲と第九とを並べてひとつの演奏会をやりたかった。一般の人達は、第九に声楽が入っているから独創的であると勘違いしているむきがあるが、そうではない。ベートーヴェンは第九以外にも声楽曲を書いている。たとえばこのハ長調ミサ曲のように「まともだけれど独創的」な声楽曲はあるのだ。
 しかし第九は違う。交響曲というものは、あくまで器楽曲なのに、その終楽章に「無理矢理」声楽を入れたのだ。これは、発想においては独創的かも知れない。でも、たとえば、ピアノ・ソナタの終楽章に、突然シンバルとティンパニーと大太鼓とトランペットを入れようと思いついたようなものだ。どんなに、
「情熱が湧いてきたので入れずにはいられなかったのだ!」
と言っても、
「それでは最初からピアノ・ソナタと呼ばなければいいのに・・・」
ということなのだ。これは、ベートーヴェンの甥カールへの接し方と一緒で、彼独特の乱暴な処置である。そして出来上がったものが、木に無理矢理竹をつないだようなものなので、第4楽章冒頭では、あれほど長い導入の音楽を必要とした。

 それでも第九は素晴らしい作品なのだ。言い方を変えると、第九はその無茶の上に成り立っているとも言えよう。シラーの詩に潜む熱狂。それをベートーヴェンなりに拡大した結果、この作品は、熱狂的に演奏しないことにはその存在価値さえないような作品となった。
「全ての者達よ、抱き合え!みんな兄弟となって新しい世の中を作っていこう!」
という壮大な理想の世界。それを、隣人とも仲良くできないようなベートーヴェンが作ったのだ。地道に自らを省みるような者なら百年かかっても出来ないようなことを、彼は成し遂げたのだ。
 木に竹をつないだような無茶をしたのに、その後、メンデルスゾーンをはじめとして、マーラーなど、交響曲と呼びながら声楽を入れる流れが出来てしまった。ベートーヴェンは、交響曲というものの定義をも変えた。ベートーヴェン以降の交響曲とは、単なる「管弦楽のためのソナタ」という枠組みを大きく飛び出して、なにか全人格的な、精神のエッセンス的な、あるいは壮大な世界観を表現する特別な楽曲となった。

 志木第九の会の演奏会の前には、僕のレクチャーがある。そのレクチャーでは、今日述べたような事も語るだろうし、ここで語っていないことも語るつもりだ。このレクチャーと、この2曲のカップリングそのもので、聴衆のみなさんは、きっとベートーヴェンの中にある“真の革命性”とは何か、深く理解していただけるのではないかと信じている。
 僕は信じている。ベートーヴェンは不滅である。恐らく、人類が人類である限り、あるいは、人類が人間としての心を喪失しない限り、ベートーヴェンの音楽は生き続けていくだろう。ベートーヴェンの音楽が必要とされなくなる時とは、とりもなおさず、人類が終わる時なのだ。

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