恋する土曜日

三澤洋史

この一週間
 今(2月21日午前中)、この原稿を札幌行きの飛行機の中で書いている。びわ湖ホール主催「さまよえるオランダ人」公演のための立ち稽古を19日金曜日に終え、26日に京都市交響楽団とのオケ合わせのために京都入りするまでの休暇期間に、ニセコにこもってスキー三昧の日々を送るためである。
 バーンと大盤振る舞いに休暇となったが、何故そんなに空くのか僕にはよく分からない。分かっているのは、一緒に合唱団を形成している二期会合唱団が21日日曜日まで二期会「トロヴァトーレ」公演に参加していることと、恐らく立ち稽古に付き合っていた同じ舞台スタッフが、びわ湖ホールでの舞台仕込みを完了するまで数日かかることだ。
 ちなみに新国立劇場では、練習と公演が同じ劇場内なので、立ち稽古が進んでいる間に同時進行で舞台設営を行えてしまうので、2日続けてオフ日があることすら考えられないくらいだから、こんなの夢のよう!ありがとう、びわ湖ホール!

 今、新国立劇場では、ヤナーチェック作曲「イェヌーファ」の稽古中なので、本当は専属合唱指揮者として監督に行った方がよいのだろうが、こちらは若くて優秀なアシスタントの冨平恭平(とみひら きょうへい)君が合唱指揮をやっているので、こんな年寄りがノコノコ行ってクレームなどつけたってウザがられるだけだもんね。ここは心を鬼にして彼に全面信頼しよう・・・おや、顔が笑ってますよう。

 さて、水曜日の夜は、二期会主催の「トロヴァトーレ」公演初日を観てきた。かなり良い公演であった。その原因は、弱冠28歳のイタリアの若手指揮者バッティストーニにある。他の演目でテンポが速い人だと聞いていたが、全体的に緊張感に溢れてキビキビ音楽を運んでいくものの、速過ぎると感じた所は一カ所もなかった。
 むしろ、それぞれのフレーズにきちんとアゴーギクがついていて表情に溢れ、各場面が、全て痒いところに手が届くように適切に描かれているのには恐れ入った。僕のやりたくてたまらないIl Trovatoreが、28歳の指揮者によってそこにあったのは、悔しく、かつ実に刺激的で愉快であった。
 僕はこの二期会公演プログラムで原稿を書いている。同じ年に生まれたヴェルディとワーグナーの比較を「トロヴァトーレ」をからめて行うという無理難題を、自分なりにやりくりした結果である。あらためて読み直してみて、まあ、こじつけには見えないだろうな、と手前味噌に感じた。プログラムは、公演が終わってしまうと、あまり価値がなくなるだろうから、いずれ二期会にもお願いして、このホームページにも掲載できればいいなあ。結構、ヴェルディを持ち上げていて、ワグネリアンの人はこれを読んで怒ったかも知れない。

 公演の席を用意してくれた二期会のマネージャーのYさんが、
「三澤さんのために、とっておきの席をご用意しました!」
というので、どんな所かと思っていたら、なんと往年の大テノール歌手の田口耕輔(たぐち こうすけ)さんの横ではないか!でも、田口さんは、かつてのような毒気を抜かれて、のほほんとしたしあわせそうなおじいちゃんになっていた。
 僕は、国立音楽大学声楽科学生の頃、いろんな先生の声楽テクニックを盗むには、クラスメートのついている声楽の先生のレッスンにピアノ伴奏者として付いて行くのが一番と思って、様々なクラスに行ったが、田口さんのレッスンには度肝を抜かれた。その詳細を言葉にすると、一冊の本が出来るであろうから、いずれ時間がある時に書こう。
 また、二期会で仕事し始めた頃、新宿文化センターでの演奏会形式の「トロヴァトーレ」公演で、3日前に、いきなり副指揮者を頼まれて、徹夜で勉強してアンサンブル稽古に臨んだが、その時のテノールが、絶好調であった田口さんだった。
 忘れもしない。
「三澤さん、トロヴァトーレ知ってますよね?」
「はい、知ってます」
とオウム返しに答えたものの、そりゃあ、留学先のベルリンで何度か観ましたよ・・・でも、観ましたよというのと、指揮者としてその作品を知っているというのは、そりゃあ天と地ほども違う。
 電話を切るないなや僕は急いでCDとスコアを買い求め、まさに徹夜で勉強したのだ・・・徹夜・・・そう、出来たのだ・・・若かったから。今は出来ない。あはははは・・・バッティストーニよりも2歳くらい上だったが、その時初めてこの作品を真面目に勉強した。そんな超ピンチな状態で勉強した作品ほど、年取っても良く覚えているものだ。
 あの頃の田口さんは凄かった。ブリリアントな声で凛としており、カッコ良くセクシーで、ヴェルディのテノールはかくあるべし、とその歌で僕に教えてくれた。その田口さんが今穏やかになって僕の横にいる。うーん・・・なんとも感慨深い。
 有名な男声合唱を従えたマンリーコのアリアが終わった瞬間、確かにブラボーは出たけれど、誰しも思ったであろう・・・それを僕は本人の耳元で口にした。
「(あの頃の)田口さんの方がいい・・・」
その瞬間の田口さんの嬉しそうな表情ったら。いやいや、僕はゴマすって言ったのではないよ。ムーティのように、このアリアはハイCに上げる必要ない、なんて言う人がいるけれど、何を言ってるんだ。これを聴きにみんなトロヴァトーレを観に来てるんだ。こんな風に、僕は案外誰よりもオペラ・ファンらしいオペラ・ファンです。

 木曜日と金曜日は、「さまよえるオランダ人」の稽古スタジオでの最後の練習。A組及びB組の通し。いつも、初台から雨に濡れずに入れる新国立劇場で練習し慣れている僕にとっては、錦糸町にあって、しかも駅から15分くらい歩く「すみだパーク・スタジオ」がはてしなく遠く感じられた。でも、スカイツリーを間近に見ながら歩く稽古場までの道を、もう通らなくていいのかと思うと、ちょっと淋しい気もする。
 演出家のミヒャエル・ハンペは、
「この合唱をパッケージにして、ドイツの劇場に売りに行こう!それぞれの劇場には合唱がいるだろうが、どこの劇場でも、こっちの方がいいとみんな言うに決まっているよ」
と言ってくれた。お世辞だとしても嬉しい。

 そんなわけだから、びわ湖ホールや神奈川県民ホールに「さまよえるオランダ人」を観に来るみなさん。合唱はちょっと楽しみにしていてもいいかなあ、という出来に仕上がっています。

恋する土曜日
 当初は、ニセコ行きを、20日土曜日出発にしようと思っていたが、JALPACKでは、土曜日出発は何泊であれ日曜日以降出発より3万円くらい高い。まあ、土日に殺到するのだろうね。もったいないので日曜日出発に変えた。そうすると土曜日がまるまる空いた。でも僕は、そこに仕事を意図的に入れなかった。入りそうになったけれど、申し訳ないけれどお断りした。
 何故って、前日までとても忙しかったから、少しは体力温存してからニセコに行った方がいいと思ったからね。忙しかったのは仕事だけではない。スキーに向けての体のチューン・アップのため、仕事の合間に東京体育館などに泳ぎにも行っていた。朝のノルディック・ウォーキングもテンポを速めて、距離も長めに行っていた。それらを一度クールダウンしてから、あらためて厳しい数日間に立ち向かおうと決心したわけよ。
 そうやって、せっかく土曜日をオフにしたのに、妻も志保も、逆にそれをいいことに、どんどん予定を入れてしまい、杏樹を保育園に土曜保育としてあずける相談していたので、おいおい、ちょっと待てよ。ではじーじが1日責任を持って面倒見ましょうということになった。

 僕は、何をやっても常に、今ここでこれをやっていていいんだろうか?もっと優先してやるべきことがあるのではないだろうか?と思ってしまう貧乏性な人間であるが、今の僕にとって3つのことだけは、それをやっている時に「もっとやるべきことが・・・」と決して思わない。それは・・・スキーをしている時と、関口教会でミサを指揮している時と、そして・・・杏樹と遊んでいる時である。
 とにかく杏樹と遊び始めると、どんだけでも遊べる。しかも楽しくて仕方がない。杏樹もそう。世代の違いを軽々超えて、僕たち二人はとってもウマが合う。感性が似ているのだ。
 午後になって、志保は仕事に行き、妻も所用で居なくなると、僕は杏樹にお昼寝をさせなければとやっきになる。でも、杏樹は、じーじと居るのが楽しくなってしまって、ちっとも寝ようとしない。その内、僕もどっちでもいいや、と思って、また起きて一緒に遊び始める。
すると、
「お腹が痛い」
と言う。
「もしかして・・・うんち?」
「・・・でも、出ない・・・なかなか出ないよう!」
「頑張れ!頑張れ-!」
と、お腹をさすってやる。
「出た!ちょっとだけ出たよ」
オムツを脱がすと、コロコロっとビー玉くらいのが5つほど出た。
「はい、わんわんして!」
と言うと、四つん這いになって、お尻を高く上げる。僕は、ウェットティッシュでお尻を拭いてやり、おむつをはかせて、
「はい、きれいになったよ」
と言うと、
「じーじい・・・ありやと!」
その瞬間に僕の心の中に電流のようなものが走る。くーーーー!可愛くてたまらない。
出るものが出たら、おなかがすいたらしい。でも家にはおやつらしいものはない。そこで、外はどしゃぶり雨なのであるが、
「杏樹、長靴はいて傘さして、おやつを買いに行こう!」
「うん、行こう!」
お気に入りのピンクの長靴とピンクの可愛い絵が描いてある傘をさして、ルンルン気分で一緒に近くのローソンにお買い物。雨さえ降ってなければ、自転車でもっと良いスーパーやデパートにも行けたのに・・・でも、杏樹は大満足!ずっと鼻歌歌いながら、水たまりい長靴でわざと入っていく。
「ほらほら、濡れるよ。ビッチョンチョンになると冷たいよ」
 ローソンでは、最初おやつ用にバナナを買ったのだけれど、なんとなく目に入ってきたアメリカン・ドッグを僕自身が食べたくなってしまって、2つ買った。ヤベエ、こんなジャンク・フード買ったら、妻に怒られるかも・・・。家に帰って、恐る恐るあげてみたら・・・まず、その形状に興味を持ち、それからいきなりパクッと音出してかぶりついた。
「おいちい・・・とっても、おいちい!じーじ、おいちい、おいちい!!」
と感動している。また胸きゅーん!

 夕方、妻が一度帰って来た時に、もう一度うんちが出た。また、
「頑張れ、頑張れーっ!」
とお腹をさすりながら激励した。凄いいきみ。凄い腹筋!臨月の妊婦かと思った。今度はびっくりするくらい大量のうんち。こんな小さい体の一体どこに入っていたのだ?
 妻が、いつものように、
「じゃあお尻拭いておむつ換えようね」
と言ったら、
「じーじがいいの。オーマ(妻のことドイツ語でおばあちゃんOma)要らない!」
だって。妻が気を悪くしている。僕は、
「オーマにそんな言い方してはいけないよ」
と諭すが、
「じーじがいい」
とうるんだ瞳で言われると、もうとろけてしまいそう!
で、またうんちを取り替える。杏樹は楽しげに四つん這いになり、お尻を上げてワンワンの姿勢。なんという全面信頼!
 後でそれを聞いた志保が、
「あーあ、外に出れば三澤先生と呼ばれているのにね」
と、しみじみと言う。

 その晩は、妻が7時からフラワー・アレンジメントの教室に行ったので、また僕と杏樹の二人っきり。一緒にお風呂に入れて、ちょっといやがっても強引に頭を洗って、肩まで沈みながら一緒に10を数えるんだけど、日本語だけじゃなくて、イタリア語とドイツ語で僕が数えるのを楽しげに聴き、それから一緒に夕飯を食べて、二階に行って膝元に仰向けにさせて歯磨きをして、絵本を読んであげて、それから寝かしつけた。とっても満ち足りた顔をして、おとなしくすぐに寝入ってしまった。まあ、お昼寝をしなかったので疲れていたというのもあるけれど・・・。
 寝かしつけながら、僕が、
「今日は、ずっと杏樹と一緒にいて楽しかったね。でもね、明日からジージは何日か居なくなっちゃうんだ。ママやオーマの言うことを良く聞いて、おりこうさんにしていてね」
と目を見てきちんと言ったら、2歳2ヶ月なのに、緊張しながらよーく分かったという顔をしている。でも、そのすぐ後で、
「抱っこ!」
と言ってきた。いとおしくていとおしくてギューッと抱きしめてしまった。

「まるで恋人同士だね。相思相愛だね」
と、志保が冷めた声で言う。
でもね、志保が赤ちゃんの時だって、僕は志保のおむつを取り換え、絵本を読んで、寝かしつけてあげていたのを忘れたというのかい?それに、僕と一緒にお風呂に入る時には、志保はイタリア語とドイツ語で自分から数えていたでしょう?

ニセコはやばいぜ~瞑想?遊び?
 21日午後2時半頃、湯本ニセコプリンスひらふ亭に高速バスで着いて、近くのコンビニに行って水その他の生活用品をそろえる。ひらふの街には、様々なホテルが建ち並び、レストランやお店も豊富。屋台の食べ物屋もある。メインストリートであるヒラフ坂は、いつもスキーヤーやスノーボーダー達が行き交っている。こういう自然な感じでスキー場があるのがいいな。でも、英語や中国語などが飛び交っていて、どこかの外国の街のよう。そうでなくても、北海道というのは、いつも来る度に外国に来た気分になる。

 今回のJALPACKには、サービスでナイターのリフト券がひとつだけついているので、今晩使うことにした。明日からはシニアの3日券。シニアになると安くなるのはいいのだけれど、なんだか世間の第一線からしりぞいて面倒見てもらってる感じで、複雑な気分だね。
 ナイターは4時半から。今日は風が強い。リフトで上まで行くと、もの凄い雪嵐。でも、昨年とうとう拝むことが出来なかった羊蹄山(ようていざん)が、今回は初日から観ることが出来た。といっても頂上は残念ながら雲に覆われている。
 思わず感動してカメラに収める。手袋を脱いで足下に置いて写真を撮り終わったと思ったら、ちょうど来た突風に煽られて手袋がコロコロと谷底に落ちていく。おやおや、待てえー!2つとも別々の方向に飛んで行くし、誤って素手で雪を触ってしまったし、だいだいそうでなくても寒さがハンパないのだ。おお、マジ凍死するかと思ったよ(オーバーです!)。
 着いたその晩のナイターなのに、最初2度ほどウォーミングアップした後、気が付いたらグランヒラフの難所のひとつ、最大斜度35度の新雪及びコブ斜面のスーパーコースに迷い込み(嘘つけ!)、気が付いたらハマッていた。いやあ、ここだけでも、僕を夢中にさせるに充分です。その後、スーパーコースのみ集中して、僕のナイターは早めに終了。時間にしてわずか2時間足らずだったが、一度も休むことなくリフトに乗っては滑っての連続だったし、コブだの新雪だのっていうのは、とにかくくたびれるんだ。腿ガクガク、体ヘトヘト。


初日のナイターから見た羊蹄山

 と、ここまでは昨晩の原稿なのだけど、それを見直ししている現在は、22日月曜日の夕方。見直してみると、なんだか杏樹の話が長いねえ。本当に自分の書きたい記事を書きたいように書いて、人の迷惑なんか顧みないね。ま、ヤならホームページに入って来なければいいんだからという理屈は成り立つのだが・・・。
 それにしても、杏樹の話を喜んで読む人は、スキーの話なんか面白くもなんともないだろう。逆もそうだよな。だとすると、こういうとっちらかった書き方は良くないんじゃないか、とも思うが、もう今さら書いちゃったもんは仕方ないわね。
 昨日に引き続き、ヘトヘトの状態で見直しをしている。まあ、ニセコの記事は、また来週にしましょうね。え?要らないって?あはははは・・・でもさあ、スキーの記事を楽しみにしている人も1パーセントくらいはいるかも知れないじゃないか。スキーの事を書く時は、必ず他の記事も書いているので、飛ばしてもいいからね。

「ニセコに行くのは、僕にとっては遊びじゃないんだ。瞑想しに孤島に行く人っているだろ。それと同じ。ニセコに数日間こもって、孤独と純白の雪の中で深く瞑想し、自分を見つめ直してくるのだ」
と言うと、妻は信じてくれるのだけれど、二人の娘達は、
「パパ、とかなんとか言っちゃって、遊びに決まってんだろ!」
って、言うんだ。なんて娘達だ。育て方間違った!

 僕は、新たな覚醒を求めて、今日もまた凍てつく北の大地で、自己と向かい合い、瞑想的な1日を過ごした。その後、ひらふ亭の温泉に入り、浴衣を着てこれを書いている。腿の筋肉は疲れ切って重いが、体はポッカポカ。今晩は居酒屋に行ってイカでも食べながら熱燗をキューッとやろうかな・・・あれっ?瞑想はあ??それとも迷走?

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