克服~感謝~祈り~覚醒

三澤洋史

京都-びわ湖の日々
 京都に住んでます。駅前のウィークリー・マンションの生活は、ホテルと違って自然でいい。朝は、いつものようにトーストと紅茶で始まる。その後で、杏樹と僕は一緒にヨーグルトを食べる。蜂蜜ときな粉をかけて。夜はびわ湖ホールでの練習が終わった後、娘の志保と一緒に京都まで戻ってくると、杏樹はもう寝ていて、妻、志保と3人でお酒を飲みながら楽しい語らい。仕事場が全部一緒なので、生活がシンプル。


朝の散歩~東本願寺

 28日日曜日の朝には、みんなで京都のカテドラルであるカトリック河原町教会のミサに行った。教会最寄りの市役所前から浜大津まで地下鉄東西線のまま1本で行けるので、ミサ後そのまま浜大津に出て、お昼を食べ、琵琶湖畔を杏樹とお手々つないでお散歩しながら、のんびりとびわ湖ホールに向かった。


じーじとびわ湖畔お散歩

 びわ湖ホール主催の「さまよえるオランダ人」のミヒャエル・ハンペの演出はいいよ!演出もそうだけど、ヘニング・フォン・ギールケの舞台美術が秀逸。というより、これだけでもうひとつの芸術の極みだね。圧倒的なのは、プロジェクターの映像。
 僕は基本的には、舞台の背景に映すプロジェクターには批判的だ。とはいえ、僕自身は、まだ誰もオペラでその分野に手を出していない時に、新国立劇場子供オペラの「スペース・トゥーランドット」で、演出家田尾下哲(たおした てつ)さんと協力して、いち早くその手法を取り入れた張本人なんだけどね。
 いや、だからこそなんだ・・・つまり、今これだけプロジェクターの使用が氾濫してくると、世の中に安易な使用が多過ぎて、腹立つことが少なくないのだ。ミラノ・スカラ座でも辟易していたが、キャストのリアルな動きや、ライブで進む音楽とのギャップが生まれる可能性が高いのに、無神経にプロジェクターさえ使えば格好が付くと思っている人が後を絶たない。
 しかしながらギールケのそれは全然違う。ちょっと口では説明できないんだけれど、舞台前面にはノルウェー船の船首があり、その背景の半円状のスクリーンいっぱいに描かれる暴風雨、荒波の情景やオランダ船の動画が、舞台上でリアルに動く歌手達や合唱団と見事な融合を見せている。勿論これはギールケの技術だけではなく、ハンペの周到な舞台処理のなせる技である。二人とも安易なプロジェクター使用の危険性を良く知っているのだろう。だからこれだけ不自然さを排除することに成功しているわけだ。
 芸術というのは、とどのつまりは嘘なんだが、嘘をつくなら徹底的に嘘を突き通さないといけないのだ。見ている観客達が何の抵抗感も感じることなく舞台にのめり込んでいけるように、大嘘つきであることが偉大なる芸術家の証である。
「嘘つきは泥棒のはじまりである」
ではなく、
「嘘つきは芸術家のはじまりである」
なのだ。

 びわ湖ホールの「さまよえるオランダ人」は3月5日土曜日と6日日曜日。それから、関東地方の方達には、横浜の神奈川県民ホール公演は、3月19日土曜日と20日日曜日。全て14時からです。

ヘトヘトです!
 ニセコ4泊5日に渡ったスキー三昧の旅が終わった。とても名残惜しい一方で、もう膝はガクガク、もも筋はピンピン、体はヘトヘト。まあ、ヘトヘトということは、ヘトヘトになるまで滑り尽くす元気に恵まれたということだ。実際、今回は終始体調が良かったため、最初の晩のナイターから始まり、全山共通3日間のリフト券も充分元を取った。

 心配性のため、いろいろ勉強道具を持ってきたものの、滑り終わるともうまるで重病人のようになって、滞在中はとても勉強どころではなかった。それに、ノート・パソコンの調子がおかしくなってしまって、無線LANにつなげず、先週号の「今日この頃」も含めて、ホテルのロビーにある共用のパソコンからホームページ経由でメールの送受信を行うしか方法がなかった。添付書類はUSBインターフェイス経由で送った。
 ということは、室内では携帯電話をのぞいて完全なアナログ生活を余儀なくされたわけである。不思議なことに、東京に帰って来て、さらに京都に来てからは、同じノート・パソコンが何の問題もなく動いている。これは、僕がスキーのみに集中した日々を送るようにとの神様のはからいか?実際には、仕事のメールなどもいろいろ来ていたので、とっても大変ではあったのだが・・・・。

 今回宿泊した湯本ニセコプリンスひらふ亭での生活は快適そのもの。ホテルのロビーはすでに3階で、1階の裏側には宿泊者用のロッカーがあり、そのロッカーから裏口に出るとすでにスキー場。板を履いて、スーッと50メートルくらい滑り降りて行くと、そのままリフトに乗れる。


ひらふ亭とナイターの山

 初日は1日中グランヒラフ・スキー場のみで滑っていたが、2日目以降は、隣のニセコ・ビレッジと、さらにその隣のニセコ・アンヌプリ国際でも滑り、3日目には加えて花園スキー場にも足を伸ばしてみた。これで、自分にとってはあまり興味のない初心者コースを除いて、ニセコ全山のほぼ全てのゲレンデを滑り切ったことになる。
 いやあ、グランヒラフだけでも充分大きいのに、全山を滑り切るって、それだけでも並大抵のことではないよ。なんと巨大な雪山。なんと変化に富んだゲレンデ達よ。まったく理想的なスキー場だ。


山頂へ向かうリフト

深雪にもぐる
 昨年も、それから1日目も、全山合わせて4本ある山頂に向かうリフトは強風のため止まっていた。だから、2日目は、やっと念願叶って山頂リフトのデビューを果たした。それぞれのスキー場は山頂から見ると扇状に広がっていて、山麓では互いに何キロも離れているけれど、逆に、山頂リフトの終点は互いに接近している。だから、その終点から真っ直ぐに降りずに斜めに滑っていくと、どのスキー場にも簡単に行けてしまうのだ。
 2日目の僕は、グランヒラフのエース第4ペアに乗って、隣のビレッジに横入りしてしばらくビレッジで滑った後、ビレッジのワンダーランドチェアに乗って、さらに隣のアンヌプリに横入りし、帰りはその逆を辿って戻ってきた。なんと便利なことか!


霧氷と新雪

 本当のことを言うと、山頂リフトの終点は、完全に山頂ではない。山頂までまだちょっとあるんだが、キング第4というリフトの終点から、人々が列になってスキー板やボードを担いで登っていくのが目に入った。ひゃあ!あの斜度の上り坂をスキー板担いで登るなんて考えられない。あいつら頭おかしんとちゃう?でもなあ・・・あれを登り切って降りたら、ホントのホントの誰にも荒らされていない処女雪の中を一番乗りで滑走できるのかあ?うわあ、やってみたいなあ・・・・まあ次の機会にね。

 毎晩、夜中から明け方にかけて雪がじゃんじゃん降る。つまり毎朝、ゲレンデは新雪になる。それが山頂近くになると、いわゆるサラサラのパウダースノウの深い深い新雪。つまり深雪。この深雪を滑るのは、慣れた者にはたまらない魅力なのだが、それには、それなりのテクニックが要る。その基本を僕は昨年、伊藤俊輔さんに習ったはずなのだが、山頂リフトが強風で止まっていたため、理屈だけ教わって、実際にサラサラのパウダーは体験出来ていなかったのである。
 2日目の第1本目、僕はリフトを乗り継いで、いきなり山頂に向かうエース第4ペアの終点から滑り始めた。深雪をナメていた。確かに圧雪よりはスピードは出ないが、ここは頂上近いため斜度は高い。おお、思ったよりはスピードが出てきたぞ。そこで僕は、ターンを深めに取りズラしを入れた・・・・と、ズレるというよりも、スキー板が新雪に潜っていって失速した。慣性で前に進もうとする上半身は前に放り出され、もんどり打ってほとんど頭からパウダースノウにはまった。ズボとも言いやしない。フワッ・・・・。
「・・・・・・・まあ、ここは天国かしら?それとも雲の上?うふふふふ」
 と、呑気なこと言っている場合ではない。まず、すぐに起きれない。ストックを突いてもズブズブとどこまでも入っていってしまう。どうやら山側の板は雪の中に残り、はずれてしまっているようだ。ええと・・・右足がこっちを向いているから・・・こう体を向けて・・・左足はあ?苦労してとりあえず起き上がる。さあて、どうやって板を履こうか・・・途方に暮れてしまいますなあ。体勢を立て直して板を履こうとしても、板もズブズブと雪に沈んでいってしまう。格闘すること約10分間。これでも、これまでに何度か似たような思いはしているので(このホームページでも何度か書いた)、ま、10分は早いほうですよ。しかし、まいったな。本日の滑り初め約1分後ですよ。
「新雪は決して角度を深すぎないこと。極端に言えば、直滑降にちょっとカーブがついたくらいをイメージして滑るのです。ズラしも積極的に行わないこと。むしろ雪が板を受け止め、押し上げるのを待っている感じ。なにごともやさしく滑らかに・・・」
 伊藤さんが教えてくれたサジェスチョンがしだいに思い出されてきた。「伊藤さんの忠告と冷や酒は後から利く」、って、ゆーか、ちゃんと聞いてなかったんだね。

 ま、そんな風にデビューしたサラサラのパウダースノウであるが、その後猛反省して、なんとかものにした。全て滑り終わった現在から振り返ってみると、この超パウダー・スノウこそがニセコの世界に誇る魅力であると断言できる。そして、その滑り方に精通するだけで、わざわざお金と時間を使ってこの場所に来ただけの価値がある。またそれは、コブ斜面も含む全てのゲレンデのコンディションの滑走テクニックに影響を与え、それを大いに高めるのだ。
 「やさしく滑らかに」雪と戯れると、雪がそのやさしさを返してくれる。フワッフワッとゆるやかなS字を描きながら、雲の上を進んでいく感じ。ちょっと恐くても、S字のカーブを深め過ぎないように気をつけると、潜っては浮き上がる縦の運動そのものもスピード・コントロールを手伝ってくれることに気付く。
 午後になって、ゲレンデがスキーヤー達によってどんどん荒らされても、灌木や白樺の林の中には、完全な処女雪のところが多く残っている。これらを抜けながらフワッフワッと行くのはたまりませんなあ。この浮遊感よ。この楽しさを知ってしまったら、ジェット・コースターなど別にどうってことないって感じですなあ。


林の中を抜けて

 新雪を滑るだけなら、新雪用の幅広い板を使えば、もっと楽でスムーズなのかも知れない。昨年は新雪レッスンを受けた日に1日だけレンタルした。でも、僕の目的は新雪だけではなく、すぐその後でコブ斜面に行ったりして、あらゆるゲレンデをボーダーレスに疾走することにあるので、今回は全て愛車Velocity一本で通した(音楽の友の仕事場探訪で僕が持っていた板です)。

4つのスキー場のキャラクター
 4つあるニセコのスキー場の内、やっぱりなんといってもオールマイティという意味では、グランヒラフにかなうスキー場はない。山頂付近以外の非圧雪地域(つまりコブ斜面)だけでもスーパーコース35°1220m、粉雪コース37°403m、見晴コース32°880mと3つあるし、その他様々な形状のゲレンデが広がっている。
 でも、僕はシンプルだけど、なんとなくアンヌプリ国際スキー場が好きだな。超上級コースはないんだけど、上の方のゲレンデでは急斜面も少なくないし、なんといっても長くゆったり滑れること。そして、白樺の林などの眺めが良く、なんだか滑っていてリッチな気分になれるのだ。


グランヒラフ

 リッチといえば、真ん中のニセコビレッジは、ヒルトン・ホテルとグリーン・リーフという2つのホテルのプライベート・ゲレンデの雰囲気で、全てのゲレンデの中で最も人が少なく、貸し切りという気分で滑れるのは魅力だが、滑り降りてひと休みしようと思って、普通のスキーセンターのつもりでヒルトンなどにうっかり入っていくと・・・そこは庶民とはかけ離れたセレブの雰囲気の漂うロビーとなっていて・・・いっけねえ、失礼しました!って感じでスゴスゴ戻っていくことになる。ゴンドラの下の寒空の喫煙エリアに、みんなが猫背になってたまっているのは、「貧民Vs大富豪」を絵に描いたようである。
 昨年グリーンリーフで感じた違和感は、今年はグランヒラフの庶民性でかなり緩和されたが、まあ、こういうリゾート気分を求めてニセコを訪れるセレブなゲストにはいいのだろう。僕には向かないな。相変わらず、「みそしる」というコブ斜面だけは大好きだけれどね。
 花園リゾート・スキー場は、基本的にはゆるやかで長ーいゲレンデが続く。もう終わりかな?と思って地図を見ると、まだ半分も行ってないんだ。そうかと思うとレジェンド・オブ・シンヤという、いきなり上級者用のコブ斜面30°896mがあったりする。そのアンバランスが面白いが、このゲレンデ単独だけだと、物足りない気がする。だからグランヒラフの一部のように扱われているわけか。

克服~感謝~祈り~覚醒
 繰り返しのようになってしまうが、2年目にして初めて、ニセコというスキー場を心底楽しんだ。まず初日から、健康な状態で今回のニセコ滞在を始められるのを感謝した。しかし、滑っている最中は、楽しいのは楽しいのだが、結構自分に自分を挑戦させているので、正直苦しいなあと思うことも少なくない。
 僕が我慢ならない事は、自分で自分をコントロール出来ない事なのだ。自分の魂が常に自分の肉体の主人であること。そのために、自分の滑りに納得がいかないことがあると、何としてでもそれを克服したいのだ。でも、それは、自分が指揮をするのと一緒で、みんなの頂点に立って威張りたいからではなく、もっと崇高なものに自分を奉仕させたいがためなのだ。時には自分の肉体を痛めつけても、自分は自分の内にある霊の衝動に従いたい。スキーはそのためのトレーニングに最適なのだ。別の人が、座禅をしたり滝に打たれたりするのと同じように・・・。


楽しいアンヌプリ国際


 4日目の夕方、全て滑り終わって、スキー板にこびりついた雪を落としながら、僕は愛車Velocityを心から愛おしく想い、やさしく撫でながら、
「Velocity!ありがとう、本当にありがとう!大好きだよ!」
と声に出して言った。ストックにも同じように感謝した。彼らは嬉しそうだったよ。なんとなく分かった。
それからブーツを雑巾で拭きながら、
「ずっと足が痛くなることなくフィットしてくれて、ありがとう!」
と感謝した。ブーツのはにかんだ微笑みが見えたような気がした。
それからゲレンデの方を向いて、
「本当にありがとうございました!」
と一礼した。ゲレンデが僕に向かって手を振っているように感じられた。翌朝ホテルを出る時は、ホテルの方を振り返り、また深い感謝を捧げた。バスが出発した時、ニセコの街に僕は心から挨拶を送った。
「また来るよ!」


一番お世話になったスーパーコース


 ロ短調ミサ曲演奏会のスピーチで、
「祈りは感謝に始まり感謝に終わるのです」
と偉そうに言ったが、祈りのつもりではなく感謝の言葉をスキー板やブーツや、ゲレンデに対して表現している内に、はっと気が付いた。それらの“感謝”は、そのままですでにいつしか“祈り”になっていたのだ。
 つまり「祈りは感謝に始まり感謝に終わる」というより、「祈り~感謝」は一体のものなのだ。だから、祈りはそのままで感謝に成り得るし、感謝はそのままで祈りに成り得る。これが祈りの正体であり、感謝の正体なのだ。つまり・・・その正体は・・・愛ということですなあ。そして愛とは、何かとつながっていこうとするエネルギーであり、創造の火花であり、神の命そのものである。人間は神そのものではないのだが、神の性質を帯びることを許されている。そして、神の性質を帯びた人間の中に宿るエネルギーは、愛と感謝という形になって我々の心を支配するのである。

 と、僕は、無心でスキーをしている時には、小さい自我を滅却して本当に無私の状態に簡単に到達し、愛と感謝の内にさらなる覚醒に向かっている自分を感じる。スキーは今や自分の精神生活に欠かせないものとなっているのだ。


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