ラトル・ベルリンフィルの第九

三澤洋史

ラトル・ベルリンフィルの第九
 サイモン・ラトルは、拍子抜けするほど気さくで人なつこかった。ベルリン留学時代に、帝王カラヤンのまわりに漂っていた、あの誰も寄せ付けないようなオーラとは正反対で、ベルリンフィルのメンバー達もリラックスして、とても明るい雰囲気でオケ練習が進んでいく。

 5月12日木曜日。新国立劇場合唱団は11時に招集されていたが、オケは10時からその日のプログラムの練習をしているという。カラヤン時代は、そうしたオケ練習は決して誰にも見せないというのが常識であったので、僕はのんびり10時半くらいにサントリー・ホールに着いたのだが、なんのことはない、スルリと客席に入れた!他に沢山見学の人達がいる。なんだ、こんなことなら10時に来ればよかった。
 その日は、ベートーヴェンの第2交響曲と第5交響曲「運命」というプログラムで、会場に入った時には「運命」第3楽章の中間部を練習していた。ド、シドレソラシドシドレミファソーファミドというチェロ&バスが信じられない重低音で、耳のみならず体全体を直撃した。練習はそのまま終楽章に突入していく。ドミソーファミレドレドーと吹くトランペットの音がパワフルでありながら、柔らかくしなやかなのに驚く。どうしてこうも違うのだろうか?
 僕は、あらためて思った。僕がオケを指揮する時、いつも頭の中に描いていた理想的なサウンドに最も近いのはベルリンフィルだったのだと・・・考えてみれば当たり前なんだけど。普門館などでカラヤン・ベルリンフィルの演奏を聴いて、ベルリンに留学するしかないと決心し、ベルリン音楽大学で学びながらベルリンフィルの定期に欠かさず通ったのだから。
 でも、まてよ・・・ウィーンや他の地ではなく、まさにベルリンに行こうと決心した理由は、そもそも僕の中に潜在的にベルリンフィルの作り出す音に共鳴する感性があったってことなのだ。つまり、僕はベルリンフィルの音に出遭う運命にあったのだ。

 それより驚いた事があるのだ。それは、最近僕は新たに自分の指揮法を見つめ直し、研究を繰りかえしていたが、その辿り着いた指揮法は、まさにベルリンフィルの音の出し方やタイミングに最もマッチするものであった!あのう・・・ゴーマンかましてよかですか?今、僕がベルリンフィルを指揮したら、きっととてもうまく振れると思う。
 ああ、僕はこうしたオーケストラを、これまでの生涯においてずっと求めていたのだ!誰か僕にベルリンフィルを振らしてくれる機会を作ってくんない?

 さて、オケ練習が終わってオケのメンバーが帰ると、第九のマエストロ稽古(ピアノ伴奏)になったが、僕は休憩の間にラトルと話をした。いちおう2002年のウィーン・フィルの録音を頼りに音楽稽古をつけておいたことや、英語で話したらだいたいの合唱メンバーは理解出来るけれど、細かい説明をしたい時は、分からない人もいるので、むしろドイツ語で話してくれれば僕が通訳しますよという事など。
 ラトルはニコニコ笑いながら、
「でもね、ドイツ語は多分僕の方が下手だよ。説明出来るほど上手ではない」
などと冗談を言っていた。僕も話している内に緊張が解け、彼と自然に打ち解ける事が出来た。


第九練習風景    Berliner Philharmoniker (Facebook)


 合唱練習が始まった。彼は合唱団に対し、
「直立しないで自由に体を動かしてね」
と要求する。それに、かっちり声を出すのではなく、言葉やフレーズに対応して柔軟に歌う事を望む。それは僕も望んでいたことである。
「Freudeだから、もっと微笑んで楽しそうに!」
彼がオーバーに体を動かすと、合唱団員達はその動きがおかしいので笑い出す。彼等も一気に緊張がほぐれてきた。ラトルは、そのオープンな性格で、あたりを即座になごやかにする才能がある。彼の練習は楽しく飽きさせない。これは、とても良い本番になるぞ。

5月15日日曜日。
 いよいよ本番の日がやってきた。朝からなんとなく気分が高揚している。早朝のお散歩で今日の成功を祈るが、胸の中に暖かいものが溢れてくる。こんな時は、すでに僕の中では成功を確信していて、いつしか、
「成功させてくれてありがとうございます!」
という感謝の祈りに変わっている。

 そして、ゲネプロとなり、初めてオーケストラと合わせた。練習は第4楽章から。冒頭を3つ振りではなく1つ振りは珍しくないが、チェロ&バスのレシタティーヴォまで1つで降り通すのには驚いた。しかも、ラトルの棒に対して合わせるような合わせないような、微妙なタイミングで答える。
 おおっ!なつかしい。このタイミングだ。この時差だ!これが分からなくて僕はベルリンに留学した。今なら100%分かる!彼等は指揮を見ながら、ラトルの物理的な打点に盲目的に合わせるのではなく、自分たちで音楽を奏でるのだ。そのためには、このタイムラグが必要なのだ。

 オケに対しても合唱団に対しても、ラトルの指示は細かい。スタッカートや表情に関する様々な指示を出す。新国立劇場合唱団のみんなは、先日のマエストロ稽古や、それ以前の僕の音楽練習の時の指示を分かっているつもりなのに、目の前であんなオーケストラの音を聴いてしまうと、つい頑張ってしまう。頑張ると、あんなに彫りの深い表情を作っていたのに、かえってのっぺりとなってしまうのだ。みんな、もっとリラックスして!
 でも、オーケストラの団員達は、弾きながらしきりに後ろを向いている。客席で見ているので何を言っているのかは分からないが、合唱団のことを気に入ってくれているのだけは伝わる。

 ゲネプロ後、僕は合唱団員達を集めて指示を出す。
「顔の表情が硬い。喜びの歌なんだから、もっと眼から表情を作るように。僕達は劇場の合唱団なのだ。体も動かしたいならどんどん動かしなさい。ただし、外面的にではなく、内側から溢れ出てくる感情を全身で表現するのだ。
ベルリンフィルは、大きな音を出すだろうが、決して威圧的ではなくしなやかで柔らかいから、みんなの声が聞こえないようなことは決してない。むしろ、負けているんじゃないかと勘違いして、みんなが頑張りすぎて硬い声を出してしまったら、あのオケのサウンドには合わないのだ。
支えをしっかり持って歌うことは勿論だけれど、常にリラックスして美しい声で歌おう!」

 そして、いよいよ本番の時がやって来た。まず驚いたのは、楽団員達がとてもリラックスしていること。互いに顔を見合わせたり、微笑み合ったりして、実に楽しそうに演奏している。フルートのエマニュエル・パユなんか、吹きながら時々後ろ向いて、他の木管奏者達を束ねている。
 ベルリンフィルの弦楽器は、僕がベルリン留学していたカラヤン時代のようにすぐに全弓(弓を最後まで使い切って弾くこと)したりはしないが、それでも、ウィーンフィルなどと比べると、途中で脱力したりしないで、結構最後まで弾き切る感じは昔と一緒だ。ボリュームと重量感は凄いが、その柔らかく美しい音色が夢見るようだ。

 日本のオーケストラのように、指揮者の打点に合わせて縦の線をピシッと揃えるという美学では音楽をしていない。そうではなくて、オケの中で彼等ひとりひとりが全方位にアンテナを張り巡らせてアンサンブルをしている。あれだけ沢山の奏者がいる巨大なオケといえども、室内楽の延長のようにアンサンブルをするのだ。指揮者に頼った方が楽なのは分かっている。しかしそれでは充分にエンジョイ出来ないのだ。だから彼等は、よりリスクが高くても、自主的なアンサンブルをする道を選択している。
 musizierenというドイツ語がある。辞書を引くと、なんのことはない「演奏する」という意味なのだが、彼等ドイツ人はそういう意味では使っていない。むしろアマチュアのように純粋に音楽を紡ぎ出すことを楽しんでいる状態をmusizierenするというのだ。ベルリンフィルとは、そういうオケだ。
 第3楽章のこぼれるような弱音の美しさ!弦楽器にクラリネットの響きが溶けあって、えもいわれぬ天国的な音楽が奏でられていく。束ねているのは指揮者のラトルだが、音楽を1音1音紡ぎ出していくのはひとりひとりの楽団員達だ。これぞ音楽の原点!

 さて、いよいよ第4楽章に突入して、我らが新国立劇場合唱団が入って来た。ゲネプロでは、ラトルの指揮に機敏に反応し過ぎて時々アインザッツのタイミングが早かったが、今は冷静にオケの流れを感じて、一緒にmusizieren出来ている。
 このことを学んだだけでも、新国立劇場合唱団をこの演奏会に参加させた意義があった。彼等は、今やりながら数え切れないほどのものを学んでいる。音楽をするということはどういうことなのか?合わせるということの本当の意味は何なのか?合唱という団体といえども、自分の想いを自由に表現できる道はあるのか?あるとしたら、どのようにそれを成せばいいのか?
 ソリスト達のアンサンブルも素晴らしかった。ソプラノのアンネッテ・ダッシュをのぞいて、昨年作った新しいベルリンフィル・ベートーヴェン全集のCDと同じ歌手達であるが、ダッシュに代わったソプラノのイヴォナ・ソボトカは、柔らかい声でブレスも長く、僕の大好きなタイプの歌手。このソリスト群と合唱の受け渡しも良好で、ラトルの棒の下、オケ、ソリスト、合唱という個々のセクションが大きな流れの中で一体となっていた。

 最後のプレスティッシモに入った。オケも合唱も熱狂的に進んで行く。すさまじい勢いだ。ベートーヴェンがこの曲に託した民衆の熱狂性があますことなく表現されている。こんな第九は聴いたことがない。終わった瞬間、会場全体から降り注いだブラボーの嵐。僕の人生の中でも稀有なる70分間であった。僕は客席からひとり抜けだし、舞台袖へと向かった。
 舞台袖に戻って来ると、ラトルが戻ってきて、舞台係が用意したビールをうまそうにゴクゴクと飲む。僕が、
「うわっ、ビール飲んでる!」
と言うと、ニコって笑いながら、
「この瞬間がたまらないのさ」
と言い、
「さあ、一緒に行こう。素晴らしい合唱だったじゃないか!」
と僕を連れて舞台上に出て行った。
 ラトルは、オケ後方の合唱団の前にいるソリスト達を立たせてから、僕を舞台前に連れて行き、僕に合唱団を立たせるように指示した。僕は、自分の合唱団を自らの手で立たせることを許され、それからラトルと眼を合わせながら握手をし、満場の聴衆の前でお辞儀をした。ベルリンフィルの団員達も微笑みながら拍手をしてくれていた。こんなしあわせな瞬間が人生において訪れるなんて、僕はなんて恵まれた人間なのだ!

 実は、今日はこのまま帰ることは許されない。演奏会後初台に戻り、6時から新国立劇場の「ローエングリン」の舞台稽古に合唱団は出なければならないのだ。午後も、劇場ではソリスト中心に舞台稽古が行われていた。「ローエングリン」のように合唱で網羅されている作品の舞台稽古に合唱団がいないなんて前代未聞であるが、このベルリンフィル演奏会のスケジュールに合わせて、劇場では最大限の協力をしてくれたのである。マエストロの飯守泰次郎氏も快く僕達を送り出してくれた。みなさんには本当に感謝している。
 だから、演奏会終わってくたびれたからもう打ち上げ、なんて許されないのだ。みんな、
「えーっ、これからまだ仕事なんて信じられない!第九の余韻に浸っていたい!」
などと言っていたけれど、僕達は、この特別な演奏会の余韻に浸ることを許されず、自分たちの日常に帰らなければならないのだ。
 しかし、劇場に着いたら着いたで、今や世界一のローエングリン歌いであるクラウス・フロリアン・フォークトが、舞台上で素晴らしい弱音を聴かせている。いやはや、これが日常っていうのも、これはこれで凄くない?なんて恵まれた環境にいるのだ!
神様、ありがとうございます。この与えられた環境に負けないよう、これからも全力を尽くして、音楽に、人生に、信仰生活に邁進していきます!

   

 


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