東響とノットの素晴らしい関係

三澤洋史

今日この頃~スキーに憧れながら宗教本を読む
 スキーに行きたくてウズウズしている。12月10日土曜日の白馬五竜スキー場のホームページを開いたら、アルプス平スキー場のグランプリ・コースがオープンということで、みんなが「それーっ!」という感じで、水をぶちまけたように滑り出す画像がウケた。
 グランプリ・コースは、頂上から滑り出す、それなりの斜度もある広大な中級コースのゲレンデ。天気の良い日には、まわりの山々やふもとの街の景色が圧巻で、それを見ながらカーヴィングでキュイーンとスピードを出して滑降すると、クリスマスの晩にGloria in excelsis Deo !と叫んで天に舞った天使たちのひとりになったような気分を味わえる。
早く味わいたいな。キュイーーーーン!


グランプリ・オープン


 まだまだ年末の白馬行きまで日数があるので、仕方ないから、超雑食の宗教オタクの僕は、仕事の合間にいろんな本を読みあさっている。その中から二つだけ紹介しておきます。
 
 ひとつは、八木龍平著「成功している人は、なぜ神社に行くのか?」(サンマーク出版)。表紙の感じや、文章なども軽いので、いかがわしい本に思われるかも知れないが、書いてあることはしごくマトモな本だ。
 たとえば、神社でどうして「はらいたまえ きよめたまえ」と言うかというと、それは「神さまが入れるスキマをつくるスイッチだから」だという。そして、我々が祈りをして叶うのは、我々の願いが叶うというよりも、むしろ、神さまだって、人間に頼みたいことがあるので、お互いの願いが合致した時に、バッチリ叶うのだそうだ。
 では神様が人間に何を望むのかというと、それは、頼んだ人と誰かが「ハッピーな関係を結ぶこと」だというのだ。神さまは、誰かと誰かを結びつけたくてたまらないのだそうだよ。
 つまりこういうことだ。あなたが何かを神さまにお願いするとする。すると神さまは、
「Aさんがあなたを必要としています。それではご縁をつなぎましょう」
と動いてくれるわけである。
また、あなたが、
「家族がみんな健康でしあわせでいますように」
と神さまにお願いするということは、とりもなおさず、あなたが、
「わたしは家族を愛し、貢献します」
という自己宣言に他ならないわけなのだ。そういう人間を、神さまは、
「よっしゃ!」
と叶えてくれるわけである。
ま、こんなことが最初の方に書いてあるが、この続きは本を読んでね。



 次に紹介するのは、苫米地英人著「超訳 弘法大師のことば~空海は、すごい」(PHP研究所)だ。これは、難解な書物が多いこの手の本の中で圧倒的に分かりやすい。それで、空海とはどういう人物かという「人となり」から始まって、奈良の大仏の毘盧遮那仏は大日如来であることや、キリスト教などを引用しながら密教の説明をしたり、入門には最適。いやあ、この時代には、本当に凄い人達がこの世に出たねえ。これも神の計画なんだろうねえ。


空海はすごい


東響とノットの素晴らしい関係
 12月6日火曜日。ミューザ川崎シンフォニーホールに行く。ホールでは、すでに東京交響楽団が練習していて、ちょうど休憩に入ったところ。僕は、指揮者のジョナサン・ノット氏のところに挨拶に行き、それから、今回ドン・アルフォンゾ役で出演するバリトン歌手のサー・トーマス・アレン氏と打ち合わせをした。

 モーツァルト作曲、歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」演奏会形式に、新国立劇場合唱団16名(各パート4人ずつ)が共演して、僕が合唱指揮者として関わることは前々から分かっていたが、果たして合唱団はどの程度演技をつけるのか、つけないのか、裏コーラスもあるのをどうするのか、事務局に聞いても誰も分からなかった。
 稽古が始まる数日前、事務局に問い合わせたら、
「ジョナサン・ノット氏はすでに来日しているのですが、この公演のステージングを、ノット氏は全てトーマス・アレン氏に任せているので、実際はオケ合わせの日にならないとなんとも言えません」
とのこと。
 暗譜かどうかの指定もなかったので、合唱団の中には、
「覚える必要ないの?」
と聞いてきた者もいたが、僕は、
「いやいや、練習が始まってみたら、やっぱり多少演技らしいものをつけよう、となるかも知れないし、それにそもそも、僕たちはオペラ劇場の合唱団なのから、たとえ譜面見てもいいと言われても、お互い顔を見合わせたり、ソリストにリアクションするとかするべきでしょう。だから暗譜!絶対暗譜!」
と、暗譜を強要した。

 案の定、打ち合わせしてみたら、アレン氏は何気なくこう切り出す。
「あのね、最初の『なんて素晴らしい軍隊生活』の合唱なんだけど、誰かひとり僕からお金を受け取る人を選びたいんだが・・・。その人が他の合唱団員を呼び込むんだ。ドン・アルフォンゾから雇われた軍隊の歌を歌うにわか仕立ての合唱隊っていう設定さ」
と言うではないか。なんだ、やっぱりバリバリ演技がつくんじゃないか。ああよかった、暗譜にしておいて。

 休憩が終わってオケ合わせになった。どうやらノット氏は、今日の練習は第1幕だけに集中するらしい。アレン氏をはじめ、ソリストたちはオケの前でどんどん普通のオペラ公演のように動いている。客席の一番前には3台のモニター・テレビが設置されていて、指揮者より前にいる彼らは、そのモニター・テレビを見ながら合わせている。
 突然ノット氏が客席の方を振り向いて、僕に向かって、
「合唱稽古さあ、オケなしでもいいかなあ?」
と言いだした。言っていることの意味が分からず、はあ?と思って固まっていると、マネージャーが飛んできて、
「もうこれでオケ練習を終えて、楽員たちを家に帰したいと、さっきも言っていたんですよ」
と言うではないか。僕は、客席から叫んだ。
「ピアノかなんかで練習するんですか?」
「僕がこれ(レシタティーヴォを自分で弾いているハンマー・フリューゲル)を弾くよ」
「分かりました」
それで、すぐに歌手たちを帰して、序曲の直し稽古をちょこちょこっとやって、オケ練習は終了。

 新国立劇場合唱団のバリトン団員であり、先日のナディーヌで主役のピエールを演じていた川村章仁君は、昔からトーマス・アレン氏の大ファン。彼の「ドン・ジョヴァンニ」のDVDなどは何回見たか知れないという。その彼は、その日、機関車トーマスのTシャツを着てきた。それを目ざとく見つけたアレン氏は、
「あっ、トーマスだ。決めた!君にしよう。前奏が始まって僕が呼んだら、君は真っ先に出てくるが、僕に金をくれとせびるんだ。君は雇われ合唱団の元締めというわけね。それからみんなを呼び込む。みんなは、恋人を交換する僕の策略を知っていて、僕(ドン・アルフォンゾ)と目配せしたり、カップルたちを好奇心の目で眺めながら何人かずつのかたまりになって入場するよ。ええと・・・ひとりだけ遅刻する者を作りたいんだけど・・・ヤベエって顔して入ってくる人は・・・あ、君だ!君がいい」
と言って選ばれたのは、「ナディーヌ」でニングルマーチの役を演じた秋本健さん。あははは、ナイスチョイス。こんな風にして、各場面は何事もなく普通のオペラのように演技がつけられていった。新国立劇場合唱団も、言われたことが一回で出来るから、アレン氏もノット氏も大喜び。

 東京交響楽団は、素晴らしく生まれ変わっていた。スダーン氏が音楽監督をやっていた時代に、すでに古典的な曲では古楽っぽいアプローチがなされていたが、それが自然な形にノット氏に受け継がれていって、今回でも第1ヴァイオリン6人にコントラバス2人という小編成のオケの音は柔軟性があり、それにエマニュエル君のクラリネットなど木管楽器奏者たちがしなやかに混じる。テンポは総じて速め。トランペットは長いナチュラル・トランペットを使用。僕が東京バロック・スコラーズでめざしている“モダン楽器を使いながらの古楽指向”が目の前で理想的な形で実現されていることに、驚きと喜びを感じた。
 
 12月8日木曜日は、オケ付き通し。通しといっても、合唱団はまだ一度もオケと合わせていない。僕は、みんなを集めて、
「オケはオリジナル楽器っぽく弾いているから、とっても柔らかくしなやか。だから、いつも劇場でやっているコジではなく、なるべく軽く歌ってね。ソプラノはいつもの8割以上出さないで!演技はねえ、演奏会形式だと思って躊躇したり恥ずかしがったりしないで。今日は、まだお客がいないから、一度やり過ぎるくらい無駄に動いてみて。動き過ぎたら言うから」
と指示を出した。
 合唱団が出る前に、舞台裏からのドラムロールがある。それは、曲ではなくセッコ・レシタティーヴォのきっかけで出るので、打楽器奏者が緊張していたから、
「レシタティーヴォだからきっかけを掴むの難しいでしょう。僕、慣れているから、キューをあげますよ」
と、キュー出しも自主的に引き受けてしまった。
 こういうのは、通常だとおせっかいであるが、オペラ劇場の中は、このようにみんながおせっかいでないと、何かが抜けてしまうのだ。第2幕フィナーレでも、裏コーラスの直前にドラムロールがあり、これは普通に合唱指揮者が振るのが常識。

 12月9日金曜日。ノット氏かアレン氏か、どちらが決めたのか知らないけれど、今回の「コジ・ファン・トゥッテ」公演は、完全ノー・カット版だ。それをきいて「ふうん」で会話が終わる人は通ではない。このオペラでカットをしないことは、通常ではまずない。僕も61年間生きてきたけれど、生まれて初めて聴く曲が何曲もあった。
 それだけに、上演時間はとても長く。6時半から始まったコンサートが終わったのは10時20分。僕の家は川崎から南武線で一本なのでラッキーと思っていたけれど、この時間になると、登戸行きや稲城長沼行きが多くなって立川行きがなかなか来なくて、家に着いたのは、ほとんど深夜であった。ワーグナーか、と思った。
 しかしながら、コンサートは、近年聴いたオペラの中で最高ではないかと思うほど素晴らしかった。通の人の中には、その長さでさえ「お得」と感じた人も少なくなかったであろう。
 アレン氏以外のソリストたちは、総じてやや小粒ではあるが、なんといってもアンサンブルがまとまっていて、さらに、それがフレキシブルなオケに包まれて、全体のユニット感が魅力だった。いいモーツァルトを聴くという至福の時間であった。いいなあ、またやりたいな。こういう演奏会。

東大と「月光とピエロ」
 さて、「コジ・ファン・トゥッテ」は、実は11日日曜日15時から池袋芸術劇場で2度目のコンサートがあったが、僕はこの仕事の発注を受ける前から、東大音楽部合唱団コールアカデミー演奏会に出演することが決まっていたため、池袋には残念ながら伺うことは出来なかった。とはいえ、舞台裏でのドラムロールや裏コーラスを指揮する業務は、誰かがやらなければならなかったので、そちらは新国立劇場に出入りしている指揮者の根本卓也君に変わってもらった。

 そんなわけで、11日はコールアカデミー演奏会。僕は、ここのところ毎年、この演奏会の中で、現役とOB合唱団であるアカデミカ・コールとの合同ステージを指揮させてもらっている。今年の演目は、清水脩作曲、男声合唱組曲「月光とピエロ」。
 今回の演奏会場は、なんと東京大学本郷校舎の中の安田講堂なのだ。考えてみると、僕は、これまでの生涯の中でただの一度も東大の本郷校舎に入ったことがなかった。そこで、iPhone片手にあたりを散歩した。後で、妻が車で来たので、開演前にもふたりでゆったりと散策した。空は真っ青な快晴。それだけにとても寒かったが、とにかく敷地が広いのと、あたりの建物がみな由緒正しい歴史的建造物なので、驚くことの連続。いやあ、さすが東大!


赤門

 まず赤門からして普通じゃない。それから三四郎池であるが、普通の平らな噴水の大きいくらいのものを想像していたが、なんだこりゃ!こんな都会のど真ん中に“密林の秘境”か、と思わせるようなワイルドな環境にド肝を抜かれた。


三四郎池

 それから、いよいよあの安保の時代の学生闘争のシンボルである安田講堂だ。その前の銀杏並木がちょうど黄色く色づいていて、それだけでも感動を覚えましたなあ。こんなところでコンサート出来るなんてしあわせ!


安田講堂


 僕の本の「オペラ座のお仕事」でも書いたけれど、高崎高校に入学してすぐに志望校を書かせられて「東大」と書いた僕は、もしかしたら、あのまんま真面目に勉強していたら、この赤門をくぐり、銀杏並木を散歩し、三四郎池のほとりで読書なんかしていたかも知れない。
 そうすると、高崎高校グリークラブの勢いで、東大に入っても男声合唱のコールアカデミーに入って学生指揮者になり、そのまんまOBになって、今頃別の立場で「月光とピエロ」を指揮していたりして・・・なんてね・・・それはないか・・・やっぱり、高校一年生で角皆優人君と出遭ったのも運命だし、やっぱりいずれは何らかの形で音楽の道に進んだのだと思うからね。
 それでも、アカデミカコールとこれだけウマが合うのは、僕の中に彼らと共通するものが流れているからだと思うよ。だから、今回の東大構内に足を踏み入れたのは、本当に感銘深いものがありました。

 さて、肝心の「月光とピエロ」は、どうだったかというと・・・これがね、自分で言うのもなんだけど、良かったのだよ。男声合唱をやる者なら誰でも一度は歌ったことがある名曲中の名曲。プレッシャーがなかったかと問われれば、ないとはいえないと答えるしかなかったが、だからといって、別に意図的に人のやらない変わったことをやるつもりもなかった。
 ただ僕は、全ての先入観を捨てて、もう一度まっさらな気持ちで楽譜に向かってみたのである。楽譜には何が書いてあるか?作曲家は、何を考え、一音一音五線紙にインクを落としていったのか?
 勿論、その前に、「今日この頃」にも書いたように、詩人堀口大學のことを調べ、この詩の背景を探り、この詩を何度も読んで味わい尽くしたのだが、その詩と音楽が、どこで溶け合い、どこでは対立するか?何度も何度も譜面を眺め、ピアノで弾き、歌い・・・その末に見えてきたものを演奏会に反映させたわけである。
 男声合唱の醍醐味というものがある。みんなが作り出す、あのゴーッという音の塊の中にいると、その洪水に酔い痴れる。譜面を読んでいながら、何カ所かはクレッシェンドやディミヌエンドが多いなと思った。それを忠実にやり過ぎるとゴーッの洪水に酔えないんだ。なんてったって、僕自身が、そのゴーッを聞いて現在まで続いている合唱人生に飛び込んだ人間なのだから、やっぱりみんなにもその洪水に酔わせてあげたい。それで、あえてダイナミック記号を無視して、蕩々と歌わせた箇所もある。

 料理人は、結局自分が食べたいものを作るだろう。それと同じ。でもね、そう僕が思いながら曲造りをすると、やっぱりそれに酔える人は嬉しいし楽しいわけよ。おおっ!これなくして何の合唱人生よ!って感じ。だから、きっと、僕の「月光とピエロ」を歌っていたみんなは、楽しかったに違いない。それで合唱団が気持ちよく歌っているのが聴衆に伝染しないはずがない。
 「月光とピエロ」は、悲しくさびしい内容を持っているけれど、僕は、終曲の「月光とピエロとピエレットの唐草模様」で、苦しみ惑う人間存在を一歩引いた視点から眺め、とどのつまりは「そんな人間だけれど、だからこそ生きるに値するのだ」という人間賛歌としてこの組曲を終わらせたいと思って、それを団員にも伝えたのだ。
「だから、最後のピエロのカデンツは明るく!」
それが意図した通りに安田講堂に響き渡った時は嬉しかったねえ。合唱人生、万歳!

 安田講堂は、元来演奏会場ではないので、通常の楽屋のようにモニター・テレビはなく、音も聞こえてこなかった。だから、今どこをやっているのか皆目見当が付かない。それに、楽屋の数もいくつもないので、僕は現役コール・アカデミーの指揮者をしている有村祐輔さんや、ヴォイストレーナーの宮下正さんと同じ楽屋。
 しかし、それが幸いしてか、いつもはあまり会話をする機会もない有村祐輔さんと打ち解けて話をすることが出来た。有村さんの方から話し始めた話題は、僕がびっくりするような内容だった。
「私は、デル・モナコが来た時のイタリアオペラに合唱団で乗っていたのですよ。それでね、ちょっとイタリア語がしゃべれたので、ヤマハに連れて行ってあげたり、床屋に連れて行ってあげたり、いろいろ面倒見たんです」
「な、なんですって!モナコを生で聴いたんですか?」
「そうだよ。こんな近くでね」
「う、うらやましい!それで、どんなでした?」
「いやあ、もう凄いのなんのって」
「ま、そうでしょうね。それにしても、有村さんていえば、古楽にしか興味ないと思っていましたけど・・・」
「いや、私は何でも好きなのですよ。ジャズも大好きです」

 意外だった。有村さんは僕みたいなテキトーな人間とは大違いで、イギリスできちんと研究もした正統派古楽演奏家だと思っていたから、びっくりポンや。
いやあ、めっちゃ親近感湧くなあ。

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