自分らしい1年

三澤洋史

自分らしい1年
 今年の自分を振り返ってみると、自分らしい1年だったと思う。それはまさに「自分らしい」ということがどういうことなのか、自分で確認する年であったし、それが年間を通してブレなかったから、自分らしい活動が出来る環境が与えられ続けたのだとも思う。
では僕にとって「自分らしい」とは何なのか?

楽劇「ワルキューレ」の中でヴォータンはこう独白する。

Als junger Liebe 青春の愛
Lust mir verblich, 快楽が自分にとって色あせて見えた時
verlangte nach Macht mein Mut  私の心は権力を欲した

 しかしながら、僕はヴォータンとは違って逆であった。青春の愛と快楽が自分にとって色あせて見えてきたと同時に、僕の心から、権力や地位や名声への興味も、不思議なほどなくなってきたのだ。すると、これまでの自分が、世界をどれだけ色眼鏡で見ていたのか、恐ろしいくらい明確に分かってしまった。もう自分は、あの混乱と動揺と葛藤の生活には戻れないと思った。
 そこで僕は、まず透明な眼を持ちたいと欲した。そして、今自分が関わっている団体や人々を、なるべく公平かつ冷静な眼で眺め、それらの団体や人々から自分が何を得たいかではなく、それらの人々に自分が何をもって、何をなし得るか、考えることにした。そして、それを自分の自己実現としようと決心した・・・いや、明確に何月何日に決心したというわけではないな。とにかく、なんとなくそんな気になったのだ。
 すると、全ての天上的存在が、僕を後押ししてくれるような感じがしてきた。

2月の東京バロック・スコラーズ10周年記念、バッハ作曲「ロ短調ミサ曲」演奏会。
7月の新町歌劇団30周年記念、モーツァルト作曲、歌劇「魔笛」を中心とした演奏会。
8月の自作ミュージカル「ナディーヌ」公演。
9月の愛知祝祭管弦楽団、ワーグナー作曲、楽劇「ラインの黄金」。
 これらの他にも、勿論成功裏に終わった演奏会などがあるが、特に上記のものは、僕でないとけっして出来ない種類の公演に仕上がった。何故なら、僕がこれらの公演を成功させるためには、至高なる世界からのインスピレーションを直接に身に受けることが不可欠だったから。

 僕の心の中でブレがなくなったら、天上界のメッセージがかなりダイレクトに自分に降りてくるようになった。ブレがなくなるということはこうだ。心が日常的あるいは現世的な欲望や、怒り、悩み、嫉妬、妬みなどの感情に左右されていると、心の針があっちこっちに動き回ってしまう。心の針は、そのまま針が指し示す彼岸の世界に通じている。その彼岸の世界には、それぞれの霊的存在がいて、向いた針に感応して自分の方にやって来るのだ。たとえば、長い間怒りの感情に身を任せていると、怒りの世界から怒りの霊がやって来て、自分に取り憑いてしまう、という風に。
 要するに、彼岸の世界は、天上的な世界ばかりではないのだ。でも、自分でいうのもなんだけれど、今の自分は、1日の内のほとんどの時間、針が上を向いている。つまり、オーバーに言うと、至高なる世界に常時接続状態なのだ。
 そんな自分には、いろんなインスピレーションが降りてくる。また、様々な“共時性”を通して、天上的な存在の実在感が与えられている。その自分が、最も高い世界からのパワーを感じながら行うことが出来たのが、上記の公演なのである。

 また、演奏会ではないが、僕が指揮者をつとめているカトリック関口教会(東京カテドラル)聖歌隊でも、至高なる世界からの風が吹き始めている。ここの指揮者になってから丸2年が経ち、先週の「今日この頃」でも書いたけれど、僕は、これまで家族とともに所属していた立川教会を離れて、関口教会に移籍した。クリスマス・イブの5時のミサの前に、関口教会の事務局に立川教会からの転出届を持っていって、今や僕は、正式に関口教会の信徒である。
 手続き上はそれだけであるが、その決心が大事なのだ。僕が軸足を完全に関口教会聖歌隊に移したことで、まるでゲームが新しいステージに移ったように、聖歌隊にイノベーションの風が吹き始めた。今、その一部始終を詳しく語ることは控えるが、これからの関口教会聖歌隊の発展を、神様が後押ししようと決めたのだ。
 僕に与えられた未来のビジョンの一端をちょっとだけ述べてみよう。この聖歌隊は、歌を歌う団体だけではなく、若き者から老いたる者まで、やすらぎと平和をもって互いに交流し、高め合い、慰め合い、励まし合う“楽園の見本のような場”となるべきなのである。そして、それが将来的に可能だ、と神様は僕に語ってくれているのである。

 僕は知っている。自分の自己実現を無理矢理行おうと思う者は、かえって他人の自己実現を妨げることになり、人からマイナスの波動を受けやすい。権力や地位を熱望する者は、彼岸の低い世界からの霊的作用を受けやすい。むしろ、自己実現を忘れ、自分がどうしたら人の役に立つか考える者が、かえって人から喜ばれ受け容れられて、結果的に自分の自己実現をも叶えることが出来る。これが天上の法則。

 今年を振り返ってみると、この天上の法則に従った結果を、今、手にしているわけだ。それは、言葉を変えると、こういうことだ。
「自分の心さえ至高なる世界に向いていれば、働いてくださるのは神であり、戦ってくださるのも神であり、次の努力の道を示してくださるのも神である」
 今年は良い年でした。みなさんの協力ありがとうございました。神様、ありがとうございました。来年もまた頑張っていきます。みなさん、応援して下さい。
なお、来週は年末年始なので、「今日この頃」はお休みします。
では、良いお年を!

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