62歳の悟り~しあわせであること

三澤洋史

名演確実「ルチア」
 先週も書いたが、この「ルチア」プロダクションの大成功の予感は、確信に変わっている。
3月2日木曜日のオーケストラ合わせ。指揮者のジャンパオロ・ビザンティは東京フィルハーモニー交響楽団を完全に掌握している。彼のテクニックと音楽性には、非の打ち所がない。オーバーに言うかも知れないが、イタリア・オペラに関して言えば、これまで新国立劇場に登場した全ての指揮者の中でも、フィーバーする直前のファビオ・ルイージと並んでトップ・レベルだと思う。僕には、何故彼がもっと有名になっていないのか分からない。というか、これからどんどん世に出てくるのか?
 彼は、指揮してオーケストラを操る才能があるだけではなく、ベルカント・オペラの神髄を深く理解している。ベッリーニ及びドニゼッティに代表されるベルカント・オペラというものが、こんなにもニュアンスに富んだ豊かな表現力を持つのか、と発見させてくれた。
 歌手達の微妙なテンポの揺れや表情に、ここまできめ細かく寄り添ってくれる指揮者は、世界中探してもそう多くない。東フィルが良い音を出しているのは勿論のこと、合唱団ときたら、みんな嬉しくてノリノリ。
 現場の熱気というのはね、それだけで公演が成功するかどうかのバロメーターだからね。今この時点で、僕がここまで書くことって珍しいだろう。プロが、“お仕事”を超える時がある。勿論その“お仕事”といったって決して投げやりなものではない。しかし、稀に、お仕事を超えて、なにかアマチュア的なクラブ活動のようになる奇跡的な瞬間があるのだ。それが演奏家にはたまらない。

 噂のディーヴァであるオルガ・ペレチャッコは、やはり噂にたがわぬ正真正銘のプリマドンナ。正直に言うと、声の音色自体は、僕の好みとはちょっとずれている。僕は、もっと丸みを帯びた温かい声が好きだから。でも、そんな好みのことなど言ってられない。僕がもし、国際コンクールの審査員をやっていたら、即座に最高点をつけるであろう。
 そのテクニックの高さといったら、比類なきものがある。しかも、ピアノで歌う時には、やや硬質な声にビロードがかかって、えもいわれぬ世界を醸し出す。現代最高のルチアの内のひとりであることは間違いない。それに美人だし、演技のセンスも抜群。
 先週は、エンリーコ役のルチンスキーに触れたが、相変わらず怪物ぶりを発揮している。どこまでも伸びる高音に、合唱団一同、毎回沸きに沸く。歌手が良いと、ベルカント・オペラは、こんなにも楽しく、彫りの深いものになるんだね。

僕の誕生日
 3月3日金曜日。「ルチア」の舞台稽古で2時から9時までのはずだったが、主役のペレチャッコの来日が遅れて、まだ第1幕しか立ち稽古がついてないので、合唱団は第1幕冒頭のみの招集で、1時間ばかりで終わった。その後、僕は事務所の自分のデスクのパソコンで作業をしてから、夕方帰宅する。

 間もなく、保育園から孫娘の杏樹が帰って来た。手に小さな花束を持っている。
「お帰り!」
ところが、杏樹は何も言わずに、体をクネクネさせながらもじもじしている。
母親の志保が横から、
「ほら、何言うんだっけ?」
とそそのかす。
「じーじ・・・お誕生日おめでとう!」
といいながら花束を渡してくれた。ピンクの薔薇が可愛い。
「ありがとう!杏樹」
「ハッピ・ダースティ・トゥーユー!」
じーじにお礼を言われて、嬉しくなって歌い出した。ハッピ・バースデイなんだけどな。まあ、ここは直さないでおこう。

 妻は、ご馳走を用意している。テーブルには、モエ・シャンドン(シャンパン)が置いてあり、いくらを散らした混ぜご飯があるかと思えば、モッツァレラとトマトのカプレーゼがある。はまぐりのお吸い物が出てきて、夕食が始まった。ひなまつりだから、和洋折衷。
 杏樹用には、混ぜご飯の上に卵の薄焼きで着物を作り、うずらのゆで卵を頭にした、お内裏様とおひな様のカップル。
「タン・タン・タン・タン・たんじょーおーびーー、じーじのじーじの、たんじょーびっ、タン!」
と杏樹主導の歌に踊らされ、最後はポーズ!後から杏奈も駆けつけた。
 志保と杏奈は、誕生日プレゼントとして、珈琲好きの僕にサイフォンをプレゼントしてくれた。後日試してみたが、おいしいし、科学の実験をしているみたいで楽しい。

 このように、62歳の誕生日の晩は、愛する家族に囲まれて、笑いの絶えないしあわせな雰囲気の中で過ごした。


お誕生ケーキ

62歳の悟り~しあわせであること
 僕は62歳になった。随分と長く生きたものだなと自分で思う。でも、間違いなく言えることは、すべてのこれまでの人生の中で、今ほどしあわせな時はないということ。それで、さらに分かったことは、このしあわせ感を持っていることは、神さまの至上命令なのだということ。

 僕が元気でしあわせでいられるから、僕の下で働く人達がハッピーでいられる。僕がポジティヴ志向でいるから、みんなが不必要なストレスを感じることなく自分の持ち分を果たせる。簡単なことだが、僕のように生きれば、人は誰でもしあわせになれることを、僕は自分の生き方で示しているし、そうするのが自分の義務だと思っている。
 では、どのようにして、しあわせになるの?というクエスチョンであるが、ひとつは心の持ちようであるし、もうひとつは、、その心の持ちようによって、現実的にしあわせな運命を引き寄せる“引き寄せの法則”を信じていることだ。

 僕は恐らく、どんな境遇にいても、自分の事をしあわせだと思える才能を持っている。もしかしたら、僕に与えられた才能はそれだけかも知れない(笑)。先ほど「今ほどしあわせな時はない」と書いたけれど、実はそれは嘘で(笑)、僕はこれまでどの時でもそう思っていた。
 とはいえ、僕だって、人から心ない言葉を浴びせられることもあるし、思うように事が運ばないで、どうしたもんじゃろのう、と思うこともあった。でも“落ち込む”という状態にまでなることはなかった。“落ち込む”とは“甘えている”という言葉と同義語だから、見栄っ張りの僕は、自分がそういう状態になることを許さないのだ。体調が悪い時もあるが、その時はもうあきらめることにしている。体調が戻るまで冬眠する気持ち。人生には休養も必要だから。

 僕は、すべて自分の身の回りに起こることを、一歩置いて客観的に眺めることができる。それら「望むべからぬ事態」が、もし自分の至らなさあるいは罪故であると分かった時には、ただちに反省あるいは路線変更、ないしはそれを改善するためのアクションを起こすことを厭わない。
 しかしながら、もしそれがいわれのないことだと思った時は、静かに通り過ぎるのを待つ。怒ったり、あせったりは決してしない。とはいえ、アクションを起こさないという意味でもない。ネガティヴなことを言われたら、無視はしないで、必要な反論はする。つまり、自分のスタンスを周りに伝えることで礼儀は尽くす。

 僕は、いつも自分が“天上の至高なる存在”とつながっているのを感じる。その存在が僕に知らせてくれる。僕のどこが誤っているのか?あるいは僕がどの点を改善することによって成長していくのか?
 あるいはその反対に、いわれのないことであれば、それも知らせてくれる。身に降る火の粉をどうやってかわすか?その中でも、何を主張していくべきか?そして、いざ戦いになったら、“戦うのは僕ではなく神”だという風に割り切り、光のバリアをまとって毅然としている。過剰攻撃は決して仕掛けない。何もしなくても、誤って攻撃してきた相手が自滅する場合もある。

しあわせであるための努力
 ひとつの例を挙げよう。僕は若い頃からドイツ音楽、特にベートーヴェンとバッハ、あるいはワーグナーの音楽に深く傾倒していた。だからドイツに留学し、バイロイト音楽祭などでも働いたりしたわけだが、その一方で、オペラ指揮者及び合唱指揮者として活動を続けていく内に、オペラに携わるために最も基本的なイタリア・オペラに対する造詣が、必ずしも深いわけではないことを感じていた。
 新国立劇場合唱団では、年に一度試聴会があり、その後に年間契約するための面談がある。そこで、何人かの団員からこういう意見が出ていた。
「三澤さんに不満があるとすれば、ドイツ・オペラの指導には疑問をはさむ余地がないのですが、イタリア・オペラの指導に関して言うと、ドイツ・オペラほど突っ込みが深くないことです」
 それはもっともだと思った。それで、どうしたかというと、当たり前のことであるが勉強したのである。そしてさらに、イタリア語とイタリア・オペラのことをもっともっと勉強したい、という念を集中させていったら、道が開けてきたのである。それも素晴らしい道が。

 最初は、自費で一ヶ月くらいイタリアのどこかの街で語学学校に通うことを考えていたのであるが、新国立劇場を一ヶ月休ませて下さいと劇場側に頼みに行ったら、
「きちんとした理由がないと、外部に対して言い訳が立たないので、いっそのこと新国立劇場推薦ということで、文化庁在外研修に行きなさい。場所はミラノのスカラ座!」
という風に事がトントン運んだ。
 スカラ座では、ベルカント唱法についてとことん研究したし、語学学校の試験では、聞き取り試験も合わせて98点を取って、他のクラスから先生たちが、
「こいつかあ、年取っている割に優秀なのは・・・」
と見に来たくらいだ。自慢ではない。けれど僕は、逃げないで徹底的に勉強したということだけは言っておきたい。
 だから、かつて、僕のイタリア・オペラの指導に深みが足りないと言ってくれた人達には、今となっては本当に感謝している。僕自身がそれを痛感していたところに、背中を押してくれたのだから。
 さらに、そうした報告を聞いた瞬間も含めて、どの瞬間も、僕がしあわせでなかった時は一度もなかった。さらに、イタリア語が大好きになって勢いがついた僕は、現在でも週に一度、イタリア語のレッスンに通っている。
もっともっと、イタリア語を上手になりたいと思っている。

遊び感覚で生きよう
 このように、しあわせになるのは、本当は楽ではないが(笑)、少なくとも、自分に否定的な意見を聞いて、
「俺の悪口を言ってるな。けしからん」
と敵対心を持ったりして、そのままのレベルに留まっている生き方では、決してしあわせにはなれないのだ。ましてや、それを言った人達をパワハラを使ってイジメたりしたら、自分のまわりにますます不幸感が広がってくる。
 僕は、立場からすれば、どんな下っ端の人からの意見も聞く。そこに、聞くに値するものがあれば、検討し従う。上に立つ者ほど謙虚でないといけない。

人の子は仕えられるためではなく、仕えるために来たのである。
(マルコによる福音書第10章45節)
 人生にはいろんなことが起こり、いろんなことが降りかかってくるが、何も起きなくなったら、それはテレビドラマでいえば最終回でしょう。僕の人生で、もはやそこに「新たな学び」の要素がなくなったら、それは神さまが僕を呼んで下さる時だ。そうなったらその時で、別にいいのであるが、僕は、まだまだ悟るにはほど遠いから、きっとしばらくは無理矢理学ばせられるような事件が頻繁に起こってくるに違いない。楽しいではないか。むしろゲーム感覚でそれらを迎え撃とう。
 それと、僕くらいの歳になったら、自分の人生において、わざわざ自分から難しいコブ斜面をめざして行かなくても、整地でボロを出さないように滑っていればいい。先日JASRAC音楽文化賞をいただいたように、それなりの社会的評価は受けているので、守りに入っても構わないのかも知れない。でも、それじゃあ全然つまんないんだよな。というか、その思考方法が、僕をしあわせから遠ざけるのだ。

 「青年は荒野をめざす」という五木寛之の小説があったが、「老年はもう一度荒野をめざす」だ。この歳になってスキーにハマる人は少なくないが、コブをめざす人は多くはない。しかし、僕がコブをめざすのは、僕の人生哲学の表れだと思う。何故なら、コブには果てがないからだ。
 一度コブ斜面をなんなく滑れたとしても、次にスピードを上げて同じ所を滑ったら、まったく違ったレベルを要求される。バランスを崩し、ぶざまな格好になって、時には転ぶ。僕は、音楽の世界でも弟子を取ってないから、転んでも恥ずかしくないのだ。その“自由さ”が僕からしあわせ感覚を奪わない原因。僕は何度でも転ぶ。転んでる最中でも楽しいし、次、どうやったら転ばないのか模索している。

 僕はいつも、わざと面倒くさいものの方をめざす。お金が沢山儲かって楽な仕事よりも、労力ばかり多くて、あんまり儲からないものの方を選ぶ。全ての環境が整っていて誰でも取り替え可能な仕事よりも、たとえば「ナディーヌ」のプロジェクトのように、なんにも出来てなくて、自分が全ての責任を取っていちいち決めるような事に価値を見いだす。そっちの方がはるかに楽しいから。

 要するに、僕がしあわせなのは、この歳になっても自分が“自由”だからなのだ。そして、その自由の中で、歩みを止めずアクティヴでいられるからなのだ。さらに、自分が関わっているもの全てに対して、僕は“遊び感覚”で接しているからなのだ。
 遊びだから不真面目だなんて思ってはいけない。僕の遊び方は普通の遊び方ではない。僕と一緒にスキーに行ってみれば分かる。2時間以上、リフトに乗っている時以外、一度も休むことなく、お茶を飲むこともなく、ひたすらコブ斜面と格闘すること。これが、僕の人生全てに貫かれている。
 しかも、それを自分に課しているではない。そこが重要!課して、そのノルマを達成したら、達成感はあるかも知れないが、そこで終了。思考停止。しかし、面白くてわれを忘れる遊びには果てがないのだ。音楽でも、全てのことにおいても、最も良く遊べる者が、最も良い仕事をするのだ。しかも、辛さではなく、しあわせ感の中でそれを実行できるのだから一石二鳥。

 キリスト教は、教祖のキリスト自身が、十字架上で死ぬという悲惨な運命に合っているので、ともすれば思考が悲劇的に走る傾向があり、なにかしあわせになっていてはいけないような雰囲気がある。しかし、キリストの言った言葉をよく味わってみると、みんな、どうやったら人はしあわせに生きることが出来るか、という教えばかりだ。
 それで、実際、外から見た運命はどうであれ、聖フランシスコもしあわせだったし、マザー・テレサもしあわせだったし、みんなみんなキリストの弟子は、内面の平安を手にしているのだ。僕も、その意味では誰よりもキリストを慕っているし、キリストの弟子だという自負はある。

僕の師
 今、僕には素晴らしい師匠がいる。さらに、その師匠によって僕のしあわせ度は一気に上昇した。その師匠とは・・・・孫娘の杏樹である。この歳になっての杏樹との出遭いこそ、運命といえるものである。僕は本気で杏樹を師として尊敬している。


僕の師

 子どもの好奇心と集中度にはもの凄いものがある。大人は、子どもを「未熟な大人」として認識し、そう扱うが、とんでもない!知性こそ、大人に劣るかも知れないが、どの子どもも持っている素晴らしい要素の大半を、大人はむしろ失っている。僕に言わせると、大人とは「不完全な子ども」である。
 ちょっと長いがマタイによる福音書から引用する。
そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、
「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」
と言った。
そこで、イエスは一人の子どもを呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。
「はっきり言っておく。心を入れ替えて子どものようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子どものようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」
(マタイによる福音書第18章1~4)
 この「子どものようになる人が、天の国でいちばん偉い」という言葉は、比喩ではない。そのままの言葉として受け容れなければならない。たとえば杏樹は、水素入りの宙に浮く風船を見て、目をキラキラさせるが、仮に僕自身が宙に浮いていたとしても、そういうものなのだ、と言えば、そんなことあるわけないなどと思う疑惑心などこれっぽっちもなく、受け容れるであろう。そんな杏樹にとって、
もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、「ここから、あそこに移れ」と命じても、そのとおりになる。
(マタイによる福音書第17章20節)
という言葉も、比喩ではなく現実なのだと思う。子どもにとってみれば、身の回りの全てのことがいちいちびっくりするような奇跡であるし、逆に言えば、どんな超常現象でも起こりうるのである。

 杏樹を連れて公園に行くと、遊具でも遊ぶが、公園の隅の枝を切ったり、葉っぱを刻んだり、砂場で砂を盛ったり崩したり、ありとあらゆるものを使って遊ぶ。その瞬間、葉っぱはにんじんに変わり、お札に変わり、砂はお船になり、丘や谷になる。そして果てしなく遊べるのだ。
 それをじっと見ていると、葉っぱを葉っぱとしてしか見ない大人とは、なんと貧困な想像力しか持ち合わせていないのだろうと思う。葉っぱを見て「これは葉っぱだ」と認識した途端、葉っぱと向き合うことを拒否してしまう大人は、葉っぱの何が分かっているというのだろう?公園で、素晴らしい遊具しか見ない大人は、子どもの一体何が分かっているというのだろう。

 62歳の僕は、杏樹の感受性をもう一度取り戻したいと本気で思っている。だから僕は杏樹となるべく遊ぶ時間を作りたい。そして、“遊ぶ杏樹”を見つめ、彼女の頭の中で、あるいは胸の中で、何がうごめき、何が燃え、何に歓びを見いだしているのかをつぶさに眺め、そこから何かを学びたい。
 
62歳の僕は、今、再び、求道者であり、学徒である。
見ていて下さい。その内、山を動かしてみせましょう!

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