「蝶々夫人」な今日この頃

三澤洋史

「蝶々夫人」な今日この頃
 先週と打って変わって、体調が戻ってくると、いろいろ意欲が湧いてくるものだ。やはり、体が元気でないと発想も積極的にならない。それにしても、僕の体はよく出来ていて、あの時期に休ませておかないと、これから控えている「蝶々夫人」連日6回公演と、「おにころ」公演という二つの山場を乗り切ることは難しかったのだ。

 「蝶々夫人」は、この栗山民也演出のプロダクションで、すでに25回指揮している。今回と同じ新国立劇場での鑑賞教室で6回公演を3年、尼崎の2回公演を3年、それに東京オペラ・シティでの演奏会形式を1回だ。全て東京フィルハーモニー交響楽団。今度6回公演がつつがなく終了すると31回指揮することになる。

 今回は、僕と同じ恩師中村健先生門下の小林厚子さんが初日組の蝶々さんをつとめるというので、中村先生も本番を観に来てくれるという。同門の大森いちえいさんもこの組の神官を歌うので、3人でお会いできるのを楽しみにしている。
 その組のピンカートンは、小原啓楼(おはら けいろう)君。彼は、僕が東京藝術大学の声楽科合唱の授業を受け持っていた時に合唱のインスペクターをつとめてくれていた。一度サラリーマンとなってから脱サラして芸大に入ったので、みんなより年配だったこともあり、インペクとしての指導力抜群であった。
 彼には、子どもオペラにも出演してもらったが、こうして正式なオペラで主役を張って僕と共演するのは初めて。元来美声であったが、近年ますます発声に磨きがかかり、立派なピンカートンを聴かせてくれる。
 またこの組のスズキは山下牧子さん。僕の大好きな歌手。数年前に二期会で「蝶々夫人」をやった時、演出家の栗山昌良のもとで徹底的にスズキのあり方をシゴかれて、生まれ変わったような素晴らしいスズキを演じている。
 シャープレスは黒田博さんと大沼徹さんという黄金のコンビで、理想的なシャープレスともいえる。大沼さんは落ち着いているので、もっと歳がいっていると思ったが、案外若いのだね。第2幕で、領事のシャープレスが、蝶々さんとピンカートンとの間に生まれた子どもを抱っこするシーンがあるが、杏樹くらいのお子さんがいる大沼さんは、スッといとも自然に抱き上げるので、思わず、
「抱っこ、上手だね」
と言ったら、
「慣れていますからね」
と言う。
 ある時、
「ブログ読んだんですけど、三澤さん、トータル・イマージョンやってますよね」
と話しかけてきた。トータル・イマージョンとは、イタリア人指揮者カリニャーニから紹介されて、僕が一時レッスンを受けていた水泳のメソードのこと。それでしっかり大沼さんと話が盛り上がった。
 2ビート泳法を基本に置くトータル・イマージョン(TI)に関しては、今でも僕は、ほぼそのメソードに従って泳いでいるが、TIだけが全てではないので、必要に応じて6ビートで泳いだり、リカバリーから入水の位置をわざと普通の泳法のように遠くにしたりして、TIとは、つかず離れず付き合っているというのが現状だ。
 その話も大沼さんにはした。彼は、水の中を魚のように静かにかつしなやかに泳ぐTIに魅せられている。その点は僕も同意する。ただ、TIには、体が硬くなって手がまっすぐ上に伸びなくなった年寄りでも泳げるように、水中で伸びた手を下の方に降ろしてもいいとか、いくつか妥協とも取れる点がある。
 本当は、体が一直線になってその線上をスーッと泳ぐ方が理想的なのは決まっているのだ。だから、僕なんかこの歳になっても肩のストレッチをしてなるべく真上に腕があがるように努力している。それが、TIで「そうしなくてもいいですよ」と言われたからといって、楽な方を選んでしまうのは、僕にとっては残念だ。
 まあ、その他には、TIには何も弊害はないので、大沼さんの場合でも、一度しっかりメソードをものにしてから、今度は自分に合った道を探しても遅くはない。いやいや、それどころかTIから学ぶことはとても多い。たとえば、水泳の極意は、掻くことにあるのではなく、むしろどうやったら抵抗をなくすことが出来るのかにある・・・とかね。

こんな風に、稽古途中にいろいろな話をしながら楽しくやっている。今日はこれからオーケストラ合わせだ。では、行ってきまーす!

コンガ・・・ああ、この魔法の楽器よ!
 サンタナのライブ・コンサートに行ったことがきっかけで、相変わらず電車の中とかサンタナを聴くことも多いが、さすがに一時のようにハマリまくった時期は過ぎた。聴くアルバムも限られてきて、とんがったハード・ロックの色合いの強いものより、力が抜けてより土着のラテン音楽のものを好んで聴く。アルバムで言うとSupernaturalやAmigoなど。
 サンタナのどの曲も、ジャズとは違って和声的には単純だが、中にはその和声すらないものがある。つまり、パーカッションとメロディだけの曲。考えてみると、日本の祭り音楽だって笛と太鼓だけで和声は特についていない。でも、これだけでも音楽って成立するんだ、とあらためて驚きにかられる。
 サンタナでは、和声の変化の代わりに、パーカッションに色彩感があり変化があり、ニュアンスや表情があるのだ。僕が惹き付けられハマった原因はここだ。特にコンガという打楽器の響きに僕は魅せられていた。なんという音色の変化!なんという細やかな表情!そこで、居ても立ってもいられなくなった僕は、自分でもコンガをきちんと習ってみようと思ってAmazonで注文した。

 先日、待ちに待ったものが家に届いた。家族は、包装を見てすでに迷惑という顔をしている。段ボールだけでも結構大きいからだ。カッターで段ボールを開けて、中から取り出す。おおっ!出てきたぞう!
 それは、スタンド付きの一対のコンガであった。スタンドを組み立てて音を出すと、妻はもっと迷惑そうな顔をした。
「案外大きな音ねえ!」
いつも、娘の志保があんな大きな音を出してピアノを練習するのは何でもないくせに・・・・打楽器に対する差別じゃね?
「再生ゴミとして出せるように、その段ボール細かく切ってね」
と冷たく言われたので、自分でも不思議なほど従順に、
「はいはい!」
と言って、ただちにカッターやハサミを使って再生ゴミとして出せるほど小さく切った。妻は早速それを縛ってまとめてくれた。なんと良い妻だ・・・うんにゃ・・・きっと、早く自分の視界からこの段ボールを消したかったに違いない。

 さて、組み立てた一対のコンガを目の前にして、どうしようか考えた。本当は、すぐにパーカッショニストを探してレッスンに通いたいところだが、残念ながらそんな暇はないので、とりあえずYoutubeで「コンガの叩き方」レッスンを探すと・・・あった、あった。これも時代だね。何人もの奏者による懇切丁寧なレッスンの映像が載っている。
 それで基本から始めてみた。すると世界観が変わった。コンガの奥深さに、さらに目からウロコ。叩く場所や手の何処で叩くかによって音色が七変化。こんなに音色のバリエーションが豊富な楽器を僕は知らない。


コンガ


 この楽器では、まず基本からしてオープンとクローズの音色がある。普通の太鼓は音を止めたりしないオープンが基本だが、コンガは違うのだ。むしろ響きを意図的に止めるクローズの方が主流だと言ってもいい。叩いた手を楽器から離さないとか、他の手で押さえて、わざと響かない鈍い音色を出す。そして、それをオープンの音色と対比させるのだ。
 それから、もっと画期的なのは、ヒールとトゥの奏法があること。ヒール(かかと)と言っても足のことではない。手のひらの腕寄りのふくらんだ部分をヒールheelと言い、指先をトゥtoeと言う。これを交互に叩くコンガ独特の奏法なのだ。場合によっては信じられないような超高速で動かす。手首の筋肉が柔軟でないと話にならないが、ピアノでも他の楽器でも、あるいは指揮の運動でも、ここは普段多少は使うものの、こんなに極端には動かさないので、なかなか慣れないし、結構疲れる。だからここのところ暇がある度に地道に練習している。
 そもそも、通常のオープン奏法でも、一般の太鼓類と違って、基本は真ん中を叩かずに、スネアドラムなどでRimリムと呼ばれる縁(ふち)のところに指をあてながらはじっこを叩く。それだけでも当てる角度によっていろんな音が出る。意図的に真ん中を叩いてもいいのは勿論である。
 こんな風だから、この楽器からは、本当に無限とも思えるほどの多彩な音色が出るのだ。だから単に16分音符をタカタカと並べたとしても、この4つの音を全て別な音色で演奏することなど朝飯前なのである。これこそサンタナの演奏が持つ“味わい”の核心の部分である。驚いたのは、そんなに強く叩かなくても、それなりの音量が出るので、手が痛くなったりしない。

 西洋のクラシック音楽は、作曲学的な労力のほとんどの部分を和声に費やしてきた。だから和声的なアプローチはすでに開拓され尽くした感があるが、その陰でリズムへの探求はむしろおろそかにされてきたのではないだろうか。
 勿論ストラヴィンスキーやバルトークなど、リズムに焦点をあてた作曲家はいるが、クラシック音楽では、リズムというと、むしろ変拍子の方に興味の中心が移っていったように思う。
 それと、クラシック音楽は、どうしても書かれた音楽だから、個人の名人芸とかは反映されない。コンガのデリケートな音色の変化を譜面にされてもなあ・・・という部分もあるし、それは即興に演奏されて初めてその力を充分に発揮されるものかも知れない。
 一方で、サブカルチャーの分野では、リズムを重視しているものの、大半のポップスは、単純なエイト・ビートに落ち着いてしまい、リズムの追求はほどほどでストップしている。その意味では、サンタナは数少ない「僕を満足させてくれる」ミュージシャンである。

 とにかく、僕にとっては、このコンガの体験は衝撃的で、今の最大の関心事は、ワーグナーやマーラーの和声よりも、バッハのフーガの緻密さよりも、コンガの微妙な音色の変化にあるといっても過言ではないであろう。

子どもの中に息づく“永遠の自己”
 娘の志保はずっと仕事が忙しくて、満足に杏樹にかまってあげられなかった。でも杏樹も、3歳ながら、それは分かっていて、いつも面倒を見ている妻が寝かしつける時に、
「ママがいい・・・」
とは言うものの、僕が傍で見ていても気味が悪いくらい“おりこうさん”でいた。

 その志保にとって、ひとつの仕事の山が終わった。すると、ホッとするママに呼応するように、その晩の真夜中過ぎ、突然杏樹が大声で泣き出し、約1時間わけも分からず泣き続けた。もう3歳になっているので、夜泣きする年齢ではない。最初、どこか体に深刻な病気でもあるかとも思い、場合によっては救急車を呼ばないといけないかと思ったが、様子を見ると、どうもそうではないらしい。
 母親の志保は勿論のこと、僕たち夫婦もあたふたしていたが、どんなにあやしてもなだめすかしても駄目。とにかく怒っている。怒りが心の奥底からとめどなく流れ出てくるようで、このままおかしくなってしまうのでは、と思わせるほど強烈であった。
 ママである志保をどこまでも強く求めていて、志保に、これまでの欲求不満を全てぶつけて、思いっ切り彼女を困らせることで、究極的に甘えるんだと決心しているように感じられた。
 僕がなだめに行ったら、
「見ないで!」
と怒る。とにかく二人っきりでトコトン解決したいようである。
 志保も、それを分かって、真夜中ではあるが早く寝かしたり自分も寝たいと思ったりするのをあきらめて、こうなったら気の済むまで付き合おうと腹を決めた。そうなると、僕たち夫婦は、もう後方支援ということで、自分達の寝室でじっと様子を伺うしかない。

 約1時間後、やっと静かになった。しばらくしたら、向こうで普通に志保と話し合っている声が聞こえる。それから、妙に理性的になった状態で、
「ジージとオーマに『治ったよ!』って言って、おやすみするんだ!」
と言いながら僕たちの寝室に来た。何かストンと吹っ切れたようで、いつもの杏樹に戻っていた。

 翌朝、杏樹が起きた時に、
「昨夜(ゆうべ)杏樹たくさん泣いたねえ」
と言ったら、
「うん・・・杏樹ねえ・・・なんだか分かんなくなっちゃった」
と言うではないか。僕たちはみんなで顔を見合わせた。
 ちょっと待って!こいつ、昨晩の自分の行動に対して自己分析が出来ている。つまり、どうにもならない感情の奔流をもてあましていた自分を、もうひとりの冷静な自分が見ていたということなのだ。
「杏樹、ずっとママがそばにいてくれなかったから、淋しかったの?」
「うん・・・」
とは言ったが、表面意識ではよく分かっていないようだ。

 子どもと一緒にいると、時々、その魂の奥にいるのは、決して子どもではない人格であることを感じる。その人格が、子どもの舌を使って話しているのではないかと感じることもある。杏樹に「分かんなくなっちゃった」と言わせたのは、明らかに分別のある大人としての杏樹だ。それに気がついて僕は襟を正した。子どもだといってあなどれない、と思った。

 僕は時々デジャヴの体験をする。デジャヴとは、前もって夢の中である風景の中にいてそれを眺めている景色を、ずっと後になってから現実に見ることであるが、夢の中で眺めていたのは、実は当時の自分ではなくて、“今の自分”なのである。
 うーん・・・分かりにくいね。つまり、過去と現在との異なった自分が同じ景色を繰り返し見るのではなくて、時空を超えて、当時の夢の中には今の自分がいて、自分が現実世界で今日初めて見る景色を、当時の夢の中で見ているのである。ということは、つまり“僕そのもの”という核としての自己は、時空を超えて同じ自分であるということだ。
 たとえば、数年前に見たあるデジャヴは、中学生時代に夢で見た風景を、60歳になろうとする数年前に現実で見ている。中学生と老人という、それだけギャップのある自分だけれど、見ている主体は同じ自己である。つまりその自己は、子どもも大人もない“永遠なる僕”なのである。
 ただ現実世界においてだけ、子どもだったり青年だったりジージだったりする僕がいるわけだが、それは魂としては外側の皮のようなものであって、より肉体意識に近い僕であり、よりエゴイスティックな僕で、情緒的でわがままで罪を犯しやすい僕なのである。この僕と、もっと深い“永遠なる僕”とは、僕の中で共存しているのだ。

 その共存を、僕は杏樹の中にも感じるのだ。つまり、3歳の杏樹の中に、怒り泣き叫ぶ杏樹と、それを冷静に眺める“永遠なる杏樹”がいるのである。いや、もうひとりいるかも知れない。杏樹の表面意識と、それを背後から操る潜在意識としての“怒れる杏樹”、それと“永遠なる杏樹”の3人。それらはタマネギのように幾重にも重なっていて、そのど真ん中には、とても精妙な神に通じる霊としての杏樹がいるような気がする。

 では、なんで今まであまりそのことに注意を払わなかったのだろうか?娘である志保や杏奈を育てる時には、僕たち親も若かった。僕自身、家族を養うのに必死で、今のように落ち着いてじっくり孫の杏樹のように観察することもなかったのかも知れない。
 いや、それだけではないな。恐らく、僕自身の悟りが浅かったのだろう。僕の魂は、当時、今よりもずっと現世に近く、様々な想念に支配されていて、“永遠なる僕”に目覚めていなかったから、杏樹の中にある“永遠なる杏樹”の存在にも気付かなかったのだ。

 我々は、この肉体を使っていろんな処に行くし、いろんな事をする。我々の眼前には様々な景色が広がり、我々は様々な感覚で外界を味わう。それは実際に、痛かったり、心地よかったり、おいしかったり、良い匂いだったり、しんどかったりするので、これこそがリアルな世界だと信じている。しかし、真実を言うと、それは勘違いで、我々は、本当はどこにも行っていないのだ。魂は常に同じ所に留まっているのである。
 我々は若かったり、歳を取ったり、男だったり女だったり、太ってたり痩せていたり、容姿が良くてモテたり、容姿が悪くて相手にされなかったり馬鹿にされたりする。しかしそれも全て幻のようで、我々はずっと同じ状態で、それらをまるでゲームのように“経験”しているだけなのである。つまり色即是空、全ては空なのである。
 そして、我々はそれぞれ人生の最後に総決算をする。それぞれ自分の経験の中から何を学び取ったか?何を霊的に勝ち得たか?問われることになるのだ。肉体は滅び、自分から離れていく。最後まで残るのは、“永遠なる自己”そのもの。それだけ。

 とどのつまりは、我々には“永遠なる自己”しかないのだ。その“永遠なる自己”を、最近の僕は特に意識する機会が多い。スキーをして我を忘れる時、夢中で泳いでいる時、朝の散歩をしている時、演奏会で指揮していて自我が限りなくゼロに近くなる時、カテドラル聖マリア大聖堂でお祈りしている時、デジャヴの自分を感じる時。そうした“永遠なる自己”の発見こそ、実はあらゆる宗教がめざしているものではないか。

 その“永遠なる自己”を僕は杏樹の中にも見たわけである。天上界においては、僕と杏樹は、幼児と老人ではなく、全く対等な人格同士として関係を結んでいる。そしてお互い、至高なる存在につながっており、そこから生命をいただいている。その意味では、人間は全て対等である。そして存在としての尊厳を有していて、なにびともそれを侵すことは許されない。
 勿論、子どもの小さな自我が自分の欲求を押し通そうとする時には諫めないといけないし、社会に適応して生きていくための様々なことは教え込んでいかないといけない。子どもは、まだこの社会に慣れていないから。
 でも、それと、子どもを軽んじるということは別なことだ。ましてや、子どもだからといって、大人の自我の犠牲になるようなことは絶対にしてはいけない。全ての魂は至高なる存在につながっているのだから、大人が子どもに成したマイナスの行動は、巡り巡ってすべて自分に降りかかってくる。つまり自分で自分の魂を傷つけているようなものである。

 この歳になって、様々な目覚めを経験するが、こんな幼児から、これほどのことを学ぼうとは、若い時には考えもしなかったなあ。人生、長く生きてみるもんだ。

   

 


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