ミサ曲

三澤洋史

対談本の編集進んでます!
 親友の角皆優人(つのかい まさひと)君から、対談本のプロローグの部分の原稿が送られてきた。冒頭を読んだだけで、彼の並々ならぬ覚悟が感じられて胸が熱くなった。

 彼はまず親友の教育家であった平光雄(たいら みつお)さんの60歳を目前にした突然の死について書き、その喪失感から、「逢いたい人には逢うべきだし、話したいことは話し、残したいと思うことは残すべきだと考えるようになった」(原稿から)と語る。
 僕なんか、そんな彼の想いなんてよく分かっていなかったから、人生で初めてともいえる“何も予定のないバカンス”のついでに、ちょこちょこっと親友や後輩と肩の凝らない雑談の延長のような対談が出来ればいいかなくらいで参加したのだが、今頃になって原稿を読み、背筋をピンと伸ばした。

 あまりネタバレしてもいけないのだが、彼はこの対談本のメインタイトルを「変わった道を歩みたいあなたに」というようなものにしたいと考えているようだ。というのは、僕と角皆君に関しては、お互いに、どのような道を経て今日に至っているのかを分かっていたが、画家の山下康一君と話してみたら、予想外に彼も通常のエリート・コースからはずれた人生を歩んできていて、そして僕や角皆君のように、そのことによって普通の人から見たら考えられないような苦労を積み重ねてきたことが分かったからだ。

 まだプロローグにしか過ぎないけれど、読んでいる内に、これはもしかしたらとてつもない本になるのではないかという予感がしてきた。芸術、スポーツ、人生哲学、宗教観など、話題は多岐に渡りながらも、僕たち3人は考える視点がとても似ているので、あたかも、あるひとりの、“絵画も音楽も文学もスポーツも出来る哲学者”が書いた著書のようなものが出来上がるのではないかという気がする。
 特に角皆君が編集をし、執筆しているのだから当然かも知れない。細かい事実確認の裏を取る作業や、正式名称の確認などで、訂正は出さなければならないかも知れないが、内容に関しては、基本的に彼に任せておけば心配ないと思っている。というより、角皆君が読み解いた3人の対談というのが今から楽しみで、次の原稿をもうワクワクしながら待っている。
みなさんも、どうか出版を楽しみにしていて下さい。

「神々の黄昏」合唱稽古
 先週は、新国立劇場において「神々の黄昏」合唱稽古の毎日であった。7月に高校生のための鑑賞教室「蝶々夫人」公演の指揮が終わると、ほとんど新国立劇場には行っていなかったので、また毎日ご出勤という生活が始まると、「ああ、また檻の中に入っちゃった」という気もしないでもなかったが、内容が「神々の黄昏」なので、練習に入るとただちに、自分でもおかしいくらいにワーグナー・モード全開になった。
 気がついてみると、ワーグナーのうんちくを語ったり、バイロイト祝祭劇場の内部の話しをしたり、他の演目では絶対にしないだろうなという練習の進め方をしている。ドイツ語の発音だけでなく、言葉の意味やニュアンスの出し方など、ドイツ語オタク&ワーグナーオタクぶり全開である。
 先日愛知祝祭管弦楽団の「ジークフリート」練習の合間に講演会をやったばかりなので、これまでの3作へのアプローチという土台の上に、今「神々の黄昏」の合唱と向かい合っているのだという自覚を持った。何といっても、「ラインの黄金」から積み上げられたおびただしいライトモチーフに関しては、今現在、間違いなく我が人生において最も親近感を持っている。モチーフを聴いただけで、「これは最初こういう意味だったが、『ワルキューレ』ではこういう意味に転じ、『ジークフリート』ではこの意味に変容し、さらに『神々の黄昏』では、ここまで発展してしまった」と言えるほど精通している。
 だから練習していても、合唱部分の他に重なり合って奏されるライトモチーフを聴くのが楽しくて仕方ない。つい説明もしたくなるわけだ。たとえば合唱冒頭のWir kommen mit Wehr「武器を持って我々は来たぞ」というテキストにあてがわれる音符が、どうして不自然な3連符なのか、というと、これは「ニーベルング族の破壊工作」というモチーフの3連符から来ているのだが、詳しく研究した者でないと分からないだろうな。
 そこまで「神々の黄昏」の音楽は微細に入り組んでいて、ワーグナー作曲技法は円熟の極みであり、管弦楽法は色彩的で人間の心理を赤裸々に描き出している。こんな大傑作にこれから公演まで関わることが出来、さらに愛知祝祭管弦楽団でもいずれ演奏することを許されることを考えただけで興奮してくる。なんとハッピーなことよ!

今週の水曜日までにみんなを暗譜させて、木曜日の8月31日から立ち稽古が始まる。

ミサ曲
 新国立劇場合唱指揮者というのが正式職業だとすれば、こちらは私生活に分類されちゃうかも知れないが、締め切りに追われる差し迫った編曲とは違って、東大OB合唱団アカデミカ・コールからの委嘱作品となるであろう男声合唱用ミサ曲の作曲をゆっくり、それでいて確実に進めている。こう書くとね、実は差し迫った原稿も抱えているので、そんなことのんびりやってないで早くこっちをやれ、と言われそうだね。
 でもね、今日やらないと駄目というのではないものの、いつかはやらなければならない種類の仕事ってあるだろう。締め切りがあった方が、仕事はやった気がするのだけれど、本当に大切な仕事というのは、傍目には呑気にやっているように見えるものかも知れないよ。それに僕の場合、締め切りに追われるような仕事は、いつだってあるんだから、そればかりやっていると、永久にミサ曲は仕上がらないのも事実なのだ。

 作曲は、実際に書く時間よりも、考える時間の方がはるかに長い。実際に書き始めてからも、メロディーひとつに対して、
「この音の次は上がった方が良いのではないだろうか」
とか思い始めて、全ての可能性を試し尽くして、
「やっぱりこのメロディーしかない」
というところに落ち着くまで、試行錯誤を繰り返す。
一度終わってベッドに横になっても、
「ああ、あそこんとこ、こういう歌詞の入れ方の方がいいかなあ・・・」
と思うと、気になって気になってとても寝付けない。仕方ないので、またベッドからゴソゴソと起きてパソコンを付けてやるんだ。で、次の朝、散歩に起きられなかったりするんだ。
 だから、いつもいつもいつもいつも気になっているのだ。まさにお腹に子どもを孕んでいる妊婦の気持ち。ずっと落ち着かないし、お腹にいる限りは、やっぱりいつかはどうしたって出さなければならないんだよね。こういう状態が全曲完成まで続くのだ。でもねえ・・・この落ち着きのなさも作曲している者でなければ分からないだろうけれど、このしあわせ感も、人には分からないんだよねえ。今、僕の人生、輝いてますって感じ!

Finaleバージョン・アップ
 気合いが入ってきたので、譜面作成ソフトであるFinaleも最近バージョン・アップした。これまでFinale2014とかいうように年号がついていたが、潔くFinaleのみとなった。とはいっても、この先も、どのバージョンだか分からないと困るので、とりあえずFinale 25というのが最新版。これがすこぶる調子が良い。
 我が家の仕事部屋でFinale 25を立ち上げ、YAMAHAの打ち込み用キーボードCBX-K1で音符を打ち込み、EDIROLの音源モジュールSD-90 Studio Canvasで鳴らし、楽想に詰まるとクルッと後ろを向いてクラビノーバでポロポロと遊びながら偶然生まれる和声の彩りなんかを味わう。
 そして、これまで誰も聴いたことのない音楽を自ら紡いでいくのだ。自分だけの世界だ。いや、違う。インスピレーションという友がいる。それは祈りにも似ている。至高なるものとつながっている時空の中に僕はいる。

曲のアイデア
 ところが、このミサ曲はすぐ生まれたわけではなかった。むしろ、依頼を受けてからなかなか作曲にかかれなかった。何故なら、ミサ曲という素晴らしい先人達の模範に満ちたジャンルに気後れしていたことが一番の理由であった。
 自分らしいミサ曲ってなんなのだろうと思っていたが、なにか民族音楽的要素は入れたいとも思って、アフリカ音楽のタッチで少し作り始めたが、どうも僕には合わないようで中断してしまった。そのことは、少なからぬ挫折感を伴い、方向を定められない僕は意気消沈していた。

 作曲の突破口を作ってくれたのは4月の日本武道館におけるサンタナのライブ。このライブに行かなければならないという心の声は、そのまま天の声であったのだろう。ライブの後、すぐにKyrieのアイデアが出てきたのだが、そのインスピレーションが本物かどうか分からなかったので、すこしホカッて置いた。サンタナを聴いた直後だったので、コンガを含むパーカッション奏者は、少なくとも2人はおかないと格好が付かないだろうと思っていた。
 でも、作り始めたら、ラテン音楽的要素はあるけれど、サンタナみたいな音楽というほどでもなく、案外展開はクラシックっぽいので、現在のところ、編成はまず弦楽器1本ずつ、すなわち第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。それに何かソロ楽器ひとつ。これは、以前アコーデオンにしたが、今回の曲想ではちょっと弱い気もするので、たとえばアルト・サキソフォーンかも知れない。
 ソロ楽器としては、最初、真面目にエレキ・ギターとか考えてサンタナみたいな音を出して欲しいなあとも思っていたんだよ。ベースもエレキ・ベースとかね。でも、普通のクラシックのコントラバスで大丈夫だと思った。
 結局、パーカッション奏者は1人で充分だと気がついた。やっぱりコンガが中心。コンガには今でもハマッていて、家にある楽器での朝練で、基礎練習は欠かせない。これからコンガの上手な人を探して、その人に演奏してもらうだけでなく、僕自身が弟子入りしてコンガを習うという一石二鳥をもくろんでいる。それから最後にピアノは必要不可欠。ということで、アンサンブルの合計は8人となる予想。
 それに勿論、男声四部合唱。とりあえず、今はピアノ・ヴォーカル譜を作っている。まず合唱から練習を始めるという理由が一番大きいが、もうちょっと全体像が見えるまで、あえてスコアには手を出さないでおこうと決心した。全体のタッチを俯瞰できるようになったら、スコアの作成はかなり急ピッチで進むに違いない。

 ということで、現在のところ、KyrieとAgnus Dei~Dona nobis pacemはすでに完成し、今はGloriaのQui tollis peccata mundiまで作ったところ。Qui tollisはねえ、メロディーだけで言うと、ちょっと昔の東京ロマンチカなんかのムード歌謡曲っぽい。コンガが妖しく彩るだろう。ウフフフ・・・。
 先ほどから言っているように、サンタナの影響を受けて、ラテン音楽っぽい感じはあるのだが、だからといってタイトルを「ラテンミサ曲」としてしまうと、もともとミサ曲はラテン語なので、意味が伝わらない。
 でも、ただのミサ曲というのでもつまらない。タイトルも含めて、まあ、じっくりじっくりね、あわてないでやるのだ。



 


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