京都の休日

三澤洋史

「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプ、申し込んで!
 「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプであるが、出足は快調だった。熱心な人は、以前から僕の「今日この頃」を読んでいて、申し込み開始初日に即、申し込みを行ってくれた。最初の数日にドドドッとメールが来た。
 ところが、その後は、
「マエストロ、スキーに行きまーす!」
と、僕と会えば言ってくれるのだが、なかなか正式申し込みを行ってくれない。あきらめたのかなと思って訊くと、「いえいえ、すぐに申し込みます」と言う。
 メイン・キャンプの場合、2月のキャンプは週末なので参加者が多く、もうすぐ定員に達する。反対に3月は平日なので、予想はしていたが、まだ余裕があります。

 ただ注意して欲しいことがひとつある。申し込み開始からある程度経ったので、今申し込んでいる人には、
「もう参加できると思ってください」
と言ってしまった。ということは、この先定員に達したら、それから全員で抽選ということはなくて、その場で受け付け終了としてしまいます。
 そうなった場合、僕にメイン・キャンプ参加をほめのかしたまま、まだ申し込んでない人が本当に全員申し込むと、メイン・キャンプのエントリー不可能になってしまう人が出てしまうので、申し訳ありませんが、ここからは先着順にするので、本当に参加したい人は早く申し込んでください。

 サブキャンプは定員がないから、みんなのんびり構えているようで、なかなか具体的な数が伸びません。レッスンに関してだけ言えは、みなさん側としては別に急がなくてもいいし、こちらも数に応じてインストラクターを用意するので、確かにいまジタバタする問題ではない。
 問題は、3月のキャンプの宿泊場所であるペンションのカーサビアンカなんだ。3月8日の晩を貸し切りに出来たら楽しいのになと思っているから、カーサビアンカに、一般客の申し込みに対してストップをかけている。でも、先方も商売だから、いつまでそのままでいるわけにもいかない。少なくとも11月終わりくらいまでには決断をしなければならない。
 この件に関しても、別に貸し切りでなくてもいい。ただ他のお客様のことを考えると、間近になってから、僕のキャンプ関係の人達が「やっぱり申し込みます!」と殺到して、結果的にほぼ貸し切り状態になったとしよう。そうなった場合、一組とか二組だけのよその宿泊客にとってはとっても居心地悪い状態になるだろうな。
 地下の呑み処“おおの”は、いずれにしても貸し切りだから、使えなかったり、お風呂に入っても、ロビーにいても、僕たちのキャンプのメンバーが我が物顔で居たりするんだよ。可哀想だと思う。

 だからですね。お願いです。申し込む人は、なるべく早く申し込んでください。キャンプ代はまだすぐに払えと言っているわけではないです。通常の角皆君のところのフリースタイル・アカデミーは、レッスン当日に現金で払うのが普通。振り込みだったとしても、限りなく当日に近い時まで大丈夫なので、まだ100パーセント予定が決まっていない人でも、申し込みだけはOK。

 メイン・キャンプも恐れないでください。バリバリ滑れる人よりも、むしろ「パラレルはなんとか出来るけれど、自己流だから自信がないなあ」という人にピッタリのキャンプだよ。角皆君のレッスンは、常に超基礎に還っていく。そしてきちんと体幹を教え、重心移動を体系的に教え、気が付いてみたらいつの間にか上手にしかも正統的な滑りになっているというやり方。
 レッスンでは音楽的に滑ることを目指すのだけれど、すでにスキーの中に音楽的な才能を感じさせていることが入門条件などということは全然ないからね。むしろ、そのレッスンの中でリズム感やフレージングを自然に学んでいくのだ。
 約束したいのは、レッスンは常に和気藹々な雰囲気で進んでいく。角皆君も僕に似ていてとてもポジティヴ志向、プラス志向だから、あっという間に時間が過ぎていく。

 どうしよっかな?面白そうだけど・・・と迷っている人は、瞞されたと思って申し込んでみようよ。絶対に後悔させない!スキーもうまくなり、音楽にも開眼させてあげる!

京都の休日
 ロームシアターでの高校生のための鑑賞教室「蝶々夫人」第1回目公演と第2回目公演の間のオフ日(10月31日)は、台風が過ぎ去った後の晴天が広がった。僕は早朝から鞍馬寺と貴船神社を目指してホテルを出た。地下鉄で国際会館駅まで行き、叡山電車鞍馬線の岩倉駅まで北にちょっと歩く。それで終点の鞍馬駅に着いた。


鞍馬寺山門

 うーん・・・さすが秘境のパワー・スポットだけあって、鞍馬駅に降りた瞬間から空気が違うなあ。途中にある由岐神社の見上げるような大杉が見事。いろんな名所の建物の素晴らしさもさることながら、こうした何も手を加えていない樹齢を重ねた大木の存在感には圧倒される。


由岐神社の大杉

 さて、僕は鞍馬寺の奥から貴船神社まで、うっそうとした山道を歩いて、貴船神社に横入りしようと思っていた。途中の険しい道には、木の根っこがむきだしになっていて、なかなか秘境感を味わえるということで楽しみにしていた。熊も出るという。しかし奥の道は、先日の台風で地盤が緩んでいたり木が倒れるなどして危険なため、通行止めになっている。

 ということは、また下まで戻って電車に乗って貴船口まで行って、あらためて出直さなければならないのか。ええっ、ヤだな・・・と思っていたら、向こうの方で、同じように「えええっ!ヤだな!」と言っている一群がいる。おうおう、ガッカリしているのは僕だけじゃないぜ。どうやら道連れがいるらしい・・・と思ってよく見たら、新国立劇場合唱団員やんけ。しかもその内のひとりは、みんなとは別に来て、今まさにここで偶然鉢合わせしたという。僕も含めて、まさにこの時間に3つのグループが同じところでバッタリ出会ったのか?なるほど、これがまさに鞍馬寺の奇跡?ちなみに今朝の9時半。


みんなに遭う

 さて、そんなわけで、みんなと別れてから、あらためて出直して貴船神社に行く。貴船口から降りて、神社入り口まではバスが出ているが、僕は川のほとりの山道を約30分かけてゆったり歩く。


神社への道1

 結論から先に言ってしまうと、貴船神社そのものよりも、それを取り巻く自然の気にとっても癒やされた。


神社への道2

駅から最初の鳥居までの道の散策は、川からくるマイナスイオンを受け、清流の心地よい川音を聞きながら、僕の心はどんどん澄み切ってくるのを感じた。


貴船神社入り口

 本宮の横に水が出ている。みんな、おみくじを水に浸して浮き上がってくる文字を見ている。僕はそれには興味がないので、とりあえず水を飲んでみた。最初は特に何も感じなかったが、その内口の中が・・・なんていうのかな・・・味はないのだけれど・・・言いようのない強い何かを感じて・・・しかもその感覚がしばらく残っていた。やっぱり普通の水ではない!


本宮

 でも、水のことをのぞけば、本宮よりも、本来本宮があったという現在の奥宮の方がずっとビビッと来た。というより、そのあたりの自然の気が普通ではない。でも癒やしの気というのでもないなあ。心霊スポットと言う人もいるけれど、そんな恐い気ではない。それでいてある種の緊張を孕んでいる。


奥宮への道

 帰りは、ちょうどバスが出ていたので、スーっと貴船口まで帰って来て街に戻り、ホテルでちょっとお昼寝してから、東寺の近くのプールに行って、結構ガッツリ泳いだ。でも、ここは西京極運動公園の中にあるアクアリーナ(火曜日休日)とは違って、健康ランドのヘルスピアなので、泳いでいるのは年寄りばかり・・・あ、僕も年寄りの部類に入るのか、あはははは。

 ところで、ロームシアターの近くにあるスターバックスは、屋外テラスもあり、ゆったりしていてとても気持ちがいい。


スタバのテラス

ある時、テラスでコーヒー飲みながらアメリカン・ワッフルにホイップ・クリームを付けて食べていたら、雀が寄ってきた。馴れ馴れしいなと思ったけれど、「いいよおいで!」という感じであまり動かないでいたら、どんどん寄ってきて、しまいには僕のワッフルを食べ始めた。


ワッフルと雀

おいおい、厚かましい雀だな。でも、可愛いのでそのまま食べさせておいた。この後どうなるのかな、と思っていたが、その瞬間、近くに人が通ったことに驚いて、素早く飛び去って行ってしまった。

 なあんだ。小鳥に説教をする聖フランシスコの境地に、いよいよなってきたかなと、ちょっと誇らしかったのに・・・。

竹下節子さんとのやり取り
 竹下節子さんが、最近新刊を出した。「キリスト教は宗教ではない」(中公新書ラクレ)というなんとも挑戦的なタイトルを持つ本だ。副題は「自由、平等、博愛の起源と普遍化への系譜」。ところが読んでみると、このタイトルのレトリックはすぐバレる。
 つまり、キリストが最初に言っていたことは、むしろ生き方マニュアルのようなものであり、その中に当時のユダヤ的社会からすると革新的なものがあった。しかしながら、それがしだいに、「信仰」という形を取るようになり、その信仰が宗教という形で表現されていったわけだ。
 この本では、そのようにして形成され体系化されていったキリスト教が、様々な時代の流れの中で、あるいは布教による多文化との邂逅、軋轢の中で、どのように生き延びてきたかという歴史を語っている。その中でキリスト教は、常に「生き方マニュアル」つまりイズムとしてのキリスト教と、宗教としてのキリスト教との間を揺れ動いていた。たとえば、フランス革命では、宗教としてのキリスト教は排除されたが、そのモットーである「自由、平等、博愛」の起源は、キリスト的精神(イズム)から来ている、という風に。

つまり、このタイトルの本当の意味は、「キリスト教は宗教だけではない(イズムもあるよ)」だ。

 竹下さんと個人的にいろいろ話した時に、特に感じたことがある。彼女の持論は、人間の精神や行動は常に自由であるべきで、たとえば共同体のために自己の自由が犠牲になってはいけないということだ。分かり易く言うと、たとえば家の繁栄ために、好きな人と結婚できないで家と取引のある家庭の息子との結婚を強要されるといったようなこと。
 教会でもそうだろう。キリストが主張していたことは、信じるにせよ行動するにせよ、常に自己の自由の中で行われなければならないということ。献金を沢山したから良い信者だとかいうことにキリストは反発していたではないか。
 毎週教会に通っているから良い信者とか、教会のお手伝いを一生懸命やっているから良い信者とかね。それは共同体としてのキリスト教会にとっては良いことだしありがたいことなんだけれど、内面の信仰に関しては、それとは全く関係のないところで、神と自己とのあり方の問題なのだ。そこに齟齬がある。キリストは問うかも知れない。それを、まったく自由かつ無私な心で喜びをもってやっているかい?と。誰かに褒められたいからとか、誰かに恩をきせていないかい?と。
 一方で、キリスト教が病院などをはじめとして、様々な慈善事業と結びついているのは、キリストのイズムに結びついているからで、そうした弱者にやさしいキリスト教のあり方には、キリスト教に関係ない人でもホッとする部分があるだろう。その部分を包含していることで、キリスト教は様々な時代の様々な社会のあり方に適応出来てきたのだな。

 このように、竹下さんの著書は、いろんなことに気付かせてくれるし、その本を読み終わったからおしまい、ではなくて、著書をきっかけとして、いろいろ考える要素を提供してくれるから、自分の心の中で著書がいつまでも生きていると言える。

 さて、その竹下さんが、東京バロック・スコラーズの「バッハとルター」演奏会に来てくれて、その後、その記事をご自分のブログに載せた。その一部をここに載せる。

22日は川口市の立派なリリアホールに「バッハとルター」というコンサートにご招待いただいた。さすが新国立劇場の合唱指揮者の三澤洋史さんだけあって、合唱のバランスは完璧だった。アマチュアコーラスが大人数だと音量がありすぎてまいってしまうことが多いのだが完全に三澤さんのカリスマに統制されている。
全体も、バッハやルターというより、三澤さんの信仰と祈りと音楽美学の結晶のようで、三澤さんからのプレゼントという感じだった。

私たちフランスバロック脳のメンバーとしては、管弦楽組曲が、カンタータと対照的な「宮廷音楽」として前座のように紹介されたのはちょっとフラストレーションだったけれど。

また、カンタータは、私は日本語の字幕を見て、メンバーのMはドイツ語を読み、Hが音楽に集中という立体的な聴き方をしたので興味深かった。
それにしても、こんなコンサートに参加する人のほとんどは経済的にも健康上にも問題なく、余裕のある人だと思う。歌詞にあるような罪深い私に救いを、と必死に訴えるような強迫観念とは縁が薄いのでは、と思った。
正直、今の日本人がバッハをカルチャーとしている意味ってなんだろう、とさえちらりと思う。

バッハはフランスバロックもよく研究していたが、この組曲のフォルラーヌを聴けばわかるが、このダンスにも、アルト(ヴィオラ)で16分音符で埋め立てようという感覚は、フランス的洗練(文字どおり、洗い尽くして、本質だけを残す)には耐えられない構築強迫がある。バッハには「間」が耐えられない。
いつも言っているが、フランスバロックは「間」や「空(くう)」と、そこに軽やかに消えていく装飾音が命で、そういう「間」を味わう感性というのはむしろ日本人的である。

ドイツは連邦国で、今でも旧領邦国家間の確執がしっかり残る。
そしてプロテスタントの峻厳さが加わる。
それに比べて、実際はともかく「単一民族」幻想のある日本や、中央集権の「太陽王」幻想のあるフランスって、いわゆるハイコンテキスト、以心伝心の幻想もあって、ひたすら洗練させていく美、というのが成立する。フランスの宮廷文化は実は日本の町人文化と似ているのだ。
もちろんどの国ののどんな人でも、戦争やら生老病死の危機は免れないから、それこそいざという時には神仏に必死にすがる、という心情はユニヴァーサルではある。
でも、バッハのカンタータは決してユニヴァーサルではないと思う。
三澤さんの情熱にユニヴァーサルな訴求力があるのと、ルターとバッハのカンタータに普遍性が果たしてあるのか、というのは別のような気がする。

 それでメールによるやりとりが始まったが、竹下さんの歯に衣着せぬ表現には一種の爽やかささえ感じる一方で、バッハのカンタータがユニヴァーサルではない、という聞き捨てならない文章に多少の反発を覚えて返事を書いたりしたので、傍から見たら、メールで喧嘩してんじゃないの?と思うような応酬となった。
 竹下さんは、僕の管弦楽組曲の舞曲に対して、具体的にここでちょっと「ため」が欲しいみたいなことを言って、「あんたの音楽では踊れません」と言ってくるし、僕はそれに対して、「それを言うなら、ショパンの幻想ポロネーズではポロネーズは絶対踊れません」とか、「昔メヌエットの踊りを習った時に、これではモーツァルトのト短調シンフォニーのメヌエットは絶対踊れんなと思った」とか書いて、作曲は舞曲の形式を使って自分の語りたいことを語るのだから、僕がバッハの舞曲の形式を使って自分の音楽を語って何が悪い、というようなことを言った。さらに、僕がどれほどカンタータ80番の凄さに魅せられているかを語り、ユニバーサルでないと言われても知ったことではありません、と結んだ。
 舞曲に関しては、竹下さんは、僕に返事を書く代わりに、自分のブログで、バッハは僕が思っているよりずっとフランス舞曲に精通していたことなどを書いて反論した。

僕は、それに関しては、竹下さんの方が正しいと思った。
 僕がもしバッハではなくラモーの曲を演奏するとしたら、もっと深く研究しないといけないだろうと思う。そこまで精通しないとやってはいけないと思うので、きっとラモーの舞曲は演奏しないと思う。ただ、バッハの場合は微妙なのだ。竹下さんも言っていただろう。
このダンス(Forlane)にも、アルト(ヴィオラ)で16分音符で埋め立てようという感覚は、フランス的洗練(文字どおり、洗い尽くして、本質だけを残す)には耐えられない構築強迫がある。バッハには「間」が耐えられない。
 このように間を大切にするフランス的感性からすると、バッハには作曲家特有の空白恐怖症があり、音で空間を埋め尽くしてしまうわけだ。だから、いわゆるフランス・バロックの原理主義だけで押し通せないものが、バッハの舞曲にはあり、それが、竹下さんの反対側のドイツ側から見た僕の感性では、このように受け止めるのも可能ではないか?みたいになるわけである。

 でも、こんなやり取りが出来る相手って素晴らしいと思わないかい?僕たちは喧嘩しているのではないよ。議論しているんだ。もしも竹下さんが本当に怒っちゃったら嫌だけれど、多分そんなことはないと信じている。それに、僕の演奏会だって、あるいは僕の自分なりに音楽に向かう態度にだって、絶対性というものはないから、反対側から批判してくれる存在というのは大事だ。
 出来れば、今後の僕の全ての演奏会に竹下さんに来てもらって、思ったことを包み隠さず全部言って欲しいくらいだ。あらためてラブコールを送ります。竹下さん、どうかずっと僕の友達でいてください!お願いします!

PS. 最後にあまのじゃくてき意見。竹下さんが帰りの飛行機の中で聴いたというカラヤンのメヌエット、たぶん僕は結構好きだと思うよ。(またこういうこと言う)

再び、誰が読むんだこのフラ語記事?
 またまた、頼まれもしないのに、勝手に趣味の世界に入っている。先週号でも書いたシャンソンの「パリの空の下」のフランス語の歌詞を、イタリア語に翻訳し、レッスンでイタリア人の先生に見てもらった。思ったより細かな相違が多い。やはり、ラテン語オリジンの国民同士といえど、一枚岩ではないのだね。ちなみに僕の対訳も下に載せた。
Sous le ciel de paris Sotto il cielo di Parigi
Jean Bretonnière  
パリの空の下
 
1  
Sous le ciel de Paris Sotto il cielo di Parigi
S'envole une chanson Si alza in volo una canzone
Hum Hum Hum Hum 
Elle est née d'aujourd'hui E nata oggi 
Dans le cœur d'un garçon Nel cuore di un ragazzo 
パリの空の下 
ひとつのうたが飛び立つ 
そのうたは 今日 
ある若者の心の中に生まれた 
2  
Sous le ciel de Paris Sotto il cielo di Parigi
Marchent des amoureux Camminano gli innamorati
Hum Hum Hum Hum 
Leur bonheur se construit La loro felicità si costruisce
Sur un air fait pour eux Su una melodia fattta per loro
パリの空の下 
恋人たちがそぞろ歩く
そのしあわせは
彼らのために作られたメロディーの上に築かれていく
3  
Sous le pont de Bercy Sotto il ponte di Bercy
Un philosophe assis Un filosofo si siede
Deux musiciens quelques badauds Due musicisti, qualche spettatore
Puis les gens par milliers Poi la gente a migliaia
ベルシー橋の下では
ひとりの哲学者が座っている
ふたりの楽師に何人かの野次馬
それがいつの間にか沢山の人で溢れちゃうのさ
4  
Sous le ciel de Paris Sotto il cielo di Parigi
Jusqu'au soir vont chanter canteranno fino a sera
Hum Hum Hum Hum 
L'hymne d'un peuple épris L'inno di un popolo incantato
De sa vieille cité Dalla sua vecchia città
パリの空の下 
彼らは晩まで歌っていくのだろう
古い都に魅せられた
民衆の賛歌を
5  
Près de Notre Dame Vicino a Notre Dame
Parfois couve un drame Spesso cova un dramma
Oui mais à Paname Si ma a Paname(Panama)
Tout peut s'arranger Tutto si puo aggiustare
ノートルダム寺院の近くは
しょっちゅうなんらかの騒動を抱えている
でも それがいつの間にかうまく収まってしまうのが
パリというもの
6  
Quelques rayons Qualche raggio
Du ciel d'été Del cielo d'estate
L'accordéon La fisarmonica
D'un marinier Di un marinaio
L'espoir fleurit La speranza fiorisce
Au ciel de Paris Nel cielo di Parigi
夏の空の輝く光
船乗りの弾くアコーデオン
パリの空に
希望が花開く
7  
Sous le ciel de Paris Sotto il cielo di Parigi
Coule un fleuve joyeux Scorre un fiume gioioso
Hum Hum Hum Hum 
Il endort dans la nuit Nella notte si prende cura
Les clochards et les gueux Dei barboni e dei mendicanti
パリの空の下
喜ばしい河が流れる
夜になるとセーヌはそのふところに
浮浪者や乞食たちを眠らせる
8  
Sous le ciel de Paris Sotto il cielo di Parigi
Les oiseaux du Bon Dieu Gli uccelli del Buon Dio
Hum Hum Hum Hum 
Viennent du monde entier Vengono da tutto il mondo
Pour bavarder entre eux Per chiacchierare tra loro
パリの空の下
神様に祝福された鳥たちが
世界中からやって来て
おしゃべりに花を咲かす
9  
Et le ciel de Paris E il cielo di Parigi
A son secret pour lui ha un segreto
Depuis vingt siècles il est épris Da venti secoli è innamorato
De notre Ile Saint Louis Della nostra isola di San-Louis
でもね パリの空には
秘密があるんだ
もう二千年も前から
パリはサンルイ島に恋い焦がれているんだよ
10  
Quand elle lui sourit Quando lei gli sorride
Il met son habit bleu Lui indossa il abito blu
Hum Hum Hum Hum 
Quand il pleut sur Paris Quando piove su Parigi
C'est qu'il est malheureux E perche lui è triste
サンルイ島がパリに微笑めば
パリは青空を装う
でも 雨が降るってことは
パリの空が悲しんでいるということさ
11  
Quand il est trop jaloux Quando è troppo geloso
De ses millions d'amants Dei suoi milioni di innamorati
Hum Hum Hum Hum 
Il fait gronder sur nous Lui si scatena di noi
Son tonnerr'éclatant Con suo tuono ruggente
時には パリにいるおびただしい恋人たちに
あまりに嫉妬してしまう
そんな時は 我々の上に
ものすごい雷鳴を轟かせるんだ
12  
Mais le ciel de Paris Ma il cielo di Parigi
N'est pas longtemps cruel Non è crudele a lungo
Hum Hum Hum Hum 
Pour se faire pardonner Per chiedere il perdono
Il offre un arc en ciel Lui offre un'arcobaleno
でもね パリの空は
いつまでも意地悪ってわけじゃない
その後 お詫びのしるしとして
お空に虹を架けてくれるもの

第1節目
イタリア語の先生は、Elle est née d'aujourd'huiのdeはイタリア語では要らないので、è nata di oggiではなくè nata oggiで充分だという。そう言われてみると、そもそもフランス語でも要らないように思うね。deが入ると「今日生まれた」ではなく「今日という日から生まれた」みたいになるからね。先生にあっさり要らないと言われると「そっか」とも思ったけれど、後から、あえて入れている可能性も考えて、ちょっと心が揺れている。

第2節目
Marchent des amoureuxがmarciano gli amantiではなくCamminano gli innamoratiの方がふさわしいことは先週書いた。僕が訳したような「そぞろ歩く」というニュアンスはイタリア語のmarciareではないからね。もっぱら“元気よく行進する”という意味になってしまうから。まあ、そういう元気な恋人同士も中にはいるかも知れないけれど・・・。イタリア語のamantiも、フランス語のamoureuxには対応出来ない。恋人たちではなく、愛人たちという意味深な単語になってしまうから。
フランス語のairをイタリア語のariaに移し替えたら、先生にmelodiaの方がはっきりしていいと言われた。でもなあ・・・airないしはariaには“空気、大気、雰囲気”の意味もあって曖昧なのは分かるけれど、その曖昧な部分をも残した方が良かったかな、という迷いがあるなあ。
ただこの曲は、第1節目で若者の中に生まれた“ひとつのうた”が全体を支配していて、第3節目のふたりのミュージシャンのうたにみんなが集まり、その調べ(賛歌)が第4節目で晩まで続いていくというし、アコーデオンが希望を花開かしたりするというので、まあ、「メロディー」と言い切ってしまっても差し支えないのかも知れない。第11節目の雷鳴の轟きさえ、音楽の一種と捉えることも出来るからね。

第3節目
 Deux musiciens quelques badaudsに対応するDue musicisti,とqualche spettatoreの間には、コンマを入れた方がいいよ、と先生に言われた。で、入れてみたんだけれど、原詩では入っていない。もちろん入れた方が意味は分かりやすい。
「ふたりのミュージシャンと、それをきいて集まってきた野次馬たち、それから次第にどんどん人がなんだなんだと集まってきて、たちまち大勢の人だかりとなるのがパリなんだよな」という雰囲気の文章。

第4節目
 Jusqu'au soir vont chanterのように「行く」という意味のallerと動詞の不定形を使って近い未来を表すやり方は、イタリア語でもないわけではないけれど、一般的には使わないので、普通の未来形を使ってcanteranno fino a seraとしてみた。
 aとleという定冠詞の組み合わせのauに対して、イタリア語では、最初aとlaの組み合わせであるallaを使っていたが、先生に、「使ってもいいけど、イタリア語では定冠詞を使わないことが多いのよ」と言われたので、あえてfino a seraとした。ちなみにsoirは男性名詞でseraは女性名詞。何故だ?

第5節目
Parfois couve un drame及びSpesso cova un drammaのcouverあるいはcovareは、共に「親鳥が卵を抱く」とか「卵をかえして雛を抱く」とかいう意味で、それが転じて「事件などの計画を密かにたくらむ」の意味となる。フランス語のparfoisは「時々」で、イタリア語ではqualche voltaくらいがちょうどいいのだろうが、あえてもうちょっと頻度の高いspessoを用いてみた。「たまに」よりは「頻繁に」とか「しょっちゅう」のニュアンスが高い方がパリらしいじゃない。
Tout peut s'arrangerのs'arrangerに相当するのはイタリア語のarrangiare+siのarrangiarsiだが、先生は事件を調停したり丸く収めて解決するにはaggiustareという単語の方が相応しいと言う。

第6節目はほとんどそのまんま。アコーデオンという単語がイタリア語ではfisarmonicaと全然違う点をのぞけば・・・。

第7節目
Il endort dans la nuitは「(セーヌ河)は、夜になるとそこに浮浪者たちを眠らせる」という意味だが、先生はそれだったらcura「面倒を見る」という単語を使ってNella notte si prende curaとしたら分かり易いと言う。僕は、日本語では「面倒を見る」ニュアンスも大事かなと思って「そのふところに」という原語にない言葉を入れてみた。

第8節目
Les oiseaux du Bon Dieuの意味がよく分からなかったので先生に聞いた。Bon Dieuは「良い、善良な、優しい神」の意味。
「良い神様が作った被造物としての鳥たちという意味よ」
「僕たち人間だってみんなBuon Dioが作ったんじゃないか」
「でも人間の方が罪深いからね。鳥たちの善良さを強調しているというわけ」
「なるほど」
その善良な鳥たちが、屈託なくおしゃべりするために世界中から集まってくるということだね・・・そこまで考えてハッと思った。
以前、パリのバタクラン劇場の界隈で同時多発テロがあったろう。あの後、パリの市民たちは、
「自分たちは、フランス革命などを通して、自由を勝ち得てきたのだ。だから、普通に市民生活を送れる自由の街であることをなんとしても守らなければならない」
と言って、とても恐かっただろうに、普通に店を再開し、普通に市民生活を送るという一種の抗議行動を行った。
 僕も昨年パリに行った時、どんなにものものしくしているだろうと思いながら街に入ったが、普段通りののどかな街並みに拍子抜けしたほどだ。
でも、もしそれが彼等のポリシーを命がけで守っている故だとしたら、この第8節目の歌詞の意味はとても重いと思わないかい?

善良な鳥たちが屈託なくおしゃべりを出来る街。
そうした世界を作るためにかつては革命の血が流れた歴史を持つパリ。
自由、平等、友愛を努力して勝ち得た街。

第9節目
A son secret pour luiのpour luiは、イタリア語にするとper luiだけれど、先生は首をひねりながら、「これ要らないからha un segretoだけにしよう」と言った。フランス語のpour luiは、恐らく「彼にまつわる秘密」みたいの意味になるのだろう。
Depuis vingt siècles il est épris
このéprendre「夢中になる、惚れる」にrapire「うっとりさせる、恍惚とさせる、心を奪う」を当てはめようとしたら、「やっぱりこういう時はみんなinnamorareを使えばいいのよ」と言われた。なので、Da venti secoli è innamoratoにした。

第11節目と12節目
 サンルイ島に恋しているパリの空が、その気まぐれなお陰で有頂天になったり悲しくなったりしたあげく、イチャイチャしている空の下の恋人同士に嫉妬して、もの凄い雷鳴をとどろかす。でも、その後でお詫びのしるしに、お空にあんなにも美しい虹を架けるなんて、とっても詩的。
 原語では虹をoffrirする「提供する、ふるまう、ご馳走する」という単語を使う。こっちの方が明らかに素敵なんだが、日本語になっちゃうと「お詫びのしるしに虹をふるまう」というのもねえ・・・。やっぱり、本当は原語でそのまんま味わうのがベスト。

詩の翻訳って何なのだろう?
 ふと考えた。僕は、こうしてフランス語をイタリア語に直したりしているけれど、どうして一番得意なドイツ語に直そうと思わないんだろうか?と。やっぱりね、ドイツ語ってダサいんだよ。だから、もともとドイツ語のヘッセやゲーテなどの詩はいいけど、小粋なフランス語の詩を、わざわざ野暮ったいドイツ語に直す必然性を感じないよな。
 それに、ドイツ語は、自分としたら結構日本語感覚でしゃべれる得意な言語なので、今更勉強することにあまり新鮮味を感じないというのもある。まあ、ドイツ語を専門にしていたり、もっと深く研究したい欲求が出てくればやるのだろうが、今のところワーグナーの楽劇のテキストが分かるくらいで満足しているからね。

 それよりも、自分で詩を勝手に訳しておいて言うのもなんだが、詩を訳すのって、そもそも意味があるのだろうか?フランス語をイタリア語に訳すのは、ほとんど同じオリジンの単語を並べればいいと言ったが、それをしたところで、脚韻などの“詩としての味わい”は当然ながら失われてしまうんだ。
 たとえば、Sous le ciel de ParisのパリーのイにElle est née d'aujourd'huii オージュールドウィーのイが対応していたり、S'envole une chansonのシャンソンのソンにDans le cœur d'un garçonのギャルソンのソンが対応している。こうした“響きの面白さ”は、もうイタリア語訳にはない。この節の全ての文章が6シラブルであることから生まれている独特のリズム感もない。
 詩は小説とは違って、意味内容よりも韻律のリズム感や語感が醸し出す雰囲気そのものの方が重要だったりするから、これでは訳したところでナンセンスではないか。では訳詩というものはまったく無意味なのか?うーん、難しい問題だが、一方で、良い詩は翻訳してでも読みたい、という気持ちにも嘘はない。

 この詩の中にずっと通奏低音のように流れている、古都パリの悠然としたたたずまいと、そこから日々新しく生まれ出る若きエネルギーに対する愛。それが“うた”や音楽と結びつき、立ち登ってくる文化の香り。
 かつて自らの手で勝ち取った自由を謳歌する街、その自由は、浮浪者や乞食、あるいは売れない画家や古本屋である自由をも含むし、この街はどんな人でも受け容れるふところの広さを持っている。こんなパリを愛する歌が、僕のように同じようにパリを愛する者達の心を捉えて放さない。だから、この曲は、言語の壁を越えて世界中に愛されているのだ。

ああ、パリに行きたくなってきた。いいなあ、竹下さんはパリに帰れて・・・・。

   

 


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