あわただしい一週間

三澤洋史

最後のコンサート
 6月15日金曜日午後。寿(ことぶき)小学校。カルメン第4幕、“闘牛場前広場の行進曲と合唱”が始まると、小学生達は熱狂に包まれた。新国立劇場合唱団の女性二人のメンバーは、歌いながらいろいろ物色した末、いちばん人気のありそうな先生を選んで、闘牛士エスカミーリォとして、舞台のセンターに連れてくる。小学校の生徒達は、いつもの先生が新国立合唱団のメンバーの真ん中で賞賛を浴びていることに興奮する。
 立ち上がって飛び跳ねている子ども達を座らせようとする先生達。でも彼らはいうことを聞かない。だって、こんな楽しいことは、普段の小学校の日常では起こりっこないのだ。曲が終わると僕は、
「皆さんと一緒に楽しんできたこの音楽会も、予定していたプログラムを全て終了しました。でも、皆さんがとっても良い態度で聴いてくれたので、もう一曲だけ皆さんにアンコールとしてプレゼントしようと思います。どうですか?」
と尋ねると、児童達みんなはワーッと叫んだ後で、
「アンコール!アンコール!」
と声を限りに叫び続ける。僕はそれをさえぎって、
「曲は『夢をかなえてドラえもん』です!」
と言う。するとまたワーッ!と興奮状態。

 6月4日月曜日から二週間に渡って、1日3校、合計30校に及ぶ松本市小学校鑑賞音楽会の全行程が終了した。第一週目の指揮は冨平恭平君が担当し、僕は第二週目の6月11日月曜日から15日金曜日までの15校を指揮した。寿小学校は最後の学校だった。演奏が終わって着替えてからバスに乗ろうとすると、校庭に沢山の生徒達が集まってきて、ハイタッチや握手を求めてきた。僕たちがバスに乗っても、大声で、
「バイバーイ!」
と叫び続けている。


可愛い生徒達

 スクール・コンサートをやると、いつも音楽というものの持つ圧倒的な力を感じる。こんなにも、みんなの魂を揺すぶり、こんなにも強い刻印を心に刻むのか、と思う。しかも、ただの快楽のように、その時だけの一過性のものではないのだ。恐らく彼らの魂の奥底にまで到達し、いのちを輝かせているに違いない。
 僕は、音楽家になって本当によかったと思うし、それどころか、彼らのキラキラした瞳の輝きを見ていると、
「ああ、生きていてよかった!人生って素晴らしい!」
と心から思う。


松本スクールのメンバー

菩薩行
 15日の第一校目は、寿台養護学校であった。養護学校に行くのは、ことのほか楽しみだ。勿論、普通の学校のように屈託なく楽しいというのではない。知能にしょうがいがある子どもたちはまだ軽い方。肉体そのものあるいは発育に重度のしょうがいを持つ子どもたちには、起き上がることも出来ず、中には首を動かすことさえ出来ない子供達もいる。鼻に管が差し込まれている子どももいる。これからもこの子たちはずっとこうして生きていかなければならないのか、と思うと、何ともいえない気持ちになる。
 でも、とにかくこの子ども達だって生きている。神さまから生を与えられ、この世界にやってきて、まぎれもなく生きているのだ。そこには人知では計り知れない神さまの想いがあり、計画があるに違いない。
 それより、現実的に音楽を聴いて彼らの瞳は輝いているし、動けないながらも、その喜びを体全体で表現しようとしている。中には、過呼吸に陥ってしまったり、奇声を発してしまう子どももいるけれど、彼らはまるで砂漠が水を飲み込むように、激しく激しく音楽を求めている。

 キリスト教ではないある宗教者の本にこう書いてあった。
「こうした人達は、まわりの人達にいわゆる『菩薩行』をさせるために、この世に存在しているのです。面倒見ないで放置してしまったら生きていけない人達。彼らの世話をすることは、どんな無償な奉仕活動をするよりも尊いのです。何故なら、天から与えられた『いのち』そのものを助けているのですから、巡り巡って自分の『いのち』も輝くわけです」
 指揮をしていて、なんとなく気配を感じて横を向くと、僕のすぐそばに口をあんぐりあけてびっくりしたような瞳で僕をまっすぐ見上げている子どもが立っている。僕はその瞬間いとしくてたまらず、抱きしめたいと思ったが、指揮を止めるわけにいかないので、左手で彼の頭を撫でながら指揮した。先生があわてて飛んできたが、なんとも可愛かった。

郷土料理
 話はややさかのぼって、12日火曜日の晩は、新国立劇場プロデューサーのT氏と、ピアニストの水野彰子さんと共に夕食。馬刺しに始まって、地元の食を堪能した。T氏が、
「せっかく来たんだから、普段食べられないものを食べようよ」
と言いながら注文したものはゲテモノ4種盛り。


ゲテモノ4種

 写真は左下から時計回りに「蜂の子」「ざざ虫」「おかいこのサナギ」「イナゴ」。みんな佃煮のように甘辛く煮込んであるのでよく分からないが、「おかいこのサナギ」は、とっても桑の葉臭かった。一番おいしいのは「蜂の子」。「イナゴ」は、子どもの頃、百姓の出であるお袋がよく土手で取ってきて料理して、群馬宅には常備してあるような状態だったから、全く抵抗感がない。
 しかし、なんだね。こういうのを食べていると不思議と日本酒が飲みたくなるものだね。気が付いてみると3人とも日本酒を頼んでいた。日本酒と一緒に食べると案外臭みが気にならなくなるんだ。

角皆君達との再会
 13日水曜日の最終校である鎌田小学校には、白馬から親友の角皆優人君夫妻とそのご両親、それに松本在住の画家の山下君夫妻が来て、コンサートを観てくれた。彼らは、生徒達がノリノリなのにびっくりしていて、角皆君は終了後会うなり、
「三澤君、まるでロック・コンサートだね。帰りながらみんなに握手を求められて、スーパー・スターだね!」
と言った。
 その後一緒にお茶を飲んだが、角皆君はご両親を上田にまで送っていかなければならないので、あまりゆっくりしているわけにはいかなかった。角皆君は、松本~上田~白馬と戻って行かなければならないのだ。それで、僕たちは久し振りの再会なのに、ちょっとしゃべり足りなかったのだ。
 なんとなく名残惜しいなあと思っていたら、角皆君の方からこう切り出した。
「明日は、午後には用事が入っているのだけれど、6時過ぎなら松本に来られるから、一緒に夕食を食べない?」
「ええ?僕はどっちみち何の予定もないけれど、また白馬から出てくるの?大変じゃないか?」
「大丈夫だよ。山下君はどう?」
山下君も二つ返事でOKしたが、残念ながら山下君の奥様の方は、どうしても外せない用があるという。
「ついでに小林史(フミ)さんも誘ってみようかな」
「いいね、いいね。是非!」

 ということで、翌14日木曜日の6時過ぎ、僕たちはまた松本で落ち合った。角皆君が今ケトン食をやっているので、僕たちが行った先は大戸屋。そこでね、なんと4時間近くもねばったのだよ。よく追い出されなかったね。
 大戸屋といえば定食屋で、僕もたまには行くけど、飲むところではないと思っているから、通常は15分くらいで出てくるじゃない。それが4時間だよ。まあ、そんなわけでその晩は心ゆくまでしゃべりました。写真は左下から時計回りに、山下康一君、僕、角皆夫人の美穂さん、角皆君、そして小林史さんだ。


仲間達松本集合

 小林史さんは、独特の曼荼羅を描いている画家だ。ご主人はアルペンスキーのスキーヤー。角皆君曰く、かなりの達人だそうだ。彼女は、今度角皆君の家に絵を納品するという。角皆君には、本物を見せるまで内緒だというけれど、僕と山下君だけ特別にスマホから画像を見せてもらった。その時の衝撃をなんとたとえようか。
 僕はそれまでフミさんがどうして曼荼羅にこだわっていたのかよく分からなかったのだ。しかも、彼女の描く曼荼羅が、真言宗などの仏教的曼荼羅と、宗教的あるいは内面的にどうつながり、その中で彼女独自の作風とどう関連性があるのか、理解できなかった。でも、僕は瞬時にして理解した。曼荼羅とは宇宙なのだということを・・・・。


角皆家に納品された作品(切り絵)

 彼女が角皆君に納品する曼荼羅は、まるでお花畑のような色彩感に溢れ、とても仏教の曼荼羅とは共通性がないもののように思えるが、そうではないのだ。お花の円形がそうであるように、曼荼羅の円は、宇宙自体の完成された世界なのだ。円そのものが宇宙を表現しており、この世に存在するものすべてが目指すべき形なのである。それは内側に閉じられているように見えながら、外側に限りなく放出しており、全てを受け容れながら、全てに関与していく“愛”というものの目に見える形だ。


夜の松本城

びわ湖ホール、それから名古屋
 6月15日金曜日。最初に触れた最終校である寿小学校の公演が終わると、みんなはあずさ号に乗って東京に帰っていったのに、僕だけワイドビュー「しなの」に乗って名古屋に向かい、さらに新幹線に乗り継いで京都で降り、在来線で大津に戻って、大津駅に隣接するホテルに入った。
 翌6月16日土曜日は、びわ湖ホールで「トスカ」の稽古。今度の新国立劇場の「トスカ」は、びわ湖ホールとの共催で、新国立劇場合唱団とびわ湖ホール声楽アンサンブルとのコラボなのだ。東京での公演が終わった後、みんなでびわ湖ホールにやって来るのだ。 午前中は声楽アンサンブルの16人に稽古を付け、午後は少年合唱団の聖歌隊の場面の練習。僕は、びわ湖ホールの初代の専任指揮者で、かつて、声楽アンサンブルの人選のオーディションから始まり、レパートリー作りや、数々の練習を経て、声楽アンサンブルの定期演奏会などを指揮していた。今は、メンバーがかなり替わってしまっているが、リハーサル室の風景など同じで、やはりなつかしかった。

 練習が終わると、名古屋に向かう。その晩は、名古屋のスタジオで、三輪陽子さんのエルダのコレペティ稽古をし、その後何人かで食事。浄心駅近くの風来坊で手羽先に食らいついた。

 6月17日日曜日は、10時から大府市役所内のホールで「ジークフリート」のオーケストラ稽古。今日は、コンサート・マスターの高橋広君が欠席。一見頼りないような気がしたが、いつも高橋君に頼り切りなオケの団員達には、かえって有意義な練習になった。ファースト・ヴァイオリンのメンバー達は、ひとりひとりが責任感を持ってきちんと弾いている。お、案外頼もしいじゃないの。
 ミーメの升島唯博さんと共に、第1幕後半を丁寧に練習した後、強引に第1幕全体を通した。その後、第2幕を丁寧に練習。着々と仕上がってくるが、難しいパッセージは何度も何度も練習しないとだめだね。でもね、練習に近道はないんだよ。反復練習こそが王道なのだ。体に覚え込ませること。つまり、頭ではなく肉体意識にまで落とし込まないとだめなんだ。アスリートと一緒だ。

 さて、先週の志木第九の会の演奏会からちょうど一週間。やっと東京に帰れる、と思ったら気持ちが踊った。やっぱり家が一番!ドアを開けると杏樹が飛び出してきた。ドレスを着て踊っている。部屋に入るとWOWOWで安室奈美恵の引退公演をやっている。家にあるBOSEのスピーカーにつないでホームシアター状態。次女の杏奈も来ている。志保は、中学生の頃、大のアムロ・ファンだっただけに、なんかウルウル泣いてるぜ。
「アムロ~!やっぱりカッコいい!辞めないでぇ~~!」

 さて、今日は18日月曜日。あわただしい一週間が終わって、ちょっと気が抜けた分、全身に疲れを感じる。まあいいや。今日一日くらい、ゆるんでいよう。また、いろいろが始まってくるからね。




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