三澤洋史、宗教を斬る

三澤洋史

死刑に思う
 麻原影晃こと松本智津夫の死刑執行が7月6日に行われたと聞いた。2006年に死刑確定したというから、随分時間がかかるものだ。報道などでは、何故この時なのか?などと語られているが、僕としてはむしろ、死刑確定から執行まで何故12年もかかるのか、という方に興味がある。
 死刑とは、命を絶たれるという刑だけではなく、処刑までの日々、毎朝毎朝今日なのかな?と思いながら過ごさせるところにも、この刑罰の意味があるのだろうか?それとも、死の恐怖を味合わせつつ、深い悔恨に導くという宗教的な意味があるのだろうか?あるいは、もしや冤罪などが発覚した場合、もう処刑してしまいましたと手遅れにならないように、わざわざ期間を置くのだろうか?その間に、病死してしまったとしたら、死刑にした意味がないのではないか?

オウム真理教と自分
 僕はかなりの宗教オタクである。日々、カバンの中になんらかの宗教書が入っている確率がとても高い。だから当然のように、オウム真理教が布教活動を積極的に開始した頃、僕も興味を持っていくつかの書物を手に取ってみた。しかしそれは、残念ながら僕の心を捕らえることはなかった。

 ある時は「朝まで生テレビ」という番組で、「オウム真理教VS幸福の科学」という対談をやっていた。結構夢中で見た。幸福の科学の信者が、
「公園や道でゴミをひろうとかいう、小さな善行が宗教の第一歩です」
と言ったことを麻原彰晃自身があざ笑って、
「宗教は、そんな道徳的なものではない。宗教は狂気を含んでいないといけないんだ!」
と言ったら、他の知識人達がみんなで、
「そうだそうだ。オウム真理教の方がずっと宗教らしいぞ!」
などとオウムの方を盛り上げていた。僕はひとりで、
「みんな馬鹿だなあ」
と思っていた。

 オウム真理教には、元来、教義らしい教義といったものはなかった。その代わりに、教祖麻原彰晃の強烈なカリスマ性があった。あれだけインテリな人達がハマッていった背景には、優秀だけれどなんとなく閉塞感に沈んでいた彼らにとって、あの自信に満ちた態度と、彼が起こす様々な現象とが衝撃的であったに違いない。
 現代では、価値観が多様過ぎて、「こうなんだ」と断定してくれる人や、「お前、それじゃ駄目なんだ」と怒ってくれるような人がいないが、彼に幻惑された者達は、その強引とも言える言動にグイグイと引っ張られてついて行っちゃったのだろう。
 ただ僕にとっては、どんなに空中浮遊が出来ようが、教義に納得し、その人の言うことに従って生きた行く手にパラダイスが見えなければ、まったく魅力は感じない。インチキ宗教とも思わなかったし、なんらかの霊的な力を教祖は宿しているのだろうとは思ったけれど、要するに、この宗教が僕の魂をより高いところに導いてくれるという風には映らなかった。だから僕は基本的には無関心でいた。

オウム真理教とイスラム過激派のテロ
 しかしながら、この教団の中に隠された牙に対しては、もう少し網を張っておくべきだったのではないかと、今になっては思う。
「朝まで生テレビ」の後、あまり経たない内に松本サリン事件などが起きていたが、どう考えてもオウム真理教が怪しかったのに、なかなか捜査が進まないなあと思っていたら、地下鉄サリン事件がとうとう起きてしまった。

 振り返ってみると、地下鉄サリン事件というテロリズムは、現代において、ISなどが起こしているテロリズムの動機ととても似ていると思う。両方とも根底には“恨み”がある。
 オウム真理教は選挙に立候補し、全員落選した。あのあたりから麻原彰晃は、
「オウム真理教が宗教であってはマズいわけだ」
などと、半ばやけっぱちのように、世の中にに対する不満や恨みをあからさまに口にするようになった。そして行動が地下に隠れていくようになっていった。
 一方、ISがテロを起こすのは、アメリカを中心とした西欧社会が、上から目線で自分達の大切にしているものを平気で踏みにじっていることに端を発している。それが、彼らには、キリスト教及び資本主義という悪の成せる業と感じられるのである。

 しかしながら、だから殺してもさしつかえない、あるいは殺した方が良い、という行動原理に容易に辿り着くのが問題であり、しかも、それが宗教団体だというのが、なかなか理解しがたいところだろう。でも、それは逆に宗教だからこそ、真っ直ぐにその見解に辿り着いてしまうのだ。
 元来、宗教とは生死を超えた世界観を持っている。つまり、この世においてより良く生きることを目標として生きてはいない。むしろ、この世の富や名声や快楽を犠牲にしてでも、人生が終わった後の来世に希望を託す、という価値の転動が行われている。
 それが個人の問題に留まっている内はいい。でも一度他人に目を向け、自分の価値観で他人を裁こうと思った時には、今度は容赦ないのだ。これが宗教の怖さ。
「この人達がこれ以上生き続けて罪を重ねるのなら、いっそのこと殺してあげた方が彼らのためだ」
という論法も成り立ってしまう。

 強調して言いたいが、宗教は本来徹底的に個人的なものである。善も罪も、全てそれを行う本人の自由意志に委ねられ、それによってその結果は、全て本人が責任を負わなければならないのである。境遇がどんなに貧しく悲惨であったとしても、殺人を犯したとすれば、その責任は親でも負えない。本人が負うしかないものなのである。
 同様に、他人の人生における罪に関しては、どんなに近い存在であっても、被造物である我々は決して関知してはならないし、できないのである。それは神の領域である。
「あの人は、これ以上生きていても仕方がない」
などと人が勝手に考えても、神様から見たら、まだ魂の「伸びしろ」があるかも知れないのである。それは、本人でも分からないし、まして他人が分かるわけないのだ。
 それなのに、そんな大きなお世話を、テロリスト達は、大義名分の名に行おうとしているわけである。

 僕は、イスラム教の本も読んだが、イスラム教系のテロリスト達は、どこかで本来の教義が曲げられている可能性がある。マホメッド自身が迫害を受けたのは事実である。そんな境遇の中で、
「迫害に負けずに戦おう!」
とは確かに言っていた。しかし、罪のない人達に積極的かつ無差別的にテロを仕掛けていけ、とは決して言っていない。
 聖戦(ジハード)は、完全に誤解されて伝わっている。何者かが、どちらともとれる部分を自分が変えたいように意図的に曲げたからである。そしてそれは、救済のおせっかいでもなければ親切でもない。
 イスラム教の素晴らしさをみんなに分かってもらおうとして、その結果、世界中をイスラム教に変えて、今敵対している人達と究極的には仲良くして、手をつないで生きていきたいなどとは、これっぽっちも思っていない。
 敵は敵のまま葬り去りたいだけである。つまり、ここにあるのは“敵意”のみである。そして宗教的に言えば、敵意からは何も生まれない。
こんな簡単なことがどうしてみんな分からないか?

 オウム真理教もそうであった。少なくとも、麻原彰晃の胸の中にあったのは、救済への情熱でも、迷える衆生に対する慈愛でもなく、ただ敵意のみであった。だから僕は思った。
「これは、宗教的行為でもなんでもなく、ただ憎悪によるテロ行為である。こんなことでみんなが『宗教は危険だ!』とか、『宗教なんて百害あって一利なしだ!』なんて言い出して、宗教を社会から締め出そう、みたいな風潮になったら、その時こそ末法の世だ」
 幸いそこまでにはならなかったが、宗教団体が全体的に衰退してきたようには感じる。その代わり、僕には、個人的には自分の周りにスピリチュアルな人が増えてきたような気がする。

さて、この機会に、これまで僕を捕らえてきた様々な宗教について語ってみたいと思う。

高橋信次
 僕は20歳の時に群馬県の現高崎市である新町カトリック教会において洗礼を受けてから、自分がキリスト教徒であることをやめたことは一度もない。それは常にその後の自分の人生の骨格を成している。
 でも、同時にいつも僕の中に、この中でぬくぬくと甘えていないで、もっと自分は信仰の確信を持たねばならないのではないか、とか、もっと信仰の奥義に触れるべきなのではないか、とか、もっと自分は深く悟らなければならないのではないかという、やむにやまれぬ欲求があって、手当たり次第に各宗教に近づいたり離れたりを繰り返していた。

 80年代には高橋信次、次いで大川隆法に惹かれた。特に高橋信次の思想に触れた時は衝撃的であった。その主張は、キリストや仏陀が天上界でつながっているということであり、その天上界には各自の悟りの高さなどによって階層があるという画期的なものであった。
 これは、クリスチャンでありながら仏陀の思想にも惹かれていた自分にとっては、とても嬉しい教えであり、同時に音楽家の僕にとっては受け入れやすいものでもあった。人は、同じ音楽を聴いても、それぞれがレベルに応じて全く違うものとして受け取る。同じように、世界のあり方も、その人の精神的レベルに応じて全く違うものとして映っているであろうし、その中でそれぞれが全く違うモチベーションを持って行動していくのである。

 キリスト教では、救われる救われないというレベルに信者の意識が留まっていることが多いが、マザー・テレサのように長年に渡って大きな働きをした人と、キリストを信じて救われたといいながら、何度も何度も堕落した人生を生きてしまった人が、あの世に行って同じところにはいるはずがないだろうと思っていた。その長年の疑問が高橋氏の書物を読みながら解けていくのを僕は感じていた。
 僕は彼の書物を全て読みあさったが、残念なことに僕が実際に彼に会いたいと思った時には、すでに彼は他界していた。しかし、その教えが大川隆法に受け継がれていると知って、僕は大川隆法の書物を読み始める。

大川隆法と幸福の科学
 大川隆法の本は、高橋信次よりも理路整然としており、とても分かり易かった。ただ、天上界の有様は、三次元に住む我々に百パーセント説明出来ないのだろうなとも思った。それを無理矢理やろうとすると、どうしても劇画調の荒唐無稽な表現になってしまうのだ。
 たとえば、空間の説明にしても、あの世では、ある人のことを思った途端に、その人の側に行く、と言う風に物理的な距離感とは違う法則で動いているのだと書いてあった。これは、イメージできない人にとっては、なんのこっちゃという感じであろう。
 また、キリストや仏陀のような霊格の高い存在は、我々が通常認識しているような「人間としての意識」をもはやほとんど持っていないのだとも書いてあった。それはそうだろうなと思った。だって、全世界からおびただしい人達が、
「イエス様、このことをお願いします!」
みたいに祈りの攻撃をしてくるじゃないか。それに対して、通常の人間のように対応していたららちがあかないであろう。
 僕はある時、幸福の科学から頼まれて、東京ドームでのイベントのために大合唱団を指揮したりもした。その頃は結構大川氏の思想に傾倒していた。しかしながら、彼が前の奥さんと離婚したあたりから、僕はちょっと距離を置き始めた。
 キリストは「人の子には寝るところもない」という独り身の人生を送ったし、仏陀も、ヤショダラ姫という奥さんやラーフラという息子がいながら、出家のために独り身となった。それに対して、「幸福の科学」という名前のように、どうか大川氏にはしあわせな結婚生活の見本を見せて欲しかったのだ。それなのに、離婚した奥さんの悪口を言い、代わりに若い奥さんをもらっていることにちょっと失望してしまったんだな。
 また、あまりにも軽はずみに霊言の本を出し過ぎじゃない、とも思う。読んでためになる人の霊言ならいいが、なにもこんな人の守護霊の言葉をあえて本にしなくてもいいじゃないかと思う。とはいいながら、よく本屋で立ち読みしているし、いくつかは買っている。
 ただ、こうは言いたい。幸福の科学の教えは、決して害があるものではないし、その教えに従って生きることには全く反対しない。信者達はみんな明るく前向きで僕は好きだ。

谷口雅春
 大川隆法氏の本を縁として、他の新興宗教の教祖の思想にも触れることが出来た。その一番の収穫は、大川氏の考えとはちょっと違うけれど、成長の家の谷口雅春である。ただ、その徹底した光明思想には、力づけられる反面、反発心も感じる。
「罪などないのである。病などないのである」
というのは、本来的にはその通りなのであるが、実際に病気にかかっている人はいるし、苦しみの中にある人に、
「苦しみはないのである」
といっても、説得力に欠ける。
でも、
「人は皆、その本性として光りの子なのだ」
というのは真実である。
 谷口氏の説くものは、つまり天上界での真実なのである。これを心底信じられる人には、その通りの光明なる人生が展開するであろうが、それがなかなかうまくいかないから、我々はこの地上に来て修行しなければならないのである。

創価学会
 ベルリンに留学していた時、ごく親しいビオラ奏者の友人が創価学会の会員であった。僕はよく彼と議論した。はっきり言って日蓮は好きな宗教家だ。それに、日蓮が拠り所としている法華経は素晴らしい教典だと思う。
 でもね、ひとつだけ解せないのは、いくら法華経が素晴らしい世界観を表しているといっても、だからといって「南無・妙法蓮華経」すなわち「法華経に帰依します」という題目を死ぬほど繰り返し唱えたからといって、法華経の世界観を自分の身に体現できるとは限らないと思うのだ。
 たとえば「マタイの福音書」が素晴らしいからといっても、「マタイの福音書に帰依します!」という言葉を繰り返して唱えるよりも、中身を読んで内容を理解した方がいいと僕は思ってしまう。書物というものは読まれるためにあるのだから。
 法華経も、きちんと物語のように書いてある。天上界から曼荼羅華や曼珠沙華が降り注いでくる下りなんか、実に感動的だ。この頃になると、釈迦の悟りは一段と進んでいて、加えて弟子達の理解度も深まっていたのだろう。釈迦はこう言う。
「今までみんなに伝えたことは嘘ではなかったが方便であった。本当の真理はもっと深淵で理解しがたいものであるから、みんなに分かり易いように伝えていたのだ。しかしね、もうそろそろ本当の宇宙の有様を包み隠さず伝えようと思う」
「弟子達はゴクッと唾を飲み込んで、釈迦の次の言葉を待った」というのは、僕の勝手な想像であるが、とにかく釈迦は、ここでこれまでにない新しいことを語ったのだ。

 釈迦が悟ってからすぐ説いたのは、「物事には必ず原因があってそれが結果に辿り着く」という「縁起の法」や、人生につきまとう苦しみ「生老病死」のことや、自分をただして生きるための「八正道」など、誰しも受け入れやすい真理であった。
 しかし、ここにきてそれだけではないと言うのだ。そして今こそ宇宙の奥義を伝えるということである。では、その奥義とはなにか?・・・残念ながら、そのこと自体は書いてないんだよね。
 なんや!正月にテレビで放送される「赤城の埋蔵金はあるか?」とか「UFOはいるか?」というのと一緒で、さんざジラしたあげくに、「全ては謎に包まれたままである」というのかいな?もう、もったいぶらずにおせーて!
 それで、何故「南無妙法蓮華経」になったのかといえば、言葉に出来ないほど凄い宇宙の真理なのだから、せめてその法華経に帰依することでそのエネルギーをいただき、御利益にあずかろうということである。そのこと自体はけっして問題ではないが、よく調べてみると、創価学会などがいうところの御利益は、かなり現実的なものなのだ。
 つまり、運が向いてくるとか、試験に受かるとか、お金が儲かるとか、彼女が出来るとか、良いことずくめなので、かえって僕には嘘っぽく思えてしまう。だってそうでしょう。人生、そんなに自分の思うままに良いことばっかり起きるわけではない。むしろ、思い通りにいかない中で、人は自分自身の様々な欠点に気付かされたり、あるいは学習したりするのだ。そういった反省とか、良くないことも受け入れて感謝をするという視点が欠けていることが、僕にはちょっと納得がいかないである。

戦後の荒廃の時代のように、明日への希望が持てない時には、そうしたポジティヴ・シンキングは効果的であったし、ある意味必要であったかも知れない。また、もっとさかのぼって、鎌倉時代のように一般庶民に学がなく、難しい仏法書を読むことの叶わなかった時代では、
「難しいことを考えなくていいから、南無妙法蓮華経を死ぬほど唱えてさえいれば、良いことが起きるんだよ」
というのもアリだったかも知れない。
 でも、現代人だったら、法華経に何が書いてあるかよく知らないで、ただ題目を唱えてだけいるというのはナンセンスだと思う。

仏陀と阿弥陀如来
 このように我が国で独自に発展した仏教は、釈迦の思想の一部分を限定して強調しているものが多い。釈迦の思想は広大無辺なので、本来的には、禅か念仏か?ということではないし、自力か他力か?という議論もありえない。つまりそれら全てを含んでいるのである。そう考えると、日本で発展した仏教は、みな何らかの形で湾曲されているといえる。
これが、僕が自分の宗教の拠り所を、仏教ではなくキリスト教においている一番の理由である。
 たとえば、仏教では、お経は意味が分からなくてもいいから唱えたり、あるいは写経などして心を整えるもの、のように受け取られているが、もともとは福音書などと同じように釈迦の言動を記したものではないか。理解され、それによって我々の生き方の指針となるために釈迦はこの世に来て、それを書き記した経典が生まれたのではなかったのか。

 だから、基本的に念仏や題目を僕は信じないのであるが、そうした理屈とは全然違うところで、何故か僕は阿弥陀如来が大好きなのである。それは、イエス・キリストが好きというのとかなり似ている。
 だいたい僕は、神のどんな面が好きなのか、と問われたら迷いなく「慈悲」と答える人間である。幼い時、僕は母親に愛されていた。それは今思い出しても、体がくすぐったくなるようななんともいえない感情を伴う。
 また、老年になった現在では、孫の杏樹を見ていると、自分の中に「存在そのものをいつくしむ感情」が湧き上がるのを感じる。そんな時、これが慈悲なのだろうと思う。その人が何か偉いことをしたから褒めたり喜んだりするのではなく、あるがまま、そのままでその存在を認め、受け容れる大きな感情。その感情がもっともっと大きくなって、無限大に広がったもの。それが神の慈悲なのではないか、と確信している。

 釈迦が、自分の住んでいるインドから「西方十万億土のところに慈悲の仏の阿弥陀如来がいる」と言ったのは、イスラエルの上空で救世主として下生するのを待っていたイエス・キリストの霊体のことだ、と言ったのは、確か大川隆法だったと思う。それは僕にとっては、どっちでもいいことであるが、もし事実だったとしたら、博愛の人イエスと慈悲の阿弥陀如来は同一人物だということになる。
 釈迦は、あかちゃんとして生まれた途端にスックと立って、「天上天下唯我独尊!(世の中オレだけが偉いのである)」と叫んだと言われる。でもむしろ、「自分の他にも偉い人がいるのだ」と正直に言える懐の広さを持っていたということであるから、本当は唯我独尊ではない。理論的で智に長けた釈迦が、自分と違うキャラクター、すなわち愛に満ちた阿弥陀如来の存在を語る。そんな謙虚さを知って、僕はますます釈迦が好きになった。

 京都に行くと、必ず朝の散歩として西本願寺に行き、念仏と講話を聞いて帰ってくる。僕は自分では念仏は唱えないのであるが、その間その空間の中で瞑想するのが好きだ。阿弥陀如来の慈悲が、大宇宙にあまねく広がっていることをイメージするだけで、僕は心に溢れるような喜びを覚え、その日一日を愛に満ちて生きようと決心するのだ。

シュタイナー
 80年代の終わりから90年代前半にかけて、僕が最も傾倒していたのはルドルフ・シュタイナーであった。シュタイナーの書いた本はかなり難解であるが、それだけに、僕には彼のことをとても正直な人だと思っている。何故なら、天上界のことなど、この三次元的意識で説明出来るわけがないからだ。大川隆法氏のように劇画っぽい記述になってしまうよりも、無理矢理分からなくてもいいというスタンスで書いているのが潔い。
 それよりも、シュタイナーの主張する子どもの教育論や、シュタイナーが推奨する舞踏芸術であるオイリュトミーなどに僕は惹かれていた。特にオイリュトミーは、現在の僕の指揮の運動にとても大きな影響を投げかけている。
 僕は、ある時期集中してオイリュトミーを習ったし、音楽オイリュトミーの練習のためにピアノを弾いていた。中でも、我が国最高のオイリュトミストである笠井叡(かさい あきら)さんのオイリュトミー公演のために、音楽を作曲したりもした。自分の作った曲に乗って笠井さんや他のオイリュトミスト達が踊るのを見るのは、芸術体験というよりもむしろ霊的体験といってもよかった。いやあ、笠井叡という人は、僕にとっては神のような存在だ。

神道と神社
 基本的に、僕は教義のしっかりしていない宗教は信じないのであるが、唯一例外がある。それは神道である。僕の実家では、他の一般的な日本の家庭と同じように、仏壇と神棚がある。親父は大工だったから、地鎮祭や棟上げ式などに神主を呼び、家の中でも神棚を大切にしていた。

 その影響もあるのかな。僕は神社が好きである。今でも、散歩の途中に神社に寄り、お賽銭を上げて、

はらい給え 浄めたまえ
神(かむ)ながら
守り給え
幸(さきわ)え給え
と3度唱え、それから家族や周りの人達のしあわせを祈って、瞑想して帰ってくることが多い。
 そして、そんな時には必ずといっていいほど、右側から左側にかけて頬をそよ風が撫でていく。あるいは、僕がそう感じるだけなのかも知れない。

 神道には、仏教やキリスト教のような意味での教祖がいないし、こうしなさい、ああしなさい、こうしてはいけません、といった戒律も生きる指針も説かれてはいない。しかしながら、神道特有の“お祓(はら)い”や“浄め”が、それらの欠陥を補っている。
 何より、神道には特有の清らかさのようなものがある。ただ、それは神社にもよる。良い神社は境内に入っただけで、なにか凜とした気を感じる。しかし、良くない神社にはあまり近づかない方がいい。邪気を祓ってもらうどころか、変なものに憑依されてしまう可能性もある。
 やっぱり、そこを守るのが教義なのだな。だから本当は教義が必要なのだ。神社というと、現世利益の巣窟のように思われるが、僕は、家内安全や商売繁盛を祈ることは、決して悪いことではないと思う。むしろ祈った方がいい。何故ならば、家族の健康を祈るということは、家族のひとりひとりのことに自分が心を配りますよ、という宣言に他ならないし、商売繁盛を祈ることは、家族のために一生懸命働きますよという意思表示に他ならないからだ。そういうことをきちんと意識しないで、漫然と生きていることの方が問題なのだ。
 それと大事なことは感謝。祈りの究極的な表現は感謝である。はっきりいえば感謝だけあればいい。だから神社に行ったら、
「おかげさまでここに来ることが出来ました」
とまず感謝をしよう。

そして、キリスト教
 こんな風に宗教オタクの僕ではあるが、もちろん僕の宗教的立脚点はキリスト教にある。キリスト教には、きちんとした教義があり、2000年もの時を経て、宗教改革などの様々なイノヴェーションも経験し、ここまで生き延びてきているので、今や揺るぎない宗教となっている。

 しかし、それ故に、その揺るぎなさに信徒が安住して、本当にひとりひとりが自分の信仰心に日々向かい合っているのだろうかという疑問がある。それが、僕がキリスト教徒でありながら、他の様々な宗教に触れ続けている原因である。
 日曜日に教会に行って礼拝にあずかる、というだけでは不十分であることはいうまでもない。でも、キリスト教では、それで結構安心してしまっている信徒が少なくないような気がする。また、救われているか否か、ということに囚われすぎていて、すでに救われている側にいるという意識を持つ人が、さらなる覚醒を求めて厳しく自己を律していく、という考えになかなか至らないような気もする。
 僕は、もっともっと先を行きたい。そして芸術家として生きながら、どうやって自己の宗教心を自分の行動に落とし込んでいくか、ということを追求し、後に続く芸術家達に、その指針を指し示すことが出来たらな、とも思っている。だから僕は、キリスト者であっても、こらからもあらゆる宗教書に触れ続けていくことをやめないのだ。
 
 実は、僕は現代ほどキリスト教が危機にさらされている時代はないと思っている。特にカトリック教会は、すでに悲惨とも思えるほどに衰退が著しい。いろんなところで修道院が閉鎖や縮小に追い込まれ、神父になろうとする若者がいない一方で、現神父達の高齢化が深刻な問題となっている。すでに神父不足は現実問題となっていて、将来の見通しは絶望的ともいえる。
 それなのに、信徒達は2000年の歴史の上に安閑としていて、このまま教会が永久に続いていくと呑気に構えている。これまでの教会は、信徒が家族単位で支えてきた。信徒の子どもが幼児洗礼を受け、初聖体を受けるようになると教会学校に行き、その内ミサの中で侍者などをして成長する。そして大人になると教会委員会の中でそれぞれの働きをするし、教会学校のリーダーになる人もいる。中には、修道会に入っていく人もいる。信者のファミリーから神父になろうとして神学校に行き、叙階する人も少なくない。
 それはそれで勿論いい。それどころか素晴らしいことだと思うのだが、残念ながら現代は少子化で、放っておいても信徒が増えるという時代はもう終わった。
その一方でこういう現実がある。

 カトリック関口教会では、クリスマス・イヴの晩は、17時、19時、22時、0時と4回もミサがあり、特に17時と19時にはおびただしい人達がミサに参加し、あの広い聖堂内に入りきれないくらい溢れる。そしてその8割くらいが未信者であると聞く。
 こんなに、教会に関心がある人達が、教会の外にいるのだ。それなのに、その人達がそれをきっかけにどんどん教会を訪れて信者になるかというと、残念ながらそうはならない。恐らく一年の内にたった一度だけ教会を訪れてそれでおしまい、なのである。
それを見ながら、僕は毎年忸怩たる想いを抱いていた。
「このひとたちをこのまま帰してはいけない!」
 この現代、世の中には、傷ついている人、生きる指針を持たない人、精神を病んでいる人などが溢れている。先ほどのファミリー単位で支えてきた信徒の数から比べもののないほど、外には何かを求めている人が溢れているのだ。
 だったら、もっと教会は、外に向かっての福音宣教(プロテスタントでは伝道活動という)に、もっと血まなこになって取り組まないと、カトリック教会の滅亡はすぐそばまできているのだ。

 たとえば、幼児洗礼で教会内で育った人のことは、他の信徒達がみんな知っている。
「ああ、あそこん家の誰ちゃんね」
と気心が知れている。ところが、外から新しくやって来て洗礼を受けた人については馴染みがない。だから、古い信者ほど、知っている人達同士で固まろうとしてしまう。すると、新しく求道者になったり信者になったりする人は、ちょっとした疎外感を覚える。その人は来るのをやめてしまう。
 こうしたことは、信徒の側に全く意識がなくても充分に起こりうることだ。だから僕は、関口教会の聖歌隊の指揮者をしていた時に、
「未信者の人でも、どんどん聖歌隊に連れてきてください。また、新しい受洗者には、必ず、聖歌隊に入りませんか、と声をかけて勧誘してください。受洗してから教会に来なくなった、なんていう人を決して作らないように」
と何度も言った。けれども、残念ながら、なかなか信徒達は動いてくれなかった。

 カトリック教会は、一軒の家をそのまま教会にしているようなこじんまりしたプロテスタント教会より、ずっとお金がかかる。関口教会の聖マリア大聖堂だって、あの大伽藍を維持しているだけで相当大変だと思う。冷房や暖房ひとつとっても馬鹿にならない。
 しかしながら、あの空間性というのは、霊性を保つ上でなくてはならないものだ。ところが、このままでいくと遠くない将来、それを維持していく資金がなくなる。それを考えたら、信徒達は内向きでいて既得権をむさぼっている場合ではないのだ。

 僕は、「ものみの塔」や、あの街頭で「罪なる人生の先に待っているのは死です」と演説している人達を偉いと思う。あのようにしたいとは思わないが、少なくとも彼らは、「自分たちの手で」この教えを世間に少しでも広めようと努力している。

 僕も自分なりに福音宣教に燃えて、短絡的に行動していた時期があった。ある合唱団に呼ばれてバッハのロ短調ミサ曲の指導をしていた。そしたら僕が練習の間に宗教的な話をするので、
「三澤氏は、練習を利用して布教活動をしている」
という批判をする声があがった。
その時、その団のヘッドの人が、
「いや、バッハの音楽を表現するのに必要なことを話しているのだ。自分たちだって、そういう理解なしにただ音だけ上手に歌ったって、けっして聴衆に響く音楽は作れないだろう」
と擁護してくれたので、なんとか問題はそれ以上広がらなかったが、その時僕は、こうした指導者の立場でのあからさまな福音宣教活動は難しいのだなと、自分の安易さに気付かされた。
 また別の合唱団では、前世の話をしていた。そしたら、ある女性が、
「私は三澤先生の前世の奥さんです」
と言い出して、追い回され、ストーカーのような目にあった。僕も、多少なりとも霊感があるので、もしそれが真実ならば、心に何かしらビビビ!とくるものがあったろうが、それが全くなかったので、きっとその人の勘違いだったに違いない。

 こんな具合に、僕のような立場で、みんなの前でうっかりなことを言うと、ややこしいことになる目にしばしば遭ってきた。それで僕は、自分の宗教的行動のスタンスを随分長い間模索し、今では、自分の宗教心を、言葉ではなく“行動”によって示そうとしている。それでいて、僕は自分がカトリック信者であることを隠さず公言している。

 キリスト教のことを述べただけで、僕の場合、ゆうに一冊の書物が書けてしまう。だからひとことだけで言う。
キリスト教を信じて間違いはない。
特に、「ひとを愛すること」というキリストの教えを胸に生きるだけでいい。
洗礼を受ける必要もないかも知れない。
でも、宗教は、人生に生きる意味と価値を与える。
正しい宗教に従って生きることは、人生を真に有意義なものにしてくれる。

   


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