燃えたぎる「ジークフリート」

三澤洋史

安曇野と宮澤賢治
 先週に書いた通り、絵本美術館に隣接しているコテージ「森のおうち」は、とっても居心地が良かった。8月21日火曜日。一日遅れの「今日この頃」の原稿を書き上げて、一息ついていると、角皆君が約束通り11時に僕たちを迎えに来た。僕たちは最初おいしいおそば屋さんに行こうとしたが、とっても込んでいたので予定変更。午後1時から「芸術家の集い」を行う、蔵を改造したカフェ「清雅」で直接昼食を取ることにした。

 ここには、山下康一君の山の絵を初めとして、何人かの絵が飾ってある。コーヒーを飲みながら、これらの絵を眺め、蔵の落ち着いた雰囲気に浸ることが出来るのはいいな。
「芸術家の集い」では、松本近辺在住の絵描きさんたちが大勢集まって、たのしい語らいの時を持った。僕にとっては、これまであまり画家達との接触がなかったので、とっても刺激的でかつ教えられることが多かった。


左が美術館 右がコテージ


 22日水曜日は、10時から宮澤賢治についての対談。第1章と第2章についてはすでに済んでいて、対談をまとめたラフ原稿が出来ている。僕は、前もってそれを読み、さらに宮澤賢治の本や賢治の生涯及び作品に関する書物をいくつかあたってから対談に臨んだ。
 しかしながら、絵本美術館の館長で、最近花巻市より宮澤賢治のイーハトーヴ奨励賞を受賞することが決まった酒井倫子さんや、角皆君の賢治に対する想いの強さがハンパではないので、こんな付け焼き刃的な僕がノコノコ来て対談に参加していいのかいな、という気後れの想いをもったまんま対談は始まった。

 曼荼羅を描く小林史(こばやし ふみ)さんの司会で、まずゲストの僕の紹介から、なごやかに対談に入っていった。フミさんの話し方がどうもうまいと思ったら、最近までラジオのパーソナリティをやっていたんだね。録音器が回っている前で、フミさんに、
「では三澤さん、どうぞ!」
とふられると、まるでリアルタイムで放送されるのかという錯覚に陥ってしまって、めちゃめちゃ緊張してしゃべり始めたけれど、これって、あとで文章に起こすための録音だよね、とすぐに気が付いて、あ、なんだ、と思って、そこからはリラックスして話すことが出来た。

 この対談集では、みんなが沢山のことについて語ったが、そのすべてをここで発表してしまうと、これが本になった時に読む必要がなくなってしまうので、ごく一部のことについてだけ語ってみたい。
 この対談は第1章、第2章、そして最終章になるであろう第4章も含めて、とっても内容の濃い、しかも画期的な賢治の本に仕上がる確信があるので、みなさん、是非これが本になったあかつきには買って読んで下さいね。

 角皆君は「よだかの星」について語った。彼の読みの深さに僕は感銘を受けた。これは、いじめられた者が疎外感に耐えきれずに自死したりする物語ととられることが少なくないが、そんな物語ではないのだ。その中には、自分の限界と向き合い、これを超えていこうとするアスリートと共通する部分があるのだ、と彼はいう。
 それに酒井さんが強く共感した。
「そして最後に輝く星になるのよね」
それを聞いていながら、僕は、これから自分が語ろうとする「セロ弾きのゴーシュ」とも通じる要素があったことに気が付いた。

 次は僕の番だ。僕はまず、かつてオイリュトミー(シュタイナーが創作した一種の舞踏)公演のために委嘱されて、「雪渡り」という作品の作曲をした時のことを語った。この物語の中で、宮澤賢治はリズミックな言葉を多用している。「堅雪かんこ凍み雪しんこ」とか、「狐こんこん白狐、お嫁ほしけりゃ、とってやろよ」や、「キック、キック、トントン、キック、キック、トントン、キック、キック、キック、キック、トントントン」などなど。
 それらのリズムに反応して、当然のことのように作曲しようとしたら、主催者から、それは言語オイリュトミーとして踊るから作曲はいらないと言われた。僕が作ったのは背景となる雪国の情景。
 でも、そのオイリュトミーの練習を見て驚いた。彼らの踊りが見事に賢治のオノマトペの世界を体現していたのだ。僕は、賢治のリズムの世界のことなどなんにも分かっていなかったのに、安易に作曲してしまおうと思っていた自分を恥じた。賢治のリズムは、それ自体が生命を持っているのだ。みなさんにも、たとえば「雪渡り」を読んだら、それを音読して味わうことをお薦めする。

 その話の後、「セロ弾きのゴーシュ」の話題に移った。いろいろしゃべったけれど、ここではふたつだけ紹介したい。

 ひとつはゴーシュのところに三毛猫やかっこう鳥などの動物が来るのは、きまって夜中過ぎ。ゴーシュが、「夜中もとうにすぎてしまいはもうじぶんが弾いているのかもわからないようになって」いる状態の時に現れるのだ。さあて練習しよう、と練習を始めた頃ではないというのがミソだ。
 これは、プロになるほど突き詰めて練習した音楽家とか、自己ベストをめざして死に物狂いで練習したことのあるトップ・アスリートでないと分からないような、本当の死に物狂いの“極限状況”において、超自然的な助けのようなものが自分の前に現れる、ということで、先ほどのアスリートの話につながるのだ。

 もうひとつの箇所。とてもユーモラスに語られているけれど、かっこうがゴーシュに、
「音楽を教わりたいのです」
と言う。
「たとえばかっこうとこうなくのとかっこうとこうなくのとでは聞いていてもよほどちがうでしょう」
「ちがわないね」
「ではあなたにはわからないんです」
 このやり取りも、芸術家にはビビッツとくる。それが分かるから芸術家になろうとするし、それが分かるから悩みもする。賢治のおはなしは単なる童話とは違い、内にとっても深いものを含んでいるのだ。そんな芸術家視点からの話が、酒井さん達には興味深かったようで、第2章までのものとはひと味違った仕上がりになりそうだと喜んでいただいた。

 対談が終わり、フミさんも交えて角皆夫妻と一緒にお昼を食べに行き、それからみんなとは分かれて森のおうちに戻ってきた。僕は、ここに来てから原稿や勉強に追われて、絵本美術館の展示そのものを全然見ていなかったので、ゆっくり時間をかけて見た。現在、「見えない蝶をさがして20Th」といういせひでこさんの原画展と、この美術館といせさんとの20年に渡る交流の軌跡の特集をやっている。
 絵本作家のいせひでこさんの絵は特別だなあ。写実的でデッサンもしっかりしているけれど、それでいて、とってもスピリチュアルな感じがする。僕は、それぞれの絵に魅せられて、しばらく美術館の中にいた。この美術館といせさんの関係も特別のものがあると、ガイドしてくれた酒井さんが言う。
 元はといえば、酒井さんがいせさんにラブレターを書いて、作品の展示をお願いしたことから交流が始まり、今では、いせさんの絵の最初の展示は、ほとんどこの絵本美術館が行っているという。酒井館長には、独特の魅力がある。表面はおだやかだが、内に秘めた情熱には並々ならぬものを感じるのだ。

 とにかく、この絵本美術館森のおうちには何かがある。僕は、新しい出遭いに胸をときめかせている。また来よう。森のおうち!


対談のメンバー


ブラームスのフレーズ
 8月24日金曜日。午後7時。ブラームス作曲ヴァイオリン協奏曲の二度目の合わせ。ソロを弾く愛知芸術大学大学院生の牧野葵(まきの あおい)ちゃんは、格段にうまくなっていた。テンポも自由になり各フレーズの表情もついてきた。僕も今日は指揮棒を持って立って振る。ブラームス独特の「ゆらぎ」がこの曲の命。
 今日は、彼女にフレーズの移行の仕方を教えた。フレーズの中で表情豊かに演奏するのと、フレーズの移行を上手に行うのとでは意味が違う。ロマン派音楽では、フレーズをどう始めてどう発展させどう収めるのかが大事だが、それと同じくらい、どう次のフレーズにつないでいって、様々な表情を持ちながらより大きなひとまとまりの部分を構築するのかが大事。僕は、こうしたフレーズに対する感覚をスキーで養った。
 ひとつのフレーズは、控えめなダイナミックから始まり、しだいに発展して頂点を築くが、その後収めていって(つまりディミヌエンドしていって)次のフレーズにつないでいくというのが基本形。
 しかし、実際のフレージングには様々なパターンがある。たとえばディミヌエンドして収めるかわりにクレッシェンドしてそのまま次のフォルテのフレーズに流れ込んでいくような場合、傍目に見ていると、その移行がはっきり認識できなかったりする。しかし、本人の意識の中では、れっきとした移行が行われていなければならない。
 僕はそんな場合、心の中でストックを突いている。たとえばスキーでは、どんなになめらかに移行しても、重心移動ははっきりと認識されないといけない。これまで右足に乗っていた重心が左足に乗ることになるのだもの。だから、そのきっかけのポイントは決してハズしてはならない。
 自分がそうだから、僕は、他の演奏家がこころの中でストックを突いているかどうかがはっきり分かる。ブラームスはフレーズ移行の天才。いろんなパターンを縦横に駆使する。しかし、それぞれの瞬間にきちんとストックを突いて、分かれているフレーズを認識し、さらに今度は移行部分をなめらかにつなぐ、という二重の作業をしないと、ダラダラとのっぺりした演奏になってしまうか、逆にインテンポの味気ない演奏になってしまう。ここがブラームスの恐いところ。さらに、その移行部分で、テンポや強弱のゆらぎを表現することによって、ブラームス独特の、なんともいえない味わいが出てくる。そこまでいかないと、ブラームスは本当のブラームスにならないのだ。

 こういうことを教えられる先生が、我が国にもっといるといいんだけどねえ・・・もしかしたら先生達も音楽の世界にばかり閉じこもっていないで、僕みたいにスキーをすればいいかも知れない。ああ、そう思ったら、スキーをしたくなってきた。まだ真夏だもんね。
というわけで、次のオケ合わせがとっても楽しみになってきた。
オケ合わせは、愛知祝祭管弦楽団の本番近く、8月31日金曜日だ。それから翌日は9月1日土曜日の「ジークフリート」最終通し練習になるのだ。

燃えたぎる「ジークフリート」
 8月25日土曜日と26日日曜日は、愛知祝祭管弦楽団の最後の2日間連続集中稽古。ここでキメなければ、と、かなりの覚悟で臨んだ。しかしすでにオケのメンバー達の意気込みもなかなかのもの。

 25日は、10時から始まって午前中、第1幕通しと直し稽古。1時間の昼食後、午後から第2幕と直し稽古。4時40分に終わって30分の休憩後、第3幕通しと直し稽古。7時40分終了。10時から夜の8時近くまでずっと「ジークフリート」をやっていたんだぜ!
 26日は、9時半から第1幕通し。正味約85分で、15分休憩後第2幕へ。終わったら12時半。正味約70分。1時間の休憩後、1時半から第3幕。正味約80分。その後休憩をとって、たっぷり1時間の直し稽古をやって解散。

 ところが僕の場合、これで終わりではないんだなあ。後6時から8時まで会場を替えて日本ワーグナー協会名古屋地区例会として「ジークフリート」の講演会を行った。いやあ、特に26日は長い一日でした。21時06分の「のぞみ」に乗り、お弁当を開いて缶ビールを飲みながら、意識は半ば朦朧としていましたね。
 でも、家に12時前に着いたら、次女の杏奈が来ていて、杏樹のために買った「リトルマーメイド」の500ピースのジグゾーパズルが最後の仕上げになっていたので、思わず缶ビール飲みながら手伝っちゃった。肝心の杏樹は寝ているのに・・・・。
「やったあ、完成!」
と杏奈と喜び合い、気が付いてみたら1時過ぎていたので、あわてて寝た。

 名古屋では、結局、土日の間に2度通し稽古をやり、それから直し稽古をしたわけだが、初日は、第3幕の後半にみんな疲れてきて集中力が切れかかっていた。それでもなんとか必死で食らいついてきた。「ジークフリート」第3幕は、難関中の難関だ!
 ワーグナーは、「ジークフリート」第1幕を作り、第2幕の途中まで作ったところで作曲を中断し、その間に「トリスタンとイゾルデ」と「マイスタージンガー」を作曲しているので、再び「ジークフリート」に戻った時には、以前には見られなかった円熟が見られるという。
 しかしながら、第2幕の一体何処でどのように中断したのか正確なところは分からない。全体のラフ・スケッチが終わっていたのは確実で、オーケストレーションも手がけているが、その後直しが入ったりしているので、まあ要するに、アイデアは中断前だが、オーケストレーションの色彩感には中断後の雰囲気が見られるという風に、いい具合に混ざり合っている。少なくとも、途中のどこかの箇所で「突然木に竹をつないだように断層がある」という風は見えない。
 ところが第3幕に関していえば、明らかにアイデアもオーケストレーションも10年以上にも渡る中断後なので、すでに「神々の黄昏」の境地に入っているし、すでに「パルジファル」の構想も練り始めているから、遠く「パルジファル」の独創性もかいま見える。
 それだけに演奏は困難を極める。特にブリュンヒルデが目覚めてから、終景までの「ブリュンヒルデの混乱」のモチーフが錯綜するあたりは、音符も難しく、果てしなく続くから、弦楽器奏者は確実に目がショボショボしてくる。しかも全曲の最後なので、どう考えても「疲れ切った末にここを弾かせられる」という宿命から逃れることはできない。
 僕は、初日の通しが終わった直後に、みんなにこう言った。
「これは・・・一種の・・・行ですな。滝に長時間打たれるとか、そういうのと一緒です」
一同、大爆笑。
 ところが、次の日に同じように通し稽古をしたら、昨日集中力が切れてバラバラになっていたところがグッと良くなっている。終わったら即、コンサートマスターの高橋広君が、「昨日、弾きながら死ぬかと思っていた第3幕の最後が、これならいけるかな、というところまで来ましたね!」
と嬉しそうに言ってきた。やっぱり大事なことは“慣れ”なんだね。

 今回は、チケットも発売から一週間で完売してしまったことであるし、演奏会に来られない方もいるので、特別にプログラムに掲載する僕の文章をここにアップする。実は、講演会に来てくれたお客様にもネタバレを覚悟でお配りした。
 何故なら、当日演奏会に来て、プログラムを渡されてから実際の演奏開始までに急いで読んでいただくのは気の毒だし、僕がこの演奏会に賭ける想いについて、あるいは「ジークフリート」というドラマをどのように読み込んでいるかについて、あらかじめ、じっくり読んでいていただきたいからである。

 さて、来週の「今日この頃」を書く頃には、もう終わっているんだよな。この演奏会が終わると、僕の暑い夏は終わりを告げる。次の日から僕は新国立劇場に戻り、新シーズンの「魔笛」の練習を開始する。

63歳の充実した夏を僕は「ジークフリート」で完全燃焼させよう!




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