ローラントの魔笛

三澤洋史

季節と彼岸花と神
 めっきり涼しくなりました。朝のお散歩でも汗をかかなくなったし、半袖だけで出掛けるのを躊躇する日も出てきた。もう一週間以上も前になるけれど、朝起きて、
「あ、涼しい」
と思った日。散歩に出てびっくり!

 昨日までなんともなかったのに、あちこちの緑の野から、嘘のように鮮やかに紅色のかたまりが目に飛び込んできた。彼岸花である。おびただしい彼岸花が、たった一日で咲いたの?どうして分かるの?
誰が、
「よし、咲こう!」
とGOサインを出すの?

 高校生の頃、僕がまだ教会の門を叩く前、何人かの友達と議論したことがある。
「俺たちが何かを考えたり思ったり行動したりするのは、すべて大脳皮質の働きなんだ。俺たちが死んで大脳皮質が働かなくなったら、すべてが無だ」
と言った奴がいたな。
 でも脳がなかったら何も始まらないっていうのなら、脳のない植物が、こうして季節の移り変わりを分かるのはどうしてなんだ?アサガオのそばに棒を立てておくと、どうしてそれを認識して巻き付くのか?ほら、脳がなくったって、いろいろ分かるんじゃないか。どこがそれを認識し、判断するのだ?
 DNAか?でもDNAはただの数式のようなものだ。それより、誰がそんな複雑で高度なDNAを作り出したのだ?自然に、たまたま出来上がっただと?嘘つけ!いいかい、パソコンの部品を並べて置いて百万年経ってもパソコンは自然には出来上がらないんだよ。
 それにエントロピーというものがあってね、エネルギーは拡散するのだ。どこかで一時的に盛り上がっても、まわりの負のエネルギーに混じり合ってすべては沈静化していく。
地球上にある高等生物が出来上がるためには、エントロピーに負けないもの凄い“生成するエネルギー”が限りない長期に渡って放出されなければならなかった。偶然がどんなに寄せ集まったって、どれだけ長い年月がかかったって、それだけでは曼珠沙華ひとつ咲かないのだ。
と、彼岸花を見ながら、僕は、
「やっぱり神はいるんだ」
とあらためて思った。とにかく、秋になると彼岸花があたりまえのように咲くが、これは奇蹟だ!

ローラントの魔笛
 2011年4月1日。それは文化庁在外研修の研修初日であった。東日本大震災の直後。地震と大津波の衝撃からまだ立ち上がれず、放射能の恐怖に包まれていた日本を、後ろ髪を引かれる思いで後にし、僕はミラノの街に立っていた。
 スカラ座に入り、午後の「トゥーランドット」の舞台稽古を客席から見学した後、その晩の「魔笛」を舞台裏から見学する。今から考えると、実はその「魔笛」こそ、今回大野和士新芸術監督シーズン開幕の「魔笛」と同じプロジェクトであったのだ。
 指揮者もミラノの時と同じローラント・ベーア。彼とはバイロイト音楽祭で共にアシスタントをしていた仲で、彼はいわゆるアシスタント・コンダクターで僕は合唱担当という違いはあるが、たとえば僕が「マイスタージンガー」の時に、舞台サイド裏側にある照明タワーから赤いペンライトで合唱団を指揮していると、僕の横でローラントは緑のペンライトで舞台上のトランペット隊を指揮していたのだ。
ミラノの時も、僕が楽屋に訪ねていったら、
「なんでお前がここにいるんだ?」
と驚いていたが、今回も僕に会うなり、
「おおおおおっ!ヒロ!」
と言いながら向こうから走ってきて、抱きついてきた。だいたい外人って大袈裟なんだよ。恋人同士じゃあるまいし。

 だからローラントとの仕事は毎日とっても楽しい。彼は僕の合唱をとっても褒めてくれる。
「あのさあ、正直に言うけど、お前の合唱団は、ドイツのどの歌劇場合唱団よりも発音がきれいで、全ての言葉がよーく分かるよ」
「まあね。バイロイトで随分習ったからね」
「俺もね、バイロイトから教わるものは多かったな」
「ミラノでは、オケも合唱団もなかなか言うことを聞いてくれなくて大変そうだったじゃないか」
「そうなんだよ。あのオケやりずらかったあ!魔笛は随分前にムーティでやったきりだと言っていたけれど、こっちがどんなに軽快にやろうとしても、そのムーティのテンポで押し通そうとするんだから」
「あはははは、(スカラ座は)かつて自分たちでムーティをクビにしたくせに、いまだにalla Muti(ムーティ風)か。でも、君のやりたいことは伝わってはいたよ。だから今回も、その時の記憶を頼りに合唱の音楽作りをしておいた」
「お前と一緒だと、とってもやり易い」
「何でも言って!」
とこんな具合だ。

 僕の「オペラ座のお仕事」を読んだ読者の中には、僕が劇場内で指揮者相手に喧嘩ばっかりしていると思っている人もいるだろうが、そんなことはなくて、たいていは順調に立ち稽古を進めていってる。それよりも、新国立劇場が世界の中でもきちんとした劇場だという評判が昔よりも行き渡っているとみえて、みんなリスペクトを持って練習に臨むため、昔のように上から目線でものを言ってくる演出家や指揮者はほとんどいない。こちらも、稽古初日からきちんとコミュニケーションを取って言うべきことはいい、聞くべきことは聞くので、衝突にまで至ることはほとんどない。
それでも、ローラントとのように、ここまでチームプレイがスムースに運ぶ現場はいいな。毎日通うのが楽しみだ。

 演出の直しが終わって、もう一度やってみようという時、僕はローラントに言う。
「ねえ、あそこのところ、さっき演技に気を取られていて合唱が微妙に走ったろ。返し稽古する前に、一回止まった状態で音楽稽古をやってくれない?」
「勿論いいとも。ありがとう!」
なんで彼が「ありがとう」と言うかというと、向こうの劇場では、そもそもその程度ズレたぐらいでは気にしない合唱指揮者ばかりだから、ヘタに、
「音楽だけ直しますから集まって下さい」
などというものなら、神経質な指揮者のレッテルを貼られてしまう。合唱団員も、
「このくらいズレたって別にいいんじゃない」
と言い出すだろう。
 でも、僕は、自分も(合唱指揮者だけでなく)指揮者だから、マエストロの気持ちが良く分かる。それに、「ここは今ズレているけれどいずれ直る」という時と、「ここは今のうちに直しておかないと後で問題になる」という見極めも知っている。
 僕は、神経質な人間ではないけれど、オペラの中でも精度の高い音楽をやりたい。ローラントともそういうところで通じ合う。

 このウィリアム・ケントリッジ演出の「魔笛」では、中央のスクリーンに映し出されたプロジェクション・マッピングが大活躍する。そのため、合唱団は、通常の魔笛の公演よりも動きが少ない。
「なんか、あんまり動けないんで、つまんねえな」
と言っているが、聴衆の立場になってみると、とっても楽しい「魔笛」だと思う。スカラ座で最終公演は客席で観たのだが、やはり楽しかったし、もともとスカラ座合唱団は、声は凄いけれど、あまり動けないから、あのくらいでちょうど良かったのだ。我が新国立劇場合唱団は動きたくて仕方がないメンバーばっかりだからね。
 モノスタートスの家来達が、逃げようとするパミーナとパパゲーノを捕まえるシーンでも、実際の動きをするのはプロジェクター。合唱団は両サイドから首だけ出して歌う。でもそれだけに、首を出す瞬間を逃してはいけないし、首の角度が問題だったりで、通常の立ち稽古とは違うことが要求される。だから、動きが少ないからって簡単ではない。

 キャストはみんな優秀だけれど、日本人キャストも頑張っている。童子の3人は、合唱団から出して、人選は僕が行った。1番の前川依子さんは、「ノアの方舟」の鳩のパーチェ役、及び、愛知祝祭管弦楽団「ジークフリート」の森の小鳥役でおなじみ。鳥だの子どもだのの役がぴったりだが、だからといって決してか細い声ではない。
 一方、2番の野田千恵子さんと花房英里子さんは、まだ合唱団に入ってきて間もない新人。こうした新人を抜擢するのは責任を伴うので勇気が要る。でも、3人ともとっても可愛い子ども役を演じているし、前川さんがメロディーを担う3人のハーモニーは秀逸。実際、このレベルでの童子ってなかなか聴けない。僕の自慢の3人であることを特に強調しておきたい。

 昨日(9月23日日曜日)はオケ合わせ。ローラントは、かなり緻密な稽古をした。オケ合わせは、セリフがないので音楽の部分だけ稽古をするので、通したら2時間以内で終わってしまうところを、たっぷり時間をかけた。テンポはキビキビと速い。ミラノでも軽快な印象だったけれど、本当はこのテンポ感でやりたかったんだね。

シーズン開幕の「魔笛」、思いっ切り楽しいものになりますよ!

スキー・キャンプの第一報
 この冬も、音楽に携わる人を対象に「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプ2019をやります。それで、現在決まっているあるいは進行中の事柄を述べてみます。

まず日程。
2019年
2月18日(月曜日)及び19日(火曜日) (予定)
3月2日(土曜日)及び3日(日曜日) (決定)
3月28日(木曜日)及び29日(金曜日) (予定)

 ここに決定と予定があるのはどうしてかというと、ちょっとした事情があって、現在の時点で、2月18日19日のカーサビアンカ貸し切りが確定していないからである。昨年キャンプをやってみて、やはり講演会、懇親会及び宿泊は同じ場所が望ましいと思った。そのためには、ペンション・カーサビアンカが最適なので、今回はカーサビアンカ一本に絞りたいのである。
 カーサビアンカは、五竜スキー場のセンターであるエスカルプラザのすぐ近くに位置しているという地の利があり、マスターの大野さんがことのほか協力的なのだ。それで、もし2月が駄目な場合、3月の28日29日を予備日として取ってあるということである。
 キャンプのメイン・コーチである角皆優人君は、
「別に3回やったっていいんだよ」
とも言っている。

 キャンプは、基本的に、2日間にわたる午前午後のスキー・レッスンとミーティング、それに初日の講演会と懇親会を含む。講演会は、今回の講師は僕と角皆君の二人。音楽とスキーの接点に関しては僕、スキーの技術的なことを中心に角皆君という役割分担だが、勿論僕もスキーのことに口を出すし、予想では角皆君の話も結構音楽的な内容になるのではないかな。その後の懇親会は、前回もとっても楽しかったから、それを目的に来てもいいよ。

 キャンプの定員に関しては、昨年やった経験から、今年は特に定員を設けないでやろう、ということになっている。昨年は、角皆君がコーチをするクラスをメイン・キャンプとし、定員は10人以下でパラレルが出来る人を条件にしていた。パラレルまでいかない人はサブ・キャンプにして価格設定も変えていたが、パラレルというのは、実に奥が深くて、きちんとしたパラレルというのは、かなりレベルが高いものなのだ。だから途中でメインからサブに移っていただいた方もいれば、その反対のケースもあった。
 また、サブ・キャンプの講師がみんな思いの外(失礼)優秀で、参加者も満足してくれた。角皆君は、
「うちが雇う講師はみんな優秀だから、必要に応じて何人でも動員できるよ。だからいっそのこと今度は定員を設けないでやろう」
ということで、今年は定員を設けず、価格も全コース一定にする。

 申し込みに使うメルアドは、昨年のものとは違う。以前のはもう使えなくなっているので、今申し込もうとしても無理です。出来ればあと二週間くらいで、いろいろな点をクリアしてから正式に発表したい。
 申し込む時に、「未経験、初心者、中級、上級」と自己申告してもらい、未経験と初心者と書いた人以外には、レッスンの最初に簡単なレベル分けテストをさせていただく。定員がないので、厳しい作文は要らないけれど、応募動機に関しては簡単に書いてもらう予定です。

 昨年、気後れして申し込まなかった方も、今年は気軽に申し込んで下さい。
さあ、今から心の準備を!

  


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© HIROFUMI MISAWA