秋の信仰週間

三澤洋史

写真 三澤洋史のポートレート

秋の信仰週間
 先週、成城教会に行ってから、再び信仰への想いが自分の中で燃えている。これまで、いろいろ回り道をしてきたけれど、そろそろこの歳になって、残された時間も多くないのだから、今こそ悔いのない人生を生きたいと強く思うようになっている。
 同時に、思っていることはきちんと言い、やるべきことは先送りしないで行動しようとも思うようになってきた。先週述べた山本量太郎神父の生き方に触れて、思わず関口教会の話を書いてしまった。ちょっと筆が滑ったかなとも思ったけれど、書いてあることは、僕の憶測とか感情とかで言い放ったということではなく事実だし、第一、僕は人を本当に憎んだことはない。
 だから、今でもほぼ毎日、主任司祭や、聖歌隊のメンバーやオルガニスト達のために祈っている。きれいごとではない。本当だ。そうしないと、明日突然自分の死がやって来た時に後悔するから。だから、言っておくけれど、僕はみーーーんなを心から許している。
 祈っていると、たとえ仲違いした人でも、同じ時代の空気を吸っている同じ時代の同胞なのだという意識が芽生えてくる。だからといって、愛しているというところまではなかなかいけないのが残念。だから僕はさらに祈る。
「主よ、○○さんを愛したいのです。○○さんも愛させてください」
 愛は聖霊の賜物である。人は、自分で愛したいと思うから愛せるのではない。愛することができるとき、その人の中には聖霊が働いている。自然に溢れてくる愛でなければ本物ではない。また、愛といっても、自己愛や自己の利益への愛を愛だと勘違いしている人が多い。欲望は愛ではない。本物の愛は、ただ至高なる存在から流れ出てくるものであって、人間の意思だけで得ることはできない。ただ祈ることによって成し得るのだ。

 先週の土曜日。東京バロック・スコラーズの講演会。今回は、僕がチョイスしたルネッサンスのパレストリーナから近代フランスのプーランクに至るまでの曲目の演奏会についての講演なので、講師は僕が行った。
 講演の最後の質疑応答。そこで、僕と、バッハの学者で有名な礒山雅(いそやま ただし)先生との関係を聞いてきた人がいた。その人は、生前の礒山先生ととても近かったのだ。
「礒山先生との関係はどうなったのですか?」
東京バロック・スコラーズのある演奏会の後の打ち上げのスピーチで、礒山先生は僕の演奏を否定するような事を言って帰っていったのだ。それが、僕と礒山先生が喧嘩したように世間では伝わっているらしい。
「僕は別に礒山先生と喧嘩なんかしていませんよ。ただ、ある演奏会の僕の演奏を先生が認めなかっただけです。その後、当団体は先生を講師にお呼びして、一緒に飲んでますよ。逆に僕は、常に正直にものを言う礒山先生っていう人は大好きなんです。でも、だからといって、こちらも信念を持って演奏会をやっている身ですから、そう簡単に自分の方針を曲げるわけにはいきません。礒山先生の顔色をうかがいながら、これでいいですか?どうですか?なんていちいち演奏するわけにはいきませんからね」
 逆に、「マタイ受難曲」を演奏した時に、先生が思いの外喜んでくれて、
「いやあ、ここまで完璧に演奏したら、もうあとはやることがなくなりますね」
と言ってくれた時は、かえって困った。褒めすぎじゃね?と思った。だって、「マタイ」の演奏会と、けなされた演奏会とでは、別に自分の意識としては、なんらレベルの差はなかったのだから。
 こんな風に、僕は誰にも媚びないけれど、誰とも離れたくはない。常につながっていたい。礒山先生は、いろんなところで歯に衣着せぬ言葉を言って、問題を起こしていたけれど、ある意味、学者として自分の信念を貫いた人だ。僕は講演会で答えた通り、そういう人は尊敬するし、本当に大好きなんだ。同じ時代を生き、同じ風に吹かれた同胞。

 さて、僕はカトリック教会に身を置いているけれど、僕の信じている神というのは、本当にカトリックの神なのだろうか?とよく思う。そんな時、フランシスコ教皇の言葉をネットで見て、我が意を得たりという気持ちになった。

私は神を信じていますが、カトリックの神ではありません。
なぜなら、カトリックの神などいないからです。
おられるのは神だけで、私が信じるのはイエス・キリスト、つまり、人間の姿を借りて、この世に現れた神です。
(教皇フランシスコ、2013年10月1日、イタリア紙『ラ・レプッブリカ』の取材)
 この人も、自分の気持ちを偽らずに、真っ正直に生きている人だ。その極端な言動にいろいろ批判もある。しかし、僕はカトリック信者としてというよりも、ひとりの人間として、この人について行こうと思っている。

映画「ローマ法王になる日まで」
 そのフランシスコ教皇の半生を描いた映画「ローマ法王になる日まで」のDVDをAMAZONで取り寄せて遅まきながら観た。先週は、新国立劇場で「カルメン」「ファルスタッフ」「紫苑物語」の練習が昼夜と入っていて、週末には講演会と忙しい時だったので、せっかく取り寄せておきながら何日もそのままにしていたが、ある晩どうしても観たくて、僕にしては珍しく夜更かしして観た。当然次の朝のお散歩はキャンセル。

写真 映画「ローマ法王になる日」DVDジャケットの表
ローマ法王になる日


 軍事政権下でのアルゼンチン。キリスト教信徒や神父たちが、罪もないのに政府に対する反逆者として、どんどん逮捕され殺害されていく。35歳の若さでイエズス会のブエノスアイレス管区長に任命されたベルゴリオ(教皇の本名)は、そんな中で教会を護ろうと必死だった。
 悲惨な拷問の場面では、何度も目を背けたくなるシーンが続く。観ていてとても辛かったが、むしろこの現実をしっかり見届けて、こんな修羅場をくぐり抜けてきたフランシスコ教皇のありのままの姿を目に焼き付けておかなければと思った。

 ダニエーレ・ルケッティ監督によるこの映画で描かれていたのは、迫害に対する勝利者としてのフランシスコの姿ではなかった。映画でも登場するふたりのイエズス会の司祭は、政府に反抗する罪で、5000人もの政治犯が殺されたという施設に拉致監禁され、約5ヶ月間に渡って拷問を受けている。
 いろいろ調べたところによると、現実的にアルゼンチン国内では、ベルゴリオ管区長がふたりを見捨てた、とする意見が現在においても少なからずあるという。それに対する反論も、
「ベルゴリオは、確かに軍事政府に荷担したことはないが、ふたりを積極的に保護したり声を上げたりすることもなかった」
というものが一般的であるという。
 ここで表現されているベルゴリオの姿も、むしろ、太平洋戦争の生き残りの日本兵のように、
「私の隣で命を落としていった人たちに申し訳ない。自分はここでおめおめと生きている」
といった、恥ずかしさと悔恨の表情が画面上に赤裸々に映し出されている。よくぞこうした映画を撮ったと思う。

 それを観ながら僕は、
「教皇はきっと今でも、キリストを三度裏切ったペテロのような気持ちでいるのかも知れない」
と思った。ペトロがその極限状態において、自分の弱さと嫌が応にも向かい合ざるを得なかったように、ベルゴリオ管区長も、厳しい境遇の中で為すすべもなかった自己の無力さを思い知らされたのではなかったか。
 言い訳は成り立つ。
「自分が捕まってしまったら誰がこの教会を護るのか?」
と思えばこそ、軽はずみな行動は慎まなければならなかっただろう。だが同時に、
「これでよかったのだろうか?」
という疑問に彼は常に苛まれていたに違いない。
 ペテロは、復活したイエスに許してもらった。しかし彼の悔恨の情はそんなに簡単には収まらなかった。むしろ彼は自分自身を決して許すことが出来ず、だからこそ・・・その苦渋の想いがあったからこそ・・・その後の彼の捨て身とも言えるほどの布教活動があったのではないか。「真の愛は恐れを知らない」というが、その反対に、あまりに深い悔恨を胸に持った者は、もはや死をも恐れぬほどに無敵になるのではないか。

 フランシスコ教皇も、きっとそうだったに違いない、とDVDを見終わって思った。だから、彼の教皇になってからの行動はなりふり構わず、異常とも言えるほどに数々のタブーを破っていく。これまでのどの教皇が、マフィアに対して破門を突きつけただろうか?かつてヨハネ・パウロ2世は暗殺されかかったが、フランシスコ教皇もまた、銃弾に倒れることすら厭わず、世界中に出掛けて行って、自分の成すべき事を行っていく。
 また、前教皇であるベネディクト16世がイスラム教を非難する発言をしたことに対し、
「ヨハネ・パウロ2世が20年かけて築いてきたローマ・カトリック教会とイスラム教徒の信頼関係を、ベネディクト16世は20秒間の発言で破壊した」
と批判するなど、身内に対しても容赦ない。それどころか、バチカン内の聖職者の態度などにも批判の矛先を向けている。
「教会の中にも悪がはびこっています」
と赤裸々に注意を勧告する。

 教皇は、ヨハネ・パウロ2世やマザー・テレサなど、亡くなって間もない人達を異例の早さで列聖に導いている。通常は、聖人になるというのは大変なことで、人によっては何百年もかかる。実際に、1431年に火刑台に消えたジャンヌダルクの列聖は1920年である。
 聖人になるというのは、ただ人々に敬われるだけでなく崇拝の対象になるわけで、信者は彼らにとりなしの祈りなどをする。つまり、世界中の信者が、
「○○になりますように!○○をお願いします!」
と、その聖人にお願いをしてくるのである。
 先日も、第二バチカン公会議を成し遂げたパウロ6世と、ミサの最中に銃弾に倒れたロメロ大司教の列聖式が行われたばかりだが、
「簡単に聖人にし過ぎじゃないの?」
という声が聞こえてくる。
 亡くなって間もない人というのは、確かに神格化しにくい。マザー・テレサという人物に関しても、悪口や批判の声は絶えない。逆にベートーヴェンとかモーツァルトのように、決して褒められた人生でもないのに(まあ、いずれにしても聖人ではないが)、時が経っていく内に、いたずらに神格化されてしまうという傾向がある。
 僕はフランシスコ教皇は、欠点がないから彼らを聖人にしたのではないと思う。聖人になった本人も、自分が聖人になるなんて生前思ってもみなかったと思う。そうでなかったら、ペテロ以外にも、キリスト者を迫害していたパウロや、7つの罪を犯していたマグダラのマリアも、決して聖人にはなれない。
 要は、それぞれの時代の中で、どう神に向かい合い、生き抜いていったか、そしてそれが後世にどのような影響を与えていったかではないか?きっとフランシスコ教皇自身が、自分の中にある弱さや欠点を嫌というほど知っているからこそ、こうした決断をしているのだと思う。

写真 映画「ローマ法王になる日」DVDジャケットの裏
ローマ法王になる日(裏)


 こんな風に、戦い続けているフランシスコ教皇から、僕は目を離さずにいよう。なんといっても僕の洗礼名アッシジの聖フランシスコと同じ名前の教皇だから。

来週は京都から「今日この頃」をお届けします。

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