「タンホイザー」立ち稽古始まる

三澤洋史

年始早々全開状態
 年が明けて1月4日から新国立劇場での仕事始め。午後「タンホイザー」「紫苑物語」の合唱音楽練習をやる。西村朗作曲の委嘱作品「紫苑物語」は、いわゆる現代音楽で、合唱の量も多く、音を取るだけでも大変だが、これを暗譜するのは至難の業。何度も何度も繰り返し練習して、頭と喉に無理矢理にでも覚え込ませないといけない。
 一方「タンホイザー」は、ワーグナーが作曲した調性音楽ではあるが、男性にとっては、第1幕及び第3幕の巡礼の合唱もあるし、第2幕でも女性たちが逃げ去った後延々と続く男声合唱があって、ことのほかしんどい。
 4日金曜日、5日土曜日と、この昼夜のしんどい練習をつけて、6日日曜日は浜松バッハ研究会の練習に行き、さらに7日月曜日、8日火曜日、9日水曜日と午後「タンホイザー」夜「紫苑物語」と続いたら、さすがに疲労困憊してきた。
 次の日の10日からは、「タンホイザー」の立ち稽古が始まるので、「紫苑物語」の練習はしばらく中断。ところが「タンホイザー」がオケ付き舞台稽古まで進んで一段落した23日に、突然「紫苑物語」の立ち稽古が始まるんだ。
それなので、9日の最後の「紫苑物語」は、徹底的に暗譜稽古に徹したが、やってもやっても果てがない。とうとう9時きっかりまで全力疾走という感じで稽古を付け、
「ハアハアハア!」
という感じ。




「タンホイザー」立ち稽古開始
 次の日になって「タンホイザー」の立ち稽古が始まると、昨日までの喧噪が嘘のように、僕はただの引率の先生のようになる。

 第2幕の歌の殿堂の場面では、行進の順番を決めたり、みんなの舞台上の配置を決めたりするだけで時間がかかる。むしろ歌うのは、
「はい、それではこの配置で一度音を出してみましょうね」
と、たったの一度だけだったりするから、指揮者の横に座っているだけの僕は、午後のゆったりとしたひとときで、むしろ眠ってしまわないようにするのが一苦労って感じだ。
 ぼーっとしていると、突然、
「三澤さん、パートの配分は、この並び位置で問題ないですか?」
なんて、演出助手の澤田康子さんから投げかけられてくるから、
「え?あ・・・・はい・・・いいんじゃないでしょうか・・・」
としどろもどろで答えると、合唱団員たちがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「やだ、三澤さん、寝てたんじゃないの?」
とみんなの目が語っている。

 翌11日金曜日からソリストと指揮者が来日して稽古に加わる。まずソリストたちの立ち稽古をつけてから合唱と合流するため、合唱の午後の練習がなくなって夜だけになった。僕とすると、嬉しいようなそうでないような・・・・。何故なら、その晩の内に名古屋に行かなければならないから、本当は午後だけあって、夜なくしてくれた方が嬉しいのだ。
 その代わり、本当に久し振りに午後イチで立川の柴崎体育館に泳ぎに行った。
「指揮って相当な運動量ですよね」
って、みんな言ってくれるんだけれど、上半身だけの運動量って全然たいしたことない。むしろ指揮者というのは、みんなの間違いを指摘したり、いろんな判断をしたりと頭を使うことの疲労感が多いので、肉体的には運動不足になっているんだ。
 だからここで水泳が出来る環境が与えられたのは本当に嬉しかった。しばらく泳いでいなかったので、すぐ疲れるかなと思ったけれど、逆に肉体的な疲労はたまっていないので、いつもよりスイスイ泳げて爽快そのもの。クロールと平泳ぎを混ぜて泳いだり、あとはバタ足やストロークの練習で1500メートルくらい泳いで帰って来た。

 夜の「タンホイザー」の練習は、第3幕の巡礼の合唱とラスト・シーンの女声合唱の立ち稽古が早く済んだので、予想よりも早く名古屋に行けるかなと期待したが、マエストロのアッシャー・フィッシュ氏が音楽稽古をやりたいという。
 通常、立ち稽古中の音楽稽古は、その場で今稽古しているところだけチョコチョコっとやるのであるが、みんなを立たせたまま稽古するのは良くないと思って、椅子がきちんと並んでいる別の練習場に移動したら、マエストロが、
「これは全幕しっかり音楽稽古できるんだな」
と勘違いして、
「はい、第2幕の歌の殿堂から」
と言い出した。で、その後延々稽古を続けている。僕はちょっとあわてた。みんなも、立ち稽古の箇所をあと10分か15分くらいだけ練習したら帰れるだろうと思っていたので、
「これは話が違う」
という顔をしている。
 マエストロは、9時までかけて全曲をやろうとしているが、それでは音楽稽古としても時間が長すぎるので、僕は、
「合唱音楽練習は、通常1時間やったら休憩を取らなければいけないことになっているので、さっき7時45分から始めたから、遅くても8時45分には終わりましょうね」
と言った。それでマエストロはしっかり8時45分まで稽古をした。

 それから僕は急いで劇場を出て東京駅に向かう。東京駅でお弁当を買い、缶ビールを飲みながらゆったりと名古屋に向かおうと思っていたが、なんと名古屋方面の「のぞみ」は21時24分が最終で、その後は「ひかり」になってしまうので、24分に乗らないと名古屋到着がとっても遅くなってしまう。だから買うものも買わずにあわてて最終の「のぞみ」に飛び乗った。
 ところが、みんな同じことを考えているんだな。車内販売が来たが、
「申し訳ございません、お弁当もビールも売り切れで販売を終了しております」
と言いながらお姉さんが申し訳なさそうな顔をしながらワゴンを押している。
「げ、は・・・はらへった・・・・」

 結局、名古屋には11時前に着き、金山のホテルに着いたのは11時20分くらい。それから街に繰り出して居酒屋に入った。南口のすぐ近くの芋蔵という九州の料理を中心とした店で、薩摩揚げがめっちゃおいしかったし、焼酎のメニューが充実している。吉兆宝山のお湯割りが冷えた体を内側から温めてくれた。でもさあ、こんな時間に居酒屋は駄目だよね。

愛知祝祭管弦楽団と「神々の黄昏」
 1月12日土曜日は、新春早々愛知祝祭管弦楽団の練習日。今日は楽劇「神々の黄昏」第2幕。この楽劇の中で最も活気に満ち、ワーグナー後期の円熟した作風があますことなく表現されている。物語も、第1幕で蒔かれたハーゲンの悪意が、ここで炸裂し全てを大混乱に導く。この第2幕をどう演奏するかにこそ、この楽劇の演奏の運命がかかっている。だから、今日は勝負の時。


001第2幕冒頭  (画像クリックで拡大表示)

 第2幕のヴァイオリンとビオラの複雑なシンコペーションとそれに答える低弦の冒頭(001)は圧倒的な力を持つ。しかし、残念ながらこのリズムがはっきり出ない演奏が多い。これはリズムが命なのだ。

写真 ライトモチーフ「ニーベルングの破壊工作」の楽譜
002ニーベルングの破壊工作

何故なら、「ラインの黄金」ですでに出現する「ニーベルングの破壊工作」(002)というライトモチーフから取られたリズムだからだ。僕はこの部分を最初八分音符単位で指揮してリズムをきっちり確認させてから4つ振りした。

 僕は、「ラインの黄金」を知った時、この「ニーベルングの破壊工作」という、美しくも華々しくもなく、どちらかというと取るに足らないように見えるモチーフが、その後の三部作においてこれほど使われるとは思ってもみなかった。
 このモチーフは、ヴォータンの宿命のライバルであるニーベルング族のアルベリヒの悪意と呪いの象徴であり、世界の没落を表現するものなのだが、とりわけ「神々の黄昏」で様々なバリエーションを伴って効果的に使われている。
 それに、この減七和音的な、調的にぼかされたモチーフは、「トリスタンとイゾルデ」に代表される、ワーグナー後期の音楽の調性破壊にも一役買っていて、ロマン派から一皮むけた近代音楽の香りがする。
 アルベリヒは、もともとはラインの乙女たちへの色恋に囚われていたような人間的感情のある存在だけれど、それに反して、その息子であるハーゲンは、「愛を断念し、憎悪の中で産み落とされた」いわば悪の純粋培養である。英語のevilという言い方が一番ふさわしいかもしれないが、あえて日本語で言うと「邪悪」。
 その邪悪が、いかにして人の心に浸透し、花開いていくのか、ということが、第2幕ではあますことなく丁寧に表現されていく。ワーグナーの音楽の悪魔的手腕には驚くばかりである。

写真 男声合唱の楽譜
003男声合唱  (画像クリックで拡大表示)


 ギービッヒ家の家臣の合唱の場面は、オーケストラが良く鳴るように書いてある。素晴らしい管弦楽の咆哮。これを聞いているだけでも聴衆は充実感を覚えるだろう。その祝いの真っ只中に、炎の丘から誘拐されてきたブリュンヒルデが連れてこられ、夫ジークフリートをそこに発見する。だが彼の傍らには美しいグートルーネが寄り添っていた。忘れ薬を飲まされた彼が、無意識の内に行ったブリュンヒルデに対する恐ろしい裏切りが露呈する。
 この混乱こそ、悪の権化ハーゲンの思うつぼである。絶望するブリュンヒルデに、ハーゲンが巧みに忍び寄る。
「俺に任せてくれ。君に代わって俺が復讐を遂げてやる。だから・・・ジークフリートの弱点を教えてくれないか・・・」
そしてブリュンヒルデは、まんまとハーゲンにジークフリートの背中が弱点であることを教えてしまう。

いやあ、本当に感動的、効果的、円熟の極み!「神々の黄昏」第2幕には、どんな賛辞を捧げても足りない。人は「トリスタンとイゾルデ」こそワーグナーの最高峰のように言うけれど、作曲技法の円熟という意味では、間違いなく「神々の黄昏」がトップであろう。これこそ、ドイツロマン主義が辿り着いた頂である。

 愛知祝祭管弦楽団もやる気満々。それにしても「ラインの黄金」を始めた当初から比べると、見違えるようにうまくなったなあ。勿論アマチュアだから、最初はヘタなんだよ。でも、ヘタはヘタなりに、少なくとも曲想を掴むのがうまくなったし、すでに慣れ親しんでいるライトモチーフの演奏に関しては、上手に回りから浮き上がって聞こえている。これだけでも画期的だ。

 練習後、場所を移動して、夜は講演会。基本は愛知祝祭管弦楽団員のための「基礎知識を叩き込む目的」の講演会であるが、今回は合唱があるため、合唱団員たちも多数参加してくれたし、若干の一般の方の参加もあった。
 ここでは、知的なアプローチで、参加者からの質疑応答も充実して、とても楽しい会となった。夏の演奏会の前にも講演会をする。

さて、また新しい週が始まり、しばらくは「タンホイザー」にどっぷり漬かる日々となる。

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