圧倒的名演、カンブルランの「グレの歌」!

三澤洋史

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こんなにも愛されて
 3月17日日曜日。仕事は午後3時45分から新国立劇場にて。新国立劇場の「ウェルテル」公演には、第4幕の児童合唱の陰コーラスの補強として新国立劇場合唱団から8人のソプラノだけが参加。今日は最後のオケ付き舞台稽古であるが、第4幕が来る前に、多摩ファミリーシンガーズと合同稽古をする。

 というので、午前中が空いていたので、5歳の孫娘杏樹と一緒に立川教会の10時のミサに出る。母親の志保は午前中から仕事。その後でピアニストとして参加していた「ウェルテル」を観に行くと言っていた。

 午前9時前。杏樹と一緒に家を出る。立川まで自転車でツーリング。いつもは我が儘言いたい放題の杏樹だけれど、こんな時だけは結構従順に僕の言うことを聞いてくれる。しかも今日は、ミサもおとなしく受けていた。といっても、紙と鉛筆を持ってずっとお姫様の絵を描いていたけどね。

 今日は子どもミサの日。聖歌も子どもミサ用の曲。みんな良い曲だね。奉納の時に歌われた「わたしをお使いください」は、「マザー・テレサの祈り」をもとに作られている。

主よ 今日いちにち 
貧しい人や 病んでいるひとびとを 助けるために
わたしの手を おのぞみでしたら
今日 わたしのこの手を お使いください
拝領の時には「あなたに愛されて」が歌われた。一緒に歌っていて、
こんなにも愛されて・・・
という歌詞を歌った時、不思議といきなり込み上げるものがあり、ウルウルして歌えなくなってしまった。
「自分は、こんなにも愛されている!」
ということが、本当に実感として感じられたのだ。

 何故なら、杏樹は、今日はとっても静かにミサを受けて、僕と一緒に聖体拝領の行列に並び、門間神父から祝福を受け、また僕に体をピッタリくっつけている。
僕は、溢れるような気持ちで杏樹を見つめ、杏樹を愛し、この子の人生に幸あれと心から祈っている。
 こんな何のとりえもない自分が、こんな風に愛に満ちた人生を送ることが出来るのも、自分が神から愛されている証拠だ。自分の功績ではない。これは完全なる神からの恵みなのだ。

誰かを愛する人生。
愛することが出来るということ。
愛されることが出来るということ。
それは神の領域。
それを人は恩寵(おんちょう)と呼ぶ。

圧倒的名演、カンブルランの「グレの歌」!
 シルヴァン・カンブルランの在任中、読売日本交響楽団は数々の目覚ましい功績を残したが、その中でもメシアン作曲「アッシジの聖フランシスコ」と並び称されるものとして、このシェーンベルク作曲「グレの歌」も将来に渡って位置されるのではないだろうか。

 カンブルラン氏の指揮は明快で、しかもきちんと今出ている音が聴けている・・・こういうと、指揮者なんだからもちろん聴けるに決まっているでしょ、と思うだろうが、これが案外そうでないんだな。
 指揮者には、基本目立ちたがり屋でナルシストが多いのだが、派手なパフォーマンスをやる人に限って、出ている音が聴けていないことが多い。したがって、アンサンブルがうまくいかない時に、それに対する適切な対処が出来ない人が多い。
 一方、楽団員達はプロだから、指揮者が聴けていないと分かると、ある意味、指揮者を見棄てて、自分たちで問題解決しようとする。それがうまくいく時といかない時がある。やはりあらゆる面からの整合性を図るためには、全体を俯瞰する立場の指揮者が仕切ってくれることが必要だ。当たり前でしょ。そのために指揮者がいるんだから。

 さて、今回の「グレの歌」でマエストロ・カンブルランと共演しながら、僕は(恥ずかしながら)初めてこの曲を好きになった。それまでは、スコアの中に、複雑に絡み過ぎてストリートな理解を阻むモチーフや、独創的であることを急ぐあまり、本当に必然性があるのかと疑問に思うオーケストレーションなど、作品全体の仕上がりに対し懐疑的になってしまう部分が少なくなかったのだ。
 またストーリー的にも、ヴァルデマール王のトーヴェに対する想いばかり延々と続いていてドラマ的展開が少ない点や、あるいは肝心のトーヴェの死が山鳩によってしか知らされない点、さらに、最後の太陽の賛歌に見られる救済に至るまでのプロセスが充分に表現されていないなど、物語としての説得力に欠ける部分も感じていた。

 しかしながら、今回の演奏を聴いて、この作品の「若気の至り」の部分は、そのままとりもなおさず「強烈な表出性」に反転するのではないかと思うに至った。これから僕は利点と欠点を同時に述べよう。

 まず、僕の大好きなテノール歌手ロバード=ディーン・スミスのリリックで知的な歌唱を、あの巨大な大管弦楽が覆い尽くしてしまったのは残念であった。同時に、120人の我が新国立劇場合唱団のパワーをもってしても、読響の金管楽器の咆哮には太刀打ちできなかった。僕たちは、実は演奏会で聴かれたよりもずっと、各声部を緻密に作り込んでいたのだ。にもかかわらず、第3部が始まってすぐの男声合唱も、終曲の太陽の賛歌の混声合唱も、ディテールは潜ってしまった。

 だが・・・だが、それもカンブルラン氏の意図だと、練習を聴きながら僕は気が付いた。これが、シェーンベルクの爆発的エネルギーなのだ。これを抑えたら、勿論各声部は聞こえるだろうが、それでは若きシェーンベルクはいなくなってしまうのだ。

 だから僕は本番前、みんなにこうサジェスチョンをした。
「みんな、オケが大きくて聞こえないだろうと思っているでしょう。でも、サントリーホールは観客が入ると音が吸われるから、本番では絶対聞こえると信じて今の発声法を絶対に変えないで!
ただ、音の立ち上がりははっきりして、語尾を言うために音が短くなるのも厭わないで!言葉はいつでも明瞭に!」
 僕は知っていた。みんなは今頃、自分たちが聞こえないんじゃないかと疑心暗鬼になっているに違いない・・・と。しかし、それでみんながコントロールを失って吠え始めたら、全てが崩壊する。
 サントリーホールに観客が入ったら、空っぽのゲネプロよりは音がワンワンしなくなるのは事実だが、僕はそれで全ての合唱の声部が明瞭に聞こえるようになるとは思っていなかったので、その意味では、嘘をついたと言われても仕方ない。
 しかし、合唱指揮者という立場で判断するよりも、もっと優先するべき判断力が僕をこのように言わせていた。すなわち、作曲をしオーケストラ指揮者として活動する僕のミュージシャンとしてのトータルな判断力である。

 この曲は巨匠の円熟した作品ではない。混在、乱雑、アンバランスな情熱・・・そして、稀有な表出性!それがこの作品の命なのだ。
3つの合唱群のそれぞれが第1テノール、第2テノール、第1バス、第2バスを持つ9声に分かれた男声合唱。しかもそれが、さらにディヴィジ(細分)されて独自の動きを持つ。そんな風に書かれたものが、あの容赦ない大管弦楽と対峙出来るはずがない。そのどこを取ってどこを捨てるかが、この曲を演奏する際、指揮者が取るべき決断。だから、この曲には恐らく決定版の演奏というものは存在しない。

 しかしながら、カンブルラン氏の演奏は、ひとつのあるべき模範の姿を映し出すことに成功した。ギリギリのバランス感覚で、全体を構築して見せた。
ロバート=ディーン・スミスは、バイロイト音楽祭でも一緒だったし、新国立劇場でも「運命の力」のアルヴァーロなども歌っているので仲良しだ。僕は彼のことをボブ(ロバートの愛称)と呼ぶ。彼はヴァルデマールのパートを全て暗譜で歌い通した。
 彼の発声テクニックは完璧だ。なにせ、バイロイト音楽祭の時に、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」で主役のヴァルターを歌っている最中に、翌日の「ローエングリン」のタイトルロールを歌っていたペーター・ザイフェルトが降板することが決まったけれど、その代役を平然と受けて、その晩のヴァルターも次の晩のローエングリンも完璧に歌いのけたのを僕は目の当たりに見ている。
 その抜群のコントロールを誇る彼の声がオケを突き抜けなかったといって、彼を批判する者は、何故彼が無理をして声を張り上げなかったかの理由を理解できないだろうな。彼は彼として、ヴァルデマールの悲しみを淡々と語り続けたのだ。それでいいのだ。聞こえないものは聞こえなくて仕方ないのだ。それが、このある意味不完全な作品で、全ての方向で一番みんなが生きる道なのだ。それをカンブルラン氏は知っていたのだ。

 読響の弦楽器の艶やかさ。彼らはカンブルラン氏の統率の下、整然とした中にうねるようなロマンチシズムを描き出した。木管楽器の美しい音色とくっきりとしたメロディーライン。金管楽器の柔らかい中のパワフルな咆哮。すっきりしていて濃厚。
 そこに、すっぽりと合唱団が溶け合い、響きの冠で全体のサウンドを輝くものとした。こんなコラボのあり方もアリなのだ。僕は、「合唱さえ聞こえればあとはどうなってもいい」なんていう合唱指揮者にだけは成り下がりたくないのだ。

 惜しまれつつ去って行く読響のカンブルラン監督の時代。その歴史の1ページに加わることが出来て僕はしあわせである。

角皆君との文通
僕から角皆君へのメール(ガーラ湯沢からの帰りの新幹線にてiPhone)
 今日(3月15日金曜日)はガーラ湯沢に行って来ましたが、数日前に新雪が降ったといえど、湯沢の雪は重く、コブのコンディションは良くなかったので、あまりコブには行かず、一日中自分のターンを落ち着いて見直していました。
 ひとつだけ質問があります。ミドルターンやロングターンをズラさないで攻撃的に滑る場合、外スキーに圧をかけながら、爪先からカカトへゆっくり重心移動していくと、スキーが走るじゃない。その時には要するにカーヴィングに乗っているんだよね。224のR20でも、これはアリなんだよね。

質問の意味が分からないかも知れない。

 僕の問題は、ターンの始動を、「新しい外足にきちんと乗る前に」板のエッジ切り替えで始めようとした事で、それは明らかにカーヴィングスキーとその指導書のせいなんだ。
でも、ターンの途中では、上体のくの字の外向傾さえ出来ていれば、板自体の深い内傾は従来の方法でも許されるのか?という話。
 もし許されるとすると、カーヴィングスキー板をそんなに悪者にすることはないね。角皆君くらいになると、どの板で滑ってもきちんと滑れるのだけれど、僕くらいでは、根本から騙されるから、はっきりしておきたいのです。
 例えば僕は、Speed Chargerで板のトップからコブに入ることに恐怖感を感じます。板を3度曲げても恐怖感を感じない角皆君とはそこが違う(笑)。224ならトップから入ってもたわんでくれるから安心なのです。
 同じように、224なら、外足荷重と外向傾がより良く出来るし、板に乗ったなという実感を得られます。だから今の自分には224が必要なのです。

 先日、杏奈の板(杏奈のいとこのマーちゃんからもらった短いNordica)で滑ってみたら、なんともペラッペラで、だいたいレンタル・スキーって、杏奈より大きい人でもみんなあんな短さでR12とかじゃない。こんな板でゲレンデを滑るのがスタンダードになっている状態ってどうなのかなと思うのですが、その一方で、いつまでもカーヴィングスキー板を敵視したままでいるのもなあと思っている今日この頃です。

 こんなことをまた「今日この頃」に書いてしまう前に、間違ったことを言いそうなので、何かサジェスチョンをください。カーヴィングスキーでも利点はあるのでしょう?
楽しいということの他に・・・。
では。

角皆君の返信
三澤君、連絡をありがとう(^O^)/
 三澤君とスキーについてこうした深い話をする日が来るとは、とても嬉しいですし、人生は驚きに満ちていると感じます。
244とカーヴィングスキーについてですが、これはまさにカーヴィングスキー以前のスキーとカーヴィング時代のスキーの比較になりますね。
 スキーの上達や技術的な正確さを問うなら、三澤君の言うように244のようにRのないスキーの方が適しているように思います。たぶん同じ理由から、GSのスキーのRがどんどん大きくなって来ています。すでにモーグルスキーのRを抜いています。モーグルが20数メートルに対して今のFISは35メートル以上というルールになっています。
ちなみに1970年代のスキーのRは100メートルを超えていたそうですよ。

 自分の滑走感覚だと244はショートターンに適したスキーですが、完全なカーヴィング・ショートターンは難しいです。切り換え時に少しスライドを混ぜるのが良いターンを描くために必要に感じます。いっぽう、Rが17~18くらいのスピードチャージャーやR14のスラロームスキーなら、かなり完全なショートターンを描くことができます。
 カーヴィングの場合ショートターンでもロングターンでも、どうしても重心の移動で内傾しやすくなります。これはやはり体を倒して内傾角を作ってエッジを切り換えたくなるためでしょう。こうした滑りでも、完璧なターンをする斉木隆さんのようなスキーヤーもいるにはいます。けれども、内傾してしまうと、いちばん大切なところでスキーを踏めなくなりやすいです。
 ここは質問の「上体のくの字の外向傾さえ出来ていれば、板自体の深い内傾は従来の方法でも許されるのか?」というところです。斉木さんはわずかな外向を使って、体の軸全体を倒して完璧なターンをしています。あとで、動画のリンクを送りますね。
斉木さんは元競技スキーの全日本チャンピオンからデモ(基礎スキー)のチャンピオンになった方で、一世を風靡したスキーヤーです。

 カーヴィングスキーで滑る場合、切り換えでスキーの進行方向に近い方向への重心移動、もしくはスキーの引き込みがとても重要になると思います。レールターンで滑る場合でも、体を倒すのではなく、下肢が重心より離れていくことによるカーヴィングが重要と考えます。
斉木さんのように滑るのは、まさに綱渡りのバランス感覚が必要になりますね。

 自分は244よりカーヴィングスキーの方がいろいろとおもしろく感じます。それは244よりも簡単に高度なターンができるからでしょうね。ただし、あまりRが小さすぎたり・・・・・・14より小さいとそれなりに難しいと感じます・・・・・・、スキーのトップ部分が幅広すぎると、コブが難しかったりと、いろいろあります。
 4月10日にK2全機種の試乗会がありますよ。場所は苗場かぐらです。もしこの日が空いているようなら、湯沢辺りで三澤君をピックアップして、一緒に行けると面白いでしょう。10時くらいに湯沢なら最高です。かぐらには2時間から3時間くらいいる予定にしています。10日はダメだけれどより12日なら大丈夫という場合は連絡をお願いします。試乗会は10日~12日の3日間やっていて、わたしたちは10日に行く予定なのです。
以下、斉木さんの動画です。後ろを滑っているのはわたし。



参考になれば幸いです。

スキーという行(ぎょう)
 3月15日金曜日のガーラ湯沢は、正確には三山共通チケットで、ガーラ湯沢、湯沢高原スキー場、石打丸山スキー場に行けるのだが、湯沢高原スキー場につなぐロープウェイの時間がなかなか合わなくて行けず、結局、ガーラ湯沢北エリアと石打丸山スキー場頂上付近を中心に滑っていた。

 よく角皆君に笑われるんだけど、僕は短期間の内にスキーを無理矢理上達させてきただろう。だから、きちんとターンをして滑っている時よりも、そうじゃない何気ない時に、とっても下手な面が出てしまう。たとえば、レッスンでとってもうまく滑りきった直後に角皆君のすぐそばで理由なくバランスを崩してコケるとかね。
 たとえば、急斜面ゲレンデで立ったまま方向転換をする方法とかとっても下手。それなので、今日はちょっとそんな練習を混ぜた。その中で、最も成果があったのが、平らなゲレンデや、リフト間などでやや上り坂になっているところを行くためのスケーティング。
 これは、滑る前の日にYoutubeでクロスカントリーの人達の映像を観ながら研究した。みなさんに是非お薦めしたい。これに精通するだけで、スキーがうまくなるよ。何故なら、スケーティングは、押し出された新しい軸足に完全に乗らないと進まないから。


 今日の僕のテーマは、まさに「新しい外足に完全に乗ること」なので、スケーティングを随所で混ぜたのは効果的であった。特に緩斜面では、それにターンをミックスして、要するにインゲマール・ステンマルクが行っていたScheren-Umsteig(ドイツ語を直訳するとハサミ切り替え)の真似事をしたりした。
 ただこれは、普通の人には緩斜面でないととても恐くて出来ない。切り替えて乗った新しい外足でスケーティングをするのだから。通常スピードが抑えられて安定するところで、逆にビューンと加速するわけだ。よくレーシングでこんな芸当が出来るもんだな!
 でもね、これをやると、板に置いて行かれないために嫌でも腰が板よりも前に出て、新しい外足の板は後ろに引かれ、反対の内足の板は前に出ながら浮くことになるので、いよいよ“板に確実に乗れる”ことになるわけだ。いろんな意味でこれは有意義だ。

 さて、最大斜度35度の石打丸山スキー場の山頂ゲレンデは、晴れた日には息を呑むような南魚沼平野のパノラマが眼前に広がり、そこに向かってまっしぐらに滑り出すと、全ての束縛から解き放たれて、自分が鳥になってどこまでも飛翔していくような爽快感を覚える。

写真 快晴のもと石打丸山山頂から見渡す大パノラマ
石内丸山山頂からのパノラマ

 ここでロングターンするのは、スピードが出てしまうのでとっても恐いけれど、スネでブーツのベロを抑えながら周到に圧をかけて疾走するのは自己への挑戦。どんな時でも、自分を見失わず、スキーをコントロール下に置く。
 「肉体を自分の意識あるいは魂の完全なコントロール下に置くこと」、これを人は宗教的意味を込めて行(ぎょう)と呼ぶ。その時に戦う相手は「恐怖感」。その恐怖感がフォームを歪める。勇気を持ってフォームを信じ、過信は厳禁ではあるが自分を信じて、落ち着いてコントロールの綱を緩めず滑り降りること。だから僕にとって、ひとりで滑るスキーは、一種の宗教的行為といえよう。
 一方、ショートターンでは、今日はやや過度に上体を左右に振って、特にターン終わりに反対側にギューッと上体を絞り込み、過度な外向傾を作った。するとテールが自分の支配下に入り、ブレーキが意のままにかけられるのが分かる。それからターンをしようと思わなくても、ストックを突くと、バネがはじけるように自動的に下半身が逆方向に戻ってくる。
 このショートターンを嫌というほどやってから、最後にガーラ湯沢に戻り、スーパースワンのコンディションの悪いコブ斜面を滑ったら、結構良い状態で滑れたのが嬉しかった。こんな風に、スキーでは行の面もあるけれど、努力したらしただけの結果が返ってくるのは嬉しい。

あさっては、またまたバリトンの秋本健ちゃんと一緒に川場スキー場に行ってきます!

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