妻のキャンドル

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真

妻のキャンドル
 最近我が家では、夕食の時、食卓に必ず複数キャンドルが灯っている。ローソクの光は柔らかく、仕事から疲れて帰って来た僕の心を癒やしてくれる。そのキャンドルは妻が作ったもので、今や家のあちこちにゴロゴロしている。
 彼女は去年の夏からロウソクの作り方を先生について学び、10月に社団法人・日本キャンドル協会認定のキャンドル・アーティストの資格を取得した。それから、まるで取り憑かれたようにキャンドルを作り続けている。

 その日本キャンドル協会でキャンドル・コンテストを催すというので、彼女はためしに応募してみた。テーマは「your color」ということで、キャンドルそのものの技術だけではなく、独創性や芸術性も問われるという。
 僕なんかの素人には、参加者のレベルもコンテストで要求される趣旨も分からなかったが、第1次審査を通過したと聞いたときには、「へえーっ?」と思った。それで彼女はますます夢中になってキャンドル作りに没頭した。

 僕にとっては嬉しい気持ちもあった。妻は、子どもが生まれるまでは保育園で保育士の仕事をしていたが、その後はふたりの娘の面倒を見るために専業主婦となり今日に至っている。さらに、孫の杏樹が生まれてからは、長女の志保がピアニストとして忙しく働いているため、杏樹の世話を一手に引き受けている。僕もそうであるが、音楽家というのは、むしろ午後から夜までが仕事でしょう。だから、保育園から帰ってきた杏樹を寝かせるのも基本的に妻の仕事。そんな彼女が、心のどこかで、
「あたしはひとりでこの子の面倒見ているけれど、みんな好きなことばかりしていいなあ・・・」
と思っていたって不思議はない。でも、今の彼女は、とっても生き生きと輝いているのだ。「千春も好きなことをしてくれている方がいいよ。こっちも、悪いなあと過度に罪の意識を感じる必要もないし。妻がのびのびしているのを見るのは気持ちいい」
と言ったら嬉しそうな顔をした。
 杏樹はいずれにしても5時まで保育園に行っているので、その間は彼女の天下なのである。さらに良いことが重なった。最近我が家は、防音工事を行ったが、その工事の間、ピアノのある部屋の様々な物を一時的に置いておくために、歩いて2分くらいのところに格安アパートをひとつ借りた。そこに彼女は、キャンドル作りの道具をみんな持って行き、勝手にアトリエにしたため、防音工事が終わっても、そのアパートは引き払われることなく彼女のアトリエであり続けている。
「まあ、いいよ。好きにやんな!」
 それでこっちも便乗して、スキー板やブーツなどを置かせてもらっているし、杏樹も、「ぽぽちゃんの家」とかをそのアパートに持って行って、自分の隠れ家にしていて、保育園から帰ってきても、妻がキャンドルを作っている側でおとなしく遊んでいるという。

 でも、まさか第2次予選ともなれば、挑戦してくる人達のレベルもぐんと上がるんだろうなあ・・・こだわっている強者もいっぱいいるんだろうなあ・・・もし落ちたら妻は落胆するんだろうなあ・・・と発表が近づいてくるにつれて密かに気になっていた。

写真: キャンドルコンテスト2次審査の作品
2次審査の作品


 それが、6月2日日曜日の晩、愛知祝祭管弦楽団の練習が終わって帰り道、LINEに「2次受かりました。ファイナルに行きます」というメッセージが入ってきた。ウソ?マジ?と思った。ヤッタじゃない!とにかく、彼女のガッカリする顔を見なくてよかった、というのが最初の感想。
 彼女は名古屋から帰ってきた僕を、南武線西府の駅まで車で迎えに来てくれた。僕は車の扉を開けながら、開口一番、
「おめでとう!良かったね」
と言った。彼女は照れながら、
「これからが大変よ、ファイナルなんだから」
と答えた。
「やればやるほど、自分が下手だって思い知らされるのよ」
「あはははは、みんなそうなんだよ。みんな自分の欠点を日々突きつけられているんだよ。完璧な人間なんていない。好きなことやるってのも楽じゃないだろう」
「でも楽しい!楽しいけど、苦しい・・・でも楽しい!」
「それが一番だね!」

 家に着くと、次女の杏奈が遊びに来ていた。彼女も、メイクの仕事が軌道に乗り出して、フィガロ・ジャポンなどの雑誌のグラビアのメイクを担当したり忙しくなってきている。加えて妻がこうなってくると、つまり我が家は全員アーチストというわけだ。
 もう11時前なので、杏樹は当然寝てしまっていた。僕はネットで取り寄せたモンペラのブラン(白ワイン)を開けた。それをみんなで分けながら、志保が作ったというアクアパッツァを食べた。
目の前でキャンドルが揺れている、その光に映し出された妻や娘達のゆらゆら揺れる顔を見ながら、胸の中にじわーっとしあわせが溢れてくるのを感じた。

写真: 我が家のキャンドル
我が家のキャンドル

優れたワーグナー演奏は「魔法」ではない!
 愛知祝祭管弦楽団の練習は、「ラインの黄金」を始めた頃は、月に一度程度の1日練習で充分だった。しかし、「ジークフリート」あたりから、曲の長さや難易度故に、一回の名古屋訪問に2日間かけることが多くなった。それに加えて、今回の「神々の黄昏」になると、ブリュンヒルデ役の基村昌代さんだけでなくシークフリート役の大久保亮さんも名古屋の人なので、オケ練習後に、他の名古屋在住のソリストと一緒に、コレペティ稽古が頻繁に入る。
たとえば、先週からの「神々の黄昏」のスケジュールを書き出してみよう。
5月28日火曜日 大森いちえいさん(アルベリヒ)と成田眞さん(ハーゲン)のコレペティ稽古(東京にて)。

5月30日木曜日 基村昌代さん(ブリュンヒルデ)のコレペティ稽古。
(基村さんが上京。東京にて)

5月31日金曜日 新国立劇場「トゥーランドット」合唱練習の後、新幹線で名古屋に向かい、深夜、ホテル刈谷名鉄インに入る。

6月1日土曜日 10時から16時30分  愛知祝祭管弦楽団の練習。 
午前中は基村昌代さんと大久保亮さん(ジークフリート)が参加して序幕の2重唱と第1幕第3景の2重唱。
午後は基村さんのみで第3幕第3景のブリュンヒルデの自己犠牲から終幕まで。

その後場所を移動して18時から三輪陽子さん(ヴァルトラウテ)と基村さんで第1幕第2景の2重唱のコレペティ稽古。
次いで大久保さんと、第2幕ジークフリートのコレペティ稽古。
20時30分くらいに終了。それから近くの居酒屋で三輪さん、基村さん、団長の佐藤悦雄さんとで食事。
途中から2人の団員が参加。

6月2日日曜日 10時から16時30分 愛知祝祭管弦楽団の練習
午前中は大森いちえいさん(アルベリヒ)と成田眞さん(ハーゲン)が東京から参加して、第2幕第1景の2重唱の練習。
その後無理矢理第2幕を通した。
午後は、成田さんだけが残って、先ほど通した第2幕の直し稽古。
その後第1幕第1場のギービッヒ家の場面。

それで終わりではない。
再び場所を移して、18時から大須賀園枝さん(グートルーネ)の2度目のコレペティ稽古。歌う箇所は多くないが、グートル ーネにはいろいろこだわりがあるので、思ったより時間がかか った。
19時30分くらいまでやって、刈谷駅から東海道線で名古屋駅に向かった。家に着いたのは23時近く。

   どうです。みなさん。特に週末はなかなか濃い2日間でしょう。
特にオケ合わせは、ちょっと普通のオケ合わせから見るとかなり変わっているかも知れない。まず僕は、歌手達に歌わせないで聴いていてもらい、一度オケだけの稽古をやる。ワーグナーの場合、ピアノによるコレペティ稽古とサウンドが大きく異なるからだ。
「あのね、これからみんなが歌う自分の箇所がどんな風景なのか、まずそれを冷静に聴いて感じ取って欲しいんだ。それから、何度でもやるから、だんだん声を出していってもいいし、その途中で歌うのをやめて聴き入ってもいいんだよ」
というと、歌手達はホッとしてリラックスしてオケ合わせに臨むことが出来るのだ。

 これは、通常のオペラ公演のオケ合わせでは絶対に望めないこと。オペラでは、曲が長いので、一回通すだけで精一杯。何か問題が起こって止めたとしても、最大限で二回歌えればいい。
 歌手達は、オケを冷静に聴くどころか、自分が乗り遅れたり合わなかったりしたら大変と思っているから、極度の緊張状態で臨む。声が小さくてオケに消されていると思われたら大変と思うから、喉だって全開状態。みんな力みすぎたり押しすぎたりして歌うのがオケ合わせだと思っている。
 ところが、僕が、最初は歌わなくていいから聴いていてね、というと、みんな拍子抜けして力が抜けるんだ。これが効果がある。それに、たとえば大森さんと成田さんの歌う第2幕のアルベリヒとハーゲンの2重唱は、歌唱部分だけ通すと、わずか10分くらいだろうけれど、僕はここにたっぷり1時間かける。
 大森さんはこの場面だけの出演なので、わざわざ東京から呼んでおきながら、10分で「はい、さよなら!」ではもったいないということもあるが、それにしても一体何度通しただろう。そうすると彼らは、ただオケに挑戦して歌うのではなく、オケの響きの中で自分の身の置き所を落ち着いて探せるというわけだ。

 愛知祝祭管弦楽団は、プロではないから、何度繰り返しても、
「もう分かったから先に行こうぜ!」
なんて誰も言わない。普段から僕は彼らに、
「自分のパート譜を演奏するだけでいっぱいになっていたらオペラなんて出来ないからね。周りを聴きながら自分の演奏を合わせていくんだ」
と言っている。
 特に管楽器奏者が休みの小節数を数え間違えて早く入ってきた時には、その数え間違えを責めるのではなく、そもそも、
「数えるな!」
と怒る。
「CDを何度も聴いて、この景色になってきたら、そこに自分のパートをこういう風に乗せていこう、というイメージを持って入りなさい。臨時記号を間違えるなどもってのほか!曲を知らないで目の前の譜面だけで演奏することが許せないのだ」
と言っている。だから最近は、管楽器の数え間違いが極端に少なくなった。
 彼らも、歌手が加わった練習では、周囲の景色というのがオケだけの景色ではなく、
「歌がこういう風に入ってくるので、トータルでこういうサウンドが出来上がるのか」
と、何度も繰り返す毎に理解度が深まり、歌手と融合した音になってくるのだ。

 また、コレペティ稽古は、ソリスト達とメンタルなやり取りが出来るという意味でも、決してハズせないものだ。僕は、歌手達のパートは全て自分で歌ってみて、言葉が間に合わないなど自分が歌えないテンポでは決して演奏しないし、自分なりのフレーズ感はある。けれども、それでもやっぱり人間が違うと、持っている息の感覚やフレーズ感はそれぞれ違うので、一方的に自分のものを押しつけることはしない。
 稽古開始時に、彼らに自分のアイデアは伝え、自分のテンポでピアノを弾き始めはするが、その間に彼らがどのようにアプローチしてくるかをつぶさに観察している。それで路線変更をするのに躊躇しない。オケ合わせの間にも、
「歌いにくいかい?もうちょっとゆっくりやってみようか?」
といろいろ試行錯誤をする。場合によっては振り数も変える。

 ここまで読んで、みなさんお分かりでしょう。こういう稽古をやれば、誰だって良いワーグナー演奏は可能なのだ。問題は、それをやるか否かなのだ。「オーラ」だ、「魔法」だ、「奇蹟」だ、ではないのだ。それは、とっても当たり前のこと、すなわち正しい稽古をすることと、あとはひたすら努力をするだけ。それ以外に王道はない。
 それと時間だ。
「時間は最大の調味料」
なのだ。
 さらに・・・これが一番大事なのであるが・・・その時間と労力をかけようと思える情熱だ。そう。情熱!情熱なくしては感動的な演奏はあり得ないのだ!

 今後、7月の週末は全て、東京文化会館、新国立劇場、びわ湖ホールなどの公演が続く「トゥーランドット」でつぶれるため、僕はここのところ集中して愛知祝祭管弦楽団の練習に行っている。4月27日及び28日、5月4日及び5日、5月18日、6月1日及び2日という風によく通った。
 コレペティ稽古も、いちおう全員のキャストに回った。まだまだ何度でもやるのだがね。基村さんはまた東京に来るし、グンター役の初鹿野剛さんも志木第九の会の発声指導と組み合わせて東京で成田さんと合わせる予定。
 次の6月22日及び23日の練習では、いよいよ合唱も加わって第2幕のオールスター共演だ。このワクワク感が、8月に炸裂するのだ!




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© HIROFUMI MISAWA