「トゥーランドット」の舞台稽古

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真

もうアメリカを信じてはならない
 トランプ米大統領は29日の記者会見で、日米安全保障条約についてこう語った。
「不公平な合意だ。もし日本が攻撃されれば、私たちは日本のために戦う。米国が攻撃されても日本は戦う必要がない」
さらに、
「変えないといけないと伝えた」
と述べて、日本に見直しを求めていることを明らかにした。
G20大阪サミットがうまくいったとみんなが安堵しているこのタイミングで、である。

 彼は、
「この6カ月間、安倍晋三首相に言ってきた」
と言い、
「もし私たちが日本を助けるのなら、日本も私たちを助けないといけない。首相はそれを分かっているし、異論はないだろう」
とも語った。

 トランプ氏はビジネスマン的発想の人だから、安保を取引材料にちらつかせながら、日米の貿易交渉を優位に進めようとしているのかも知れない。しかしこれがアメリカという国の本音だとしたら、こんな国にどんなにゴマをすっても、今後日本はカモにされることはあっても、アメリカに大切にされることはないのだ。
 もともと共産主義の国々を牽制するために、日本を防衛の最前線におく目的で日米安保条約は作られたが、いちおうの大義はあった。その大義や建て前がトランプ大統領には欠けている。

 僕は誰よりも平和主義者ではあるが、そろそろ日本も、甘い平和主義から目を覚まさねばならない時だ、という想いを強くしている今日この頃である。

先週末
 6月29日土曜日の午前中は、東京バロック・スコラーズの練習。夜は新町歌劇団の練習だったので、姉がひとりで住んでいる群馬の実家に泊まった。
 6月30日日曜日の朝、姉と二人で世間話をしながら朝食を食べると、僕はお袋のいる藤岡市の介護付き施設にお見舞いに行った。次女である姉は、渋川市に住んでいる長女と一緒に昨日一緒にお袋の所に行ったばかりだという。

 お袋は、いつものように施設のホールに出ていて、机のところで車椅子に座って何するわけでもなくぼんやりしていた。ホールの中には、数人の入居者が車椅子に乗って出ているが、お互いの会話はなく沈黙が支配している。だから、僕とお袋の会話ばかりがあたりに響き渡っている。
 お袋は、認知症が進んでいて、普通に話し始めるのだが、途中からだんだん妄想の世界に入っていって、トンチンカンな内容になっていく。この施設から一歩も出るはずないのに、
「さっき○○さんの所に行ってきたんだよ」
と30年も前のことを話す。○○さんもかなり前に故人となっている。
 これらの会話は、同じホール内の介護士さんたちの耳に届いているに違いないが、それがどんなに荒唐無稽な内容であっても、黙って受け容れている介護士さんたちは偉いなと思った。
 僕も、お袋の話すことをじっくり聞いて、
「そうだね」
とか。
「そうなんだ」
と、うなずいていると、お袋はとっても満たされた穏やかな顔をする。

 以前は、そんなお袋を訪ねる度に、なんとなく悲しくなっていたが、今日は違った。何も新しいことが起きないこの施設の中に閉じ込められたら、空想に遊ぶしか道がないのかな、とこれまで思っていたが、今日は、人生の黄昏時をこうして安らかに過ごすというのも、それはそれで好ましいことなのかも知れないと思い始めた。
 お袋に別れを告げて施設を出た。小雨の中ではあるが、八高線群馬藤岡駅に向かう僕の足取りが軽いのに自分で驚いた。

 いつもだと、日曜日の朝にお袋を訪問した後は、たいてい新国立劇場に向かうので、八高線小川町駅から東武東上線に乗り換えて池袋に向かうのが普通である。でも、今日から「トゥーランドット」の練習会場が初演の東京文化会館に移るので、僕は上野に向かわなければならない。
 ルートとしては、倉賀野か高崎に出て高崎線で行くのが自然だ。だが、八高線の本数は極端に少なく、高崎方面の電車は、9時38分の後は10時45分まで待たなければならない。それで10時04分の反対側の電車で寄居まで行き、秩父鉄道に乗り換えて熊谷に出ることにした。

 寄居駅に着くと、秩父鉄道のホームに人がいっぱい集まっている。へえ、この線は休日にみんなで秩父方面に行く人気ラインなんだ、と思っていたら、そうではなくて、この人達は蒸気機関車を待っているらしい。僕の乗っている熊谷方面の電車は、そのSLの到着を待って出発したので、あまり良いアングルではなかったが扉の所からiPoneで写真を撮った。彼らはみんなそのSLに乗って秩父方面に行ったのだろう。

写真 駅のプラットフォームでのSLと乗客の様子
SLの停まる駅

 本を読みながらのんびり、生まれて初めての秩父鉄道の旅を楽しんでいたら、ある駅に着いた時、いきなり飛び込んできた文字に体が硬くなり、
「はい、済みません!」
と謝ろうかと思った。目の前の駅名を記した看板には、
「おまえだ」
と書いてあったのである。小前田という駅であった。もう、びっくりさせないでよ!ネットで調べたら、こんな記事も載っていた

写真 おまえだ、という駅名の表示板
おまえだ

「トゥーランドット」の舞台稽古
 さて、東京文化会館に入るのは、2011年秋の黛敏郎作曲歌劇「古事記」のプロダクション以来だと思う。その間にコンサートにも記憶の限りでは来ていない。2303席で5階建ての大ホールは、1814席の新国立劇場に慣れている僕には巨大に感じられる。
 舞台には素晴らしい舞台美術が飾られている。両側の階段状の装置の真ん中の空間には、演出家がNAVE(船)と呼んでいる、巨大な吊り物が降りたり上がったりする。その装置を使って合唱団やソリスト達、及び助演達が登り降りするのを見て、演出家アレックス・オリエ氏のイマジネーションが勝手に膨らんでくる。

 7月30日日曜日の舞台稽古初日は、当初昼間に合唱団、少年合唱、助演だけ集めて場当たり稽古を第1幕、第2幕、第3幕と行うために、指揮者の大野和士氏を始め僕たち音楽スタッフ達も当然のごとく14時から集められていた。しかし、演出家の変更などが重なり、第1幕からちっとも進まない。結局大野さんがピアニスト小埜寺美樹ちゃんを使って音を出したのは16時30分頃。

 17時から1時間休憩に入って、夜は18時から両組のキャスト達が呼ばれていたが、これも変更がいろいろあって、可哀想なのは、
「はーい、ただいまからB組のキャストで冒頭から出来るところまでやります!」
と演出助手が叫んだのが20時40分過ぎ。まあ、B組キャストは少しでも歌えただけでも良いが、そんなことには興味がない合唱団員達は、やっとキャスト入りで第1幕終わりまで行った時点で帰れるかな、と思っていただけに、
「えーっ!」
という感じで、モチベーションが下がりまくり。当然のごとく21時きっかりまで稽古をやった。

 オリエ氏は、歌手の生理をあまり理解していないから、新国立劇場の稽古場でも、合唱団員を平気で、指揮者もモニターも見えない場所に配置しようとするので、僕は何度彼と口論したことか。ある時は、カラフが謎々に挑戦するときのお立ち台の後ろに座らせようとしたから、
「ここはマズいでしょう」
と言ったら、
「なんで?モニターを見れば良いだろう」
と言うから、
「いやいや、モニターの問題ではないでしょう。その気持ちになって演技しながら歌う合唱団員の身にもなってみなさいよ」
そしたら、彼ったら、
「音楽の問題は君が主張して良いから、演技の問題は僕の責任だ!」
とぬかしやがる。
 そしたらね、お立ち台の裏で座っている合唱団員達が、自分の歌う箇所の前になると自然に立ち上がってきて(立ち上がると顔は見える)、しっかりと全身で演技しながら歌うため、演出家もそれには反対しなかった。だから理屈で言い合いしても駄目なんだな。それにしても、演出家も要求していないことを自分たちで埋めようとする合唱団員達も凄いな。
 また、演技については、演出補の女性スサナ・ゴメスさんがとても優秀で、細かいことは彼女がつけている。ピン・パン・ポンの振り付けがとってもステキで、
「これ、誰が付けたの?」
と聞いたらスサナさんが演出家が来日する前に付けたという。このスサナさんとオリエ氏とがコンビを組んでいるから、この舞台は成り立っているのだ。

みんな、演出家とやり取りする僕を
「大変ですね、頑張ってください!」
とねぎらってくれるんだけど、僕は、
「いやいや、楽しくやってますよ」
と答える。これは本音である。
 オリエ氏も普段は僕にニコニコ笑いながら挨拶してくるし、僕も彼のことは好きなのである。日本人のように、普段はゴマすったり忖度したりするけれど、一度決裂したら永久に断絶、などという美学で行動していたら、西洋人とはつきあえないのである。

 今回の90名の合唱団は、新国立劇場合唱団の他に、藤原歌劇団合唱部とびわ湖ホール声楽アンサンブルの合体で、音楽稽古の最初は響きを合わせるのに苦労したが、今では互いの良いところを補い合って、とても良い雰囲気でまとまっている。
 藤原歌劇団合唱部の人達はとっても演技力があるし、びわ湖ホール声楽アンサンブルの人達は若いので声にパワーがある。最初はピアノでもすぐに大きく歌おうとするので、僕によく怒られていたが、緻密なアンサンブルを目指している新国立劇場合唱団を中心とする混成メンバーと共に、それぞれが学習能力を発揮して、今では、新国立劇場だけでも成し得ないレベルに達しているのではないかな。
 特に、弱音で支えを失わないテクニックは合唱団に不可欠な要素だ。その点では、同じように緻密に音楽を作ろうとするマエストロ大野と僕の間にも、何の美意識の差も存在しない。

 東京文化会館は、とても残響が長いし、この舞台装置そのものが閉じられた空間を作っているため、舞台中でワンワン響いてしまい、最初アレグロの部分を演奏した時には、ズレてしまって大変だった。でもだんだん合わせることに慣れてきたら、結構観客にとってはパワフルな合唱が聴けるのではないかな。
 これも楽しみにしていてください。さあ、初日までもうひと踏ん張りだ!

  


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© HIROFUMI MISAWA