びわ湖ホール、安曇野、神々の黄昏

三澤洋史

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びわ湖ホール、安曇野、神々の黄昏
7月27日土曜日
 びわ湖ホール「トゥーランドット」公演初日。なんと公演中に突然停電になり、舞台もオケピットも真っ暗になった。客席は即座に非常電源及び自家発電でその場をしのいだので、観客に大きな混乱は起きなかったし、電源自体は15分くらいで復旧したが、それから照明やその他の確認に時間がかかり、公演は約1時間中断した。その後、マエストロ大野和士氏の英断により、第2幕と第3幕を休憩なしで続けることにして公演再開。
 裏では合唱団達も衣装の着替えをやめたり、舞台立ち位置の変更などでてんやわんやしていたが、ともかく25分の休憩時間が短縮されたので、終演は差し引き40分遅れくらいで18時に終わった。
 まあ、合唱団にしてみると、その結果、停電後のラスト・シーンや、2日目の公演でもNaveと呼ばれる巨大なゴンドラが動かなくなったお陰で、みんなが前面に出て歌うようになり、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団、びわ湖ホール声楽アンサンブルが結集した90人合唱のマッシブな響きが充分にびわ湖ホールに響き渡り、最大限の効果をあげたのでよかった。

7月28日日曜日
 もっと良かったのは、第2幕で、アルトゥム皇帝役の持木弘さんが、挑戦してくるカラフに根負けして、
「分かった、好きなようにしなさい」
と言って引っ込んでいくシーン。
 初日は停電の直前でNaveが動いていたので、皇帝はNave上のベランダ入り口のすぐ前で歌っていたから即座に退場できた。でも2日目は、舞台床面での演技だったので、後ろの壁までの長い距離を歩かなければならない。でもね・・・そこでの持木さんの退場の背中の演技が圧巻だったのである。
「もう俺の時代は終わったのか・・・」
という諦念とも淋しさともつかない、なんともいえない哀愁を漂わせながら、ゆっくりと余韻を残して皇帝は消えていったのだ。
 トゥーランドットは、どうしても声の競演の方にばかり目が行ってしまうが、こうした細かい演技を見逃さないのが、みなさん、オペラの本当の鑑賞かも知れません。

 巨大な舞台機構も目を見張るけれど、人が動くところに感情が動く。感情が動くところにドラマが生まれ、感動も生まれる。これが原点だ!
午後5時15分2日目公演終了後、帰京。

7月29日月曜日
 午前中、妻の車は、僕と長女志保と孫の杏樹を乗せて、いよいよ安曇野に向けて出発。待ちに待ったバカンスだ!
絵本美術館&コテージ「森のおうち」は完全自炊なので、到着してからみんなで買い物に出て、食料を調達する。それも楽しい。
絵本美術館で紙芝居を借りて、お部屋で杏樹に紙芝居を読んであげる。

7月30日火曜日
 冬の間キャンプもしている白馬五竜スキー場に行く。


夏のとおみゲレンデ

ゴンドラのテレキャビンに乗り、アルプス平まで登る。ここは、夏は美しい高山植物で有名なのだ。雪で覆われた冬とは一転して緑と花々に包まれた景色と、高原の爽やかな風に癒やされる。


夏のアルプス平-1

 午後、志保と杏樹は隣のゲレンデのHAKUBA47に行って、そこのパークで心ゆくまで遊ぶ。プールやトランポリンや、魚のつかみ取りなど、いろんなものが盛りだくさんあったって。
 一方、僕と妻は、あとで説明するが、松本在住の画家である山下康一君の家に行って、山下君の奥さんの紅美さんのヒーリングを受ける。妻がヒーリングを受けている間には、僕は山下君と近くの喫茶店に行ってお話しするが、山下君の宗教的知識とその理解の深さに驚嘆する。彼とは最近知り合ったばかりだが、前世で親友だったような気がする。


夏のアルプス平-2

7月31日水曜日
 長女の志保は、国立音楽大学で特別練習があるため早朝に東京に帰っていった。これからは妻と杏樹との3人。
 お昼には、安曇野にある蔵のカフェレストラン清雅(せいが)にて、芸術家の集いパート2が行われる。沢山の画家や音楽家などが集まり、とても刺激的で楽しいひとときを過ごした。特にウェイトリフティングの世界チャンピオンである沖浦克治氏の様々なコメントには目からウロコの状態であった。
 その後、安曇野ランドに行って角皆君の奥さんの美穂さんと僕と杏樹でプールに入る。杏樹は芸術家の集いの時から美穂さんにべったりなついていたので、僕が、
「美穂さん泳いできなよ」
と言っても杏樹が離さない。可哀想な美穂さん!でも、とっても可愛がってくれた。

8月1日木曜日
 10時から絵本美術館のカフェで宮澤賢治の対談。メンバーは絵本美術館の館長で宮澤賢治研究家でもある酒井倫子さんを中心にして、親友の角皆優人君夫婦と曼荼羅作家の小林史(ふみ)さん、そして僕。今回は「銀河鉄道の夜」に特化した対談。僕はキリスト教的立場からコメントした。このことは長くなるので、またどこかの機会でゆっくり語ろう。
 その後、杏樹を連れて穂高プールに行く。流れるプールで2時間たっぷり遊ぶ。“泳ぐ”というのとは違いますなあ。むしろ杏樹と徹底的に遊んだって感じ。それはそれで充実していた。

8月2日金曜日
 ゆったりと東京に戻る。ところが東京に戻ったら最後、ゆったりどころではない。明日からまた2日間名古屋に行くので、今日中にやることがたまっている。まず、月刊誌福音宣教のコラムの締め切りは、本当は7月いっぱいであったが、昨日の宮澤賢治の対談を踏まえて原稿を書きたいのでと言って、伸ばしてもらっていたため、早く書き上げないといけない。どうしても今日中だ!
 階下では、次女の杏奈が来ていて、プールを膨らませて、庭先で水を入れて杏樹と遊んでいる。それを聞きながらなんとか仕上げて送ったぜ!ふうっ!

8月3日土曜日&4日日曜日
 早朝から名古屋に向かい、今日は10時から20時までの練習。安曇野から旅の連続なので、夜の懇親会は失礼して、夕食も宿泊先のホテルのある金山駅前の回転寿司でちゃちゃっと済ませ、真面目に早く寝た。
その甲斐あって4日朝は絶好調。ホテルから熱田神宮までお散歩に出る。以前ここを参拝したときには、なにかよそよそしかったけれど、今日は暖かく迎えてもらった。

 オケの練習は名古屋音楽大学キャンパス内の教室。僕は愛知県立芸術大学は1985年から91年まで非常勤講師をしていたし、名古屋芸術大学は90年代に3年間客員教授として室内楽の授業を受け持っていた。でも名古屋音楽大学だけは足を踏み入れたことがなかったので、とても新鮮な気持ちであった。キャンパスはきれい。
 午後から合唱団が来た。いやあ、みんな凄いエネルギー!盛り上がりまくり。オケも一ヶ月留守にしていたのでちょっと心配していたが、どうしてどうして、ひとりひとりが弾けるようになってきたため、音が厚くなり、どうしても大きくなってしまったり、きちんと弾こうとして縦の線がズレたりし始めたが、これは悪い方向ではない。
 とはいえ、もうあと2週間で本番ではあるので、いつもにも増して厳しく渇を飛ばしながら稽古を進めて行った。2日間で全曲網羅した。

 夜は、「神々の黄昏」に関する講演会。日本ワーグナー協会名古屋支部の例会ということになっている。
ところが僕は、安曇野から帰ってきた8月2日に、いろんなことにかまけていて、3日の朝名古屋に来る際に、なんとパワーポイントを入れたUSBと、講演のために編集したCD-Rを自宅に置き忘れてきてしまった。
 電車に乗ってから気付いたが後の祭り。だって尾張一宮の練習会場で朝10時からだもの、引き返せるわけがない。ピンチ!どうしよう・・・。ところが、さいわい団長の佐藤悦雄さんが、団内向けに今年の1月に行った講演のファイルをパソコンの中に残してくれていたので、そのファイルをオケの練習中に直したり並べ替えたりしたら、なんとか出来るかなという気がしてきた。
 CDも全曲版を持ってきてもらったが、聞かせたいところがインデックスの真ん中あたりだったりするので、いっそのことCDの使用はやめて、僕がピアノを弾きながら歌って説明した。かえってよかったかも、と思った。

 そんなこんなで4日は深夜帰宅。そして5日の今日はこの原稿を書いている。
今週は、11日にいよいよ自作ミサ曲Missa pro Paceの全曲世界初演だ。頑張るぞ!

山下紅美さんとのセッション
 松本市在住の画家、山下康一君は、僕の母校である群馬県立高崎高校の後輩である。彼の、山を描いた墨絵は、その峻厳で凛とした雰囲気故に、見る者の背筋を伸ばさせる。彼の絵は、現在、ドイツでとても評価されていて、しかも“宗教画”として受容されているという。

 その山下君の奥さんの紅美(くみ)さんは、不思議な力を持っていて、いわゆるヒーラーというものを生業にしている。僕の妻は、昨年の夏、安曇野に行った時に彼女からヒーリングを受けていた。
 個人の魂には、それとつながっている「ハイアーセルフ」と呼ばれる高次の存在があるが(人はそれを守護霊とか守護の天使とか呼んでいる)、彼女はそれと交信して、それぞれの個人の人生における役割や使命、また個人が抱える様々な問題からの解決を教えたりしている。
 またシンギングボールといって、「波動」と「倍音」によって「乱れた気を浄化」し、エネルギーの循環を促して身体と心を内側から癒やすといわれる“鐘”のようなものを使ってのヒーリングを行っている。

 安曇野の「森のおうち」に滞在中、妻が紅美さんのヒーリングを受けるというのは知っていたが、ある時彼女が、
「あなたも一度受けてみたら?」
と言ってきた。
「ええ?だって僕は別に今なんにも問題ないんだけど・・・自分の人生に満足しているし、体だって健康だし・・・」
「そういうことではなくて、ハイアーセルフがどう思っているのか、一度知ってみるのもいいんじゃない?」
「ふむ・・・そういうのをダメ元で聞いてみるのも面白いかも知れないなあ」

 自分の人生に満足しているのは本当だし、このままの路線で進んでいて大きな間違いはないと思っているのは本当だ。ただ、
「自分が巻き込まれたあの一件は、自分の生き方の中でどういう意味を持っているのか?それに対して、こういう理解でいいのか?自分の中に何か落ち度はあったのか?」
という類いの疑問が皆無なわけではない。
 そういうことは、「あらかじめ分からないから人生面白い」という考え方もある。生きていく過程でいろいろ展開した後で、
「ははあ・・・そういうことだったのか・・・」
と理解がついていくことが多いので、もし聞いてしまうと、なにか謎々の答えを誰かからズルして聞いてしまうみたいな感じで抵抗がある。だから、僕はこれまでの人生でただの一度も、こうしたリーディングを受けたことがなかった。

 でも妻に言われて、
「まあ、あまり深刻に考えないで、『軽い気持ちで』受ければいいのかな」
とも思った。どうせ妻も受けるのだから一緒に付いて行くしね。
それで、
「ダメ元、ダメ元!」
と思いながら紅美さんのヒーリングを受けてみた。実際にはヒーリングと言うよりはセッションだね。

 普通は、受ける人がいろいろ質問してくるので、ヒーリングは1時間くらいかかるらしいが、僕の場合は病んでいるわけではないので30分であっさり済んだ。しかしながら、それは霊的にかなり高次元なやり取りであった。
 紅美さんは、しばしば目をつむり意識を集中させてハイアーセルフの想いを読み取る。そんな彼女の周りにはとっても静かでやさしく暖かいオーラが漂っていた。その時間そのものが癒やしの空間であった。
 相手は目をつむっているので、その間紅美さんの顔を見るのは、なにかいけないことをしているような気もするが、瞑想中の彼女に、僕は観音様や聖母に通じる美しさを感じた。

 まず、自分が人生の中で常に最も価値を置いているものは「ハーモニー」なのだというハイアーセルフからのコメントが降りてきた。
 あ、そうか、と合点がいった。だから僕は、昔から競争というものが大嫌いだったし、「スポーツ=競争」という価値観でスポーツに関わるのを拒否していたのだ。そもそも人に勝つとか負けるとかいう価値観をくだらないと思っているし、ある地位を得るために人を蹴落として、などという生き方は考えられないので、そういう風に人生を歩んでこなかった。
 仮にそういう風に歩みたいと「世間の風潮に押されて」欲してみても、自分の潜在意識がそれを止めているため、決してそのように実現することはなかった。だから、なかなか出世できないなあと思ってもいたけれど、どうもそう成るしかないんだなあと諦めてもいた。

 でも、「ハーモニー」と聞いて、ストンと何かが自分のこころの中で落ちた。
「あ、そうか、これでいいんだ」
愛知祝祭管弦楽団という現象も、そうした僕の生き方から導き出されてきたものであるし、新町歌劇団の活動もそうだ。この忙しい仕事の合間を縫って、どうして「志木第九の会」に喜んで通うのかという理由も、まさにその点にある。
 また、水泳をしていたって絶対にレースに出ないのも、スキーをしていてもバッジ・テストを行って級を求めたり、大会に出ようとしないのも、自分の生き方を貫こうとし、さらに、こういうストレスのないスポーツへの取り組みがあるんだよ、というのを人に示したいという意図もあるのかもしれない。だからこそ、「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプのようなハーモニーに結集するのかもしれない。

 なあるほど・・・いやいや、まだまだ「まぐれ」かも知れない。こういうことは、僕の「今日この頃」を読んでいて分析すれば分かるかも知れないからね。こういう風に僕は疑り深いんだ。ともあれ、もう少し紅美さんの話を聞こう。

 次に、僕が聖歌隊指揮者をしていた教会を辞めなければならなかった本当の理由についてのハイアーセルフのコメントであるが、これもあっさりしていた。
「三澤さんは、このポストを受けることで、もの凄く努力し、それが三澤さんの魂のステージを上げるきっかけを作りました。三澤さんは、ここで実に沢山の事を学びました。そして時が満ち、次のステージに上がるために、ここを離れることになりました。それだけです」
「でも、残ってそこで努力している人もいます。その人たちを自分は見棄てて逃げたことになるのではないか?そんな引け目のような想いがこころの中にあります」
「残っている人は、残っている人の役割があります。三澤さんの場合は、そこを後悔する必要はありません。
そもそも三澤さんという魂は、宗派を超えた宗教の根源的な部分につながっていて、そこからエネルギーを得ています。そして、さらに新しいものに興味を持ち、それらを取り込んでいくことによって、どんどんエネルギーを増幅させていきます。
ところが、既成の宗教のしがらみや、教義、人間関係などに捕らわれて、そこに束縛されていってしまうと、エネルギーは輝きを失い減少してしまいます。
だから今はむしろ、離れている方がいいのです。未来を見つめて、自分をもっと高めていくことを考えていくことです」
 なあるほど・・・。確かに僕にはちょっと心配があった。このまま順調に進んでいってしまうと、きっとカトリック教会の中枢に呼ばれて入っていくことになるのではないか。すると人からも「カトリックの人」と見られることになるし、自分もそのように振る舞わなければならないし、他人にもそのように振る舞うことを教えるような立場になる・・・嫌だなあ、窮屈だなあ、それは僕らしくないなあ・・・・。

「書いてください、とハイアーセルフは言ってます」
「はあ?」
「今の三澤さんは、自分の素直な想いを文章にすることで、周囲に大きな影響を与えています。三澤さんの書いたものを読んで、心を慰められたり力づけられたりする人が沢山居るんです。だから、どんどん書くこと!」
 あ、そういえば、書く事って好きなんだよな。なんでこんなにどんどん書けるんだろうって自分でも不思議に思うことがある。しかも、堅い話ではなく、自分がリラックスしてやさしい言い方で文章を書いている時に、特に頭が冴えてきてスラスラ書ける。こんな自分の好きなことばかり書いていて、誰が一体読むんだろうか?とも思うが、ハイアーセルフ様のお達しによるとね、人のことなんか構わずにバンバン好きなだけ書いていいってことなんだよね(いや、そこまでは言ってねえ・・・)。

「水に触れてください」
「は?み、水ですか?」
「体が火に傾いているので、朝起きたら水飲むとか、手を洗うとかでもいいので、水につとめて触れているようにしてください」
「あ、そういえば僕は、プールにいるだけで、とってもしあわせになって心が安まるんです。しかも仕事が忙しくてアクティブな状態でいる時ほどプールを求めて、そして、ひと泳ぎした後は、すごくリラックスして帰ってくるんです」
「まさにそういうことです」

 実は、リーディングを受けている時には、「へえ、そうなんだ」程度にしか感じられなかったけれど、その後すぐに、びっくりするようないくつかの共時性が僕を訪れることになる。
 
 ひとつは、例の教会の現在の体制を知らせるおしらせが入ってきたこと。僕はそれを聞いて思わず笑ってしまった。
「そうか、こういう決定をしたのか。この教会の聖歌隊指揮者在任中、ミサの指揮をしながら僕は、音楽の持つ霊的な力を現実に体感していた。自分の腕から紡ぎ出される霊的なエネルギーが会衆のひとりひとりに溶け込んでいき、聖堂全体が霊的な磁場のようなものを作り出し、ミサの中の言葉が音楽の力を得て高く天上に飛翔していくのが見えた。
僕をこの教会に招聘してくれた山本量太郎神父は即座にそれを感知してくれた。ミサの中で司祭は『聖霊の交わりの中で』という言葉を何度も言うが、まさに聖霊の交わりを毎回リアルに体験していた。
山本神父は、ミサの中の言葉をほとんど全て歌唱する完全な歌ミサを行っていたが、山本師とのコラボは僕の霊的な財産だ。
でも今は、そういうことを全く理解できない人が仕切っているのだなあ。そういえば、僕を追い出した神父がミサをする時、僕の霊的パワーが明らかに落ちているのを感じた。アンティパシーの壁に阻まれて、心が伸び伸びとせず、エネルギーが回っていかないのだ。
そして、今回の決定を聞いて僕は思った。つまり、僕がとても大事にしている、ミサの霊的側面を、みんななんにも分かっていないのだ。音楽なんか誰がやってもおんなじだと思っているんだね。それでは一体何のためにみんなミサに通っているんだろう?
宗教なのに、宗教的側面に目をつむって、古い信者達の互いの既得権を守るために、完全に内向きになっている教会。
まあ、こんなところにいても仕方がなかったんだね。よおく分かりました。ハイアーセルフありがとう!」
僕は、心がすっきりした。自分の霊的エネルギーを曇らせないためにも、こんなことには今はっきり見切りをつけなければいけないのだと理解した。

 その後、すぐにもう一つの連絡が入った。それは、今はまだはっきりとは言えないんだけど、「書きなさい」とハイアーセルフが言ったことに関すること。僕は今、オリエンス宗教研究所発行の月刊誌「福音宣教」に毎月コラムを書いているし、カトリック施設の真生会館で月一度の講座「音楽と祈り」を行っている。僕は、今の自分の宗教的活動の軸足をこちらの方に置いている。その道がもうひとつ大きく広がりそうなのである。つまり、今「語っている」事を「人が読むもの」にしてもらえるという話だ。

 ええ?こんなに早く、しかもこんなにはっきりと、
「ハイアーセルフの言ったことは正しいだろ。ほら、お前は信じないといけないんだよ。心せよ!」
というメッセージが降りてきたんだ。もう疑いようがないだろう。
 ははあ・・・これはすべて仕組まれていたことなのか。紅美さんの力は紅美さんだけの力ではないんだ。すべては天上でつながっていて、すべての役者がグルで、とどのつまりは僕の魂をもっともっと高めようとしてくれているんだ。そう考えたら涙が出てきたよ。

 みなさん、僕は声を大にして言います!信仰の世界って素晴らしいんです。教会に通っている人でも、その本当の感動的な世界を知らないで生きている人が少なくないのはとっても残念です。
 世界では、日々奇蹟が起きているんです。心を解放して、子どものように無邪気になって、真っ直ぐに世界を見つめてみれば、この表象の世界がすべて比喩に過ぎず、真実の世界が隠れていることに気付くでしょう。オカルトは「隠されたもの」という意味だけれど、その隠された真実を発見するところに人生の価値や目的があるのです。

 さて、自分の魂も、こんなステージに甘んじていてはいけない。もっともっと努力して、もっともっと輝いていくことによって、周りも輝かせていかないといけない。そうだ。もっと先に行くぞう!
差し当たっては、以前「今日この頃」で書いたように、真生会館での3回の講演を文章にまとめてみよう。この先に自分の未来が開けていくみたいだ。

 あとさあ、最後に紅美さんは面白いことを言ったよ。
「三澤さんというのは、ちょっと脇が甘いです。自分が向いている方向にはもの凄く集中し、エネルギーも凄く出すけれど、自分の興味からちょっとでも外れると、極端に無関心ですから、もう少し視野を広げてください。今気付いていないところにもヒントは沢山隠されていますし、関心を向ければ得るものも沢山あります」
その事を東京に帰って娘達に言ったら、彼女たちはケタケタ笑って、
「あはははは・・・パパってホントにそうなんだ。そこしか見えてないからね」
だって。

 もしかしたら、僕の関心や興味の範囲からちょっとだけ逸れてしまって、淋しい思いをしていた人っていっぱいいるのかも知れない、と思ったら冷や汗が出る。
みなさん、ごめんなさいね!僕は、誰かを嫌いになったり出来ない人なので、決して悪気はないし、意図的に無視するとかは絶対ないですから・・・こういう性格ですから・・・時間かけて直しますから・・・許してください。




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© HIROFUMI MISAWA