「マエストロ、私をスキーに連れてって2020」受付開始

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真

「マエストロ、私をスキーに連れてって2020」キャンプ受付開始
 お待たせしました!ついに、迫り来る2020年のスキーキャンプのご案内を開始します。
実は、この数日前に、今日の更新原稿に先駆けて、これまで参加してくれた人達に、案内のPDFファイルを添付して一斉メールを送っていたが、すでに複数の方から返信をいただいている。
 2019年のBキャンプでは、土日であったことに僕の誕生日が合わさって、超満員になったが、2020年の2月の土日のBキャンプも、僕が関わっている団体の参加希望者から聞くところによると、またまた満員が予想される。
 キャンプ自体には定員がないし、クラスが仮に増えても、インストラクターの派遣には問題ないのであるが、全館貸し切りのペンション・カーサビアンカには部屋に限りがある。せっかく懇親会まであるのだから、できればみんな同じ宿に泊まりたいよね。なので、特にBキャンプへの申し込みは、お早めに!

詳しくは申し込み概要を読んでいただきたいのだが、キャンプの日程は以下の通り。
Aキャンプ:2020年1月22日水曜日及び23日木曜日
Bキャンプ:2020年2月22日土曜日及び23日日曜日
       Bキャンプへのプレキャンプ2月21日金曜日午後


ふたつだけ強調しておきたいことがある。

 ひとつは、早割が安くなった。巷では消費税が10パーセントに引き上がって大騒ぎしているが、こちらは反対にこれまで3万円のキャンプ参加費を、12月31日までに申し込んだ方に限り、10パーセント割引の27000円とした。昨年より千円だけ安い。これは、別にお金を今年中に振り込むとかいうことではなく、申し込みメールを年末までに送るだけで安くなるので、是非ご利用くださいね。

 もうひとつは、Bキャンプに限り、プレキャンプというものを設けた。これは本キャンプに先立った金曜日の午後に、レッスンだけ行うものであるが、特に超初心者が前もって落ち着いて準備をしたいというためのものであるし、長年スキーをやっていなかった人が、本キャンプの人達に交じる前に、ウォーミングアップをしておきたい、という様々な目的のために使っていただいていいレッスンである。
 それなので、主として初心者及び初級者のために行うのだが、どうせ週末のキャンプのために前泊するんじゃ、ちょっと早く行ってプレキャンプも受けてみようかな、という軽い気持ちで申し込んでいただく方も大歓迎。
 結果として、中級以上の方達がある程度申し込まれた場合は、中級を設定することもある。しかし、その場合でも、イケイケのレッスンは行わず、あくまでも次の日から始まる本キャンプを睨みながら、むしろ基本的なドリルを行って、体幹やフォームを見直す内容になると思う。

 ということで、これを公表しただけで、僕なんかはもうワクワクしちゃって、すぐにでもスキーに行きたい!早くお山に雪が降らないかな!

佐藤しのぶさんのこと
 ネットで検索してみたら、1987年の二期会オペラ公演「トスカ」の資料が出てきた。指揮:尾髙忠明、演出:栗山昌良、そして副指揮者に僕と並んで、現田茂夫さん、現在新国立劇場のチーフ・プロデュースである岡本和之さんの名がある。僕はプロンプターも兼ねていた。

 忘れもしないけど、この時に、トスカ役を歌ったのがA組のベテラン片岡啓子さんと、B組の佐藤しのぶさんで、しのぶさんはまだ二期会研修所を出たばかり。でも、稽古が始まる前から「大型新人」の噂が飛び交っていたので、一体どんな子だ?と、興味津々であった。
 片岡さんは、その強靱かつ輝かしい声で、最高音のハイCでも揺るがず、ヴェルディ、プッチーニのプリマドンナの名を欲しいままにしていたが、その一方で佐藤しのぶさんは、フォルテからピアノまで自由にコントロールできる柔軟な発声法を身につけていて、きめの細かい音楽表現で心に染み入るような歌唱を聴かせてくれた。
 それに、彼女の演技への執念が凄まじく、木村俊光さんのスカルピアと演じた立ち回りも素晴らしかったし、殺しのシーンでは、見ている僕の背中を戦慄が走った。特に、ラストシーンでサンタンジェロ城の屋上から飛び降りるシーンでは、なんと頭を下にして真っ逆さまに飛び降りたので度肝を抜かれた。
 下に柔らかいマットレスがあるのは分かっているが、それでもあのように飛び降りたら危険でしょう。でもしのぶさんは、「本当に死ぬ気でないとあの態勢で飛び降りはしない」と分かっていて、どうしても自分からそうするべきだと思ったし、そうしないと気が済まなかったと言っていた。もの凄い芸術家魂だなと感動した。

 それよりも、現田茂夫君がね、この立ち稽古期間に、しのぶさんと目に見えて仲良くなっていくのが分かって、随分冷やかしたものだ。この「トスカ」がきっかけで、ふたりは結婚に至るまで互いの気持ちを確かめ合いながら急接近していったというわけだ。

 とにかく、「佐藤しのぶ」の出現は、オペラ界にとってはひとつの事件であった。彼女は、その後、飛ぶ鳥を落とす勢いで、オペラ界に君臨していった。ただ、あまりに有名になりすぎたために、コンサートの仕事が多くなり、長い稽古期間を要する割には経済的実入りが見込まれないオペラ全曲上演の世界からやや遠のいてしまったことが、僕を悲しませた。
 これは、僕にとっては本末転倒に思われた。彼女は、例の「トスカ」のように、まさに本道のオペラの中でこそその真価が発揮されるのに、今、名声の頂点に立つのは早すぎると思った。もっともっと、オペラの現場で「伸びしろ」があったのだ。

 さらに、その後の彼女の声そのものも、僕には気に入らなかった。彼女は、その弱音を武器にしていたし、弱音に限って言えば、ますます磨きがかかっていたが、ちょっとバリトンのフィッシャー=ディスカウに似ていて、弱音の表現を軸足にするようになってきたがために、いざフォルテを出そうとしても、健全でブリリアントな響きが散ってしまう傾向が出てきたのだ。
 特にヴェルディという作曲家のメロディーは、男性的なキャラクターを持っていて、一本調子ギリギリのところで緊密で均等な音量で歌いきることが必要だ。下手な小細工をすればするほど様にならない。だからフィッシャー=ディスカウの「プロヴァンスの海と陸」は気持ち悪いではないですか。

 その意味で、しのぶさんの歌も、テクニックを持っているが故に、ヴェルディのようなシンプルなメロディーを持て余してしまい、その歌のうまさが、かえってあざとさに映ってしまうきらいがあった。ベンツに乗ったら、広い大通りを高速で走ればいいものを、わざとくねくねとした小道をさばきながら行くような器用さ・・・でも、だからこそ、あれだけのレパートリーを有し、あれだけの様々な曲の表情を描き分けることができたのだろうとは思う。うまさにかけては天下一品であった。

いずれにしても、一世を風靡した希有なる歌手であったことを否定する者はいないだろう。
その佐藤しのぶさんが亡くなったという。まだ61歳。若い!惜しい!とにかく、ひとつの時代が終わった。
合掌!

真生会館の今後の講座について
 9月から再開した真生会館の講座「音楽と祈り」は、とりあえず12月まで続く。前回は、自分の簡単な信仰の軌跡を語り、出遭いや共時性などを通して、至高なる存在の御手が、知らず知らずに我々の人生に関与していることを述べた。
 妻は毎回この講座に参加し、僕が変なことを言わないだろうか見張っているところもあるが(笑)、まあ、普通に楽しんでくれているようである。ある朝の散歩の時、彼女はポツンと言った。
「真生会館の講座ねえ、やっぱり前もってテーマを提示しておいた方がいいわ。その時々に感じたことをテーマにするというのは悪くないけれど、それを、講座がある週のホームページの更新原稿に発表というのでは、受講する人の心の準備が足りないわ」
「そうか・・・じゃあ、差し当たって10月11月12月のテーマだけ決めちゃおうか?あ、少なくとも聴かせる音楽だけでも決めて、そこにテーマ性を持たせればいいんだ」

 そこでいろいろ話し合った。
「11月は死者の月でしょう。だから、それに先だって10月24日はレクィエムを特集するというのはどう?」
「いいね。実は、ブラームスのドイツ・レクィエムを聴かせようとは思っていたんだけど、そもそもレクィエムとは何か?ということについて語って、ブラームスだけではなく、もう少し範囲を広げて、モーツァルト、ヴェルディ、フォーレの違いについて語ろうか」
「11月と12月は、やっぱりクリスマスじゃない?」
「うーん・・・11月は待降節に焦点を合わせよう。それでは、取り上げる曲は、主として『メサイア』の第1部だ。イエスの降誕の預言と待降節の意味について考えよう。それで、やっぱり12月は『クリスマス・オラトリオ』でしょう。もちろん、その他のクリスマスにちなんだ曲も取り上げるけれど」

ということで整理して書きます。
10月24日木曜日10:30-12:00
レクィエム(死者のためのミサ曲)について
(モーツァルト、ブラームス、ヴェルディ、フォーレ)
11月21日木曜日10:30-12:00
待降節について
(ヘンデル作曲メサイア)
12月19日木曜日(この月だけ第3週)10:30-12:00
クリスマスについて(顕現節にまで続く)
(バッハ作曲クリスマス・オラトリオ)

 もちろん、その間に、その折々のリアルタイムで起こっていることや、自分が感じていることを自由に語らせていただきます。

 なお、来年の予定であるが、来年の冬はキャンプをやったりびわ湖ホールに行ったりと、なかなか第4週の木曜日が確保出来ないので、いっそのこと冬の間はお休みすることにして、4月から再開する予定にした。
具体的に言うと以下の通り。
4月23日、5月28日、6月25日、7月16日(第4週が海の日のためこの月だけ第3週)
いずれも木曜日10:30-12:00真生会館にて

佐藤研氏の勉強会
 10月5日土曜日は朝から忙しかった。朝の10時から、東京バロック・スコラーズで勉強会があった。先週の樋口隆一氏による音楽の講義に引き続き、今週は聖書学者の佐藤研(みがく)氏をお呼びして、聖書学の立場から「ヨハネによる福音書」の受難場面を紐解き、団員の理解を深めようという意図であった。

写真 佐藤研氏勉強会あとの集合写真
佐藤研氏勉強会


 結論から言うと、本当に目の覚めるような素晴らしい講義であった。もともと佐藤氏は、新約聖書の福音書が生まれたきっかけに、弟子たちにとっての「キリストの十字架」という強烈で忘れがたい体験があり、特にそれが、自分たちが逃げ去ってしまったことの後悔と相まって、受難の場面を中心に福音書の核となる部分が形成された、ということを力説されていたが、それに様々な肉付けがなされ、実に聞き応えのある内容となった。

 ヨハネによる福音書は、最初に僕がキリスト教に向かい合った時には、冒頭にダビデの系図が延々とならんでいるマタイによる福音書などと違い、最も入り易い福音書であった。
「初めに言(ことば)があった」という冒頭からカッコ良かったし、第3章16節の「神は、その独り子をお与えになったほどに世を愛された」という言葉にはグッときた。
 しかしながら、読み進める内に、どうもこれは、我々が「信じたい」イエスの姿であって、もしかしたら、事実と離れているのではないか、と思い始めた。たとえばヨハネによる福音書には、イエスの逮捕直前のゲッセマネの園での祈りもないし、今際の際に十字架上での「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という絶望の叫びもない。それどころか、「成し遂げられた」と満足して死んでいく。これだけでも他の共観福音書との矛盾を抱えているし、いわゆる救世主らしからぬ言動がカットされたり変えられたりしている。
 しかしながら、信者にとっては、「聖書は神の霊感によって書かれたもので絶対」という常識があるので、なかなか大きな声で堂々と「おかしい」などとは言えないじゃないですか。
 そのタブーを佐藤氏はズバッと切り捨てるのが清々(すがすが)しいほど潔い。
「そうしないと、聖書学の研究は先に進めないのですよ」
と佐藤氏は言う。
 しかし同時に、僕が尊敬するのは、聖書の中にある(恐らくそれらはすべて善意によるものであるのだろうが)数々のねつ造を暴きつつも、佐藤氏の心の核には、やはり信仰心が感じられることだ。しかも、それは全てを無条件で受け容れる並の信者よりもはるかに強いものだ。
 恐らく、そうした“信仰と疑惑との相克”に常に向かい合っているからこそ、自分のアイデンティティーを見失わないためにも、心の基本的スタンスをしっかり持っているためだと思われる。

 勉強会が終わった後、団長をはじめ何人かで一緒に昼食を取ったが、その時には禅の話で大いに盛り上がった。なんと佐藤氏は、ミュンヘンとザルツブルグとを結ぶ線上にある小さな街で、定期的に禅のセミナーを行っているという。もちろん生徒としてではなく、教える方として。佐藤氏は禅宗(三宝教団)の指導者なのである。
 僕が、演奏会を暗譜で指揮していて、とっても集中したときには、自分が透明な光り輝くドームに包まれて、音楽が鳴っているのに音が消えて沈黙が支配する、という話をしたら、ニコニコ笑って、
「それが、まさに禅で言うところの『三昧(ざんまい)に入る』という境地なのですよ」
とおっしゃった。

写真 佐藤研氏勉強会あとに佐藤氏、妻と3人で
佐藤研氏勉強会 妻と3人で


高崎「おにころ合唱団」の発声式
 佐藤氏といつまででもおしゃべりしていたかったのだが、その後僕は高崎に向かった。実は、今日から「おにころ合唱団」の練習が始まるのだ。先日9月20日、高崎芸術劇場は遂にオープンした。
 この劇場のオープニング・セレモニーの一環の公演として、来年すなわち2020年の7月26日日曜日に、大ホールで「おにころ」の公演が行われる。本当はずっと以前に、この開館する秋に出来ないかと言われたのだが、秋は新国立劇場もハイシーズンで無理なので、いろいろ試行錯誤を繰り返した後、この時期に落ち着いたのだ。

 東京オリンピックがかぶっているのだが、東京から新幹線で1時間以内、大宮から30分なので、かえってオリンピックで来ている人を呼べるのではないか、という意見を言う人もいた。おお、そうすると、外人も聴くのか。ヤバいな。心しなければ・・・ということもあって、もう僕が演出も兼ねるのはどう見ても無理なので、演出家を立てた。

 演出は澤田康子さん。新国立劇場の座付きの演出家で、もの凄く優秀な人だ。新国立劇場で再演をする場合、もうプリミエの外国人演出家は来日しないで、彼女が外人キャストを仕切って演出を付ける。全て細部に至るまで覚えていて、音楽にも精通している。
 それから、今回美術家として加わってくれるのが、今や我が国の舞台監督の第一人者である大仁田(おおにた)雅彦さん。今、昭和音楽大学教授になって、なかなか以前のように毎日現場に立つというわけにはいかないのだが、現場が好きで仕方がない。本当は舞台監督でお願いしたかったが、美術家として加わり、高崎芸術劇場の将来のためにも、劇場のあり方について是非指導もお願いしたい。

 群馬音楽センターのオーケストラ・ピットは、劇場そのものの規模の割にはとても小さかったので、弦楽器の編成もモーツァルト規模しか入らなかった。でも芸術劇場のオーケストラピットはでかいぜ!それなので、僕も次回の「おにころ」では多少オーケストレーションも変えるんだ。

 おにころ合唱団では40名以上の申込者があり、まずまずのスタートを切った。良い声の人達が何人も入ったので、「愛をとりもどせ」の合唱がとても輝かしくきれいに響いた。でも、相手は群馬交響楽団のフル編成だ。合唱団は何人いてもいい。これから音楽稽古から始まり、年明けの2月くらいから立ち稽古になって進んでいくが、まだまだ後から参加でも全然平気です。

 高崎近辺でこの記事を読み、興味のある方がいたら、是非今からでも参加して下さい。毎週土曜日の19時から、高崎中央公民館で練習をしているので、そのままフラッと来てもいいよ。新町歌劇団のホームページからも申し込めます。




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© HIROFUMI MISAWA