わたしが夢見る世界

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真

びわ湖畔にて
 2月25日火曜日。今、びわ湖ホールすぐ隣のホテルピアザびわ湖の最上階にいる。ここからのびわ湖の眺めは素晴らしい。昨晩は、練習後ひとりでドイツ・レストラン・ヴュルツブルグに行って、バイロイトの地ビールであるマイゼルス・ヴァイスを飲みながら、ミュンヘンの白ソーセージを頬張った。もちろん、「め」の形をしたパンのブレッツェルを、脇に置くのを忘れない。
 そんなわけだから、静かなホテルの一室で、一日遅れで原稿を書いている。こうしてひとりでのんびりとノートパソコンに向かっていると、20日から23日までの白馬での日々がまるで夢のように感じられて、つい二、三日前のことなのに、あれは果たして本当にあったことなのか、とすら思われる。

 昨日午後からのびわ湖ホールでの「神々の黄昏」の舞台稽古は、まだ場当たりに毛が生えたようなもので、歌手たちはみんな声を抜いて歌っているし、指揮者の沼尻竜典さんはまだ来ないで副指揮者が振っているしで、ま、これから二週間かけて、だんだん本番に持っていくのね・・・という雰囲気。こうしたプロの緩んだ空気には何十年やっていても馴染めない。やるならやる、やらないならやらないで、どっちかにせい!って感じ。

 だから余計、沢山のキャンプ参加者に囲まれてエネルギー全開状態だった白馬とのギャップが大きいのだろう。もう、孫の杏樹に会いたくなってきた。昨日の朝、大津に向かって旅立つ時、バイバイしようと思ったら、休日のこともあり旅の疲れもあって、寝顔だけ見てそおっと出てきたからね。

写真 スキーキャンプでの準備体操
準備体操


 今はこの原稿を書いているけれど、そうのんびりもしていられない。大津滞在中は、午前中を使っていろいろやることがあるんだ。明日の午前中は、西宮方面に向かい、テノールの畑儀文(はた よしふみ)さんと福音史家の合わせを行うし、だんだんエンジンをかけていこう!

わたしが夢見る世界
 イタリアの女性シンガーであるLaura Pausiniラウラ(英語読みローラ)・パウジーニが好きだ。ポップス・シンガーなので、オペラ的発声ではないけれど、さすが歌の国イタリアだけあって、フルボイスで朗々と歌い上げる。
 そのために、いわゆるオペラ的「支え」がきちんと出来ているし、表現も正攻法。さらにフレージングもクラシック音楽に通じるものがある。それなので、このパウジーニの歌を、Bキャンプでフレージングについて語る教材として使おうと思っていた。

 使用する曲はIl mondo che vorreiというタイトルを持つ。Il mondoは世界。vorreiはvolere(欲する、英語のwill)の接続法。つまり実現する可能性の薄いものを欲する時に使うが、丁寧に「これいただきたいのですが?」と頼む時にも使う。ちなみに、語学書では、お店で「・・・をください!」と言う時はvorrei・・・と言え、と必ず教えるが、ミラノの語学学校の先生は、笑いながら「それ、イタリアでは、誰も言ってないから」と言う。
 CDには日本語訳がないので、このタイトルを何て訳そうかなと思っていた。最初は、「わたしが欲する世界」とか「わたしが欲しかった世界」とか考えていたけれど、どうもしっくりこない。そんな時、スペイン語のタイトルを見たらEl Mundo Que Soneと書いてある。イタリア語ではsogno(夢)となる言葉を使っていたので、ああそうかと思い、「わたしが夢見る世界」にした。

わたしが夢見る世界

幾度考えたことだろう
わたしの生きている世界は 今 堕ちて行っている
狂気と偽善の海の中で

幾度望んだことだろう わたしだって
わたしの世界で 助けたかった
全ての苦しんでいる人を
たとえばあなたのような人を・・・

わたしが夢見る世界
それは千の心を持つ 
鼓動し さらに沢山の愛を抱くために
わたしが夢見る世界
そこには 明日の子供たちのための千の手と千の腕がある
こどもたちの瞳は もっと求め そして あなたをも救う

太陽が同じであることを信じられるのは 誰のため?
人種の違いも 肌の色の違いもないんだ
他の神様を信じていたって わたしと同じ人間さ
微笑みの中で 希望を持てるのは 誰のため?
明日を確信できるからこそ 人は決断できるんだ
あなたと一緒に

わたしが夢見る世界
そこでは 大砲ではなく 花が放たれ
もう戦場の音を聞くこともない
わたしが夢見る世界
そこでは 正しいことがまかり通る
戦争に代わって
こどもたちの瞳は もっと求め そして あなたをも救う

なんで、こんなところに留まっているの?
頑なになって!
成長することを決して許されないこどもたちに対して
なんで無関心でいられるの?
知っていながら 変えようとしないなんて
何を考えているの?
もうこれ以上待てないよ
わたしが夢見る世界 Uh Uh Uh

わたしが夢見る世界 
そこでは みんなの心はひとつになるんだ
わたしが夢見る世界
それは“愛”と呼ばれる
手をしっかり握り 夢見る世界を感じよう
Uh Uh Uh 夢見る世界
 Youtubeをネットサーフィンしていたら、CDと同じ音源に映像が合体したものと、結構ガッツリ訴えかけるライブ映像があったので、この二つを両方講演で使用した。最初のCD音源のもの


を見せながら、僕が歌詞の内容を朗読し、それからライブ映像


を見せようと思いたった。
 ところが、映像に合わせてひとりで朗読の練習をしていたら、何度やっても涙が出てしまって困った。それでも、何度かやっている内に慣れてきて、涙が出てこなくなったので、ようし大丈夫、と思って講演会に臨んだのだ。

 しかしながら、講演会の最中では、朗読している内にやっぱり感極まって、涙が溢れてきて困った。しかも、その後のお話しも、まるで「日本レコード大賞」の受賞披露のように、声が震えてしまってうまくしゃべれない。こんな風に人前で泣いてしまうなんて、恐らく人生で初めてだ!
 まあ、講演会場のキャンプ参加者たちは、みんな素直な人たちで、僕の涙声に刺激されて、一緒にウルウルしてくれたので、その後の懇親会も暖かい雰囲気に包まれて良かったのだが・・・。

 なんで泣いてしまうのか?いろいろ考えた。はっきり分かっていることがひとつだけある。僕のDNAには、人一倍「しあわせ願望」が刷り込まれている。それは、自分だけがしあわせになりたいだけでなく、オーバーに言えば、世界中の人たちがしあわせにならない限り、満足できないという感情である。
 この映像の中には、子供たちの姿が映し出されている。それを観る度に、子供たちに、あるいは、これから生まれてくる全ての子供たちにも、けっして不幸な思いをさせてはいけないという感情が押し寄せてきて、「それを守るのが我々大人の義務だ」という想いが、まるで怒りのような強さをもって押し寄せてきたのだ。

 何故、同じ時代に同じ世界に生きながら、みんな普通に仲良く出来ないんだろう?何故、同じ天使ガブリエルから掲示を受けているキリスト教とイスラム教がいがみ合い憎しみ合っているのだろう?何故、世の中から、戦争や様々な形の争いや虐待がなくならないのだろう?何故人が人を殺したり傷つけたり、排除したり、差別したりするのだろう?

 講演会の最中、ウルウルしている僕の心に、突然あるイデーが降りてきた。
「だからお前は音楽をやっている!」
気が付いてみると、僕はうわずった声で語り続けていた。
「角皆君がよく僕に言っているように、僕の耳は昔から音に対しては繊細でした。きたない音や大きすぎる音を極度に嫌い、美しい音を求めていたのです。だからカラヤンのような指揮者が作り出す音に惹かれていたのでしょう。
同時に、繊細であった反面、もっと大胆になるべきでもあったのになれなかったのは、自分が音楽を始めたのが遅く、何も知らないところから出発したので、音楽家として熟成し、仕上がるのも遅かったため、年の割にはみんなから遅れている意識がありました。要するにコンプレックスのかたまりだったのです。
でも、今の自分は、愛知祝祭管弦楽団のワーグナーなどで、とても大胆にフォルテを出すことができます。そんな風に自分を変えてくれたのは・・・・・」
そこまで言った時に、再び何かが降りてきた。
「・・・スキーなのです。スキーが僕の殻をやぶってくれた!僕の奏でたい音楽。それは、このIl mondo che vorreiのような音楽。根底に愛があって、それがほとばしり出て、まるで怒りのような強い表現になる時、その強さは、破壊するエネルギーではなく、優しさから発し、愛に満ちているのです。そんなフォルテを躊躇なく奏でるために、僕は今、スキーを必要としているのです。そしてこれからも、どんどん殻を破っていきたい。それまでスキーをし続けないといけないのだ!」
 フォルテに対する躊躇は、破壊に対する恐れだったと思う。そこには、僕の宗教観も邪魔していたと思う。暴走族の爆音が近所迷惑を顧みないように、フォルテにエゴの匂いを嗅ぎ取っていた僕は、レオナルド・ダ・ヴィンチが動物を殺して食べることに罪悪感を感じていたのと全く同じ理由で、音楽の菜食主義者であったのだ。
 つまり、フォルテは僕にとって罪悪だったのだ。だから美しいピアノという隠れ家の中にいたのだ。植物だけ食べていれば、動物たちの断末魔の悲鳴を聞くこともない。でも、植物だって生きているんだよね。他の命を搾取しないでは生きられないのが人間。罪だけに目が行っていたら、どこまで行っても袋小路だ。

 メグ・ライアンとニコラス・ケイジ主演の「シティ・オブ・エンジェル」という映画の中だったと思う。
「人は、悲しくなくても泣くけれど、どんな時に泣くか知ってる?それはね、心の奥底から、とっても激しい衝動が溢れてきて、理性がそれを抑制できなくなった時」
というようなセリフがあった。そこに僕はひとつだけ加えたい。その衝動は、より高いところから溢れ出る時もあるということ。
 とにかくこの体験は、3年目にして、この「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプに、「至高なる存在の意思が働いている」という証拠を捉えた瞬間でもあった。まあ、違ったとしても、そう勝手に思えて、また4年目やろうというモチベーションが高まったら、思った者勝ちじゃない!

 スキーで、高速でキュイーンとかっ飛ばしたとしても、誰にも迷惑をかけないんだ。むしろ愛に満ちて高速ターンをすれば、世界に愛をまき散らすことが出来るんだ。そういえば、歌詞に、
「そこでは 大砲ではなく 花が放たれ もう戦場の音を聞くこともない」
というのがあったろう。あれはね、本当はちょっと意訳なんだ。sparareはもともと「発砲する」「銃などを撃つ」という言葉。しかしここで発射されるのは大砲ではなく花 だということだ。原文と直訳とを並べてみよう。こっちを本文にしてもよかったのだけどね。
il mondo che vorrei わたしが夢見る世界 
ci sparerebbe i fiori, そこで発砲されるのは花たち 
non sentiremo più もう聞くことはない
il suono dei cannoni. 大砲の音は 

 そうだ、僕は花を撃つためにフォルテを奏でよう。そういえば、今シーズンは特に、スキーでカーヴィングをしながら板を走らせると、それをそのまま音楽的なフレーズとして感じる感覚が鋭くなっている。逆に声楽家やヴァイオリンや管楽器奏者の演奏を聴いて、フレーズが“走って”いないと 、それをつまらなく感じるし、反対に、走っているとスキー的快感を感じる。
 そして、それを自分で導き出せる指揮の運動を追求している。特にバッハの音楽においてそれを感じ、表現するよう努めているが、その結果は3月21日の東京バロック・スコラーズによる「ヨハネ受難曲」の演奏に現れるだろう。
 スキーと音楽。このふたつのつながりが、どこに辿り着くのか、誰も分からない道を、僕はひとりで進んでいく。全てのしがらみから解放され、とっても満たされたハッピーな気持ちで・・・。

写真 スキーキャンプ夜の角皆優人の講演風景
角皆君の講演


実り豊かなBキャンプ
 キャンプ一日目の2月22日土曜日は、午後から雨の予報が出ていたので、朝8時半からのインストラクター・ミーティングで、通常は午前午後それぞれ1時間半のレッスンを、1回にまとめて、途中休憩を取りながら10時から13時までぶっ通しでレッスンをやり、それから昼食とミーティングを行おうということになった。
 でも、もうレッスンを始める10時過ぎたら、すでに小雨がパラつき始めたので、僕が一緒に滑っている上級班は、とっととゴンドラに乗って上部のアルプス平に登っていったが、下で滑っていた人たちは大変だったろう。上部はかろうじて雪。かなりベタついていたけれど・・・。

 午後1時、レッスンは終了。その後、ランチとミーティングだったが、手袋をギューッと絞ったら、水滴がポタポタ落ちた。みなさんも雨の中、それぞれの班でよく頑張りましたね。

写真 スキーキャンプでのミーティング風景
ミーティング


 今回の参加者の中に、ソプラノの國光ともこさんがいた。彼女は、今度の「ヨハネ受難曲」で独唱者として出演する。でも、お互いスケジュールが合わなくて、とうとうキャンプまで来てしまったので、初日の午後5時から、カーサビアンカのロビーのピアノを使わせてもらって、合わせをした。
 キャンプ後のことなので、お互い疲れているし、チャチャッと済ませようと思っていたが、やり始めると乗ってきて、結構しっかりとした稽古ができた。終わって気が付いてみたら、周りに他の参加者たちが聴いていて、ミニ・コンサートのようになっていた。
 こういうのもなかなかいいなとも思ったが、かといって、このキャンプの中で、こうしたコンサートをあらためてやるとなったら、それはそれで負担感が増し、キャンプどころではないから、これは特例ということにとどめておこう。

 その雨は、しだいに雪に変わり、23日日曜日の朝になったら、かなり積もっていて、あたりもすっかり普段の白馬の雪景色になって嬉しかった。なので、2日目は、それぞれの班でモチベーションが盛り上がり、それなりの上達が望めたのではないかな。

写真 スキーキャンプ二日目朝の準備体操
シーハイル2日目

 ちなみに、僕が参加していた、角皆優人コーチ率いる上級班は、朝からコブに行きましたよ。いいもりゲレンデ上部では、最初浅いコブがだんだん深くなっていって、練習するにはもってこいのコンディションだった。しかも、このメンバーは、みんなレベルが高く、飲み込みも早く、和気藹々で、すごく良い雰囲気の中でレッスンができたね。

 そんな上級班が滑っていた、難度の高いコブ斜面であるが、気が付いたらすぐそばを、孫の杏樹と、今回杏樹と一緒に子供班として受講している小学校2年生のS君とが、角皆美穂コーチと共に、かなりのスピードで嬉々として降りていった。みんなあっけに取られていた。子供って凄いな!

写真 スキーキャンプ、キッズ班での杏樹
キッズ班


「バッハはコブだ!」
と僕が言ったことがきっかけで始まった、この「マエストロ、私をスキーに連れてって」キャンプ。勿論超初級から全てのレベルで楽しく上達が望めるが、やはり、コブ滑走まで辿り着けるとね、2次元の雪面にコブの盛り上がりと底との上下動という3次元的要素が加わるので、より一層音楽的躍動感を味わえる。
 だから、今初級でも、またどんどんキャンプに参加し、あるいは自分でも練習して、できたらみなさんに、曲がりなりでも何でもいいから、コブにまで辿り着いてもらいたいなあ。角皆夫妻の他にも、スキー・エストから派遣されてきた廻谷コーチも吉田コーチも、コブ大得意だから、本当に良いレッスンを受けられるよ。

ああ、スキーって何て歓びに満ちた祝祭的スポーツなんだろう!

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© HIROFUMI MISAWA