65歳の誕生日と僕の使命

三澤洋史

写真 三澤洋史のプロフィール写真

びわ湖での生活
 びわ湖に来て一週間経った。びわ湖ホール主催公演「神々の黄昏」が中止になった。新町歌劇団からは早速、
「びわ湖ホールの公演が中止になったことを聞きました。ではどうか週末に高崎に来て下さい」
というメールが入ったが、
「まだ帰れないんです。舞台稽古が続いているんです」
と答えるしかない。その理由は後で述べる。

 びわ湖でのひとり生活は楽しくやっている。練習は毎日午後からなので、午前中は、コメダでたっぷりブレンド・コーヒーを飲みながら、「ヨハネ受難曲」の福音史家のレシタティーヴォをノートに書き取って、全ての文章の文法をひとつひとつ解明しながら覚えたり、びわ湖ホールの練習室を借りて、マーラー作曲交響曲第3番のスコアをピアノで弾いたりしている。
 勿論演奏会のためには違いないんだが、僕はこうやってそれぞれの言葉や音楽に向かい合って過ごす“たった独りの時間”がたまらなく好きだ。これこそ、人生におけるかけがえのない時間。こういうのを知らないで、次から次へと来る仕事をさばくだけで人生が過ぎていく音楽家のなんと多いことか。

 夜はつつましくやっている。2度ほど、ドイツレストランのヴュルツブルグに行って、ドイツビールを飲みながらミュンヘンの白ソーセージなどを頬張ったが、その他は、夕食そのものはビールくらいでチャチャっと食べて、お部屋にBallantine'sが買ってあるので、大浴場に入った後、ホテルの氷とコンビニで買ったWilkinsonのEXTRAソーダで静かにソーダ割りを飲むのが好き。決して人嫌いではないが、夜は落ち着いて眠りにつきたい。

 白馬での「マエストロ、私をスキーに連れてって2020」キャンプの次の日に、とりあえずの洋服だけ持ってこちらに来たので、後から追加の洋服類が届いたが、スキー・ブーツやスキー・ウェアー、ゴーグルなどを一緒にスーツケースの中に入れてもらった。
 28日金曜日の早朝は、 びわ湖バレイ・スキー場に試しに行ってみた。最寄りの石場駅から一時間以内で湖西線志賀駅に着き、バスで10分ばかりでゲレンデに着く。近い!それだけではない。このスキー場は、なかなか凄いんだ。

写真 ホーライ・パノラマゲレンデをリフト越しに見る
ホーライ・パノラマゲレンデ

 今年は雪が少ないため、人工雪のエリアしか滑れないが、もし、自然雪のところも全て滑れたとしたら、上級中級者も楽しめるかなりイケてるスキー場だ。しかもメインゲレンデの ホーライ・パノラマゲレンデからは、眼下にびわ湖がどどーんを大きく広がり、まるでびわ湖に向かってそのまま落ちていくような錯覚に陥る。

写真 ホーライ・パノラマゲレンデの上部から琵琶湖を望む
ホーライ・パノラマゲレンデ上部から

僕が行った前の晩に、実は大津でも雪が降り、びわ湖バレイは新雪がうっすらではあるが積もって、結構コンディションが良かった。
 明日の火曜日は3月3日のお誕生日なので、自分のご褒美としてまたまた午前中に滑りに行き、6日金曜日は1日オフなので、ゆったりと滑ってこようと思っている。

写真 琵琶湖バレイのゴンドラから大津方面を眺める
びわ湖バレイのゴンドラから大津方面を眺める


 早朝、びわ湖畔を散歩していると、知らない同士なのに、明るく、
「おはようございます!」
と挨拶してくる人が多い。
 そうかと思うと、こんな寒い湖で水上スキーをしている人がいるのにはびっくりだ。最近のウェットスーツはヒートテックのようになっていて案外暖かいと、サーフィンしている人から聞いたが、それでも時々水の中に入っているからね。いろんな人がいるもんだ。

写真 琵琶湖でボートにひかれて水上スキーをする人
水上スキー


非常事態の日本列島
 中国から広がり始めた新型コロナ・ウィルスが、日本国内にも蔓延し始めた。この「国家の非常事態」を受けて、他の公共ホールの例にもれず、びわ湖ホール主催公演「神々の黄昏」公演も、とうとう中止となってしまった。

 仕方ないから、ホテルを引き払ってとっとと帰ろうかと思っていたら、ホール側は、無観客で公演を行い、DVDを制作し販売して、少しでも赤字を補填すると言っているので、予定通り3月8日日曜日まで大津に滞在することとなった。
 確かに、舞台美術家ヘニング・フォン・ギールケ氏のプロジェクター・マッピングに彩られた素晴らしい舞台を見ていると、このままこれをただ壊してなきものにするには忍びないし、合唱団も昨年の暮れから音楽稽古を始め、桜新町のスタディオ・アマデウスに何日も通ってひとつひとつのシーンを丁寧に創り上げた日々は何だったのか、ということになってしまう。観客がいなくても、せめて映像として残したいと思うのは当然だ。

 出演費は払ってくれるということで、キャスト及びスタッフたち一同はホッと胸をなで下ろしたが、考えてみると、演出家ミヒャエル・ハンペをはじめとするドイツ人スタッフたちや外国人歌手たちを、これだけ日本に引き留めておいて、京都市交響楽団を使って、本番さながらの上演をするわけだ。経費は全額かかる一方で観客はいない。
 チケット収入がゼロになるわけだから、もの凄い赤字となる。僕はその額を知っているけれど、あえて言いません。個人で負ったとしたら首をくくるレベルです。

 これと似たようなことが各地で起きている。とすれば、これから2020年上半期の日本経済は、大変な事態を引き起こすであろう。3.11の大地震や津波のように、大勢の人たちが目に見える形で被災するわけではないが、もしこのまま新型コロナ・ウィルスの蔓延状態が終息はおろか減衰さえしなかったら、2011年の災害にも匹敵する国家危機ともなり得るであろう。勿論、東京オリンピックどころではなくなる。

 昨年秋の2度に渡る台風の襲来、この冬の異常気象、そして疫病の蔓延と、じわじわと終末的状況が我々を包囲しているように感じられる。経済最優先を掲げて長期政権を続ける安倍首相をあざ笑うかのように、自然は、様々な災害への対応を政府に迫り、日本列島は、心理的にも経済的にも運命的迷走を続けている。
 学校もいきなり休校とされ、子供たちが行き場を失い、共働きしている夫婦やシングルマザーたちが困っている。それを「つまらないこと」と発言した麻生太郎財務大臣の感覚は、あまりに庶民から遊離している。
 と思うと、それこそ、つまらないデマに騙され、かつて70年代のようなトイレット・ペーパー買い占め騒動が起きている。日本人は、普段何の疑問も感じることなく依存している自分たちの生活環境が脅かされるやいなや、簡単にパニック行動に陥りやすい国民だと、今回も思い知らされた。

 いろんなところで、人間のエゴを今後嫌というほど見ることになるのではないか?「日本人は、お互いを思いやるおもてなしの良い国民」だと自分たちで思い込んでいただろうが、それは全てが順調にいっている時。逆境の時に人間の本性が出る。“宗教もなければ信念もない”日本人の、行き当たりばったりや、やけっぱちの行動は、できれば見たくない。困っている時にはみんな困っているのだ。
 とはいえ、相手がウィルスで感染の危険がある、という中では、通常の助け合いの精神が意味を成さないのも事実だ。しかしながら、こんな状況の中でも、世の中には、感染した患者を進んで診ている医師や看護師たちが存在していることを忘れてはならない。義務感に燃え、自らを省みずにあえて感染者に向かい合っている人たちに、僕たちはリスペクトを捧げなければならない。
(事務局注:「ボン先輩は今日もご機嫌」ブログ掲載の記事を紹介します。
「イタリア新型コロナ:休校中の校長が生徒に送った手紙が秀逸!と話題」)

65歳の誕生日と僕の使命
 今、これを書いている時点から見ると、明日、すなわち2020年3月3日火曜日。僕の65回目の誕生日は、こうした状況の中で訪れることとなる。家族と離れ、聴衆のいない公演のためにひとりで迎える誕生日。でも、これも運命だと思う。

 数日前、僕は「ヨハネ受難曲」公演の有無を心配している東京バロック・スコラーズのメンバーにある文書を送った。これから述べることは、ちょっとそれと重なる内容を持つ。恐らく、これを読む皆さんの中には、
「はあ?何言ってるんだ、こいつは?」
と首をかしげる人がいるだろう。でも世の中がこういう事態に陥っている時だ。僕はもう、自分の心に抱いている想いを隠しておく必要も感じないので、ありのままに述べたいと思う。

 思春期の頃、毎晩同じ夢を見た時期があった。それは、荒廃し、ほとんど廃墟と化した世界に、自分がひとりで立っていて、
「これを再生するんだ!」
と決意しているビジョンであった。何故、自分はこんな夢ばかり見るんだ?と不思議に思っていた。
その頃、タイガースが「廃墟の鳩」という歌をヒットさせていた。

人は誰も 悪いことを
覚えすぎた この世界
築き上げた ユートピアは
壊れ去った もろくも

誰も見えない 廃墟の空
一羽の鳩が 飛んでる
真白い鳩が

生きることの 歓びを
今こそ知る 人はみな

汚れない世を この地上に
再び創るために 人はめざめた

生きることの 歓びを
今こそ知る 人はみな
 僕は、その歌詞に激しく惹かれた。どうしてこの歌詞がこんなに自分の胸に響くのだろうかと不思議に思ったが、とにかくその歌詞は、僕の夢のイメージと結びついて、寝ても覚めてもずっと僕から離れなかった。きっとそれは僕のDNAの中に刷り込まれていて、僕がこの世に生まれ落ちた「目的と使命」とに関係していると、いつしか確信するようになった。

 それから大分後になるけれど、マーラーの交響曲第2番「復活」最終楽章の歌い出しの言葉と音楽に触れて、これは、まさに自分に向けられたメッセージだと感じて、心が震えたこともある。
Aufersteh'n, ja, aufersteh'n wirst du, 復活・・・そう、お前は復活するだろう
mein Staub, nach kurzer Ruh'. 私の塵よ、わずかな憩いの後に
Unsterblich Leben 不滅の命を与えるだろう
wird, der dich rief, dir geben. お前を呼んだ方が
Wieder aufzublüh'n wirst du gesät! 再び花咲くために お前は種まかれるのだ
De Herr der Ernte geht 刈り入れの主(あるじ)は行き
und sammelt Garben 収穫の束を集める
uns ein, die starben 死んだわたしたちを ひとつに

(中略)

Was entstanden ist, das muss vergehen. 生まれ出でたもの それは消え去らねばならない
Was vergangen, auferstehen! 消え去ったもの それは復活しなければならない
Hör' auf zu beben! だから おののくことをやめよ!
Bereite dich zu leben! 生きる心の準備をするのだ!

(中略)

Mit Flügeln, die ich mir errungen, 自分が獲得した翼をもって
werde ich entschweben. 私は飛翔するだろう
Sterben werd' ich, um zu leben! わたしは死ぬのだ 生きるために
Aufersteh'n, ja, aufersteh'n wirst du, 復活・・・そうお前は復活するだろう
mein Herz, in einem Nu. 私の心よ、一瞬のうちに
Was du geschlagen, お前が打ったもの
Zu Gott wird es dich tragen! それが お前を神のもとへと運ぶだろう

 マーラの交響曲「復活」の歌詞は、必ずしも終末思想そのものではなく、いわゆる宗教的死生観から来るものであるが、このテキストにも僕は、遠い未来において人類が直面するべき危機的状況の描写を、音楽と共に感じ取っていた。

 僕の家は真言宗だし、親父が大工だったので神棚は大事にされた。しかしそれらは単に風習や習慣に過ぎなかったので、家庭に宗教的なバックグランドは全くなかったと言っていい。しかし僕が宗教の道に入るのは避けられない必然であった。
 同時に、僕は終末思想に関連するものを求めた。今から振り返ってみると「無知で愚か」という言葉で片付けられてしまうかも知れない。しかし、思春期の夢を経験していた僕にとっては、大問題だったのだ。
 当然のごとく、真っ先にノストラダムスの大予言を読んだ。そして、終末的危機は1999年に起きると信じた。同じ時期に、エドガー・ケーシーや麻原彰晃や大川隆法の本も読んだが、麻原彰晃の本だけは、開けただけで気持ち悪くなって読めなかった。

 1999年の夏、僕はバイロイト音楽祭で働いていた。8月11日にドイツでは皆既日食が起きるというので、その前の日から皆既日食の軌道上にあたるアウグスブルグにまで行った。その様子は、ホームページの「バイロイト日記1999年」に書いてあるけれど、書いてないことがひとつある。僕は、アウグスブルグを自分の死に場所だと決めていたのだ。しかし、皆既日食が通り過ぎても世界は終わらなかった。それどころか、帰国して秋になり冬が来て、あれよあれよと思う間に、あっけなく年が明けて、2000年が到来した。

生きている・・・・。
世は滅びなかった。どうして?

 同時に、あることにも気が付いた。
「もし人類がいっぺんに滅んでしまうとしたら、僕も同時に滅びる。すると、『荒廃した世の中を見つめながら、再生を決意していた自分』というビジョンは、いずれにしても実現しないわけだ。だとしたら、僕は何のためにあのビジョンを見せられたのか?」
 そこまで考えた時に思った。
「だから、恐らくこの世の中は滅びない。滅びないけれど、危機的状況は、いつの日にか訪れるのではないか。いずれにしても自分は、その時に備えて心を整えているべきではないか?」

 大川隆法氏にはちょっと期待していた。でも2000年以降、彼はもう高級霊を受け入れる器ではなくなっている。霊言書のレベルは低く、どれを読んでも失望するばかりだ。台風19号に関係する霊を呼んで霊言書を出したり、今回も、新型コロナ・ウィルスに関係する霊を呼び出して霊言書を出している。本屋で立ち読みしながら、怒りが込み上げてきた。
「あんた、エル・カンターレという地球の最高霊だったら、こんな週刊誌的な興味本位の本出してる場合じゃないで。地球神としての責任を持って、もっと大局的に物事を論じなければ、あかんよ!」
何故、関西弁?ま、それはどうでもええけど・・・彼は奥さんと別れ、あんなに奥さんの前世は文殊菩薩だナイチンゲールだとか言われていたのに、いつの間にか、イスカリオテのユダの生まれ変わりと変えられてしまっている。過去生って、そんなに簡単に変わるのか?要するにデタラメだったってことね。
 それから若い奥さんと再婚し、一方、長男は幸福の科学を離れてYoutubeで家庭の内情を暴露している。この宏洋(ひろし)さんは、反逆者のように扱われているけれど、言っていることは結構マトモだ。それにしても、自分の子供を司法に訴えた時点で、大川氏は宗教者として失格だ。子供って正直だ。どんなに対外的に偉そうなことを言っていたって、そんな親の本質を誰よりも見ている。宗教者だったらなおのこと。子供に尊敬されなければ・・・。
 そもそも僕を大川氏に導いたのは、高橋信次という宗教者だったが、最近高橋氏の著書を読み返してみて感動した。といっても、特別のことは何も書いていない。
「増上慢になるな、金銭欲や色情に溺れず、身と心を清く保って謙虚に生きよ」
その通りだ。人生それ以外にない。全く当たり前でありながら何て潔いのだろうか!
 しかしそれを大川氏はすべて自分で破っているので、著書でも言わなくなった。初期に出した「太陽の法」「黄金の法」「永遠の法」の3部作は、あんなに高い境地から宇宙の神秘を語っている名著なのに、あのような人でも堕落するのだから、この三次元世界というのは実に厳しい世界なのだ。
 どんな高級霊でも一から修行し、かつて大川氏が自分で言っていたように「二河白道」(両側に罪悪と誘惑の泥水が流れているが、真ん中の白い道を正しい者はまっすぐに歩むべし」を肝に銘じて修行しなければならない。

 ということで、予言はもはやどうでもいいんだ。今の僕にはイエス・キリストがいればそれでいい。大事なことは、僕の心は1999年にすでに死を覚悟していたことだ。あとは余生だ。でも、犬死には嫌だ。自分の使命は果たしたいし、死ぬならば人の役に立ちたい。ともかく今の僕は、必要とあれば、神にこの命を捧げる覚悟だけはできている。
 それにしても、不思議なもんだ。僕のやっていることが人に認めてもらえるようになったのは、僕が死を覚悟して“欲を捨てた”2000年を境にしてからなのだ。著書の「オペラ座のお仕事」の中に書いたけれど、
「究極の自己実現とは、人のためだけを思って無心に行動する中に達成される」
というのは真実だ。そう思って行動している者を、世の中は必要としてくれるということなのだろう。

 さて、2000年以降に結成された、東京バロック・スコラーズは「21世紀のバッハ」を掲げている。この「21世紀」の本当の意味も、僕のミッションと深く関わっている。だから、こんなあちこちで公演が中止になっているような時でも、僕は「ヨハネ受難曲」演奏会をまだ辞めることは考えていないんだ。むしろ、こんな時だからこそ、「闇に光を掲げる」僕のミッションが遂行される、とすら個人的には思っている。

 ただ今回はことのほか難しいね。このまま新型コロナ・ウィルスの勢いが衰えないまま「ヨハネ受難曲」演奏会を強行した場合、僕の真意が理解されないで、ただ批判されるだけで終わってしまう可能性がある。
 本当は、バッハの音楽には、はっきりとした治癒能力がある。僕自身それをいつも体験している。風邪を引いていても、練習でバッハの音楽に触れているだけで、治ってしまうんだ。これはCDやiPodなどのメディアを通したら起きない現象で、生演奏でなければ駄目なのだけれど、他の作曲家と比べてもバッハの音楽は特別なのである。

 でも・・・そこで人を集めて、観客に感染者が出て蔓延の温床になったら、どう責任を取るというのだ?という批判が自分に向けられた時、
「大丈夫です、この演奏会ではひとりの感染者も出ませんし、仮に感染者が紛れ込んでいたとしても、バッハの音楽で完全治癒させます」
と啖呵切れるほど自分の霊能力が高ければいいんだけどねえ・・・。
 かといって、
「当方では、みなさんの感染及び発症には一切の責任を負いませんので、あくまで自己責任で演奏会に参加して下さい」
と言うのも、あまりにも無責任でしょう。

 難しい世の中だ。安倍総理がイベントの中止要請を出したり学校を休学にすると言ったことに対して、真っ向から対立するふたつの意見が出ている。
「対応が後手後手だ。何故もっと早くこういう措置を取らなかったか?」
という批判と、
「そんな急に休校と言われても対応できません。もっと時間を下さい」
という批判だ。同じニュース番組で、平気でふたつの批判を並行して流している。だから、どう対応しても批判されるということの証明だ。

 そんなわけで、僕自身は死を恐れてはいないのだが、「ヨハネ受難曲」の参加者及び聴衆全員に、僕と同じ使命感を持って一緒に死にましょうと呼びかけるつもりもない(笑)。僕の使命感からすると、「ヨハネ受難曲」は、本当はどうしても成功させたい。いや、演奏会さえ開ければ、成功するのは目に見えているのだ。演奏会さえ開ければね・・・・。

あと一週間、様子を見てからやるか辞めるかの結論を出します・・・・ああ、なんとも歯切れの悪いお誕生日の宣言だこと!

 ホテルの窓から見下ろすと、びわ湖は、今日も美しい湖面に、対岸の山々や湖岸の街の景色を静かに写しだしています。何事もない平和ないちにちが今日も始まって、人々の日常の営みが滞りなく行われているようにしか感じられません。この美しい景色のどこにコロナ・ウィルスが潜んでいるというのでしょう。
天のいと高きところには 神に栄光
地には 御心に叶う人々に 平和あれ

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© HIROFUMI MISAWA