無観客Youtube配信の「神々の黄昏」

三澤洋史 

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この2週間
 びわ湖ホールの「神々の黄昏」公演が終わって東京に帰って来た。今朝、孫の杏樹をクチュクチュしながら起こしたら、嬉しそうな顔をして抱きついてきた。ああ、我が家に帰って来たなあとしみじみ思った。

 2月24日から3月8日までの約2週間の大津滞在は、僕の65年に渡った人生の中で、決して忘れ得ない時となるであろう。しかし、思い返してみると、その伏線は随分前からあったように思う。
 年が明けてからの僕の「今日この頃」の内容が、毎回それとなく宗教的な方向に傾いていたのに気付いていた読者がいるかも知れない。また、僕を除く家族全員がインフルエンザB型に襲われ、孤独の内に年末年始を過ごしたのも、ある意味必然的だったのかも知れない。
 「マエストロ、私をキャンプに連れてって2020」Bキャンプの講演で、ラウラ・パウジーニの歌「私が夢見た世界」を使おうと思い立ったのも、その曲を使って講演の準備をしながら何度も涙し、さらに講演中も不覚にも泣いてしまったのにも意味があったのだろう。それらはみんなつながっていたのだ。

 ある時僕はこう書いた。
「神はこの世を罰することなどしない。そうではなく、この宇宙に法則を作り、それに委ねたのだ。すなわちお釈迦様が悟った時、最初に気が付いた“因果の法”だ」
物事には全て原因があり結果がある。物理的にもそうだが霊的にも同じだ。全てが自分に還ってくる。愛を行った者は、自分の周りに愛の連鎖が起こり、その結果いつかどこかで愛を受ける。人を呪った者は巡り巡って呪われる。「人を呪えば穴二つ」という昔からある言葉は真実だ。すなわち、穴に落ちるのは、自分が呪った相手と、そして自分自身なのだ。

 ラウラ・パウジーニの歌う「私が夢見る世界」では、こういう歌詞がある。

わたしが夢見る世界
それは千の心を持つ 
鼓動し さらに沢山の愛を抱くために
わたしが夢見る世界
そこには 明日の子供たちのための千の手と千の腕がある
こどもたちの瞳は もっと求め そして あなたをも救う

わたしが夢見る世界 
そこでは みんなの心はひとつになるんだ
わたしが夢見る世界
それは“愛”と呼ばれる
手をしっかり握り 夢見る世界を感じよう
 僕は、とっても強く願ったのだ。ここで歌われている、愛に溢れ、みんながしあわせであろうと願う理想の世界観が実現することを。そして、もちろん今でも願い続けている。

イエスの言葉に耳を傾けてみよう。
だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。
(マタイによる福音書第5章39節)
敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
(44節)
 この正気とも思えないような言葉の真意は、自分が率先して負のスパイラルの流れを断ち切り、愛のスパイラルを起こすきっかけを作れということである。エゴイスティックなモチベーションと行動ではなく、愛から全てを始めよ、ということである。
 とどのつまり、イエスが主張していたことは、極端に言ってしまえば、教会に足繁く通うことでもなく、模範的なクリスチャンになることでもない。イエスの行ったこと言ったことをずっと追っていくと絶対博愛精神に辿り着く。そしてその先にあるのは、まさに「私が夢見る世界」で語られるような理想像。

 しかしながら、現代ほど、その反対にみんなが負のスパイラルに陥っている時代はないと思う。その想いの集合が、因果応報でひとつのシンボリックな存在を世に生み出した。それが新型コロナ・ウィルスである。つまり、
「こういう想いを抱き、こういう生き方をしていたら、こうなっちゃうよ」
という現象として、我々の前に立ち現れたのである。
 ある典型的な例を示そう。デマが飛び交い、トイレット・ペーパーがお店から消えたのはどうして?ひとりひとりが焦って買い占めたりしなければ、お店には充分にあったのでしょう?これは、はっきり言って新型コロナ・ウィルスのせいではない。ひとりひとりの
「自分だけ良ければ人はどうなってもいい」
というちょっとしたエゴの想いが、社会全体に急激な負のスパイラルを引き起こした典型的な例だ。
 トイレット・ペーパー騒動は70年代にもあった。日本人は特に、普段当たり前のような生活前提が脅かされただけで、簡単にパニックに陥り、疑心暗鬼になり、誰も信じられなくなって、自分以外はみんな敵といういう風に考え、醜いエゴイスティックな行動に走るのだ。
 それをまざまざと見せられておきながら、我々はそれでもまだ、ここから何かを学び取ろうとは思わないのだろうか?

無観客Youtube配信の「神々の黄昏」
 新型コロナ・ウィルスの影響で、びわ湖ホールは、僕たちが大津滞在中に通常公演の中止を決めたが、同時にメディアによる配信を模索していて、その結果、公演の様子をオンタイムでYoutubeで配信する、という方法をとった。また、後日、DVDを制作して販売し、少しでも赤字の補填に役立てるということだ。
 ところが、このYoutube配信は、思いのほか影響があり、初日は1万件のアクセス、2日目は1万2千件のアクセスがあった。同時にツイッターなどでも大いに盛り上がっていたということだ。本場ドイツからも(時差があるので)、
「朝5時から頑張って起きて観ているよ!」
という連絡が、ドイツ人キャストやスタッフに寄せられていた。

 考えてみると、ワーグナー・ファンからしてみたら、願ってもないことに違いない。わざわざびわ湖ホールまで出向いていかなくても、タダで簡単に本番の様子が観られるわけだから、こんな嬉しいことはない。
 しかも、このミヒャエル・ハンペ氏の演出は、舞台美術家のヘニング・フォン・ギールケ氏の美しくセンス溢れるデザインと、驚くべきプロジェクター・マッピングの威力とで、まさに映像で充分に味わえるものとなっているし、演出の内容も、奇をてらったところのない、全く正統的なものなので、まさに、ワーグナー入門にはぴったりだ。
 各幕の前奏曲で、紗幕に映された動画が美しいと思えば、紗幕がアップしてみると、そのまま同じリアルなシーンとなり、しかも舞台後方のスクリーンには、ライン川が静かに波を立てながら流れている。映画のようでありながら、前方で動いているのは本物の登場人物という、惑うばかりの不思議な世界。
 ワーグナーが彼の楽劇で表現したかったことは、これまでの常識では、劇場空間でほとんど不可能なことばかりだった。ワルキューレは、天を翔る馬に乗って戦場で死んだ勇士たちをワルハラ城に運ぶというが、それ自体がどうかんがえても無理だ。
 しかしながら「神々の黄昏」第1幕第3場を見ると、ヴァルトラウテがブリュンヒルデのところにやってくるシーンで、遠くから馬に乗りながら空を飛び、炎を越えてこちらに飛んでくるヴァルトラウテの姿を映像で映し出した後、舞台袖から疲れ切った彼女が現れる、という風に、あり得ないようなことを可能にしている。

 第2幕終了後、合唱団の楽屋に行ったら、みんなさっきまで演じていたYoutubeの映像を、巻き戻して反省会をしている。
「ああ、凄く演技していたつもりだったけど、こうやって距離を置いてみると、もっともっと大胆にやっていいんだね」
などと、出演者にとってもためになっている。
 Youtube配信は、両日とも20時くらいに終了したというが、このようなリアルタイム配信は大成功で、全国の人たちにびわ湖ホールそのものの存在と、そこで何が行われているのか、ということを知らしめる意味でも有意義であった。だから僕も、それを見ていて、我が東京バロック・スコラーズの「ヨハネ受難曲」でも同じ方法で、無観客動画配信をしたらいいかなどと、一瞬考えてしまったが・・・・いやいや、このやり方は中小団体には絶対に無理だ。
 お客はいいよ。タダで家に居ながら観れるんだから。でもね、先週も書いたけれど、残念ながら主催者にとっては、公演するんだからギャラは払わなければならない一方で、チケット収入の全くない、完全持ちだしとなるのだ。
 それに、お客がいないというのも淋しいものがあるんだよ。公演が終わって、真っ先に合唱のカーテンコールがあり、僕も合唱指揮者として登場し拍手を受けるはずだが・・・・拍手がないのである。お辞儀してもシーーーーンだからね。最初から録音スタジオにいるとか、テレビ・スタジオで録画撮りですというのだったら、そういうつもりになるだろう。でも、オペラ公演をしているんだよ。目の前にドドーンと客席が広がっていて・・・・誰もいないのである。
 この瞬間にキャスト一同・・・超盛り下がった。やっぱ、目の前にお客がいてナンボのもんなのだ。拍手もコミュニケーションだし、なんといっても、聴衆のオーラってもの凄いものがあるんだって、あらためて感じた。

 さて、9月の愛知祝祭管弦楽団の「リング・ハイライト」は、満場の聴衆を前にして、是非ハイテンションで行いたい、と心から思った。

とにかく、みなさん、お疲れ様でした。

「ヨハネ受難曲」延期と、65歳の誕生日
 東京バロック・スコラーズ演奏会は、残念ながら中止にせざるを得なかった。先週の「今日この頃」では、あと一週間考えてから公演を予定通り行うか中止にするか決めます、と書いたが、実はあれを書きながら、もう90パーセント以上「中止にするしかないかな」とは思っていたんだ。
 原稿をコンシェルジュに送った直後から、僕はむしろ、どういう形でやったら、団の経済状態や団員のモチベーションも含めて最善の方法なのかということを、団長やプロジェクト・リーダーと連絡しながら決めていた。
 そして、本来だったら練習日であったはずの3月4日水曜日に、その練習場を使って団の緊急会議が開かるというので、やはりその前に音楽監督として基本路線を出さなければと思って、僕なりの結論を出して幹部たちにメールで送った。

 奇しくも来年の3月21日、すなわち今年と同じバッハの誕生日の日に武蔵野市民文化センターが取れている。本来ならば別の演目を上演する予定であったが、ここで「ヨハネ受難曲」を上演するとして、中止ということではなく延期として、関わっている全てのソリストや演奏者たちに、ただちに来年のスケジュールを確認し、あらためて依頼するようお願いした。それから今年のホールである北とぴあに、ホール使用料をなんとか交渉して1円でも安くしていただくよう係の人にお願いした。また、団員たちには、これが苦渋の選択であること。これによって、なんとかモチベーションが落ちないよう、頑張っていただきたいことなどお願いした。

 緊急会議当日では、幹部たちと会議に興味のある人たちだけが来ると思っていたら、なんと約半数のメンバーが集まって、延期することをみんなが承諾してくれたということで、ホッと胸をなで下ろしたわけである。おまけに、北とぴあでは、状況が状況だけに、会場費を全額返してくれたという。損害は最小限で済んだが、もちろん、今回の演奏会には入れ込んでいたので大量のチラシを作ったり、いろいろすでにかかっている出費については、当然赤字となるわけである。

 出費の分を考えなくとも、本当はとっても悔しい。相手がウィルスだからね。自分さえ頑張ればいい、というものだったら、いくらでも頑張れる。でも、無理矢理演奏会をやったとしても、大勢人が集まることによって、もし演奏会そのものが感染源となったりしたら、非難されるだけでどんな努力も実らない。
 それに、
「チケット販売はこれからラスト・スパートですよ!」
とチケット係が団員に呼びかけたとしても、売れるどころか返券が相次ぎ、聴衆が半分も入らないとすれば、辞めて赤字だけでなく、やっても赤字。もしかしたら、やった方がずっと多い赤字かも。

 イエスの受難と復活の物語は、こんな時期だからこそ人類の「困難とそれを乗り越えていくドラマ」となって聴衆の魂に響き渡るはずであった。

 3月3日火曜日。びわ湖ホールではピアノ付き舞台通し稽古で、13時開始であるが、序幕と第1幕だけで2時間かかり、さらに30分休憩が入るため、合唱団が参加する第2幕の開始予想時間は3時半頃からになる。だから僕は3時頃に劇場入りすればいい。

写真 真っ青な空、白銀のゲレンデ、眼下に広がる琵琶湖の眺望
天空のゲレンデ

 早朝。65歳になった僕は、傷心を抱えながら、びわ湖バレイ・スキー場のホウライ・パノラマ・ゲレンデのてっぺんにいた。天気は晴。ここからは、びわ湖が唖然とするほど鮮やかに美しく、目に飛び込んできた。
 この中級斜面を、片足でスキーを蹴りながら滑り始めた。まるでびわ湖に飛び込んでいくよう。その日の僕は、スキーを楽しむというより、まるで行(ぎょう)を行うかのように、自らに負荷をかけ、厳しいトレーニングという雰囲気であった。
 でも、滑り続けていく内に、だんだん心が澄み切ってきて軽くなり、しまいには地上を離れてびわ湖の空をワルキューレのように飛翔している自分がいた。

あきらめてはならない。
失望してはならない。
「私が夢見る世界」を実現させるために、たとえ後退を余儀なくされたとしても、歩み続けることをやめてはならない。
愛を持ち続けること。人を愛し続けること。すべてを許し、受け容れ、つながろうとする心を持ち続けること。

 劇場に戻ると、合唱団のメンバーのひとりが誕生日プレゼントを持ってきた。すぐ楽屋に行くと、みんなが、
「お誕生日、おめでとうございます!」
と祝ってくれた。
 プレゼントは、最高のイタリア・ワインであるBaroloバローロだった。もったいないので、家に持って帰ろうとしたら、娘たちが、
「いいよ、パパがもらったんだから、飲みなよ」
と言うので、スーパーでモッツァレラチーズなどをツマミにして3日かけてチビチビと飲んだ。飲むたびにしあわせ感が溢れてきた。

それで思った。やっぱり僕はノーテンキな人間。すぐ、しあわせになれちゃう。でも、それでいいんだ。

これが65歳の悟り。

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© HIROFUMI MISAWA