ポスト・コロナ時代を見つめて

三澤洋史 

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新国立劇場の試聴会
 3月30日月曜日と31日火曜日は、新国立劇場合唱団の次期契約更新のための試聴会が行われていた。30日は男声、31日は女声。いつもだと、それぞれに個人的な仕事の関係で、日を代えたりする人が出てくるが、今年はみんな仕事がないから、きれいに男声全員30日に聴けたし、女声も同様にまとまって聴くことが出来た。

 毎年、試聴会は憂鬱だ。全ての演目にオン・ステージする権利と義務とを有している契約メンバーの敷居はとても高い。それが、この試聴会で吟味され、時にエキストラである登録メンバーに落とされたり、またその登録メンバーからも除外されたりもする。
 プロの場合、落胆するとかいうことにプラスして、実際に収入に響くので、契約メンバーの立場ありきでローンを組んでいたり、家族設計をしていたりする人の中には、路頭に迷う人もいるだろう。そうした運命を審査によって決めるのは恐れ多いことだ。

 特に今年は、新型コロナ・ウイルスの影響で「コジ・ファン・トゥッテ」も「ホフマン物語」も公演中止になり、契約メンバーでさえ全く仕事がない。コンサートもみんな中止になって、ほぼ全員完全失業中のこんな時期に試聴会を行って、胸が痛まないわけがないであろう。
 だから一日目の男声を聴き終わって二日目の女声の日になった時、朝からお腹の具合が悪くなって下痢気味であった。そんなにひどくはないのだが、女性団員達は、その時間その時間みんな必死で向かい合ってくるから、途中でトイレに立つわけにはいかないだろう。なので、用心をとってお昼に出されたお弁当を辞退して、午後の審査を続けた。
 休憩時間にサンドイッチを買って置いておいて、もうここまで来れば大丈夫だろうと思われるタイミングで恐る恐る食べた。すでに4時を回っていた。お腹はもうすっかり治っていた。それよりも、空きっ腹の上にあまりに集中して聴いていたため、終わってみたら結構フラフラしていた。その晩はとっても早く寝た。
 聴きながら、フリーランスのみんなが可哀想でならなかった。もちろん自分もそうなんだけれど、自分は束ねているだけで、本当に体を張って働いているのは、むしろ彼らなのだ。それなのに、偉そうな顔をして、彼らを裁き、ふるいにかけている自分は一体“なにもの”なのだ?という罪の意識のようなものにかられていた。

 その一方で、頑張っている若者達がいる。彼らを正当に評価し、すくい上げて、この世界で生きられるようにするのも僕たちの使命だ。彼らを誤って評価してしまったとしたら、その人生そのものを左右することとなる。
 実際に、現団員の中にも、かつて新国立劇場の新人オーディションを受けに来た時、
「このオーディションに落ちたら、歌手になることはあきらめて、田舎に帰ろうと思って受けたのです」
と言った人が、僕が知っているだけで3人くらいいる。

 新人のためのオーディションは、男声審査の前日の29日日曜日に行われた。実は、昨年度から、事前にテープ審査(ファイルによる)が行われており、それに通った人のみが29日に呼ばれたので、このオーディションに招かれた時点で、ある程度の実力を認められているのだ。
 才能のある若者達は、今年も少なからず見られた。また、すでに登録メンバーになっているメンバーの中にも、進歩していて契約メンバーに迫る勢いのある団員がいた。彼らを見て、その実力に応じて場を与えてあげるのはやり甲斐のある仕事である。

 審査は、僕の他に大野和士芸術監督を含む7人で行われたが、最終決定を下すのは、主席合唱指揮者である僕である。オーバーに言えば、このわずか数日間において100人もの人の運命が僕の一存で決まるというわけである。

 現団員達に情を持つのがいけないとは思ってはいない。ただ、上に立つ人間に求められるのは、フェアーであること。それのみが、人々に夢を与える芸術を真に生かす道なのだ。そうした正当に評価する人がいるお陰で、かつてその新しさが分からなくて不当に扱われていた一流の芸術家達が、今日生き残って、沢山の人たちの心を潤しているのだ。

だから、軽はずみな仏心は禁物。これも修行なんだね。

大野氏に僕はどこまでもついて行く
 「ホフマン物語」が中止になるその日の練習の前に、僕が大野氏に、
「合唱団員を護ってあげてください」
とお願いしたことを、大野氏は忘れていなかった。

 試聴会の席で、彼は僕に突然、合唱団の無観客での演奏会の話を持ちかけてきた。
「それを映像で配信したいんだ。ねえ、三澤さん、曲を決めてきてくれる?春にちなんだ曲がいいなあ」
 そこで、僕は考えて次の日に持って行った。すると大野氏は、
「うーん・・・、たとえば、マドリガルみたいなものを入れてもいいよ。それから、やっぱりオペラの曲も入れよう。春にちなんで、というのはもうあまりこだわらなくてもいい」
僕は、また考えてみた。しかし、その次の日、トーマス・モーリーのNow is the month of Mayingなどの曲を携えて行ってみたら、その話は劇場側によってあっけなく却下されてしまっていた。予算が出ないという理由らしい。

 でもね、僕は、この一件によって、大野和士という人間の持つ“誠意”を知り、この人間をとことん信じてみようという気持ちになった。彼は、僕の想いを真摯に受けとめてくれ、世界に出しても決して恥ずかしくない新国立劇場合唱団のメンバーが、この劇場を拠り所にしていることに対して、彼らを護ってあげなければ、という想いを僕と共有してくれたのである。

だから僕は、彼にどこまでもついて行くよ!

楽しい共同生活
 4月2日木曜日まで、試聴会関係で新国立劇場に通ったが、3日金曜日から、いよいよ完全に無職となり、この先しばらくなんにも仕事がない。そうなったら、どんなに気が滅入る日々を送るのかと思っていたら、意外と楽しい。

 みんな家に居る。妻はもとより僕も長女の志保もいるし、孫娘の杏樹は、今週末に入学式があるが、実際の授業はいつから始まるのか分からない。次女の杏奈も、中目黒の自宅にひとりでいても仕方ないので来ている。
 杏奈は一日だけ撮影のメイクの仕事でテレビ局に出掛けて行ったが、
「放送局に毎日いたら、絶対にコロナにうつるわ」
と言いながら帰ってきた。放映されている側の人たちは、適当な距離をとっているが、反対のカメラ側では、ディレクターやら衣装さんやらメイクさんやらがひしめきあっていて、濃厚接触もいいところだという。
「あれじゃ意味ないよ。画面上で離れているのは見せかけだけ」

 ということで、こうした共同生活が当面はずっと続く。全員が食卓を囲んで三食食べる。これはこれで楽しい・・・というか、こんなことは普段、まずないので、この新型コロナ・ウイルスの騒ぎが収まった後日、この状況を笑いながら語り合えたらどんなにいいだろうかと思っている。

 家の近くはずっと断層が続いている。いわゆる立川崖線及び府中崖線である。その断層のそこかしこから清水が湧き出ており、断層の真下の小川には、ザリガニや沢ガニあるいはタニシなどがいる。ある午後、僕は杏樹と自転車のツーリングをして、ママ下湧水と呼ばれる小川に行った。
すると、杏樹が一生懸命何かを捕まえている。
「杏樹、何とっているの?」
と訊くと、
「タニシだよ」
と答えた。
 なんでも、以前保育園の父兄達が集まって、近くの公園でバーベキュー・パーティーをやった時に、友達と一緒にタニシをとることを覚えたという。見ると、どんどんとっている。
「あのね。バーベキューの公園に行くと、もっといるんだよ」
「行ってみようか」
というので、そこから遠くないバーベキューの公園に行った。
 ここは何も遊具がないため、公園といっても子ども達はひとりも遊んでいない。たまに犬を連れたおじいさんが散歩の途中で立ち寄るだけ。そこに流れ込んでいる小川を見て驚いた。さっきの所よりも3倍も大きなタニシがいっぱいいる。気が付いてみたら、僕の方が夢中になってとっていた。
 レジ袋にお水を入れて自転車に結びつけ、そのタニシを家に持ち帰ってきた。プラスチックの洗面器に入れ替えて杏樹とふたりでじっと見ていたら、何十匹もいるタニシの中身は、しだいに殻から出てきて、2本の触手を出しながら、まるでカタツムリのように移動し始めた。
「うわあ!」
杏樹は驚き、しだいに恐くなってきたらしい。最初は、
「飼おうね」
と言っていたのに、夜になったらポツンと、
「なんか、あのタニシ、恐い・・・・」
と言い始めたので、次の日には返しに行った。そこでまた遊んで・・・・。

 僕は子供の頃のことを思い出していた。英才教育など何も受けていない、ただの群馬の悪ガキだった僕は、毎日近くの土手に行って、日が暮れるまで無心で遊んでいた。何をしていたのかというと、まさにこんな風にタニシも捕まえただろうし、バッタやイナゴを追い掛けたり、友達と鬼ごっこをしたり・・・その頃の感覚がよみがえってきた。
 何の不足も感じなかった。それに、大空や緑や赤城山や榛名山に抱かれていた。永遠に続く時間。果てしなく広がる未来。その瞬間その瞬間が自分のもの。そして家に帰ると、母の愛情があった。それ以外、何も必要としなかった。

そんな子供時代に、今自分の心は戻っている。

ポスト・コロナ時代を見つめて
 新型コロナ・ウィルスの蔓延は、全世界的規模で広がっており、核戦争など起きなくとも、地球はこんなに簡単に危機的状況に陥るのだという見本を提示している。最も悲惨なイタリアでは、ピークはやや過ぎたと言われているものの、世界はまだまだ先が見えない。

 我が国の感染は、欧米に比べれば最低限に抑えられているが、巷でジワジワと感染者が増え続けている毎日にあって、画期的な特効薬もないのだから、みんなただ家にこもって敵に発見されないよう息を殺している状態だ。
 命を守ることは、何をさておいても大事なことなのは分かっている。しかし、残念なのは、こんな時こそ、魂や精神を司る宗教が活躍しなければならないのに、一番最初に宗教が萎えてしまっているように感じられるのは僕だけであろうか。

 そんなことを残念に思いながらいた時、ドン・ボスコ社の編集者の紹介で、ある映像に出遭った。それは、70年代にイタリアで大ヒットしたバンドのロビー・ファッキネッティという歌手が作ったRinascerò, rinasceraiという曲だ。

 この映像の版権は、ベルガモ市にある「教皇ヨハネ23世病院」に譲渡され、クリックすると医療機関へ寄付されるしくみになっている。ネットでのイタリア語のニュースによると、3月の終わりに発表されたのに、わずか一週間で全世界から一千万のアクセスがあったという。
 ちょっと横道に逸れるが、この病院の名前である教皇ヨハネ23世のことにちょっと触れてみたい。教皇ヨハネ23世は、1881年ベルガモ郊外の農家に生まれた。1958年ローマ教皇となり、東西冷戦の解決を模索したり、エキュメニズム(教会一致運動)を目指していたが、なんといっても1958年、第二バチカン公会議を開幕した功績が大きい。しかし公会議の終了を待たずに1963年84歳で帰天した。その後、2000年にヨハネ・パウロ2世によって列福され、さらに2014年、教皇フランシスコによって聖人の列に加えられた。

 僕は、この映像を観て、心が打ち震え涙が出た。そして、音楽というもののもつ根源的な力に再び目覚めた。この曲について語る前に、僕が自分で訳してみた歌詞をよく味わって欲しい。

Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる

       Testo: Stefano D'Orazio Musica: Roby Facchinetti 
       作詞:ステファノ・ドラツィオ 作曲:ロビー・ファッキネッティ 

Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる
Quando tutto sarà finito
すべてが終わってしまうとしても
torneremo a riveder le stelle
僕たちは還ってきて 再び星を見出すだろう
Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる
La tempesta che ci travolge
嵐が僕たちを打ちのめし 屈服させたとしても
ci piega ma non ci spezzera
完全に破壊することなどできはしない
Siamo nati per combattere la sorte
僕たちは運命と闘うために生まれてきたんだ
ma ogni volta abbiamo sempre vinto noi
そしてどんな時も 勝利してきたのは 僕たちの方だ
Questi giorni cambieranno i nostri giorni
(今遭遇している)これらの日々は 僕たちの日常を変えるだろう
ma stavolta impareremo un po' di più
しかし今回は いつもより沢山の事を 学ばせられるだろう
Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる

Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる
Abbracciati da cieli grandi
大空に抱かれよう
torneremo a fidarci di Dio
神様への信仰に立ち還ろう
Ma al silenzio si respira un'aria nuova
沈黙の中で 人は 新しい大気を呼吸するだろうが
ma mi fa paura questa mia città
僕の街では まだ恐怖が襲っている
Siamo nati per combattere la sorte
でもね 僕たちは運命と闘うために生まれてきたんだ
ma ogni volta abbiamo sempre vinto noi
そしてどんな時も 勝利してきたのは 僕たちの方だ
Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる

Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる
Rinascerò, rinascerai
僕はよみがえる 君もよみがえる

 この詩の素晴らしいところは、いきなり冒頭でQuando tutto sarà finitoという言葉が出てくることだ。これはもちろん「究極的な危機が訪れても」という風に現世的な意味に訳すこともできようが、素直に訳すと未来完了形で「全てが終わってしまうであろう時」という意味であって、つまり死をも見据えているのだ。さらに、「僕たちは還ってきて、再び星を見出すだろう」も、現世と来世との二重の意味を感じさせられる。
 考えてみると、イエス・キリストこそ、現世的にはtutto è finito「全てが終わってしまった」人間であった。しかしながら、それは、もっと大きな世界からすれば、終わりなどではなく、むしろ救いと希望のはじまりであった。

 また「僕たちは運命と闘うために生まれてきた」という言葉にも勇気をもらうし、さらに「どんな時も勝利してきたのは 僕たちの方だ」と言い切ることに希望が与えられる。すなわち、死ですら敗北ではないし、たとえ死ぬことになっても僕たちは勝利する。また勝利しなければならないのだ。
 では、一体何をもって勝利というのかという問いであるが、それもこの歌詞の中に答えがある。すなわち「大空に抱かれよう」であり、「神様への信仰に立ち還ろう」なのだ。つまりそれは、至高なる存在を信じ続け、どんな時も希望を抱き続けるならば、そんな僕たちを包み込むのは、他ならぬ至高なる存在そのものという真実だ。

 この新型コロナ・ウイルスの嵐が過ぎ去った後、世界は変わるだろうが、どのように変わるのか、ということが大事なのだ。命が助かっても、猜疑心と絶望とエゴイスティックな心が全世界に蔓延し、世界がそちらの方向に舵取りをしてしまったとしたら、我々はこの災難から何も学ばなかったということになってしまう。

 こんな時に歌を歌ってる場合か、ではない。こんな時だからこそ、この歌を聴いて欲しい。そして出来れば、心から同調し、この歌詞のような想いを持って、肉体的なだけでなく、精神的にもこの時を乗り超えていって欲しい。
 そして・・・そして、ポスト・コロナの時代では、今度こそ実現しますように。
憎しみではなく愛の世界が
争いではなく許し合う世界が
分裂ではなく一致する世界が
疑い合うのではなく信じ合う世界が
誤りではなく真理の世界が
絶望ではなく希望に溢れる世界が
闇ではなく光の世界が
悲しみのない喜びの世界が
今度こそ!

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© HIROFUMI MISAWA