カトリック生活、新刊、真生会館5月講座

三澤洋史

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カトリック生活、新刊、真生会館5月講座
 ドン・ボスコ社から「カトリック生活」6月号が出ている。
今月号の特集は「今だからこそ考えるべきこと~新型コロナ・ウィルスに負けるな!」で、僕も原稿を出している。内容は、真生会館用の5月講座とダブっている部分がある。


カトリック生活6月号

 3ページに渡る記事で、項目ごとのタイトルは、
「くじけそうな心に勇気をもらった」
「我々は勝利する」
「魂の領域で目覚めていくこと」
である。
 ロビー・ファッキネッティ作曲のRinascerò, rinasceraiの内容に触れ、
「我々がこのウイルスをとおして、魂の領域でのグローバル意識に向かって目覚めていくことこそが神の意志なのではないか」
と結論づけ、最後の文章を、
「合い言葉は『どんなときも勝利』である」
と結んだ。


カトリック生活6月号目次

 このドン・ボスコ社からは、僕の新刊本「ちょっと、お話ししませんか」も出版されるが、緊急事態宣言の影響で、編集者が在宅勤務を余儀なくされたことにより、一時は出版の見通しも立たなくなってしまった。
 最初は、東京バロック・スコラーズ「ヨハネ受難曲」演奏会当日に、会場で売ることを念頭に置いて、3月21日発売というはずであった。それが「ヨハネ受難曲」演奏会が中止になって、4月後半の復活祭までに出しましょう、ということになり、そうこうしている内に緊急事態宣言が発令されて、編集者が在宅勤務を余儀なくされ、緊急事態宣言が解除されるはずであった5月7日に入稿ということになった。さらにそれが、緊急事態宣言延長により、遅れに遅れてしまったというわけである。

それでもやっと、
「ちょっと、お話ししませんか」は、
6月1日に出版されることが決まったぞ!


 入稿が遅れる毎に、僕は「あとがき」を書き換えた。最初は普通の「あとがき」を書いていたが、新型コロナ・ウイルスの影響で「ヨハネ受難曲」がなくなったので、そのことに触れた内容にした。さらに緊急事態宣言でストップした時には、
「毎年、聖週間の時には仕事が忙しくて、今回は聖金曜日には行けるけれど聖土曜日にはいけないなあ、などと悩んでいたのに、今年こそ全部空いているのに肝心の教会が開いていない」
という内容の文章に換えた。
 ゴールデンウィークが終わろうとする頃、緊急事態宣言の延長によりさらなる出版遅延が決まった時点で、
「聖徒の交わり(聖堂内でミサにあずかること)は、聖週間や復活祭でも叶わなかった」
という内容で最終的に落ち着いた。とにかくコロナ感染の影響が刻一刻と変わっていくので、新聞や週刊誌のような即効性を求められるものでもない新刊本の「あとがき」を3度も換えることになろうとは、思いもしなかった。


新刊本表紙

 さて、先月、生まれて初めてYoutubeで講演を配信した真生会館の「音楽と祈り」講座であるが、5月もまだ会館が閉じているため、再びYoutube配信をする。真生会館の方では恐縮しているようだが、僕としてみると、これはこれで別の喜びがある。
 勿論、実際に真生会館で聴講者を前にして行う講演に勝るものはない。質疑応答も受けられるしね。でも、真生会館で行う講座では、受講者は多くて数十人であるが、今この原稿を書いている時点で、Youtubeのアクセス数は、なんと1735回が確認されている。
 そもそも、新刊本「ちょっと、お話ししませんか」を作るきっかけになったのも、「音楽祈り」講座を受講していたドン・ボスコ社の編集者が、
「この内容を、わずか40人だけに聞かせているなんてもったいない!みんなが読めるように本にしませんか?」
と持ちかけてきてくれたことに始まったのだから、アット・ホームな会館内の講座と共に、たまにはこうして大量配信というのもアリだな、とは思い始めている。

 でもね、実際のリアルタイムの講座では、言い損なったり、言葉を噛んだりしても、気にしないでしゃべりっぱなしでいいのだけれど、映像となると、そういうわけにはいかない。それで、取り直しては編集するというのも、結構大変なのは事実で、今は仕事がなくて暇だからできるんだよね。
 だから、会館内での講座が再会し、僕の仕事も日常的に再開した後、同時進行っていうのは難しい、ということになると、Youtube 5月講座の配信が、もしかしたら最後になるかも知れません。
 今週中に撮影、編集して、来週月曜日、すなわち5月25日に、この「今日この頃」で発表します。タイトル及び内容に関しては、大体決まっているけれど、まだ思案中です。では、楽しみに待っていてください!

我が家にも変化が
 東京都は、現在のところまだ緊急事態宣言が解除されていないが、それでも5月14日木曜日に他の39県で解除されると、すでに社会が動き始めている。
 
 メイクアップ・アーティストをしている次女の杏奈は、外国人モデルなどが新型コロナ・ウイルスに感染したりして、仕事がストップした。一度テレビ局に出掛けたが、放映されている側の人たちのソーシャル・ディスタンスとは裏腹に、カメラ側のスタッフ達のあまりの三密状態に恐怖を感じたという。
 失業中は基本的に国立の自宅に戻っていたが、また新しく仕事が入ってきたと言って、昨日の日曜日に我が家を後にし、中目黒のアパートに帰っていった。

 杏奈は本当によくやってくれた。料理がとても上手で、夕食は杏奈のお陰で、経済的でありながら極上のディナーとなった。その他、まめに家の片付けや掃除をしてくれたり、お庭の手入れや物置の整理など大活躍だった。
 特に、小学校に上がったものの、なかなか学校に行けない孫娘の杏樹の面倒に関しては、母親の志保が、仕事がない間も国立音楽大学オペラ科などの授業の下準備をしたり、秋以降の曲を練習したりしていたので、母親以上に責任感を持って杏樹と付き合っていてくれた。

 ということで、妻と杏樹も合わせて5人が朝から晩まで家に居て、三食を共にして、という生活が、こうしてある時突然終わった。国際線にこれから乗るのかと思うほどの大きな荷物を車に積んで、志保が杏樹を同乗させて、杏奈を中目黒の家まで車で送っていくのを庭先から見送りながら、僕はなんか胸がキュンとなった。

 この期間って、実はとってもとっても貴重な、かけがえのない日々だったんだ。杏奈とふたりで夜の散歩をしながら、沢山いろんなことを話した。へえ、杏奈って、こういう人間だったんだ、って、あらためて大人になった杏奈を知った。
 杏樹にとっても、とっても大切にされた時間だったに違いない。これから僕たちは、次第にこれまでの日常生活に戻って行くのか?なんだか淋しい気がする。

杏奈、本当にありがとう!お仕事頑張ってね!どんな時でも、杏奈を応援しているよ。

 志保は、国立音楽大学の授業をテレワークでやっている。Zoomというミーティング・アプリを、大学院声楽科の学生達がそれぞれ自宅で開いていて、志保は指揮者部屋(指揮者の自宅)や声楽科教授部屋や、演出家部屋に行って、学生達が受ける授業の伴奏をしている。
 それぞれ30分やって15分の休憩を取るというやり方。午前中10時から12時までの間に3コマ、途中でお昼休憩を取って、午後13時から15時までの3コマ。

 でも、先週も書いたように、映像にも音にもタイムラグ(時差)があるので、とても神経をすり減らすらしい。それに、自宅だとどうしても、プライベートと仕事との区別がつかないだろう。
 孫娘の杏樹は、一応ママが授業やっていることは分かっているが、大人しくはしていても、授業中におもちゃを取りにピアノのある部屋に入ったりするし、先日などは、隣室で躓いて激しく転び、ビャーッと泣き出した。
 演出家の先生が、
「どこかで、子供が泣いてますよ」
と言うので、志保は、
「あ、すいません、うちの子です」
「行ってきていいよ」
というやり取りをして恥ずかしかった、と言っていたが、どうしても家庭の中だものね。
 聞く話によると、在宅勤務をしている親が、学校がなくて家にいる子供が仕事の妨げになるのにイライラして、ドメスティック・ヴァイオレンスを振るうケースが後を絶たないという。簡単にテレワークというけれど、やはり自宅と会社は違うよね。

 というように、みんな頑張っていますが。僕だけ、そういう仕事らしい仕事をしていない。いいなあ、早くみんなを前に指揮棒を振りたい!

時間の流れ、実は逆
 僕は、Youtubeというものを、自分が真生会館の講座をネット配信することになるまでは、音楽の映像しか観なかった。それが、自分がカメラの前でしゃべるための参考にする必要性を感じ、スピーチ映像を見始めたことがきっかけで、音楽以外のものも観るようになった。
 特に、自分が宗教的話題のスピーチをするため、宗教的内容を求めてみたのだが、実はあまり宗教的なものというのはないんだね。宗教者はYoutubeには興味がないのかも知れない。その代わりに、いわゆるスピリチュアルな映像がとても多いことに気が付いた。

 その数あるスピリチュアル系の映像の中で、僕が最近大きく影響を受けたものがあった。いつも観ているわけではないのだが、「自分大好きもっちー」という望月彩楓さんという女性の映像。白天狗さんや龍神さんやカラス天狗さんのお告げというものだそうな。
 ええと・・・それを聞いて、あなたは即座に「怪しい!」と思ってるでしょう。
「三澤さん、大丈夫ですかあ?あんまり暇で、頭おかしくなってませんか?」
なんて声が聞こえてきそうです。
 大丈夫です。大事なことはその内容であって、それがカラス天狗さんであろうが誰であろうが関係ないのである。

 その映像で、ある時もっちーさんは、こんなことを言っていた。
「時間の流れ 実は逆」
これはどういうことかというと、我々は通常、時間というものは、過去から現在を通って未来へと流れていくものと思い込んでいるが、龍神さんは、時間は、逆に未来から過去へと流れていくと主張しているのだ。

 分かり易く言おう。たとえば自動車レースの運転ゲームのように、自分は止まったままでいて、周りの景色が自分に向かってくる感じを想像してみよう。まさに、未来を迎えるというイメージで、自分から見て、未来が自分に飛び込んで来て、過去に流れ去っていくというのだ。

音楽家から見た時間の流れ
 もっちーさんのような表現として、あらためて意識したことはなかったのだが、音楽家としての僕は、それを聞いて案外抵抗感なく素直に受け容れられた。というのは、指揮者として本番中に演奏している場合、そのように認識することがよくある、というか、もしかしたら、いつもそう認識していたかも知れない。

 僕の前の指揮台にはスコアが置いてあり、あるいは暗譜で指揮する場合も多いが、演奏は基本的に楽譜に従って行われる。だから次にどんな音楽が来るかは分かっているのだが、それが「具体的にどのような音楽に仕上がるのか」については、僕の指示いかんでかなり変わってくる。
 つまり、僕はある意味、奏者がこれから繰り広げるであろう近未来を操っているわけだ。指揮者の具体的指示は、基本的に一拍早く先取りして出すものだが、こちらから、
「こういう風に行くぞ!それ、どうだ!」
と仕掛けていくのといかないのとでは、全く手応えが違う。そしてその奏者の手応えを指揮者は「迎え入れ」て、さらにそれを受けて次のアクションを起こしていくのである。
 そんな時に僕が感じる時間の流れは、日常生活の中で受動的になっている自分とは全く違っていて、確かに未来からこちらに向かってくる音楽に対峙しているのである。

 また、僕はジャズの即興演奏をするが、ジャムセッションなどをする時の自分は、もっと顕著に時間が未来から過去へと流れていく。アドリブ・フレーズには、いろいろパターンもあるのだが、次どうにやろうかというイメージは、直前に降ってくる。それでやってみると、それを受けて次はこうやろうというインスピレーションが湧くのだ。
L・M・モンゴメリの小説「赤毛のアン」に、
「曲がり角の先は、曲がってみないと分からない」
というような文章があったけれど、まさにそれだ。
 アンサンブルの中で、誰かが不意に思いもしないことをやる。クラシックと違うことは、それをジャッジしたりしたらいけないんだ。まあ、いけないというより、面白くないんだ。
「ちぇ、あいつ余計なことをやりやがって」
と思ったなら、それは、これから過ぎ去る過去に何の意味ももたらさない。
 偉大なるトランペッターであるマイルス・デイビスはこう言った。
「音を吹き損じたらな、もう一度同じことをやれ。そうすると、それが意味を持つ。もう、それは間違いではないんだ」
このように反応すると、新しい表現の道が開けるんだ。
 まあ、マイルスは、よく音をハズしていたからな。自分のミスを誤魔化す処世術のようにも聞こえるが、ともかく、自分に降りかかってくるものを、いかにうまくかわしながら、次につなげていくかが大事なのだ。

 人生も音楽と同じ。時間が「過去から未来へと流れていく」と信じている我々は、過去の呪縛から抜け出せない。あのどうしても消せない過去が、自分をがっちり規定してしまっているし、トラウマも与えている。
 しかし、時間の流れが逆だと考えたら、むしろ、未来が現在の自分に影響を与え、現在の自分が過去の自分に影響を与えていくことになる。つまり、過去は、現在の自分によってどうとでも変えられるのである。まあ、実際には、過去に起こった事それ自体は、変えられないのかも知れないが、少なくとも、その起こった事への“意味付け”は変えられるのではないかと思う。
 また、もっちーさん(龍神さん)は言う。もし現在の自分が、とってもハッピーで明るかったりするとしたら、その状態が未来に反映され、それに対応する未来を自分に引き寄せるのだ。川の流れに逆らって上流に行く船を自分に例えると、自分の前に、Aの流れが来る可能性も、Bの流れが来る可能性もある。
 どの流れを呼び込むかは、実は今の自分にかかっているのだ。今の自分の心のあり方に一番マッチした未来が、自分に向かって訪れてくるから。それをその都度どのように迎え入れ、どのように対処するかによって、自分の過去に対する評価も変わっていき、どのような、さらなる未来を引き寄せるかが決まってくるのである。
 

デジャヴ
 ここまで考えて「あ!」と思った。僕は、とっても大切なことに気が付いてしまったのだ。
「そうだ、自己というものの本当の内側の核の部分というものは、時の流れの外にいるんだ。だから、その核なる自己にとってみると、時間は未来から流れてくるのだ」
ということ。
その気付きをもたらしてくれた体験を、僕はすでに持っている。
それはデジャヴ体験なのだ

 僕は、時々デジャヴという体験をする。それは、以前夢に見た風景を、後になってから実際に見るということなのだ。ふたつほど例を挙げる。

その1
 90年代の前半。一度だけ夢の中で見た景色がとても印象的だった。とはいっても、それは特に何の変哲もない景色で、外国の街。それも郊外の広くない道で、自動車が沢山止まっているところを自分が歩いている。それだけ。
「何処なんだろう、あの景色は?」
とずっと気になっていた。その間に何度か外国に行った。フランスに行った時に、シェルブールに旅行した際、似たような景色があったので、ここかなと思ったが、ちょっと違う。デジャブの場合は、もっとピッタリ感がないとダメなのだ。まあ、慌てることはない。いつかは必ずその景色と遭遇する、と思っていた。そしていつしか忘れてしまった。
 その謎は、10年以上経ったバイロイト音楽祭の合唱音楽指導スタッフの一員として働いていたある朝に突然解けた。僕は1999年から2003年までの5年間、毎年夏になるとバイロイト音楽祭に参加していたが、2年目から借りていたのは、祝祭劇場から徒歩2分のタンホイザー通りにある家の2階。そこから劇場の反対側に3分ほど歩いたところにパン屋がある。ドイツのパン屋は、早朝から開いていて、みんな毎朝焼きたての香ばしいパンをわざわざ買ってきて朝食にする。
 その朝は、特別な朝ではなかった。まだ音楽祭も開催していない稽古期間。僕は、いつものようにタンホイザー通りを通ってパン屋に行き、カイザー・ゼンメルなどを買って家に戻ろうとしていた。家の並びや木立の風景は一緒だが、駐車してある車の並び方だけが日によって違う。何故かその時、ふと思い出したのだ。
「まてよ、この景色、昔夢に出てきた景色と似てないか?」
でも、微妙に車の並びや道路とのレイアウトが違う。
 ところがね・・・歩いて行く内に、しだいに重なってきたのだよ・・・ちょっと待て・・・あと何歩かで完全に重なる、あの景色に・・・そう思ったらドキドキしてきた・・・そして、予想した通り、ある瞬間、ピッタリ重なったのだ!全く細部に至るまであの夜夢で見た景色に・・・。
 僕は呆然としてその場に立ち尽くした。
「これだ!・・・すると・・・僕がバイロイト音楽祭で働くことになる、というのは、あらかじめ予言されていたことなのか?」

その2
 もうひとつの体験は、やはり90年代の初めに幾晩か立て続けに見た夢。あの90年代の初めというのは、僕の魂がひとつ脱皮した時期なのかな?僕は、雪に閉ざされた山の頂上にいて、そこから広がる遙か下の景色を見ている。眼下の景色も雪に閉ざされている。なんでこんな雪景色を見るのだ、と不思議に思っていた。その頃の僕は、そんな寒々とした山の風景などと完全に無縁であったからだ。
 その後、ずっとずっと時が流れて、僕は2009年の年末からスキーに取り憑かれた。そして、ガーラ湯沢に通うようになったある日のこと。上級者用の高津倉山頂へのリフトに乗り、山頂に降り立ったある瞬間、自分の体中に鳥肌が立った。
「この景色だ!」
と思った。
 90年代には、スキーになんて全然興味が湧かなかったので、自分がこんな雪山の山頂にいるなんて想像もしていなかったのに。それで思った。スキーは、恐らく自分の魂の覚醒にとても関係あるに違いない・・・と。

時空を超えてつながる真我
 この二つの体験の他に、まだいくつかある。それで、もっと驚くことがあるのだ。それは、
「これがデジャヴだ!」
と分かった瞬間の驚きの気持ちを、僕はすでに、その夢を見ている時に体験しているのだ。つまり、夢の中でその景色を見ていたのは、その夢を見ている頃の自分ではなく、まさにデジャヴを見て、その符合に驚いている“今の僕”そのものなのである。その驚きの瞬間を、僕の魂は、かつての夢の中の自分と同期しているのだ。
 だから、僕は、もっちーの時間の流れ論を聞く以前に、もう知っていたのだ。まさに自動車ゲームと一緒であって、自分は、時空を超えてずっと同じところに同じ自分として存在していて、自分の魂の核の部分は、きっと赤ちゃんの頃からずっとずっと変わらないのだ。恐らくそれは生まれる前も、そして死んだ後も・・・。

 自分はいろんなところに行き、いろんな人と会って、いろんな体験をする。怪我すれば痛いし、逆に欲望に振り回されたりもする。感情的になったり、プライドを傷つけられたといって怒ったり、傷ついたり、泣いたり、逆に反省したり納得したり学んだりしながら、紛れもない現実世界を生きている。
 しかしながら、そうした感覚や肉体に結びついた三次元的な自我は、実は本当の自分ではないのだ。いや、本当の自分なのかも知れないけれど、少なくとも、自己の奥底にある核としての自分ではなく、その周りにへばりついている低次元の自分なのである。だから、三次元的な時の流れと結びついているのだ。欲望の充足も時間の中で行うし、反省も学習も時の流れの中でする。
 だから、その自我を自分自身だと勘違いしてしまうと、その自我を乗せたまま進んでいく時の流れを、「過去から未来へ進む」と認識してしまうわけなのだ。

 それに対して、核なる自分は時の流れの制約の外にあるのだ。それは自分という存在のエッセンスであり、自分を自分たらしめている究極の極小単位。
よくね、僕はバッハの音楽を演奏している時にそれを感じる。そんな時、
「自我が限りなくゼロに近づいていく」
と認識するのだ。自分がだんだんなくなっていって、音楽だけが空間に満ちる。不思議と、音楽が鳴っているのに静寂が僕の周りを支配する。
 これね、普通の人には恐いことかも知れない。だって自我がなくなってしまったら、僕が僕でなくなってしまうんじゃないか?って思うでしょう。ところがそうじゃない。なくなっていいんだ。そうすると“止観”と呼ばれる状態の中に入っていく。
 これまで自分と思っていたものは、低次元の自我に過ぎないので、消してもいいんだ。それが消えて初めて“真我なる自分”というものが立ち現れてくるのだ。時を超越し、時の流れから離れてずっと同じところに留まっているこの真我というものこそ、実はめっちゃめちゃ僕なんだよ。余計なものがすべてそぎ落とされているので、まるで点のような僕なんだけどね。
それが、もっちーさんの発言で裏付けられたというわけである。

瞑想、真我の確認
 この認識をはっきり持ったからといって、差し当たっての僕の日常生活は変わらない。でも、僕の魂はひとつ階段を登ったようだ。ここのところ毎日、カトリック立川教会に行って、ひとりで瞑想しているけれど、何故それを自分が求めていたかもよく理解できる。

 瞑想し始めて気が付いたのだけれど、止観の状態になるために呼吸法というのは結構大事なんだね。普通に椅子に座ってやっていたのだが、どうも丹田にしっかり息が取り込めないので、試しに半跏趺坐(はんかふざ)をやってみたら、スーッと心の表面の波が静まってきて、低次元の自我が自分から離れていくのが分かる。
 教会であぐらって、そもそも変ですよね。でもね、心の中にいいようのない至福感が入ってきて、自分が至高なる存在に包まれ、愛されているのを感じるのだから、その姿勢が瞑想には相応しいのだと思う。
 僕は真我だけを見つめる。するとますます、自分が時の流れから離れて止まっていて、時間は未来から過去に流れていくという真実がリアリティを持ってくる「今日この頃」です。

さあ、人生面白くなってきたぜ!
でも・・・やっぱり、頭おかしいですかね?僕って。

  


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© HIROFUMI MISAWA