コロナを正しく恐がり、正しく歩み始めよう

三澤洋史 

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杏樹の学校の授業本格始動
 今週から、孫の杏樹の東京賢治シュタイナー学校の授業が毎日となる。とりあえず午前中だけだが、19人の一年生児童が一度にそろって授業するのは今日が初めてである。いずれ、お弁当の時間を挟んで午後まで授業は伸びてくる。
 時間割を見てあらためて驚いた。たとえば本日の時間割。
8:00-9:45 エポック授業 
9:45:10:30 お掃除とおやつ
10:30-11:15 クラス
11:20-12:05 ドイツ語
 このドイツ語の時間帯には、水曜日にはオイリュトミーが入り、木曜日には手仕事、金曜日には音楽が入る。シュタイナー教育では、通常の小学校のように、国語、算数、理科、社会が時間で区切られて行われるというのではなくて、たとえば、ここに書いてある1時間45分に渡るエポック授業というものがある。これは、1回の授業時間が長いだけではなく、同じ課題をたとえば二週間とか長期間にかけて行うのである。その間には、一度集中的にやったかと思うと、少し寝かせてからまた行うとか、とにかく徹底的に変わっている授業形態なのである。
 また、お掃除をとても大切にする。すでに5月中から、週1回の学校訪問があり、6月に入ると、3交代制の週二回授業が始まっていたが、最初に出た宿題は「ぞうきんがけ」であった。次に出た宿題は、親の肩たたき、肩もみ、片さすりであった(笑)。つまり、こうした日常の事に“喜び”を見出すようにさせるのだろう。

 さて時間割のことだが、普通の親はこれを見ただけで、
「大丈夫かな?」
と思うだろう。まあ、自分の子供を一流大学に入れて一流企業に入らせてと思う親なら、そもそもこんな学校には絶対に入れないと思うが(笑)、どうみても杏樹がOLになる可能性は低いと思う僕たちは、納得してこの学校に入れたわけである。

 というより、シュタイナーに関して言うと、すでにベルリン留学時代に、生まれたばかりの長女志保の教育を考えていた妻が、知り合いの影響でシュタイナー教育に出遭ったのがきっかけである。
 それから僕が、シュタイナーの著書を読みあさり、彼が単なる神秘主義者であるばかりでなく、社会科学、医学、農業、芸術、教育など、実に多岐に渡って霊的な観点から独創的な発想を打ち出している人物であることを知ったわけである。

 シュタイナー関係の本で、現在までロングセラーを続けている日本語の書物としては、松井るり子著「七歳までは夢の中―親だからできる幼児期のシュタイナー教育」(学陽書房)や、子安美知子著「ミュンヘンの小学生―娘が学んだシュタイナー学校」(中公新書416)がある。
 特に僕は、子安美知子さんのシュタイナー教育に関するビデオを観てとても感動し、本当は志保や杏奈をなんとかシュタイナー学校に入れたかったのだが、当時は近くにそんな学校がなかったので、実現できず、一世代おいて孫の杏樹の代になって初めて夢叶ったというわけである。
「ミュンヘンの小学生」の中央公論新社による説明には、こう書いてある。

学者夫妻がミュンヘンに留学して、娘さんを入学させた学校のユニークな教育――
〝詰め込み〟をさけて授業を進めて行き、落第もさせないし、能力による選別もやらない。
しかし十二年間の一貫教育のあとでは、 実力が身についている。
「エポック授業」「オイリュトミー」など子どもの能力発達に適した方法も……。
日本の教育が直面している難問題を解決している学校を、娘の生活を通して母親が綴る。
毎日出版文化賞受賞。
 さて、そのシュタイナー教育を杏樹が受けてどんな風なんだろうと、母親の志保や我々老夫婦は興味津々だ。あんまりこっちが緊張したり、短期的に期待しすぎたりするのも良くないとは思いながら、何かあったらまたレポートします。

仕事再開!
 世の中が動き出している。先週の水曜日、すなわち6月10日は、僕にとっては記念すべき日であった。なぜなら、まるまる2ヶ月以上、全く出掛ける仕事がなかった僕の久し振りの出勤だったから。
 東京バロック・スコラーズの練習が再開したのだ。小ミサ曲ト長調BWV236のKyrieが、ティアラこうとうのリハーサル室に響き渡った瞬間、僕の全身を捉えた感動を何と表現しようか。ピアノ伴奏をしていた志保も、涙が出そうになったと後で語っていた。彼女は、ずっとZoomなどを使って国立音楽大学のネット授業をしていたので、同じ空間に響く生の人間の声というのは、こんなにも倍音が豊かなのかと、僕とは違う観点から感動していたらしい。

 とはいえ、練習会場は25人以下しか認めないというので、各パート数人の小アンサンブルでの練習。残りの団員は在宅で、こちらもZoomによるリアルタイム配信を行うが、双方向での練習は無理なので、在宅組は自分の方のマイクをミュートにして、こちらの映像に合わせて勝手に歌うという方法。
 後で聴いてみたら、この方法でも結構練習が成立していたという話だ。うーん・・・まあ、いろいろ改善点はあるのだが、贅沢は言っていられない。とにかく、練習が再開出来ただけでもありがたいと思わないといけない。
 残念なのは、ティアラこうとうが、WIFIをセキュリティーの関係で使わせてくれないこと、そうするとZoomを送る方法はtetheringテザリングと呼ばれる、スマートフォンをパソコンにつないで行うしかないのだ。それを団員のスマホを使わせてもらって行うので費用が心配だし、第一、ネット環境としては最悪だ。
 こちらからは分からないが、恐らく、データ量の少ない音声の方が早く着くので、音声と画像との間にもギャップが生まれていたに違いない。在宅組の方達、ご苦労様でした。当団としては、今後WIFIを使わせてくれる練習場をいろいろ探しているようだ。それもそうだが、できれば早くみんなで練習したいなあ。

 13日土曜日は、高崎に行った。例の12月5日ウィーンでのモーツァルト・レクィエムの話がまだ生きていて、その初練習であった。東京から来たツアー会社のKさんは、
「オーストリーは、被害が少なく、もう諸外国に対してもオープンしています。ただ、オーストリーの方からドイツに入国することはまだ出来ないみたいですが・・・このまま収束してくれれば、ツアーが実現できる可能性はまだまだあります」
と、あくまでポジティブである。
 コロナ騒動で、ツアーそのものに懐疑的な気持ちを持っている人が多いだろうから、初回練習は二人か三人かなと思っていたが、まあ、お試しの人もいたのだが、十人近くの人たちが集まった。
Kさんは、
「旅行約一ヶ月以内のキャンセル料発生の時期までに、もしツアーが中止になったら、代金は全額お返しします。やっぱりやめとこうと思われた方にも全額お返しします。練習費も全て旅行費に入っているのですが、それも再請求などいたしません」
と言ってのけた。おお!これに賭けてくれているのだね。

 さあ、こんな風に、杏樹の学校も始まったし、僕も長い隠遁生活から少しずつ抜け出していこうかなあと思い始めている今日この頃である。

コロナを正しく恐がり、正しく歩み始めよう
 正直言って、みんな必要以上にコロナを恐がりすぎているように思う。また、マスコミの報道の仕方も、あまりに偏りすぎているように思う。東京やその周辺、北海道、福岡などを除いて、他の県などで新たな感染者はほとんどゼロなのに、何をそんなに恐がっているのだろうか?
 いいや、本当は、恐がっているわけではないのだ。例えば、群馬県でも、ここのところずっと新規感染者ゼロなのだが、たとえばある練習場でたったひとりでも感染者を出したら、次の日に群馬は感染者1となってしまう。そしてその感染者をその練習場から出したとすると、まわりからどんな非難をされるかわかったものではない。この恐怖が、各施設を内向きにさせている。
 でも、この調子でいったら、全国で全てゼロになっても、変わらずに警戒し続けるであろう。そもそも、
「コロナに感染したらもうおしまい」
という受け取り方をもうやめないといけないし、感染者を差別しバッシングするような風潮から脱しないと、みんな自分の首を自ら絞めているようで、永久に歩み出せない。

まず、コロナのどこが恐いかについて、6つの項目を並べて述べてみよう。

その1:
新型コロナウイルスは、3密の状態を除いて、基本的に空気感染はしないが、飛沫感染と接触感染をする。その際、ウイルスを覆っている脂質の膜が厚いため、ものについたウイルスが2日くらい生きていることがある。
何かに触ってそれが口に入っただけで感染する可能性がある。
つまり、このウイルスの最大の特徴は、とても感染しやすいこと。
だから、手洗いうがいはとても有効。

その2:
新型コロナウイルスの潜伏期間が比較的長いので、感染経路を追いにくい。
オフィシャルには1日から14日と言われているので、空港などでの検疫でも、二週間もの待機を余儀なくされてしまう。
一般的には5日程度だとされている。

その3: 
発症した初期は、もちろん体調不良があるが、発熱に関していうと37.5度から38度と比較的低いので、いきなり高熱が出るインフルエンザなどと比べて油断しやすいが、その間にきちんと治さないと、いきなり重症化してしまう。
重症化してからだと基本的には手遅れだと思った方がいい。

その4: 
一般の感染症の場合、まず第一の関門の喉が炎症を起こし、それから気管支が炎症を起こし、それから肺に入って肺炎になるが、新型コロナ・ウイルスの恐いところは、喉も気管支もそのままで、いきなり肺に入って肺炎をおこすところにある。

その5: 
もっと恐いことは、初期の発症から重症化するまでの間に、肺がどんどんウイルスに冒されてくるのだが、その間に本人の自覚症状がないケースが多いという。

その6:
重症化した時には、すでに重度の肺炎になっているケースが多いという。肺炎を細菌が起こした場合は、抗生物質で殺すことができるのだが、ウイルスというのは、独立した生物ではないので、抗生物質は効かないということだ。アビガンなどの薬にはウイルスを殺す力はなく、ただ増殖を抑えるだけで、治すのはあくまで本人の免疫力に頼るしかないのである。
最後の頼みの綱の人工呼吸器は、喉を切開してそこに呼吸器を入れて、本人の意思に関係なく器械で無理矢理空気を送り込むというもので、だいたいは人工呼吸器をつけたまま亡くなるケースが多いという医師の話だ。また、ここまでくると、治っても後遺症が残る場合が多い。

 さて、以上のことを踏まえて、間違いなく言えることは、初期の治療に全てがかかっているということだ。
それなのに、その初期には病院に行くこともできず、さらにその間に、どう過ごすべきかの指摘も全く伝えられていないのは、無責任としか言いようがない。以前この「今日この頃」で武田邦夫氏のアドバイスを紹介したが、かかったかなと思った時に、あるいは37.5度以上の熱があると思った時に、とにかく全ての活動を中止して、横になって免疫細胞がよりよく働けるようにすることだ(5月11日の「今日この頃」を参照)。
 そうすれば(本人の免疫力にもよるが)基本的には2日ないしは3日で治るということである。どっちみちその時点では連絡しても、本当に重傷になっていない限り病院にも入れてもらえないのだから、それが唯一でしかも最良の道である。

 また、長期の展望で見た場合、どう考えても、新型コロナ・ウイルスを絶滅させることは不可能だ。だってA型及びB型インフルエンザだって絶滅などしていないじゃないか。ちなみに6月15日現在、我が国の新型コロナ・ウイルスのこれまでの感染者数は累計して1万7529人で死者は927人。退院者が1万5643人だから、現在の入院患者数は1886人だ。これをどう見るか?
 ちなみに、みなさん知っていますか?厚生労働省が出した推計によると、2020年3月1日の時点で、2020年の日本全国のインフルエンザ累計患者数は397万人。しかも今年は、コロナのお陰で、手洗いうがいマスクなどが徹底していて、前年の1024万人を600万人以上減少させたというではないか。インフルエンザは、ほとんど冬の間だけなのに、それでも数から言ったら、コロナなんてまるでチンピラのようだ。
 もちろんインフルにはタミフルのような特効薬があるけれどね。それでも死者も(僕の手元に累計がないのだが)コロナよりもずっと多いのは明らかなのである。

 だから、これからはインフルエンザと同じような共存の道しかないのだ。かかっても治ればいいのだ。医学的には感染して無症状の人よりも、一度熱がちょっと出てから治る人の方が、強い抗体ができるというのだ。
 つまり、体の免疫力が強くて、手当たり次第体内に入ってきた細菌やウイルスをやっつけて、その中でいつコロナがいたのか分からないよりも、ちょっと倒すのに困って、体が、
「この顔にピンときたら通報」
というモンタージュ写真を作成するくらいになっていると、
コロナが侵入してきた時に、
「あいつだな」
と、はっきりターゲットにして、ただちに免疫細胞を総動員して戦闘態勢に入れるようになるのだという。そして、その場合には、どう戦ったら良いかのノウハウも知っているというのだ。そんな抗体を持つ人たちが増えればいいのだ。

 もちろん、これからはいつも気をつけていなければいけないのは当然だ。コロナがなかった時代の無防備に戻るわけにはいかない。コロナが、歌舞伎町のホストクラブや、年寄りのカラオケのように、たちまちクラスターが起きるような感染力を持っていることは忘れてはいけない。

 まあ、どうであれ、薬も開発されて、将来的に我々にとってインフルエンザと同じくらいの意識でコロナを捉えられるようにならないと、なかなか前に進めないってことである。それまで、我々は「正しく恐がり」そして用心しながらも「正しく前進」していこうではないか。

サンバの女神達
 いきなりうぬぼれを語って申し訳ないが、僕が音楽家になろうと思ったきっかけのひとつに、自分が独特のリズム感を持っていることに気が付いていたことがある。音楽を始めたのが遅かったし、田舎者でなんにも知らなかったけれど、自分のリズムに対する感性が、自分を力づけ、この道を目指せるという自信を与えてくれたのだ。

 中学生の頃、僕が最初に惹かれた音楽はジャズであった。黒人達の持つリズム感は、白人が束になっても適わないところがある。そして、その違いは、単に音符のリズムを正しく演奏するとかいうことをはるかに越えて、リズムそのものの匂いを味わう根源的な能力の違いに思われた。
 特に、マイルス・デイヴィスのリズム感は、そうした黒人の中でも群を抜いていた。しかも、ドラムスのトニー・ウィリアムスやベースのロン・カーターなどと共に繰り広げる彼の演奏のレベルがあまりに高くて、最初は一体何をやっているのか理解できなかったが、聴いていく内に、彼ら本当にとてつもないことをやっているのだ、と気付いた。
 そして、これを味わえるようにならないと、いくら自信を持っていたって自分のリズム感はモノにはならない、と、半ば義務感を持ってマイルスの音楽に立ち向かっていった。

 彼らの演奏には、音楽におけるリズムの神髄と醍醐味が見られ、あらゆるリズムによる表情が詰まっている。アドリブとアドリブとの間のちょっとした間にも、ウィットと痺れるような味わいが詰まっている。僕は、マイルスからどれほど沢山の事を学んだことだろう。どんなに感謝してもし過ぎることはないし、今でも最大限のリスペクトを捧げている。

 長い年月を経て、今僕を捉えているのは、ジャズよりもむしろラテン音楽だ。僕は、自作のミサ曲であるMissa pro Paceでコンガを中心にしたラテン音楽のミサを書いた。そのきっかけは、サンタナのライブ・コンサートに行って熱狂し、コンガを買って習い始めたことがきっかけであるが、現在の僕のラテン音楽に対する感覚は、もっともっと進化している。
 ラテン音楽とひとことで言うが、大きく分けてキューバ音楽とブラジル音楽とに分かれる。コンガを習った僕は、その基本形であるトゥンバオと呼ばれるリズムをまず習得しなければならなかったため、必然的にキューバ音楽に傾倒した。アフロ・キューバンの堅固なリズムと決まり切った和声は、その揺るぎない地位を誇っているが、それ故、そこに縛られて音楽にあまり発展性を感じず、クラシック音楽の多様性の中にいる僕には、物足りない面がある。
 そこにいくと、ブラジル音楽のサンバやボサノバの隙間感や和声の斬新さに、最近はどんどん惹き付けられている。

そこで、今日は、この静かな自粛期間に僕が毎日好んで聴いている3人のブラジルの歌姫を紹介したい。

 まず最初は、誰もが現在のトップ歌手として挙げるであろうMaria Ritaという歌手だ。Rはポルトガル語ではドイツ語のCHのようぬ読むため、日本語で書くとマリア・ヒタとなる。勿論、英語読みでマリア・リタと読む人も世界中で沢山いる。
 1977年9月生まれというから、現在42歳。彼女のお母さんは、往年の国民的歌手のElis Reginaエリス・レジーナ。その母親譲りの歌唱力には驚くべきものがあり、彼女のデビュー・アルバムは、発売一週間で10万枚を記録したという。
 僕は、彼女のふくよかでやや暗めの音色が好き。それに、滲み出るリズム感と、押さえつつこらえきれずに全身から発散する愉悦感がたまらない。いやあ、究極的には16ビートですなあ、と聴く度に唸ってしまう。


 次は、3人の中では一番美人で清楚な感じのあるRoberuta Sa。これも現地の発音ではホベルタ・サーと読む。1980年12月生まれだから、現在39歳。2016年、リオ・オリンピックの閉会式にゲスト出演したという。
 彼女の魅力は、ほどよく抑制された歌唱と、完全にコントロールされたフレージングにある。音色は、ややハスキーで、時々鼻に掛かるが、それがまた魅力的である。クールだが決して冷たい感じではなく、僕が個人的に最も好むディーヴァ。



 3人目は、Vanessa Da Mataヴァネッサ・ダ・マタ。1976年2月生まれだから、もう44歳。3人の中では最も年上。ラテン・グラミー賞を3度も受賞し、シンガーソングライターとして自分も曲を書く彼女の最大の魅力は、ひとことで言えば、「音楽を分かっている」ということ。
 服装もヘアースタイルも奇抜で、蓮っ葉な感じも漂わせているが、英語のWikipediaによると、俳優で写真家でもある夫との間に生まれた3児の母でもあるという。低音から高音まで実に伸びやかで、勿論リズム感も抜群なのだが、それらが全て溶け合い、完璧なテクニックに支えられて、まさに天衣無縫の歌唱芸術を繰り広げている。


 その他にも、上手な歌手達は沢山いるのだが、僕がこの3人を特に推す理由がある。それは、この3人の歌を聴いている時だけ、僕の両手が黙っていられなくなって、気が付いてみると、テーブルをコンガに見立てて叩いてしまうのだ。僕の手は正直なので、優秀なサンバ歌手のみが僕の手を無意識に動かすのである。

 孫の杏樹(6歳)は、最近まで、
「将来はオペラ歌手になるんだ!」
と言っていたが、この自粛期間に僕と一緒にいるため、
「杏樹はねえ、大きくなったらサンバ歌手になる!」
と言い始めた。
 僕は、パソコンを使っての編曲などの仕事が一段落すると、決まって気分転換にサンバのYoutube映像を観る。その響きを聴くと、必ず彼女が走って来て、僕の膝の上にちょこんと乗って一緒に聴く。サンバのリズムに彩られているメロディーは結構難しい。でも子供って凄いね、すぐ覚えてしまうんだね。僕がこの3人以外の歌手を聴いていて、
「うーん、まあ上手だけど、全体としてはいまいちかなあ・・・」
と思っていると、横から杏樹は、
「あんまり良くないね。やっぱりヴァネッサ・ダ・マタの方がいいね」
なんて生意気を言っている。

 最近、Chega De Saudade「想いあふれて」というボサノバの曲にハマって、自分でYoutubeから採譜してピアノを弾きながら歌って遊んでいる。「イパネマの娘」や「おいしい水」などを作った、ボサノバの創始者でもあり、長い間のボサノバ・ブームの牽引役でもあるアントニオ・カルロス・ジョビンの曲である。
 この曲をホベルタ・サーとヴァネッサ・ダ・マタの二人が歌っている。僕はどちらも大好きだけれど、みなさんは、どちらがいいですか?



最後の映像は、カルロス・ジョビン自身の演奏です。やっぱり素晴らしいのひとことに尽きます。


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© HIROFUMI MISAWA