「巨匠の創作の足跡」演奏会のオケ合わせ

三澤洋史 

写真 三澤洋史のプロフィール写真

「巨匠の創作の足跡」演奏会のオケ合わせ
 3月14日日曜日。東京バロック・スコラーズの主催するレクチャー・コンサート「巨匠の創作の足跡」のオケ合わせがあった。今回は先にソリスト、それから合唱と、曲順はランダムに行ったが、この後、演奏会前日の20日土曜日に、曲順に沿ったオケ合わせをもう一度行い、それから当日3月21日日曜日のゲネプロ(総練習)と本番という流れである。

 この演奏会では、会場となる武蔵野市民文化会館の舞台上及び客席のソーシャル・ディスタンスを考慮した末、オーケストラは弦楽器1本ずつの5人にオルガンという、思いっ切り切り詰めた編成にした。団員も80名ほどいたが、今回オンステージするのは、わずか三十数名。客席は一席ずつ空けの半数以下で、勿論赤字覚悟。
 こうした厳しい状況ではあるが、やると決断したからには内容的には妥協を許さず、これまで取り組んできた。というか、団員たちのモチベーションはとても高く、バッハを歌えることの歓びに溢れているし、鳴り響く音楽の中には、明らかに聖霊の働きが顕現しているようにも感じられる。

 中止になった昨年の「ヨハネ受難曲」演奏会に乗ってくれるはずだった、東京フィルハーモニー交響楽団コンサート・マスターの近藤薫さんが、今回は予定があって無理ということで、新しく紹介してくれたバイオリンの尾池亜美さんと森岡聡さんに加えて、当団の常連であるビオラの佐々木真史さん、チェロの西沢央子さん、コントラバスの髙山健児さん、それにオルガンの浅井美紀さんの6人が繰り広げるアンサンブルが本当に素晴らしい!
 弦楽器1本ずつと聞くと、なんか物足りないような印象を受けるでしょう。ところが、どうしてどうして・・・奏者が優秀だとこうなるんだな。まるでフル・オーケストラのような豊かな音の広がりを見せるので、これだけでもう何も不足は感じない。嘘だと思ったら、来てみて自分の耳で聴いてください。
 本当は、ホルンやティンパニーを初めとした管打楽器群がスコアにはあるのだが、その部分に関しては、僕が編曲を施して、ある部分はオルガンに振り、ある曲は全面的に書き換えて新しいスコアを作った。だから、オリジナル編成で聴き慣れている人にも違和感はないのではないかと思われる。

 またソリストが良い。ト長調小ミサ曲のGratiasでは大森いちえいさんの堂々とした歌唱が聴かれるし、Domine Deusでは、ソプラノの國光ともこさんと、アルトの高橋ちはるさんの二人の声がピッタリと溶け合って、絶妙な2重唱を聴かせてくれるし、名古屋から呼んだ大久保亮さんのQuoniamの清冽でリリックな歌唱に心を奪われるであろう。勿論、他のカンタータのそれぞれのアリアや重唱も聴きどころ満載。

 東京バロック・スコラーズは、今回の緊急事態宣言で水曜日夜の練習が出来なくなったことでピンチと思われたが、毎週土曜日の午前中の練習に切り替えてみたら、夜間に出づらい団員も参加できるし、僕が案外練習に参加出来るという利点が分かった。土曜練習の方が時間が長いので、僕は、団員の発声の初歩から練り直して、それをひとつひとつのフレーズにまで落とし込み、曖昧に声を出す個所を極力少なくした。その成果が、このオケ合わせでも顕著に現れている。
 さて、オケ合わせの後の今度の水曜日も、できないかなあと思われたが、団員が夜でも練習可能な場所を探してきてくれたので、最後のツメをやります。もう、コロラトゥーラなんか容赦しません。オニのように練習します。みんな、覚悟していろよ!

 ということで、3月21日のレクチャー・コンサート「巨匠の創作の足跡」は、規模は小さいかも知れないが、これまでの東京バロック・スコラーズの軌跡の中でも最高のものを作ってみせます。
 だって、みなさん、考えてもごらんよ。僕が人前で自分で指揮した(リモートや映像では無くリアルな)演奏会っていったら、一体いつなんだか思い出せないほど昔の話だ。大きなものだったら、2019年の8月の愛知祝祭管弦楽団の「神々の黄昏」と、9月のモーツァルト200のベートーヴェンのハ長調ミサ曲&ラフマニノフのピアノ協奏曲以来かもよ。それだもの、腕がムズムズしているんだ。

 長い長いコロナ禍において、僕はアイドリングしながらずっと冬眠していた。でも、今こそ目覚める時だ。
指揮者として三澤洋史が健在なのを、どうかみなさんその目で見て下さい!

神立スノー・リゾートでコブと格闘

大好きな神立(かんだつ)
 3月11日木曜日。またまた神立スノー・リゾートに行く。今シーズンは、この後スキーには、あと2日しか行けないのが分かっている。今後、新国立劇場では「ルチア」の練習が始まるし、5月4日のマーラー交響曲第3番演奏会のためのオケ練習や合唱練習、愛知祝祭管弦楽団のコレペティ稽古やオケ練習など、結構フル稼働となるので、ゴールデン・ウィークまで1日たりともオフ日というのがないのだ。昨年は逆に、オフ日ばっかり果てしなくあっても、お金もないしスキー場も早々と閉鎖してしまったのだから、大違いだね。
 指揮法のZoomレッスンも、始めた頃は週末なんてガラガラだったのに、今は土日が塞がっていてなかなか東京にいる時が少ない。平日が忙しくて週末でないと受講できない教員などの受講者には本当に申し訳なく思っています。

写真 神立スノーリゾートのゲレンデ
神立スノー・リゾート上部から


 さて、もうシーズン終わりのカウントダウンが始まっているので、1回1回の滑りが貴重。この日は、モーグル用の244という板を携えて、コブをガッツリ滑ってきました。9時半くらいから滑り始めて、通常だと3時過ぎくらいまでゲレンデにいるのだけれど、整地と違ってコブでは疲れがハンパじゃないのだ。
 リュックサックに着替えを詰め込んで滑っていたが、途中トイレで着替えて、下着とタートルネックの2セットが汗でびしょびしょ。2時過ぎにはぼろ雑巾のようにヘトヘトになって下のセンターに降りてきた。14時40分発の越後湯沢駅行き無料送迎バスに乗り込んで、15時08分越後湯沢発の新幹線で爆睡し、5時過ぎにはもう家に着いていました。

レグルスのコブ斜面
 このスキー場は、大きくはないが本当に面白い!レグルスというコースでは、その左半分(上から見たら右)を使ってモーグル・レーンが3つ並行して作られている。ところが、ここのところしばらく新雪が降っていないため、それぞれのレーンのコブはとても深く険しい。特に午前中はまだ寒かったからカリッと硬かったし、形状的にもピポット+横滑りというのがほとんど出来ない状態。
 でもね、今日はわざわざ244を持ってきたんだから、コブに挑まないわけにはいかない。そこで勇気を出して飛び込んでいった。

 244はよくたわむ。そのたわみを利用して、トップからコブに飛び込んでいくと、なんと優しく受け入れてくれることか。だったら厳しいモーグル・コースも難なく行くと思われるが、そうは問屋が卸さない。

 周りを見回すと、現役のモーグル選手じゃないかと思われる人たちで溢れていて、みんな高速で惚れ惚れするようなスタイルでどんどん滑って行く。レッスンもしている。受講生もみんな上手。そんなの見ていると、めっちゃ気後れするじゃないの。
 しかもコブの上では常に何人もの人が他の人の滑りを見ている。嫌だな。
「あのじいさん下手だねえ」
なんて思われるじゃないの。まあ、よく見ると途中でコケている人も少なからずいるので、見栄張る必要もないんだけど・・・・。

 さて、ぐずぐずしていても仕方ないので、意を決してモーグル・レーンに飛び込んで行った。板のトップがたわみ、きちんとブレーキがかかるので、案外深いコブでも滑れるぞ。極端な外向傾を維持して、上体が常にフォールラインを向いていると、切り替え直前に板が真横を向くので体がねじれまくって辛いんだけど、ストックを突いた瞬間、板がその反動で反対側を向くのでピョヨヨ~ンと戻るんだ。で、今度は上体を逆にまたねじる!
 こんな風にして、最初の数ターンは、なかなか良い感じ。でもね、もう66歳のおじいちゃんにはこのモーグル・レーンは長い上にピッチが細かすぎて、分かっていても体が追いついていかない。そこで、途中で一度自分から飛び出してハアハアハア・・・一休み。気持ちを落ち着けて、2回に分けてなんとか滑り降りました。

 次は完走するぞと心に決めて滑り出す。体を屈めて吸収動作をして、ストックを突いて切り替えて、完全に新しい外足に乗って、コブの窪みに足を伸ばして板を押しつけて・・・という一連の動作が・・・出来ているんだけど・・・だんだん速くなってくるんだよね・・・速い!速すぎる!え?もう次のコブの出口?わ、吸収動作が間に合わねえ!いけねえ、スピードが思ったよりも出ているぜ・・・ うわあ・・・気が付くと、僕はカモメになって優雅に空を飛んでいる。大気はきらめき、全てがスローモーション。心の中には「美しく青きドナウ」が流れている・・・あはははは・・・きもちいい・・・ドスン!

 こんな時って「下が雪で良かった」といつも思うよね。雪ってやさしい。雪ってこんな下手っぴいな僕を包容力をもってやさしく受けとめてくれるんだ。これが土や、ましてコンクリートだったりしたら、今頃骨折しているかもよ。
 クロスして重なっている板が173センチと長いので、どの足をどっちに向けて起きようかなと寝っ転がったまま思案していたら、シューッと風が頬を撫でた。振り返ると、隣のレーンを超高速でモーグラーが駆け抜けていった。
 ああ恥ずかしい。じじいがコケてるって思っているんでしょ。って、ゆーか、誰も気にしていないか。僕だって、ここでわざわざこんな曝露記事を書かなければ、空中浮遊+ドスンの情報は、闇から闇に永久に葬られるわけだった。

 次にまた凝りもせずレグルスに着いて、ふと気が付くと、3レーンあるモーグル・コースの左側に、まるでジェット・コースターのような太くて大きなS字の溝が下までずっと続いている。でも誰も滑っていない。
 なんだろな?ここ。怖いのかな?と、恐る恐る入ってみたら・・・実は・・・これって、モーグル・コースの練習に最適なレーンじゃないの。曲がりくねったウォーター滑り台みたいだけれど、ひとつのカーブは深く沈み込み、もうひとつのカーブでは意図的に盛り上がっていて、コブの出口のようになっている。
 それぞれのカーブがそれなりの長さを持っているため、慌てずに吸収動作、ストックで切り替え、トップから板を落とし込み、外向傾を保ちながら溝に沿って足を伸ばす、という一連の動作を冷静に吟味しながら行えるのだ。ふたつの板を狭いスタンスで揃えることも、外足にしっかり乗れているか確認できる時間があるので、余裕で出来た!

写真 神立のレグルスゲレンデのコブ
レグルスのコブ斜面


 このレーンを僕は一体何度滑ったことだろう。完走するのに困難はないので、僕はそれぞれにテーマを決めて滑った。次は外向傾に気をつけて・・・次は吸収動作及び溝での体の伸ばしに気をつけて・・・次はきれいに板を揃えて・・・と、落ち着いて自分の体勢を確認しながら滑ったら、1回毎に必ず学びを得られる素晴らしいレーン。
 気が付くと、それまで誰も滑っていなかったのに、僕が滑っているのを見ていて、ああ、あそこで練習できると思った人が出てきたんだろう。最後には随分こちらで滑るようになった。
 このレーンってどうやって作ったのだろう?組織的に作らないと、スキーヤーが単にみんなで滑るだけで作れるような規模ではないなあ。

行(ぎょう)とデジャブ
 このレグルスのコブとの格闘は、自分にとっての行(ぎょう)ともいえるものである。たったひとりで何度も何度も立ち向かう。最初にコブを滑った頃の、骨折や命の危険のようなものはないが、それでも恐怖感というものを通しての、自己の肉体との対峙である。 ヤバイと思っても、心を強く持って体のスタンスを変えないこと。スピードが出すぎたり、重心や体勢が乱れたりした時に、どれだけ冷静に立て直すことが出来るのか?どれだけ、自分の肉体を自らコントロールすることができるのか?とどのつまりは、肉体との対峙は、対峙から対話となり、最後は精神論にまで行き着く。

 面白いことは、頭で、
「できる!」
と思った時には必ず出来るということだ。というか、もうその瞬間に出来ている。分からないのは、出来る状態になっているから結果論として脳が「できる」という認識を持つのか、それとも脳が「できる」と思うから体が出来るように動くのか。
 ・・・・と、ここまで書いていて、ふと気付いたことがあるんだけど・・・それで、自分の「今日この頃」を読み返してみたんだ。2010年の3月15日の記事。内容は「角皆君への手紙」なんだけど、読みながら、
「あ~~~やっぱり!」
と思った。
 それはね、あの頃、まだまだ僕は今から考えると考えられないくらい下手くそだったんだよ。それなのに、上村愛子のモーグルを見ていて、
「あれをやりたい!」
と強く思ったのだ。考えられないでしょ。
 でも、もっと考えられないことがある。あの時、僕は、実は今の自分がモーグル・レーンで滑っている感覚を、すでに知っていたということなんだよ。そのスリルを・・・その爽快感を・・・そのリズム感を・・・だから、
「いつか自分は、あんな風に滑ることができる」
という、なんの保証もない確信があったのだ。そして、その確信は妄想ではなかった!!
これは、きっと一種のdéjà vu(デジャブ~既視感)なんだ。普通のデジャブは、僕の場合よく起こるんだけど、こういうデジャブもあるんだ。

 さて、その後、再び戻ったモーグル・レーンでは、最初から完走するのはあきらめて、落ち着いたフォームで滑れなくなったら一度中断して一休みし、それから続けることにした。別に無理する必要もないんだ。
 もしそれが神の思し召しだったら、いつか完走できるようになるだろうし、そうでなかったからって一体それが何なのだ?むしろ、滑っている間のフォームをキープすることが大切だし、それが難しくなったら休めばいいんだ。年寄りなんだから、マイペースでいきましょう。

ステップ・ターン
 それより、コブ以外の整地では、もうひとつの大事な練習をした。それはステップ・ターンと呼ばれるものである。ステップ・ターンは、昔のアルペンスキーではScheren-Umsteig(Schereはハサミ、umsteigenという動詞は乗り換えること)というドイツ語で呼ばれていた。切り替えの瞬間にスケーティングの要素を取り入れたやり方で、カーヴィングのない昔の板の時代では、最高のテクニックだったものだ。同じくカーヴィングの緩い244で、それを効果的に行えるため、僕はコブと共にその練習をしようと最初から計画していたのだ。

 まずリフトを降りたばかりのほぼ平らな雪面で、僕は足をやや逆ハの字にして、片足ずつ交互に蹴ってはスケートのように滑った。クロスカントリーで坂道を登るような仕草に近い。
 そういえば、子供の頃、何故か今よりずっとスケート・ブームがあって、親父が僕と姉の二人を連れて、赤城山の大沼に行って、天然の氷の上でスケートをさせてくれた。写真は昭和40年1月15日のもの。誕生日が3月だから、まだ9歳だな。小学校4年生かな。
 また、当時は、田舎町の新町の隣の神保原駅前にさえスケートリンクがあった。小学生なのに、よく友達と行ったんだ。だからスケーティングの感覚は覚えている。

写真 昭和40年、スケートで滑る三澤洋史
昭和40年赤城大沼


 しかし、スケーティングをスキー板で行う場合、一本歯のスケート靴と違うところは、普段あまり使わないアウトエッジ(小指側の板の角)でのやり取りとなること。体をやや屈めてから軸足でジャンプするくらいの勢いで次の軸足に乗り込む時に、アウトエッジから入る。特にクロスカントリーの上り坂では顕著だろう。
 その際、体が板に置いて行かれないよう、即座にやや前傾し、すねがブーツのベロを押す感覚を確認する。新しい軸足にしっかり乗れた瞬間には、それまでの外足は、もう自然に浮いている。それは一瞬の内に行われなければならない。
 それからまた体をかがめ、カカト加重しながら軸足で蹴る。新しい外足を素早く前に送ってアウトエッジに乗るが、パラレルの中で、この瞬間だけ逆ハの字で切れ込んでいく感覚がハサミのようなのでSchereという単語を使ったのかな。これを交互に繰り返す。

 少し滑って傾斜がより急になってきたら、蹴った後新しく乗った板でターンを始めてみる。蹴った瞬間乗っているアウトエッジから、ゆっくりニュートラル(板の裏面全体に真っ直ぐ体が乗っている状態)を通り過ぎて行って、インエッジ(親指側の角)に移っていくのを感じる。それからカカト加重に移りながら足を曲げて、再びジャンプするくらいの勢いでスケーティングをしながら、新しい外足に切り替える。

スキーの極意
 244ではね、カーヴィングが効かないから、自分からゆっくりブーツを回し込まないといけない。でも、カーヴィングで無意識に回ってしまうのと違って、アウトエッジ~ニュートラル~インエッジの流れを全て落ち着いて意識化できるからいい。
 やりながら、だんだんコツが掴めてきたぞ。それに、これこそがスキーの極意なのだ。新しい軸足にまずしっかり乗ること。それから、しだいにつま先加重からカカト加重に至るまでのプロセスを感じながらターンを進めていくこと。この辺が、最近のカービング・スキーで曖昧になっている点。
 反対に、ステップ・ターンができるということは、新しい軸足の板の方向を上体が一度向くということで、外向傾の初動を確認できることでもある。それから、板が回って行っても、外向傾の上体を残しつつターンを進めていくというわけだ。

 こういう練習を、みんなが一度でもやると、スキーが急にうまくなって、コブも無理なく滑ることが出来るような気がする。まだ初心者の域を脱しない内に、板のカーヴィングに乗せることばかりするから上達が遅れるのだ。カーレーサーに、きめ細かなブレーキのかけ方を教えないで、アクセルの踏み方ばかり教えているようなものだからね。

 次にゲレンデに出る時は、きっとツインチップのMissconductを持って行って、後ろ向きにも滑ってみようかな。最後は再びSpeed ChargerかChargerでシーズンを終わろうと思っている今日この頃です。

 

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