お袋のいない大晦日と新年

全て基本が大事~素晴らしいボーゲン・レッスン
■ということで、とりあえず白馬には行った。でも、ひとつだけ困った事が出来た。それは、前回は妻が杏樹の面倒を見てくれたので、志保も杏奈もスキーに専念することが出来たのだが、妻が居ないとなると、みんなで交代して杏樹を見なければならない。志保と杏奈は、角皆君の奥さんである美穂さんによる個人レッスンを予約していたが、それはキャンセルすることを余儀なくされた。
■僕も、彼女たちを放っておいて自分だけスキー三昧というわけにもいかなくなった。そこで角皆優人君の1日個人レッスンの予約を半日レッスンに切り替えてもらって、見られるときには杏樹を見た。

■そのレッスンであるが、今回はお袋のことが心に引っ掛かっていて、気持ちの面でもとてもイケイケという感じにはならない。そのことを角皆君に伝えた。でも彼はさすがだな。どんな条件下でも最良のレッスンをする。
「シーズン始めには基本的な練習をするのが一番。やみくもに難しい斜面に突っ込んでいっても、基礎が上達していなければ、結果的にそのシーズン全体でもたいした進歩は期待できないんだ。それよりも、初心に返って、重心移動から始まって、いろんな基本的なポイントを確認しつつ、だんだん難しい斜面に進んでいくのが結局は一番の近道なんだよ」
ということで、以前もそうだったけれど、基本中の基本のボーゲンから始めた。

■しかしながら、これはただのボーゲンのレッスンではない。ボーゲンというフォームを使いながらも、とても高度なレッスンを展開する。このへんが角皆君の引き出しの多さでもあり、ボーゲンというものの懐の広さでもある。
■志保は、この時間、娘の杏樹の面倒を妹の杏奈に任せてたまたまゲレンデに出ていた。彼女は、僕たちとは別に勝手に滑るつもりでいたが、角皆君が、
「このレッスンだったら志保ちゃんも一緒に出来るから加わったら?」
と言うので一緒に加わった。さらに今日レッスンのない美穂さんも加わったので、4人での超贅沢レッスン。
■準備体操の後、まず中級斜面で角皆君が言う。
「まずボーゲンで降りて行って、今重心をかけている谷側のスキーの前方に重心を移動してみよう」
「ん?ちょっと新しいやり方だな」
■初心者向けには、ボーゲンは、谷側と反対側の板に重心をあずけること(つまり左右の重心移動)によって次のターンを導くものだが、前方への重心移動というのは、あまりボーゲンでは指示されることはない。それはむしろ中級以上の精密なパラレルの動作である。
■パラレルにおけるターンの始まりは、スキー板の先(トップ)ないしは足の意識で言うとつま先に重心が乗っている。それが、ターンが進むにつれてしだいに重心を後ろに移動していき、最後はカカト加重で仕上げる。それから再び、よっこいしょと前方へ重心移動するのだが、そのきっかけを作り出すのがストックである。それをわざとボーゲンでやるわけである。
「なるべくゆっくりやってね。三澤君、速すぎるよ!」
ゆっくりというのは・・・かえって難しい・・・が・・・なるほど・・・ボーゲンでゆっくりやると、自分の重心が刻一刻とどのように移っていくのかが確認できる。こうして、無意識のうちにやっていることを意識化することが重要なんだ。
■パラレルが出来る人でも、ターンの切り替え時の“クロス・オーバー”と言われる「後ろから前への重心移動」がよく分かっていない人が多い。それと、その切り替えを導き出すストック・ワークをタイミング良く出来ない人も少なくない。けれど、コブ斜面を滑るためには、ストック・ワーク&クロス・オーバーの連動した動きを理解していないと、ほとんど不可能だ。これは本当に重要なドリルだ。しかもボーゲンでやるのは、パラレルよりも難しいのだ。
「次は、子どもがよくやるように、真下を向いてのボーゲン。つまり全制御というやつです。まっすぐ行って止まるだけ。では僕についてきてね」
■ところがここはかなり急斜面。油断して滑り始めたらなかなか止まらない。
「次は、半制御です。片方のスキーはまっすぐ谷に向かっていて、反対のスキーだけで制御するよ」
うううっ!片方の太股にめっちゃ重圧がかかってくる。
「このモモの内側の筋肉というのは、普段ほとんど使われないんだ。水泳でも全く使わない。まさにスキーでしか使わない筋肉といっていいんだけれど、スキーでは、ここの筋肉が弱いと話にならないんだよ。特に急斜面とかコブを滑る時にはね」
しまった!夏の間に一生懸命プールとかに通ったけれど、この筋肉に関しては意識の圏外だった!ううう!しんどい!
■レッスンの最後の方になってやっとパラレルでの練習。ここでは徹底的に外向傾を作るためのドリルを行った。一番特徴的なのは、山側のスキーを上げて谷側のスキーだけで滑る練習。こ、これも・・・さっきの半制御と一緒で、太股の内側の筋肉がし・・・しびれる~~!
■実際のコブを滑るレッスンは行わなかったけれど、僕は大満足だった。これからスキー場に行く度に、これらのドリルを準備運動代わりにやってから難しい斜面に挑めばよいのだなと思った。それと普段からモモの内側の筋トレをやろう。
■結局何でもそうだけど、大事なのは基礎だね。基礎から始まって基礎に還るのだ。あるいは、時々振り返って基礎を確認してから次のステップに向かうのだ。ありがとう、角皆君!素晴らしい教師を得て、僕はとってもしあわせだよ。

■この数年間を振り返ってみて、角皆君は、僕のスキーの実力を最短距離で導いてきてくれた。その過程においては、一見足踏みするように見える練習も要求したが、それらはすべて後になって効果を発揮してきて、無駄もなくモレる要素もなく、スキーの王道を進ませてくれた。
■そして、さらに思うことは、とどのつまりスキーの技術とは、緩やかな斜面であれ、急斜面であれ、整地であれ荒れ地であれ新雪であれコブ斜面であれ、すべてひとつのテクニックから枝分かれしているということである。それはひとことでいうと“コントロール”である。
■コントロールという言葉は、制御という言葉に訳されるように、通常抑えるとかブレーキをかけるとかいうマイナスの概念とつながりやすい。ところが、コントロールは本来「自分の意のままに操る」ということであるから、「いつでも意のままにブレーキをかけられるという安心感のもとに思い切って加速する」という意味も含まれるわけである。

■さて、僕も空いている時間に杏樹の面倒を見た。今回は2歳になった彼女と楽しくソリ遊びが出来た。1年経つと子供というのは見違えるようになるものだ。最初は白馬五竜スキー場のとおみゲレンデのふもとの鐘のある丘からチマチマとソリで滑り降りるだけであったが、しだいに悪ノリした僕は、一般のゲレンデに進出し、杏樹を前に乗せて重心を左右に移動し体を傾けて、ボーゲンのようにターンを繰り返しながら、それなりのスピードを出して滑った。杏樹は大興奮!娘達も、
「パパのソリ、スゲえ!」
とあっけにとられている。ホホホ、どんなもんだい!
■ただ、滑るのは楽ちんなのだが、ソリを曳いてゲレンデを登るのがかなり重労働。これだけで汗が出てくるよ。出来れば杏樹を降ろしてひとりでリフトに乗って上から滑ってくれば、遠慮しないでターンしながら超高速で滑って楽しいだろうなあ・・・これでコブだって滑れちゃうぞ・・・おっとっとっと・・・それでは意味ないのだ。
■29日の晩は、ペンションのカーザビアンカにおいて親戚一同で夕飯を食べた後、地下の居酒屋“おおの”で大いに盛り上がった。ここにはキッズ・コーナーもあり、子供もゆったりと遊べるのだ。

お袋のいない大晦日と新年
■大晦日と正月は、初めてお袋が家に居なくて淋しかった。親父が入院したり亡くなったりしても、お袋だけは必ずこの家にいたからね。僕が毎年白馬から帰るとお袋が待ち構えていて、神棚の掃除と松飾りを指示する。きちんとしきたり通りにやらないと厳しく直すように言う。うるせえなあとも思っていたが、今回は指導する人間が側にいないのがなんとも淋しいなあ。
■その代わり、白馬から30日のお昼頃群馬の実家に帰った後、1月3日に東京に戻るまで、僕は毎日お袋のいる施設に通い、何時間もお袋の元で過ごした。
「ちゃんと神棚は掃除したかい?」
なんて心配している。
「大丈夫だよ。松飾りだって、いつも通りきちんとやっているよ」
「そうかい・・・それならいいけど・・・」
■こんな風にお袋と向かい合って一緒にいることなんて普段ないから、なんだか照れくさい。子供の頃はお袋が大好きで、いつもべったりいたのに、大人になってからは電話だってあまり話すことがない。妻なんか見ていると、彼女の母親と何十分でも話し込んでいるが、男というのは、あんな風には出来ないからね。
■お袋は、ひとりでどんどん話していると思うと、いつの間にか眠り込んでいる。僕はノートパソコンを開いたり本を読んだりして過ごす・・・と、また何事もなかったかのように、いつの間にか目覚めていて、さっきの続きから話し始める。また沈黙が生まれ、また話し出して、僕も普通に相づちを打っている。また沈黙・・・のんびりのんびり時が流れていく。こうした空間も、ある意味、しあわせな空間だな。
■ただ、お袋はすでに88歳。所定の脳内出血は収まったとはいえ、ここの血管が破れたということは他の所も破れやすいのは事実だし、いろいろな器官にもそれなりに問題がある。トータルで見た場合、決して楽観出来る状態ではない。今の内に出来る親孝行はしておきたいと思うが、東京に戻ってきてしまうと、フットワーク軽く頻繁に顔を見に行くというわけにもいかない。うーん、こんな時は、祈るしかないなあ。

■4日から新国立劇場では仕事始め。びわ湖ホールの「さまよえるオランダ人」の合唱指揮を担当する。びわ湖ホールはなつかしい。かつてはびわ湖ホール専任指揮者として、声楽アンサンブルの起ち上げに従事した。声楽アンサンブル初代メンバーのオーディションにも立ち会い、開場前にレパートリー作りの練習を行い、オペラ公演においては、当時音楽監督であった若杉弘さんのアシスタントとして、現場の責任者であった・・・といえば聞こえが良いが、小間使いのようなこともいろいろやった。
■それが2001年9月から新国立劇場合唱団指揮者になってからは、びわ湖ホールと両立するわけにはいかなくなり、遠のいていたのだ。今回は、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部、それに新国立劇場合唱団の3団体の合同を束ねる。
■それと、新国立劇場「魔笛」公演の合唱練習も始まった。また9日土曜日と10日日曜日は、東京バロック・スコラーズのロ短調ミサ曲公演に向けての合宿があった。それらのことも詳しく書きたいところだが、随分長くなってしまったので、次の機会に譲ろうと思う。

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