常駐する劇場とエキスパート達

三澤洋史

「アンドレア・シェニエ」とフランス革命
ギロチン
■舞台上には緞帳がない。代わりにあるのは、左右から引き戸のように張り出してきて中央で合わさる白い壁だ。しかしこの合わさる角度は舞台面から垂直ではなく、下から右上に向かって約70度くらいの傾斜を持っている。
■この角度は、実はこの演出の舞台美術に共通する角度で、この壁が開くと舞台の中の家の壁や植木やポールに至るまで、全てこの角度で傾いている。つまり“傾いている世界”というコンセプトだ。
■そう考えてもう分かった気になっていると、第一幕終了する時に、聴衆はこの傾きのもっと深い理由を知らされることとなる。
■緞帳の代わりはこの左右からの壁だけではなかった。幕を終わらせるのは、舞台上方からシャキーン!という恐ろしい音を伴って降りてくる巨大なギロチンの 刃だ。この刃の角度が約20度くらい。つまりこのギロチンというのが、今回の演出の舞台コンセプトの根源である。このギロチンが降りると、すかさず左右の 壁が閉まってどの幕も終了する。

■第一幕は1789年のパリ郊外。コワニー伯爵家の一室。まさに革命前夜の貴族達の放縦な生活と世間の動向への不安が描かれている。パリから到着した修道院長が、第三階級の台頭などを語ると、集まった貴族達は不安にかられるが、すぐに気を取り直して「羊飼いの劇」に興じたり、ガヴォットを踊ったりと、自分達の世界に入り込むことで現実から逃避する。
■ここでオリジナルでは伯爵邸の外を通り過ぎる貧しい民衆がオフ・ステージで歌われるが、演出家アルローは彼らを舞台に登場させる。
■アルローはこう語った。
「貧しい民衆達は伯爵邸に乱入してきている。それなのに伯爵夫人は家令に、あの人達はもう行ってしまったのかと聞く。家令は、はいと答える。その後、民衆達による貴族への殺戮が始まるのだ。これはもう革命の波がそこまで来ているのに、それでも現実を見ようとしない貴族の姿をこう表現したのだ。」

■殺戮の場面を巨大なギロチンがさえぎって第一幕が終わると、第二幕までの間には休憩がない。約三分の間に合唱団員は衣裳の早替えをし、舞台は転換する。
■その間にドラムの音が聞こえ始め、白い壁の上に映し出されるのは、まずギロチンの設計図。それから設計図から抜け出るようにして、ギロチンの動画が現れる。
■これは聴衆にとってはかなり衝撃的だと思う。ギロチンは、フランス革命のひとつの象徴だが、これは戦いのための“武器”ではない。これは死刑のための道具だ。確かに最も苦しまずに人を殺すことが出来るとても合理的な道具である反面、その上にどんどん人を乗せ、首をポンポンはねていくという、見せ物としては最高であるが世にも残酷な道具である。革命のためだとは言え、このような道具を考案し、実行していったことを目の前に見せられると、やっぱり自分はヨーロッパ人とは感性が違うなあと思ってしまう。

回り舞台
■第二幕は、1794年のパリ。革命の第一歩が成功し、民衆は捕らえられてギロチンにかかる貴族達の姿を見ようと、お祭り騒ぎのようにはしゃいでいる。その様子を、演出家アルローはカーニバルにカリカチュアして表現した。だから幕が開くと馬鹿馬鹿しいカーニバルの状態。「アンドレア・シェニエ」第二幕冒頭をこのように表現した演出家は未だかつていなかった。
■舞台セットは第一幕から回り舞台の上に乗っている。これが第二幕では時計回りにぐるぐる回る。僕は、回り舞台を使った舞台を沢山知っているけれど、こんなに回る舞台は見たことがない。まるでメリーゴーランドだ。表と裏とでは別のセットが組まれ、反対を向いて別の風景を見せている間に合唱団もソリストも配置換えをし、また聴衆の前に別の姿を現しては消える。最初に舞台稽古を見た時、僕は、
「どこかでこんな風景を見たことがあるな。何だっけな。あっ、そうだ、これはディズニー・ランドのイッツ・ア・スモール・ワールドだ!」
と思った。
■大抵の舞台は、図面を見ただけである程度想像がつくけれど、回り舞台だけは実物を使って回してみないことには分からない。舞台監督達も、稽古場で模型を使って回してみながら頭を悩ましていた。

■オーケストラがやかましくサ・イラ(ラ・マルセイエーズと並んで最も有名な革命歌)を演奏するのに乗って、目隠しをされて並ばせられた貴族達の周りを民衆が狂気のように踊るシーンが回り舞台に乗って現れると、僕は考えてしまう。フランス革命は、確かに民衆が貴族の横暴な重圧から自らの権利を勝ち取った正義の戦いであったに違いない。しかし、もし自分が貴族の側に生まれついていたとしたら、恐ろしいことだったのだろうな・・・と。
■また、本で読んで知っていたことではあるが、1789年7月14日のバスチーユ牢獄襲撃は、正義の革命の始まりであると同時に、その後長い間続くフランスの混沌の始まりでもあるのだ、と再確認した。何故なら、それは無政府状態の始まりでもあり、その中に自己中心的な者や悪事をはたらく者がどさくさに紛れて居たとしても、もはやそれを取り締まる機関がすでに存在しないことでもあったのだ。誰かがそれに気づき始めたら最後、つまり何でもアリのアナーキーな世界が展開したわけである。

■自由、平等、友愛の三つの理想をトリコロール(すなわち青、白、赤)の三色に写しだし、熱い志を持ってこの大革命は始まった。しかし皮肉なことに、これまでフランスの経済は貴族の消費をベースに潤い、多くの平民も、貴族に直接的に、あるいは間接的に“仕える”ことによって生活を成り立たせていたのであ る。
■今やその経済、及び流通の流れは閉ざされた。パンの値段は高騰し、市民はこの革命によって実質的な利益を何も得ることがなかったことに気づき始める。当然、市民の間には不満が鬱積していく。それを解消するのが、唯一断頭台の露と消えていく貴族達の見物であったとすれば、理想はいつしか暗い復讐心に取って代わられている。すなわち、それが形になったものが、ロベスピエールによる恐怖政治である。
■さらに革命政府は、脅かされた貴族制度に必死で抵抗する隣国達、すなわちオーストリア、プロイセンなどからの軍事的な圧力に立ち向かわねばならなかった。資金は底を突き、男性は皆兵士に取られ、革命はしだいに挫折に向かっていく。

■そんな人々の失望感や挫折感を、アルローは第三幕冒頭に表現している。この場面は、オリジナルでは、まだそんなに失望している場面ではないので、歌う側からすると歌詞とのギャップに悩まされるところなのだが、演出家の意図はよく分かるので、合唱団員達みんなよく頑張っている。

女神の消えた絶望的闘争の向こうに・・・
■アルローの手が込んでいることを示す一例として、ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」の絵の使用が挙げられる。アルローは、最初これを第二幕のギロチンが降りた直後に出した。そして第三幕が終わったときにもう一度出すのだが、聴衆はそれを見た途端、「あれっ?」と思うのだ。よく見てみるとその絵の中から自由の女神が消えているのだ。すなわち、闘争の中から“理想”や“夢”が消えて、苦い挫折感のみが支配する世界になっていったことを表現している。

■圧巻なのはラスト・シーン。マッダレーナはアンドレア・シェニエと共に死ぬために、レグレイ夫人の身代わりとなる。
「僕たちの死は、愛の勝利だ!死に栄光あれ。共に!」
■その時、舞台後ろの方から合唱団と全てのキャスト達がゆっくりやって来る。彼らは全ての革命に関わった者達の亡霊である。アルローはこう言いたいのだ。
「この大革命の中で、全ての者達はアンドレア・シェニエであり、マッダレーナなのだ。」

アンドレア・シェニエは、愛国心に燃え、革命を支持していたのに、このオペラの中ではジェラールの偽りの告訴によって、史実では内部分裂の中で誤解され、 捕らえられて断頭台に登った。マッダレーナは自らの身を犠牲にしてやはり断頭台に登った。みんなみんな、革命の中で報われずして死んでいった。

■一体この革命の中で、生きている内にその恩恵を受けた者はいるであろうか?答えは否。
サ・イラ。その言葉の意味はこうだ。サは「それは」。イラは「行く」という単語の未来形。フランス語の「行く」という単語には「うまくいく」の意味もあるから、「未来はもっと良くなるだろう。」
■きっとみんな未来に希望を託して死んでいったのだ。きっと太平洋戦争中の特攻隊の人達が明日の平和な日本を祈願しながら死んでいったように・・・・。
■二人のデュエットの終わりで、二人と共に後ろの亡霊達全員も一斉にバタッと倒れる。この瞬間は吉本新喜劇みたいで、稽古場ではみんなで大笑いしたのだが、舞台に行ったらそう可笑しくもないのでホッとした。するとそれまで大人の背の高さで隠れていた子供達が立ち上がる。そしてホリゾントに映し出された明るい光りに向かって歩き出し、ポーズを取るところで幕。

■ちょっと「神々の黄昏」のラスト・シーンみたいだけど、アンドレア・シェニエというオペラからここまでメッセージを写し出してくれたアルローに、僕は心から喝采を送りたい。やはりフランス人なだけある。フランス革命に対するこだわりが違うな。

■こんなに混沌が支配し、長い間光りの見えなかった大革命に始まるフランスの歴史だけれど、それでもフランス人は、バスチーユ襲撃の7月14日を「パリ祭」として国中で祝い、革命歌「ラ・マルセイエーズ」を国歌に定め、自由、平等、友愛のトリコロールを国旗としている。フランス革命はフランス人のアイデンティティーの根源になっているのである。
■それは何故かというと、やはりなんと言っても、民衆が自分達で立ち上がり、自分達の手で試行錯誤しながらでも自分達の国を作ろうとした、いわゆる民主主義の原点がそこにあるからだろう。それを大切に守っているフランス人は、同時に“民主主義の痛み”というものをどこの国民よりも良く知っているのである。その“痛み”が、アルローをしてどの幕も殺戮で終わるこの強烈な演出を創り出したと言えるのである。アルローの舞台にはフランス人の熱い血が流れているのである。



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