「ローエングリン」に明け暮れる日々とパリ

三澤洋史

ポール・ルイスというピアニスト
■さて、「羊と鋼の森」を読んでしまった後、初台に辿り着くまで、僕は、ポール・ルイスというピアニストの弾くベートーヴェンの初期のピアノソナタのいくつかをi-Podで聴いた。調律師の物語を読んだ後だったので、特別な気持ちで接することが出来た。レコーディングとなったら、調律師も、ポール・ルイスのために精魂込めて調律したのだろうな。


Paul Lewis

■このピアノソナタ全曲集を、僕は親友の角皆優人君からただで送ってもらったのだ。ある日、彼からメールが入った。以下、そのままコピペして引用する。
三澤君、Paul Lewis のベートーヴェン全集を聴く気はありますか?
なぜなら、不思議な縁から全集が手元に二つ揃ってしまったからです。

じつは最初に買ったものの28番3楽章に音飛びがあって、それをメーカーに云ったら、新しいものを送ってくれました。そして、前のは返さなくていいんだって。
だから、28番の3楽章だけはちょっと音飛びがあるけれど、他はすべてOKの全集です。
もしまだ持っていなくて聴く気があるなら、すぐに送りますよ。
わたしはかなり好きな演奏です。
全曲を比較するとシフの方が上のように思いますが、それにしても素晴らしい演奏です。
比較しないで聴くなら、とても好きな全集です。
すぐ次のメールが入った。
追伸です。
結局、新しい方の全集でも28番には音飛びがありました。
きっとすべてにあるのでしょうね。
次は僕が彼に宛てたメール
角皆君のブログを読んで興味を持っていました。
もし、いただけるのなら超喜びます。
是非お願いします!
> 結局、新しい方の全集でも28番には音飛びがありました。
> きっとすべてにあるのでしょうね。
笑っちゃうけど、本当は笑えないね。
音飛びをチェックしないで発売してしまうなんて無責任だね。
では。
■あはははは・・・ということで、買おうと思っていたベートーヴェン全集をまんまとタダで手に入れた。持つべきものは友だねえ。スキーのレッスンもしてもらうし、CDも送ってもらうし、なんと便利な友・・・あ、そんなこと言ってはいけない。角皆君に何か困った事が起きたら、今度は命を張っても彼を守らねば。そして、彼にも、
「持つべきものは友だねえ」
と言ってもらわねば借りは返せない。

■今この原稿を書いている時点で、初期のソナタの何曲かと、中期からは「ワルトシュタイン・ソナタ」、後期から「ハンマークラヴィーア・ソナタ」などを聴いている。感想としては、素晴らしいという他はない。こんなピアニストが欲しかった。溌剌としていてエネルギッシュだけれども、同時に歌心に溢れ繊細・・・とはいえ、屈折しているわけでもわざとらしいわけでもない。
■シフは頭脳派だけれど、彼はもっと自然派。流れが全て自然なのだ。基本的には、とても美しい音を持っている。しかも様々な表情によって沢山の音色の引き出しを開く。テクニックは秀逸。でも、ポリーニのように、「ここからは技巧の披露会」という風にターボをかけたりしない。全て音楽的必然性からテンポを選び、必要に沿って細かいパッセージを卓越した技巧で弾く。それだけなのだけれど、なまじ技巧がある人には、この悟りに到達するのは案外難しいのである。
■凄いなと思ったのは、「ハンマークラヴィーア・ソナタ」終楽章のフーガを、最後まで全く飽きさせることなく聴かせてくれたこと。バッハのフーガと違ってやや拡散的で、ちょっと捉えどころのない場所もあるが、全てのフレーズに必然性を持たせ、興味深く聴かせてくれた。大好きな第3楽章の内面的な美しさにも感動できた。
■逆に、うーん・・・と頭をひねるのは、「悲愴ソナタ」冒頭の和音が長いこと。ん?・・・まだ?て、いう感じ。次の和音も・・・・まだ?。こういうところはちょっと作為的。あまりに名曲だから、「何かしなければ」という気持ちが出たか?でも、その後のアレグロの疾走感は小気味良い。第2楽章の「青春の痛み」も胸を打つ。彼には健全な感情が豊かに波打っている。

■この人の一番の長所を挙げる。それは、ベートーヴェンのユーモアを理解出来ること。そして、それを自分の表現の中に組み込むこと。CDのジャケットには、自分の写真が載っているけれど、中のCDの一枚一枚のパックには、異なった時代のベートーヴェンの絵が描かれている。それが、どれも彼になんとなく似ているのだ。ということは、彼はジャケットの写真で、わざと似ているように表情を作っている。口の結び方とか、眉毛の形とか、瞳の感じとか。
■それは、ジャケットだけではなく、演奏にも表現されている。ベートーヴェンは、真面目一辺倒の人間のように思われているけれど、実は、特に初期のピアノソナタなどには、随所にユーモアがちりばめられていて、それが彼の楽想の独創性につながっている。
■たとえば2番のイ長調のソナタ(Op.2. No.2)を聴いて声を出して笑ってしまった。第1主題の32分音符からしてユーモラス。そして32小節目から出てくる速い3連符のパッセージが、ソナタの均衡を自ら壊すほどハチャメチャな雰囲気で弾かれる。しかし、それがこのソナタの諧謔的な性格を決定していく。
■僕は、たとえば第8番交響曲の第2楽章など、ベートーヴェンが音楽の中に表現するユーモアについてはよく知っていたし、それを、同じくユーモアに溢れたバーンスタインなどが指揮する時に、浮き彫りにされることを評価していた。そういうアプローチは、バックハウスもケンプも、他のピアニストもあまりしていない。その点においては、少なくともポール・ルイスは過去の巨匠を軽く凌駕している。さて、32曲は、そう簡単には聴けない。これからじっくり聴いていこう。

「君の膵臓をたべたい」と草食系男子について
■お袋のお見舞いの日の「羊と鋼の森」の読後感が良かったので、調子に乗って、本屋大賞第2位という、住野よる著の「君の膵臓(すいぞう)をたべたい」(双葉社)を買って読んだ。今僕にたまっている仕事は、文化庁のスクールコンサートの編曲や、ミュージカル「ナディーヌ」のオーケストレーションなど、家でないと出来ない事ばかりなので、外出中に音楽を聴いたり読書が出来るのが嬉しい。


君の膵臓をたべたい

■感動するという意味では、「君の膵臓をたべたい」は、第1位の「羊と鋼の森」を抜いている。「ローエングリン」の合唱音楽稽古に向かう京王線の中で読み終えた僕は、乗り継ぎの明大前のホームで泣いてしまった。誰も知り合いが通り過ぎないことを祈りながら。まだ時折脈絡なく発症する花粉症に涙が混ざって、顔中ぐしょぐしょになってしまった。
■やばい!若者同士の恋愛小説なのに、この小説にはこんな61歳の老人をもウルウルさせる力がある。つまり心の琴線に触れるものがある。人と人とが人生で魂を交差させ、互いに相手をかけがえのない存在として必要とする、究極の出遭いがある。

■とはいえ、終わり近くのどんでん返しと、クライマックスがくるまで、僕は、正直言って、ずっと腹を立てながらこの小説を読んでいた。なんだこの主人公の男は!草食系にもほどがある。なにい?女の子に誘われて、何気なく旅行に付き合っただと?なにい?一緒に泊まっただと?それなのに、自分がその子のことを好きなんだかなんだかよく分かっていないだと?ふざけんじゃねえ!

■高校生の頃を思い出してみると、そのう・・・なんていうか・・・性衝動というものが嵐のように吹き荒れていて・・・いや、僕だけではない。まわりだってみんなそうだったけれど、10代の男子なんてまるで“けだもの”のようじゃないか。だから、たとえば、そんな風に旅行になんて誘われたら、
「え、まじ?もしかして・・・その気あんの?」
と思うのが普通だろう。
■首筋がフワフワッとくすぐったくなるだろう。そこで、ノコノコついて行ったりしたら、当然行くところまで行っちゃうじゃないか。それが分かっているから、その前に、本当にそうなるにふさわしい相手なのか、とことん吟味するだろう。それほど好きでないまま行くのは、結局相手を傷つけることになるから、断らなければと思うだろう。
■要するにさあ、あらゆる意味で慎重になるだろう。なのにこいつは、たいした考えも決心もないまま、自分を誘った女の子について行くんだ。だいたいね、女子じゃないんだから、“ついて行く”って事自体が気にくわないな。男だったら、自分で誘え。そして自分で責任を持てっつーの!
■若い男子の性衝動は、僕がこの歳になってみると、決して悪いだけのものではないと思う。だから男は、女子を清らかなマドンナのように崇めるわけだし、だから自分が騎士になったつもりで「命賭けて守らなければ!」という聖なる義務感にかられるわけだし、だから男は・・・・たぶん女子よりもずっとロマンチストなのだ。それに、僕の場合は、自分がそうした本能に翻弄されるのを許せなかったので、自分を律する必要性を感じ、教会の門を叩いた。おおっ!性衝動は、宗教にまで昇華するのだ。
■ところがよ、もしかしてひょっとして、現代の男の子が、本当にこんな風に性衝動も希薄で、女子に対して無関心であるなら、逆に今の女子は可哀想だなあと思ってしまう。
「君をぜったい離さない!」
なんて言ってもらえないんだろう。
「どっちでもいいよ」
なんていうのは哀しいじゃない。ん?べつに、馴れてる?うーん、もっと哀しい!
■オペラの主人公達を見よ。みんな激しく恋に落ちて、みんな激しく嫉妬して、みんな激しく苦悩し、絶望して、みんな激しく死んでいくか激しくハッピー・エンドになっていくではないか。それに引き替え、主人公の男よ、なんでお前はさしたる気持ちもないまま、死の病(やまい)にかかっている女の子と、無防備に中途半端に付き合っているのだ?


君の膵臓をたべたい-たすき

■しかし、最後まで読み終わってみると、こういう主人公の性格設定だからこそ、あのどんでん返しと結末が映えて、感動を導き出せるかもしれないと気が付いた。結末のインパクトは、オペラに負けずとも劣らない。
■もしかして、それを分かっていて、著者は、主人公のキャラクターとストーリーを組み立てた?だとしたら、凄い才能なのかも知れない。とにかく、泣けます。おじさんのたわごとはともかく一度読んでみて下さい。それで、この主人公について僕と語り合いましょう。

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