ああ、飛鳥!

三澤洋史

比叡山
■10月25日火曜日。午前中、なんと比叡山に行ってきた。比叡山延暦寺への旅と言えば、本当はそれだけでも一日がかりの行程だが、僕とすれば根本中堂のある東塔(とうどう)エリアだけでもいいから訪れてみたかったのである。というか、そもそも比叡山という山そのものに行くのが目的だったのかも知れない。
■天台宗の総本山。その秘境とも言える山の中で、禅などの厳しい修行に明け暮れる僧院。法然も親鸞もここで学んだ後、山を降りたが、逆に言えばここでの徹底したストイックな日々が、彼らのその後の阿弥陀如来にすがる慈愛に満ちた浄土宗を生み出した反面教師だと言えるし、ともすれば「生ぬるい」とのそしりを受けがちな浄土宗への批判に対して、「自分は一度はここで修行した身。最初から甘ったれた気持ちで阿弥陀如来に向かったわけではない」
と言い切れる彼らの立脚点でもあったかもしれない。だとすれば、その厳しさを、あたりの自然もろとも味わい尽くしたい、と僕の潜在意識が願っていたようだ。

■京阪電車で終点の出町柳まで乗り、叡山電車に乗り換えて八瀬比叡山口(やせ ひえいざんぐち)まで行ってから、今度はケーブルカーとロープウェイを乗り継いで比叡山頂駅まで一気に行く。その日は、ふもとでも雨がちらついていたが、ロープウェイの山頂駅を降りた途端、凍るような寒気が僕を包んだ。あたりには霧が立ちこめている。
■山頂駅からシャトルバスに乗ろうと思っていたのだが、看板を見たら「根本中堂まで徒歩30分」と書いてあったので、行きだけでも歩いてみようかなという気になり、シャトルバスはやめてうっそうとした山道に踏み込んだ。

■雨は降っていない。その代わり深い霧に包まれている。視界はとても悪い。よく言えば神秘的。悪く言えば、今ここに天狗や妖怪が現れてもおかしくないほど不気味。霧のせいであたりはかなり暗いが、そもそも高い杉の木が空を覆い尽くしているので、恐らく晴れていても昼間から鬱蒼としているに違いない。足場も悪い。スニーカーを履いているが、トレッキング・シューズの方が良かったかなと思うほど。


比叡山中

■こんなところを延暦寺の僧侶達が行き来していたのか・・・歩きながら「あ、そうか・・・」と気がついた事がある。傾斜は結構急なのだが、実は登っているのではなく下っている。延暦寺は滋賀県に属している。京都から来る場合、比叡山頂を通り越してびわ湖の方を向いた斜面に広がっているのだ。かつて延暦寺の僧侶達が都に下っては悪さをしていたというが、ロープウェイもない時代に彼らが京都の街に出てくるのは一苦労だっただろうな。この坂を一度登ってから洛北に向かって降りて行ったのだ。

■この自然歩道を看板通り約30分かかって降りて行くと、戒壇院という、東塔エリアの横っちょの、特に大きくも立派でもない建物に辿り着く。道の途中に「ここから先は拝観料の要るエリアになります」というような立て札が出ていたが、特に柵も料金所もないまま東塔エリアに潜り込んでしまった。不思議に思いながら下に降りていったら根本中堂があったので、ここでお金を払おうと思ったら、「ご自由に拝観下さい」と出ている。工事中であったが、内部はそのままで、1200年間灯り続けているという「不滅の法灯」もタダで見てしまった。あれれれ?
■その後、お店でショウガ入りのおいしい甘酒を飲み、体を温めてから阿弥陀堂に行った。僕は、やっぱり阿弥陀如来が好き。お線香を灯し、正座して心を合わせ、それからあたりにたたずんでしばらくいた。心がポカポカするので、ずっと居たいと思った。それから、シャトルバスの停留所を探したけれど見つからない。面倒くさくなってしまって、帰りも歩こうと思って再び山林の道に足を踏み入れていった。あーあ、タダで拝観してしまった。


霧の阿弥陀堂

■帰り道を歩き始めてすぐ、古い石仏があったのを発見して立ち止まった。あんな立派なお寺や仏像を見た後なのに、不思議と心惹かれた。後からネットで調べてみたら、その隣の小さな社は弁慶水と呼ばれていて、かの武蔵坊弁慶が修行をした所だという。その後の道は、行きは楽ちんだったが、結構な上り坂なので汗が噴き出し息が切れた。
■こんな風に、トレッキングのついでにお参りしたような比叡山での半日であったが、これ自体がちょっとした山野の荒修行のようで、心地よい満足感を抱きながら僕は2時からのオケ付き舞台稽古に出た。


弁慶水


西本願寺に通う
■10月26日水曜日。午前6時過ぎ。散歩して西本願寺に来ている。本堂の中はほぼ満員。今日は特別に、他の地から巡礼団の一群が来ているようだ。凄いな、日本人ってこんなに信心深かったんだ。勿論、ここが京都ってこともあるけれど、普段でもそこそこの人たちが朝の勤行に出ている。東本願寺でも東寺や他の寺でも同じ様だから驚く。
■キリスト教なんて、我が国では1パーセントにすら満たないし、それ以上増える可能性も薄い。それを考えると、仏教の普及率と共に、普段、
「無神論です」
なんて言っている人たちも含めて、本当はみんな信じているんじゃないか。実に不思議な国民だ。
■もしかしたら、キリスト教のように複雑な宗教は日本人に合わないのかも知れない。イエスが我々の罪のために十字架に掛かって死んでくれたのだから、我々は自らの罪を悔い改めて・・・っていうの、面倒くさいよね。それよりも、弥陀の慈悲にすがって南無阿弥陀仏と唱えれば、誰でも極楽浄土へ・・・という方がシンプルでいいし、何より自分が咎められなくていい。

■そう思っていたら、その朝の僧侶の法話が、これまで聞いていたものと違って、そんなにお気楽でもなく、実に刺激的であった。まず、驚いたことに、僧侶はマザー・テレサの列聖の話題から始めた。それからこう話を続ける。
「凡愚(ぼんぐ)という言葉があります。私も含めて人間は皆弱い。欲深く、ものごとを正しく理解する知恵を持ちません。私も、とてもマザー・テレサのようにはなれません。しかし、だからといって『私たちは所詮凡愚だから』などと言って安心していてはいけません。阿弥陀如来は、どんな愚かな者も救うという願いを成就しなければ決して仏になるまいと決心したのです。その弥陀の本願を思う時、私たちは念仏をただ唱えるのではない、むしろ念仏を生きなければならない。その中で、どうしても己の弱さを感じさせられますが、これを見つめることから逃げてはいけないのです。そして弥陀の慈悲を信じて、弱いながらも勇気ある一歩を踏み出すのです」

■ブラボー!って思わず叫びそうになった。おっととと・・・ここはオペラ劇場ではなくお寺だった。凄い!こんな説教が、カトリックの神父様からいつも聞くことが出来たら、キリスト教も1パーセントをたやすく越えられるであろう。
■というか、弥陀をキリストに置き換えれば、神父も同じ説教が出来るよ。教皇フランシスコは、「いつくしみの特別聖年」への勅書で、こう記した。
Gesu Cristo e il volto della misericordia del Padre.
イエス・キリストは、父なる神の、慈悲としての現れ(顔)である。
■僕は、ホントのところ、イエス・キリスト=阿弥陀如来でもいっこうに構わないと思っている。イエスでも阿弥陀如来でも、地上を離れた天上界においては、我々が愚かな頭脳を使ってイメージするような、わずか2メートルにも満たない人間の形をした存在のままでいるわけがない。
■むしろ宇宙にあまねく広がる霊的エネルギーとして存在し、神の慈悲なる面をつかさどり、凡愚なる人間と神との仲介役を受け持っているとすれば、もはや、イエスと阿弥陀如来との差などいかばかりのものであろう。
■マイルス・ディビスの頭の中には、良い音楽しかなかった。だからコルトレーンやハービー・ハンコックが、いくら自分を越えて素晴らしい音楽を奏でようとも、彼には嫉妬心は皆無だった。それだけ、自分のミッションに対して無私の状態になれば、自我は消滅していく。自我が消滅していったら、もはやミッションだけが残る。
■イエスと阿弥陀如来という個性の違いは天上界でも残るだろうが、ふたりは同じミッションに携わっている。もはや、どっちが偉いという次元ではない。もしかしたら、お釈迦様がインドから西の方にいるといった阿弥陀如来とは、まだ受肉する前にユダヤの天空に漂っていたイエスの霊体だったのじゃないのかとも思う。そうであってもそうでなくてもどっちでもいい。

■こんな話を書くと、熱心なカトリック信者の中には、
「三澤さんったら、お寺ばっかり行って、頭おかしくなったんじゃない?」
と心配している方もいるかも知れない。でも、僕は大丈夫。むしろ、阿弥陀如来へのアプローチは、僕にイエスへのより深い理解と愛をもたらすのだ。
■浄土系の宗派ではよく弥陀の本願というが、イエスの心って考えてみたことあるだろうか?彼も、阿弥陀如来と同じように衆生を救済しようと志を抱いてこの地上に受肉したのだ。その本願とは、やはり全ての人間の魂の救済であろう。本当にそれを考えたなら、僕たちみんなじっとしてはいられないのではないか?僕たちは、彼の本願が成就する日が来るまで、平和を作り出す人として命を賭けて行動していかなければならないのではないか?

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